9.アズマ国
アズマ国。
グランヴィル帝国の東に位置する島国。
100年前から鎖国をしており、神秘に包まれた国。
とはいえ好戦的なわけではなく、難破して流れ着いた漂流者を何とか自国に戻そうと尽力してくれたりする、人のいい国だ。
そうやってアズマ国から自国に戻ってきた人の証言を集めた文献を見ると……
「「どう考えても江戸時代の日本じゃん!!」」
食に関する記述はほぼないが、味噌や醤油、お米や豆腐が存在する予感しかない。
「問題は、鎖国中の国からどうやって食材を取り寄せるか、だ」
「そこは皇太子の権力を乱用して、力わざで、ずいっと」
食べ物に目がくらみ、不穏な発言をするサラフィナ。
「皇太子どころか皇帝でも無理だって。っていうか、サラ、人格変わってるよ」
いやいや、もともとこういう人間です。違いは猫を被るか被らないかだけで……。
「俺の前で猫を被るのをやめたっていうのは喜んでもいいのかな?」
嬉しそうにレンリッヒが笑う。その笑顔にサラフィナの心がドキリとはねた。ううっ、無駄にイケメンなのよね。中身は日本人なのに……。
「とりあえず、アズマ国の情報収集は続けよう。それとアズマ国の最新の動向を俺のほうで探ってみるよ」
「私は来週から領地に戻るから、帝都ほど情報は集まらないんだけど。でも帝都よりは外出もしやすいから、市場とかじっくり探してみようと思うの」
「ふふっ、サラの敬語が取れてきたね」
あ、ほんとだ。レンリッヒは年齢も身分も上なんだけどね。彼は誕生日が来れば2歳年上、前世では5歳差だったから事実上7歳差?のはずだけど、唐揚げをがつがつ食べてる姿は男子高校生そのもので……。
「いや、嬉しいよ。堅苦しいのは仕事だけで充分」
「仕事……、皇太子の立場を仕事って」
「皇帝も皇太子も職業の一つだろ?まあ、職業選択の自由は一切ないけどな」
言い得て妙だ。
「公爵家も似たようなものよ。女性はまだ嫁ぎ先次第で変わるけど、父や兄は国の重責を担った後、引退しても領地経営が待っている、生涯現役ハードワーク決定だもの」
お互いハードだよなぁ、としみじみしたところで、レンリッヒが話を切り出す。
「俺も来週からしばらく地方視察に行くんだよね」
地方の経済や産業、国民の暮らしを視察するだけでなく、各地の貴族に目を光らせる意味でも、皇族はたびたび国内の視察に赴く。皇太子は勉強もかねて視察に行く頻度は高い。
「俺、帝都にいるよりあちこち視察に行くほうが好きなんだよね。スケジュールはびっちり組まれているけど、それでも帝都にいるよりは自由になれる気がする」
「自由に……、ってバイク盗んじゃう系?」
「おお!懐かしいっていうより古すぎる!ってかこの世界にまだバイクないし」
「じゃあ、盗んだ馬で走っちゃう?」
顔見合わせて笑う二人だった。これを理解してくれる相手がいるって素晴らしい!
今回、レンリッヒは2か月かけて東側と南側にあるいくつかの領地を回る予定だ。
「東の港町カンティラと、南の港町ダーレムには期待してるんだよね」
「カンティラはアズマ国への玄関口ね、貿易は停止してるけど。でもダーレムって……」
「ダーレムは南の大陸への玄関口だから、香辛料がいろいろあるんだって。だからターメリックとか」
「カレーライス!!」
「そう!それにもしかしたらインディカ米みたいなのも手に入るかもしれない」
おお!それは期待が膨らむわね。私も視察に一緒に行きたいくらい。
そういうサラフィナに、いつか一緒に行けるといいね、とレンリッヒもうなずいた。
近い将来、二人の想像をはるかに超えた形でその夢が実現することを今の二人はまだ知らない。