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【書籍化】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた  作者: 乾茸なめこ


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 丈が高い草はかすかな風でも揺れる。揺れた方に合わせ、手でそっと押して倒した。

 流れに逆らう動きは目立つ。草原が海なら、何も考えずに倒した草は白波だ。動きに敏感な肉食生物から見りゃ一目瞭然。それに、特に動きに敏感な目を持つ相手には――。


 こめかみを冷たい汗が伝う。


 低い姿勢で、かなり近くまで寄ることが出来た。フードの中を窺い見る。

 トカゲ。いや、どっちかと言えばヤモリのような、やや平べったい爬虫類の頭部。目だけがトンボのように出っ張った複眼になっていた。


 複眼生物は厄介だな。

 地上じゃ身近な複眼生物は虫くらいだからナメられているが、大型生物の複眼はヤバい。


 複眼は、単なる小さな目の集合体じゃねえ。

 世界に細かな仕切りを作るものだ。『仕切りをまたぐ存在』を極めて鋭敏に察知する。要するに、動体視力と動く存在の察知に特化しているんだ。

 空戦、あるいは格闘戦。目まぐるしく動くものを捉える上で複眼は最適解である。


 だからこそ、俺はぬるりと動くんだ。粘つく油が垂れるように、じわりと迫れ。

 絡み這い上がるように、気色悪い蟻野郎の足下から静かに立ち上がった。刀身の中央を握ったツヴァイハンダーの先を、腹にねじ込む。

 硬い殻を破り、内側の肉を抉る手応えだ。


 神経を刃が傷つけたのか、蟻野郎の体がびくりと跳ねる。すかさず頭突きを叩き込んだ。割れた複眼の破片がキラキラと粉雪のように散る。

 横に傷を広げるように、ツヴァイハンダーを引き抜いた。


 不意打ちの攻撃に、蟻野郎共がバタバタとした動きで俺の方を向く。

 感情が全く分からねえな。焦ってんのか? 無機質な顔をした奴らは、これだから面倒なんだ。ガンガン声出して感情表現してくれるカルカを見習え?


「よお、お前ら。人語を解すなら喋りながら殺りあおう。無口なシャイボーイなら無言で殺りあおうじゃねえか」

「り。り。りー、ぃー、い」

「なるほど?」


 黄色いフードを被った蟻野郎が、体を斜めにしながら首だけを傾げて俺を見る。なんか煽っているような姿勢だ。

 なーんか、見覚えがある構図だ。論破してきそう。人語を解さねえくせによ。


「とりあえず、地球人類とはそんな関係なさそうだな……!」


 ツヴァイハンダーを振りかぶりながら、大きな一歩を踏み出す。反撃を誘う、大袈裟な動作。虫じみた腹部の先が俺を向いた。まるで銃口だ。

 斜めに体を転がす。俺がいた場所を、高圧の液体が通り抜けた。全力で回避機動をとる俺を追うように、次々と発射される。


「ま、俺は囮なんだけどな」


 彼らの足下から黒い粘液が飛び上がり、べったりと覆い被さった。ユエのゲロである。凄ぇ量だ。

 五感を奪うゲロを全身に浴びた蟻野郎共は、錯乱した様子で足を前に踏み出し、そしてずっこけた。無闇矢鱈と羽を動かしてネズミ花火のように地面を転げ回る。


 草の間から、ユエが口を拭いながら立ち上がった。


「うぅ、この魔法は不完全だ……!」

「どう見てもそうだろ。なんで一般的な魔法みたいになってんだよ」

「コストが安いのだ」

「じゃあしゃーないか」


 使用者の体の負担がエグそうだけどな。あと勝手に漏れるのもヤバい。

 だが、そんなに強くもないアンデッドモンスターでも連発できる割に、大型竜種すらコケさせる可能性を秘めているあたり、確かにコスパに優れている。


「で、まだそこの跡地から触手は出てきてないのか」

「見えぬ。というより、気配が感じられないが……」

「どっか行ったのか? あるいは意外とフットワーク軽かったり」


 ダラダラ喋りながら、転がっている蟻野郎共にトドメを刺す。死体をひとつ引っ掴んで、ドローンのコンテナに放り込んだ。作戦ぶっ刺さりで正体不明の敵を楽に殲滅できると気持ちいいな。相手の強みを活かさないってのは、作戦でも最上等にあたる。


「意外と重いんだよな。体重90キロはあるかもしれねえ。背骨の裏側がやけに厚いから、なんかありそうだな」

「ふーむ。解剖学の専門家あたりの伝手が欲しいな」

「激やば医者先生に頼めば、誰か紹介してくれるだろ」


 最後の一体の胸を刺し貫いた瞬間、足の下でか細い金属音が鳴った。ピアノ線を引きちぎったような、鋭く硬い音だ。


「なんだ、今の」

「ボス部屋が繋がった音だ」

「マジかよ」


 ず、ず、と重たい音が響き始めた。

 ずず、ずず、と音の間隔が短くなる。

 ずずず、ずずず、と断続の響きが連続へと変化した。


 ――『急加速』。三文字が頭を過る。


「来やがったな、触手野郎!! 逃げるぞ!!」


 ユエの軽い体を、俵のように担ぎあげた。思い切り飛び出した直後、背後で爆発音が響く。吹き飛ばされた瓦礫が宙を舞った。

 まばらな日陰を掻い潜る。降り注ぐ木片が、俺の足跡に突き刺さった。


「おお……すごい大きさだ……」


 ユエが他人事みたいな感心の声をあげた。

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