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タコの化け物を連れながら、バギーは草原を疾走する。山里が無線機を口元に当てた。
「あー、なんとなく後ろ見れば察するとは思うんだが、目に見えない大型のモンスターに追われている、らしい。永野が連れてきやがった」
『ふざけんなよ』『当たり前のように巻き込むな!』『その辺に永野捨てろよ。どうせ生き残るんだから』『にゃ~~ん』
状況が伝えられた瞬間、凄い勢いで文句が返ってきた。返す言葉もねえし黙っとこ。山里は眉間をしわしわにしながら続けた。
「いいか、永野は善悪の区別がつかないからこういうことをするんじゃない。わかっていて、こういうことをしてくるんだ。文句言っても聞かないし、物理的にも捨てられない」
「なんだよそいつ、呪いの人形かな? 山里も友達づきあいは考えた方が良いぞ」
「お前のことだぞ!?」
「む、階段が近いな。減速すること考えて、もう少し距離稼いだ方が良いかもしれねえ」
「は?」
ダンジョン探索で冷静さを失ったら死ぬからな。
山里は息を荒げながら、無線機で加速を指示した。先頭を走るシャベルマンのバギーから順番にギアが一段上がる。
草原の先に黒曜石の階段が見えた。ただの黒光りする四角の箱。いつも通りの無骨な出入り口だ。
決して壊れることなく、決して揺らがない。ダンジョンという存在が地球の科学を超えたものだと示す象徴であり、同時に探索者たちにとって束の間の安全を保証する存在。
それが、震えた。最初は見間違いと思った。だが徐々に動きは大きくなり、誰の目にもハッキリとわかるようになった。
無線機をひったくるように手に取り、唾が飛ぶ勢いで怒鳴りつける。
「左に曲がれ!! 階段が沈むぞ!!」
車列が一斉に急カーブをキメる。不動のはずの階段が大きな音を立てて地面に沈み込み、代わりと言わんばかりに禍々しいデザインの出入り口や柱が生えてきた。その横を走り抜ける。
「ボス階段!?」
山里が叫んだ。俺も叫ぶように答える。
「別の階段目指すぞ!!」
愉快じゃねぇなあ。なんか恣意的な感じがする。やはり『黙り込むチャタレー』とボス階段には関わりがあるようだ。
世界の――世界たちを連結するダンジョンの理に干渉できる存在が糸を引いている?
今回ばかりは、こっちも引き際を考えなければいけないんだろうな。神格と正面衝突して勝てるだなんて、思い上がっちゃいない。
真っ当に勝機がある相手に、真っ当に勝ちを重ねて生き残るんだ。
「……次の階段もボス階段になっていたら?」
山里が不安そうに言った。鼻で笑い飛ばす。
「お茶会の招待状だと思うことにしようか」
「うへぇ……」
敵対勢力と、現時点でエンカウントしている敵を頭の中で整理しようか。
まずは追ってきているタコ。長期戦を覚悟すりゃあ殺せる。
次に、簡単にブチ殺せる蟻人間。
そして不定形の女。
不定形の女は神格ではあるが、アヌビスのようなプレッシャーは感じなかった。亜神ってところだろうか。
現在はどこにいるか不明。だが、俺の目に何かしらの影響を与え続けている。
そしてマーリン。完全に別の世界にいるようだが、空間を繋げる魔法使いだ。蟻人間と行動を共にして、俺のことを認識した以上は、どこかで姿を現してもおかしくない。
つーか、あれ?
「ボス階段とマーリン、本質的には変わらねえのか。今起きている階段の変化、マーリンが関与してんのか?」
「ふむ?」
俺の言葉にユエが顔を上げた。
「ダンジョンの階層という区分に無理矢理穴を開けて割り込んでんだろうな。同じ技術ツリーの延長上にある。マーリンがやっていてもおかしくねえ」
「なるほど。まぁ、あの女に技術を与えた者がやっている可能性もあるが」
「だとしても、大差はねぇ。それこそがマーリンの立場の弱さを示している」
「どういうことだ。意味がわからんぞ」
「マーリンは世界樹の力を求めていただろ? つまり、マーリンが持っている繋がりっつーのは世界樹以下ってことだ」
仮にもマーリンは、地球の危機に対処するために動いていた……気がする。信用出来る相手じゃねえが、そこの部分はホンモノだと感じた。
上から繋がってくる新たなダンジョン世界に対抗する手段として、世界樹を欲していた。
「つまり?」
ユエ何か察した顔をする。
「ああ。つまりだ。マーリンは、殺して良いってことになるな」
むしろ遭遇が楽しみになってきた。カルカの食べ残しを掃除してやろうじゃねぇか。
神格によるお礼参りは無い。
リスク要素が1つ減った。
「ボス部屋を突破する、タコは機を見て殺す、不定形の女はヴリトラに殺させる。マーリンが茶々入れてきたら殺す。以上だ」
◇
「――なーんて話しているかもしれないし、話していないかもしれない。しかし無数の冒険者や探索者が出入りしてきただろうに、よりによって『目が合った』のが我が王だなんて、運命とは複雑怪奇なものだ」
地下61階層。
無数の炭化した巨木が倒れ積み重なる真っ黒な土地を見下ろしながら、マーリンが呟く。
彼女の背には虫のような半透明の羽が生えており、手足は木の枝で出来ていた。半分人間をやめた姿で、人にあらざるモノを従えて空を飛ぶ。
「どうにもまぁ、人類というのは中々どうして可能性を持っているというか……悲観して自分の計画に拘る必要もないんじゃないかと思わせてくれる。もしかすると、私はコンコルド効果に振り回されているだけなのか。あるいは万策が潰し合い生き残った策が最善の一手となるか」
投資をすればするほど、間違いだとわかっていても引き返せなくなる。
自虐的に己を分析しながらも、マーリンの表情にはどこか余裕があった。
「どう考える? やけに配信を規制しては面白い仕事を裏でやっている、日本のトップ探索者さんは」
マーリンが見る先には、一振りのシミターを携えたクロヒョウのような青年がいた。
「どうでもいいよ。君に興味ないんだよね。カルカ君に負けたんだから、大人しく引っ込んでおきなよ」
「なるほど、あのトカゲと既に友誼を交わしている、と」
「飛車を自由に走らせるには、道を作る駒が要るからね」
隼人は面倒臭そうに答えた。
彼の背後にはリザードマンの群れと、天を衝く巨大なヘビの影がある。




