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柔らかい感触。金属が容易くめり込んで、ゴムのように跳ね飛ばす。骨も関節もねぇな、こいつ!
下からカチ上げた女の体は、仰け反って地面に投げ出された。
「人間の感触じゃねえ!! 敵だ!!」
デカイ声で怒鳴る。
まずは正当性の主張だ。特に人間みたいな見た目や、人語を解する敵を相手にするときは、まずこれをやらなくちゃいけない。
じゃないと、味方が戸惑って動きが悪くなる。
「あいつは敵だ!!」
次に反復。大事なことは2回言いましょうってな!
周囲の探索者たちが反応し、武器を構えた気配。
俺は自分が発した声を追い抜くほどの速さで突進した。転がしたなら追撃チャンス。見下ろしてグダグダ語るのは時間の無駄だ!
切っ先を下腹に突き込む。ぎしりと弾力のあるものに切っ先が刺さった。
嫌な予感が首筋を駆け上がる。咄嗟に手を離し、後ずさった。
どろりとした薄緑の粘液が、刀身を伝って這い上がる。柄を飲み込み渦巻き、管となって俺の眼前に伸びてきた。
ヤツメウナギみたいだ。輪形の穴が空いた先端に、びっしりと小さな歯が並んでいる。
鳥肌が立った。
回し蹴りで弾き飛ばし、体を回しながらさらに後退。
「全員下がれ! 物理的な攻撃は効かねえ!」
叫ぶと同時。丸太マンが巨大な丸太を女に投げつけた。どむ、と鈍い音を立て、衝撃がまるっきり吸収された様子で地に落ちる。打撃は弾くか距離を取ることにしか使えねぇな。
「どうしましょう、あれ?」
丸太マンが頬に手を当て、困った顔をした。空いた片手でもう一本丸太を出している。膂力が尋常じゃない。
「どうにもしねぇよ、ケツまくって撤退だ! 追ってくるなら隙が生まれるだろ!」
命懸けでドツき合う盤面じゃねえ。それに今背負っているのは薩摩クランでもいつもの仲間でもなく、教えを請いに来た探索者たちだ。さぁ死ぬ気で活路を切り開こうぜ、なんて言えねぇよ。
「中層をいける奴らが先頭走れ、新人はそれに続いて撤退! メディアの奴らは俺と殿だ。二酸化炭素撒きながら下がるぞ!」
「ナガさん~。有効打ないんで先行していいですか~?」
ヒルネがナイフを逆手で持ちながら訊いた。頷くと、素直に撤退集団の先頭へ行く。
最後尾で粘液女と対峙するのは、俺とユエ、メディアのおっさん2人だ。
「王よ、あの女はほぼ精霊のようなものだぞ。魔法的な力の集合体だ。どこからどのような効果が発されるかわからん。気をつけよ」
「こういうときに、便利なものがあるんだな。ロボ、力を貸せ!」
体内に宿る熱が、俺の背中から滲んで剥がれる。ゆらりと滲み出た力が形をとって、俺の隣に並び立った。
『随分と得体の知れない者を相手にしているではないか』
楽しむような唸り声。口角を吊り上げたロボが、力の抜けた様子で俺の横に立った。
「お前の生息域だろうが、知らねえのか?」
『知らん。正確には、存在は認知していたが誰も近寄っていない。好奇心で藪をつつく人間とは違う』
「おっ、負の遺産放置系の王様か~」
ロボの表情に、あからさまに苛立ちが混ざる。勝ったな、よし!
『力を貸さんぞ』
「大人げないな。あの未知のモンスター、コピーすりゃ正体が分かるんじゃねえかと思ってな」
『出来るかどうか……』
半透明になったロボが、俺の体に重なる。
人狼のコピー能力は、まず相手に生身で触れなければいけない。俺は両手の指を伸ばしながら構えた。牙の並んだ管を左右に弾く構えだ。
女がぐたりと芯のない動きで立ち上がる。
「目を合わせるなよ。ひと当てしたら、炭酸ガス撒きながら少しずつ下がる。動きが鈍ったらユエの霧をぶつけるぞ!」
「了解!」
全員の返答を耳に入れながら、俺は大きく一歩を踏み出した。
ゆるりと伸ばされた管を、左手の甲で外側に弾く。ワンタッチに成功!
右手の掌底を胸に叩き込めば、あっさりと吹き飛ばせた。
――強くはねぇな?
「ロボ、試すぞ」
変身の能力を使う。瞬間、全身を粘液まみれのスポンジで擦られたような、言葉にしがたい不快感に襲われた。
体が不定型に揺らぎ、光と音がチカチカ瞬く。ジェットコースターの途中で投げ出されたような、自分の居場所が分からなくなる感覚。
「何がどうなって――!?」
急にがくんと現世に引き戻された。
「なんだ今の!?」
「王よ、溶けかけていたぞ!?」
ユエが悲鳴を上げながら、俺の体を後ろに引っ張る。女相変わらず、不気味な表情を浮かべながら俺らににじり寄ろうとしていた。
『今のは……神格を真似ようとしたときの異常だ。あれは弱くとも、神に連なる何者かなのだろう』
「ガスを撒け! 逃げろ!」
マジかよ。
ただのゼリー女モンスターかと思いきや、追撃に出てきた奴ですら神格だと?
一気に噴き出されたガスの白煙に乗じて、後ろ向きに走り出す。ユエの抉るように消滅させる霧は温存だ。
メディアの男がアゴ先を上げて苦しそうに息をしながら、細い声で訊く。
「あれ、地上まで追ってきたらどうします?」
「方向転換して、地下に誘導するしかねえな」
「倒す、あるいは振り切るアテは?」
「あるさ」
幸いにも、ゼリー女の走りは遅い。
俺はスマートウォッチを起動して、スイに通話をかけた。
「ナガ、どうしたの?」
「緊急事態だ。配信をつけんのと……カルカに連絡を取って欲しい」
――化け物には化け物をぶつけんだよ。




