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【書籍化】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた  作者: 乾茸なめこ


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 柔らかい感触。金属が容易くめり込んで、ゴムのように跳ね飛ばす。骨も関節もねぇな、こいつ!

 下からカチ上げた女の体は、仰け反って地面に投げ出された。


「人間の感触じゃねえ!! 敵だ!!」


 デカイ声で怒鳴る。

 まずは正当性の主張だ。特に人間みたいな見た目や、人語を解する敵を相手にするときは、まずこれをやらなくちゃいけない。

 じゃないと、味方が戸惑って動きが悪くなる。


「あいつは敵だ!!」


 次に反復。大事なことは2回言いましょうってな!


 周囲の探索者たちが反応し、武器を構えた気配。

 俺は自分が発した声を追い抜くほどの速さで突進した。転がしたなら追撃チャンス。見下ろしてグダグダ語るのは時間の無駄だ!


 切っ先を下腹に突き込む。ぎしりと弾力のあるものに切っ先が刺さった。

 嫌な予感が首筋を駆け上がる。咄嗟に手を離し、後ずさった。


 どろりとした薄緑の粘液が、刀身を伝って這い上がる。柄を飲み込み渦巻き、くだとなって俺の眼前に伸びてきた。

 ヤツメウナギみたいだ。輪形の穴が空いた先端に、びっしりと小さな歯が並んでいる。


 鳥肌が立った。


 回し蹴りで弾き飛ばし、体を回しながらさらに後退。


「全員下がれ! 物理的な攻撃は効かねえ!」


 叫ぶと同時。丸太マンが巨大な丸太を女に投げつけた。どむ、と鈍い音を立て、衝撃がまるっきり吸収された様子で地に落ちる。打撃は弾くか距離を取ることにしか使えねぇな。


「どうしましょう、あれ?」


 丸太マンが頬に手を当て、困った顔をした。空いた片手でもう一本丸太を出している。膂力が尋常じゃない。


「どうにもしねぇよ、ケツまくって撤退だ! 追ってくるなら隙が生まれるだろ!」


 命懸けでドツき合う盤面じゃねえ。それに今背負っているのは薩摩クランでもいつもの仲間でもなく、教えを請いに来た探索者たちだ。さぁ死ぬ気で活路を切り開こうぜ、なんて言えねぇよ。


「中層をいける奴らが先頭走れ、新人はそれに続いて撤退! メディアの奴らは俺と殿だ。二酸化炭素撒きながら下がるぞ!」

「ナガさん~。有効打ないんで先行していいですか~?」


 ヒルネがナイフを逆手で持ちながら訊いた。頷くと、素直に撤退集団の先頭へ行く。

 最後尾で粘液女と対峙するのは、俺とユエ、メディアのおっさん2人だ。


「王よ、あの女はほぼ精霊のようなものだぞ。魔法的な力の集合体だ。どこからどのような効果が発されるかわからん。気をつけよ」

「こういうときに、便利なものがあるんだな。ロボ、力を貸せ!」


 体内に宿る熱が、俺の背中から滲んで剥がれる。ゆらりと滲み出た力が形をとって、俺の隣に並び立った。


『随分と得体の知れない者を相手にしているではないか』


 楽しむような唸り声。口角を吊り上げたロボが、力の抜けた様子で俺の横に立った。


「お前の生息域だろうが、知らねえのか?」

『知らん。正確には、存在は認知していたが誰も近寄っていない。好奇心で藪をつつく人間とは違う』

「おっ、負の遺産放置系の王様か~」


 ロボの表情に、あからさまに苛立ちが混ざる。勝ったな、よし!


『力を貸さんぞ』

「大人げないな。あの未知のモンスター、コピーすりゃ正体が分かるんじゃねえかと思ってな」

『出来るかどうか……』


 半透明になったロボが、俺の体に重なる。

 人狼のコピー能力は、まず相手に生身で触れなければいけない。俺は両手の指を伸ばしながら構えた。牙の並んだ管を左右に弾く構えだ。


 女がぐたりと芯のない動きで立ち上がる。


「目を合わせるなよ。ひと当てしたら、炭酸ガス撒きながら少しずつ下がる。動きが鈍ったらユエの霧をぶつけるぞ!」

「了解!」


 全員の返答を耳に入れながら、俺は大きく一歩を踏み出した。

 ゆるりと伸ばされた管を、左手の甲で外側に弾く。ワンタッチに成功!

 右手の掌底を胸に叩き込めば、あっさりと吹き飛ばせた。


 ――強くはねぇな?


「ロボ、試すぞ」


 変身の能力を使う。瞬間、全身を粘液まみれのスポンジで擦られたような、言葉にしがたい不快感に襲われた。

 体が不定型に揺らぎ、光と音がチカチカ瞬く。ジェットコースターの途中で投げ出されたような、自分の居場所が分からなくなる感覚。


「何がどうなって――!?」


 急にがくんと現世に引き戻された。


「なんだ今の!?」

「王よ、溶けかけていたぞ!?」


 ユエが悲鳴を上げながら、俺の体を後ろに引っ張る。女相変わらず、不気味な表情を浮かべながら俺らににじり寄ろうとしていた。


『今のは……神格を真似ようとしたときの異常だ。あれは弱くとも、神に連なる何者かなのだろう』

「ガスを撒け! 逃げろ!」


 マジかよ。

 ただのゼリー女モンスターかと思いきや、追撃に出てきた奴ですら神格だと?


 一気に噴き出されたガスの白煙に乗じて、後ろ向きに走り出す。ユエの抉るように消滅させる霧は温存だ。

 メディアの男がアゴ先を上げて苦しそうに息をしながら、細い声で訊く。


「あれ、地上まで追ってきたらどうします?」

「方向転換して、地下に誘導するしかねえな」

「倒す、あるいは振り切るアテは?」

「あるさ」


 幸いにも、ゼリー女の走りは遅い。

 俺はスマートウォッチを起動して、スイに通話をかけた。


「ナガ、どうしたの?」

「緊急事態だ。配信をつけんのと……カルカに連絡を取って欲しい」


 ――化け物には化け物をぶつけんだよ。

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