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【書籍化】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた  作者: 乾茸なめこ


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 ユエを背負いながら、小走りで再び『黙り込むチャタレー』を目指す。

 集団でのんびり探索していたせいで、とっくに正午を過ぎていた。残り時間を意識すると、急に日暮れが近づいてくる。時間は過ぎて欲しいときにはダラダラと足を緩め、足りないときには駆け足になるんだ。死ね。


 わざわざ危険な敵地に向かっているのには、もちろん理由がある。


 第一に、俺を追跡している女が階段を守っていた触手と同一個体か確認するため。もう一つが、どうせトレインを意図的に引き起こすなら、なるべく多くの敵を釣りたいからだ。


「王よ」

「なんだ?」


 草原を大きなストライドで走っていると、ユエが小声で言う。


「吐く」

「お前さん、今日飯食ってねえだろ。空腹のアンデッドが何吐くんだ」

「黒いのだ」

「アレってゲロだったんだな。ゲロに殺された冒険者たちが不憫でならねえよ」


 レイスのようなある程度強いアンデッドは、口から真っ黒な触手や粘液を吐き出す。触れた部分の感覚を消失させるため、顔や足に喰らえば死を招く。

 一番最悪なのが、足首に当たることだ。関節にかかる負荷がわからねえもんだから、地面の凹凸を掴み損ねてコケて死ぬ。


「黒ゲロといえば、黙り込むチャタレーのボス部屋がレイス固定だったよな? クトゥルー神話? の神々とレイスに関係はねぇだろ?」

「関係ないな。魔法使いの魂が変質したものなどと言われているが……、本質的には精霊そのものが宿ったアンデッドであるな。あの建物はなんというかチグハグだ。異なる要素を無理矢理足して貼り合わせたような……おええ」


 吐きやがった!

 こいつ吐きやがった!!

 後頭部が麻酔をかけられたように、感覚を切り離す。濡れた冷たさとかも全く無いのが、逆に不死ゲロを実感させた。

 ユエを体の正面に抱え直して、走る速度を落とす。


「後からやってきて勝手に住み着いたのか? それとも封印でもしていたのか?」


 お主、祠を壊したんか!? みたいな展開だったら不愉快だな。


「うぇっ、うぇっ……封じられるような存在ではあるまい……。むしろ、あの館が理外の存在を呼び出すためのものだったのかもしれん。……王よ、誰かいるぞ」


 ようやく見えてきた『黙り込むチャタレー』跡地に、幾つもの人影が蠢いている。

 ユエを下ろして姿勢を低くした。草の穂先の間から、そっと様子を窺い見る。


 フードを被った人間のようだが、背中から羽が生えていた。薄く半透明で、虫のようだ。腰からは尾のようなものが出ているが、ラグビーボールのような形で、尾と呼ぶには太すぎる。


「あの尻尾? 蟻とか蜂の腹みたいだな……」

「顔は見えんな。どのような姿をしているやら……」


 小声で言葉を交わす。

 俺たちが現場を離れてから、そう時間は経っていないはず。黙り込むチャタレー内部から出てきたんだろう。


「しっかし、どこから湧いたんだろうな。黙り込むチャタレーの地下は広いっちゃ広いが、あんな十数人も隠れられるスペースはねえぞ」

「ボス部屋が鍵になりそうだ」

「ボス部屋なぁ……」


 草がチクチクして痒い。首筋に当たる穂先を指で外側に折った。


「あれも、ダンジョンの異なる階層を繋げる異空間みてえなもんだからな。いやちょっと待て。なんか引っ掛かるぞ」


 記憶の奥でチリリと何かが繋がりそうな気配。

 何かを思い出しそうで、それでいて微妙にしっくりこない感覚だ。

 ユエは地面に片膝をついた姿勢で、俺の脇腹をつっつく。


「まずはそれを思い出す方が良かろうよ。記憶はエピソードの連続だ、前後にくっついた印象深いものがあれば、そこから手繰るのが一番だ」

「前後のかー。前後のなー。階層繋いで逃げたり奇襲するのはダルいなってことは敵か。アヌビスとかじゃなくて……あ」


 思い出した。完全に思い出したわ。


「――マーリンじゃねえか」

「あぁ~~」


 ユエもハッとした顔で頷いた。いたなーって感じだよな。

 潜在的敵対者だし、実力のある相手なんだが、眼前にハッキリと現われる強敵の対処に追われていたせいで、内心での優先順位が低かった。

 グレンデルだの世界樹だの、戦う相手がヤバかったからな。


「では、あやつらはマーリンと関係があるのだろうか」

「ありそうだな。マーリンは人間魔法使いの中でもイカれた能力を持っていた。全く法則の違う神格と繋がりがあってもおかしくねえ」

「襲撃するのか?」

「する……と言いたいところだが」


 ダンジョン内のモンスター……特に知的生物との関わりを増やしすぎたせいで、見敵必殺とはいかなくなってきた。

 これを理性と呼ぶんだろうが、足かせにもなってきたな。


「いや、やっぱやるわ」


 自分自身の生存にも関わる状況で、理性だの紳士だの言ってる場合じゃねえ。

 敵対的な陣営の人外だ、多少シルエットが人間に似ているからって躊躇してられるかよ。


「そう言うと思った」


 ユエは少しだけ困ったように眉を下げつつも、靴紐を結び直した。俺も靴紐と装備のベルトを確認し直し、ツヴァイハンダーを抜く。

 姿勢を低くしたまま、じりじりと草に紛れて距離を詰め始めた。青臭い風が、敵の方からゆるく吹き付けている。向かい風は、隠密行動の救世主だ。

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