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「これ、若干違うかもしれないですけど、ハスターのシンボルかもしれません」
「ハスター?」
知らん。だが、康太の表情を見ていると、ただならぬ相手なのはわかった。
「なんかの神話生物か? それとも神格か?」
「いやぁ、すっごく微妙なところなんですよ。神格かと言われたら神格なんですけど、クトゥルー神話は元ネタが近代の小説なので……」
「なーるほど?」
古代の神話――つまりダンジョンと地球が交わったときの伝承が元になっているお話じゃなくて、近代の作家が頭で考えたオリジナルのキャラクターってことか。
わかったような、わかっていないような。
俺の認識がふわっとしているのに気づいたのか、康太が不安そうに補足する。
「複数人の作家が似たような設定で創作していたので、体系だった神話のように扱われていますが……シェアワールド創作みたいなものなので、その存在がダンジョンにいるのはおかしいと思うんですよね。ただ、不定形の生物や触手、こういったシンボルなど共通点も多くて……」
「ふむ……」
これは判断に迷うな。
たかが創作物。それも近代のもの。
アヌビスやハヌマーンとは異なり、青い目をした白いドラゴンに近しい存在ってことか。
「あるいは、地球にもひっそりと残っていてインスピレーションを与える出来事があったか……」
人前に姿を現すのに条件みたいなものがあり、ダンジョンから切り離された地球にひっそりと居残り、作家の前にだけ姿を現したっつー可能性も否定できないか。
面倒くせぇな。
手元でツヴァイハンダーをなんとなく揺らす。神格だとすれば、今の武装は心許ねぇ。
亜神――しかもその幼体みてぇなドワーフ王の世界樹ですら、倒すのに強力な魔法武器が必要だった。
世界樹より強いやつがいる可能性が出てきたのは、ぞっとする話だ。
「神話……。神話? いや、どうなんだ。近代までに類似の神話みたいなものはなかったのか?」
「ない……と思います」
参った。指先で剣の柄をとんとんと叩く。
「偶然か?」
「それにしては共通点が多いですが……」
「じゃあ、暫定で『黙り込むチャタレー』はクトゥルー神話関連の施設と認定する。危険度の判定が出来ねぇし、何より前線で指揮とってる俺が詳しくねぇ。一時撤収した上で、態勢を整え直して再アタックだな」
俺らは全く詳しくないが、有識者に見せれば分かるモンもあるはずだ。
大きく手を振り、作業している連中に声を掛ける。
「作業は打ち切りだ。撤退すんぞ! リスクが高いと判断した!」
全員を集合させ、荷物をそれぞれのドローンに分けて積んでから、『黙り込むチャタレー』を見ながら後ろ歩きで少しずつ距離を取った。
200メートルは離れただろうか。改めて点呼を取り直す。
ヒルネの決済履歴を元に名前を呼び上げて、右から左に動いて貰うだけだ。
「えぇと、最後は渡辺……、ちょっと待て」
「どうしたんですかー?」
「いや、どうしたも何も」
首を傾げるヒルネと目を見合わせる。
「なんか、多くないか?」
「そんなことないですよ。上から順番に呼んだのでー人数合ってますし……入金額も変わんないです」
「そうか?」
改めて探索者の集団を眺めた。
なんとなく肌感覚でしかないが、この階層に来たときよりも多いような感じがするんだよな。
じっと顔を見ていくが、どいつもこいつも見覚えがある。
首筋に薄く汗が浮かび冷えていく感じがした。
――多分コレ、見逃しちゃいけない違和感だ。
「ユエ、俺の後ろに。蓮と康太もこっちに来い。そこのチンピラと丸太マンもだ。メディアの奴らも……そうそうお前ら。あーと、そこのベソガキもだな」
手招きし、『黙り込むチャタレー』到着前に関わっているメンツを呼びつける。
「王よ、どうしたのだ?」
「来たときより人数が多い。俺はだいたいの人数感覚は持っているはずだ。勘違いならそれでいいが、未知の相手と接触したばかりだ。念には念を入れるぞ」
俺は眉間を揉みほぐしながら言った。
ダンジョン内で生活していると、ぱっと見で数を認識する力が鍛えられる。というか、無いと死ぬ。
ジャングルでエルフの集団と接敵したとしよう。瞬間的な目視、そして互いに身を隠しながら背後を突き合う乱戦。数える力が欠けていると、どれだけ強くともいつ戦闘が終わったのか判断出来なくなる。
『戦闘』に必要な力じゃないが、気合いのオンオフを出来るようにする、『生存』のための力だ。
「とりあえずエピソード記憶で印象深い奴から引き抜いていくぞ。人数が増えたとすれば、『黙り込むチャタレー』の瓦礫拾いからだ。その手前で会話した覚えがある奴は、ひとまず安全と見なす」
俺の言葉に対し、ヒルネとユエは真剣な表情で頷いた。他は曖昧な顔ながら、了承の返事をする。
異常事態への適応度に隔絶があった。
じんわりと緊張が滲む空気の中で、少しずつ人数を移動させていく。知り合いの知り合い形式で削っていくと、だいぶ数が絞れてきた。
残り5人くらいになったところで、まだ若い探索者の女性が、唇を寝かせた三日月のように大きく曲げる。
その目を見た瞬間、吸い込まれるような強烈な魅力を感じた。
目、あるいは人としての造形ではない。瞳の奥に、霧に包まれた巨大都市の遠景が浮かんでいる気がした。
――もっと見たい。行きたい。詳しく教えてくれ。連れて行ってくれ。
きっと、そこが俺の在るべき場所……。
「な、ワケねぇだろうが」
惹かれる心を切り離し、無機質無感動に肉体を動かす。不意を打つ最大速度の踏み込み。目を逸らしながら、抜き放ったツヴァイハンダーの柄で、女のアゴをカチ上げた。




