中
目が覚めたら教会の神殿で、聖女用に宛てがわれた部屋のベッドで寝てて、頭と目と喉が痛かった。あれだけ泣いたし当然のこととも言える。これが魔法一つですっかりいつも通りに戻るのだから、光魔法も便利ではある。
嘆いてばかりでどうにかなるなんて楽観的な考え方はしてない。吐き出した分、前へ進む気力は湧いた。
とは言っても、教会から逃げ出すとか、そういう方向で前へ進むのとは違うけど。
目の腫れが引いた自分の顔を鏡で確認して、ぱちんと頰を叩いた。……気の抜けた音のせいであんまり気合いを入れたって感じにはならなかったけど、まあいいや。痛いの嫌だし。
「お菓子食べたいなぁ……」
異世界転生の食チートでよくあるチョコレートは、私より先に記憶を持って転生してきたっぽい人が既に作ってる。
チョコレートを食べようと言い出した人はタツミ・リンドウって名乗ってたらしいから……転生、というより転移なのだろうか。或いは私と同じように名前を与えられなかったから勝手に名乗っていたのかもしれない。
とりあえずチョコレートはある。けど、高位貴族の人くらいしか食べられないような高級品で、平民が食べるようなお菓子といえばもっぱら素朴な味のクッキーだとかの焼き菓子だ。砂糖と蜂蜜は高いから、焼き菓子一つとっても現代日本みたいに仄かな甘さとかもあまり感じられない。木ノ実そのままとか、固いパンみたいな感じ。乾パン、か?
甘味といえば、焼き菓子よりもフルーツな感覚。貴族だと甘い焼き菓子とか食べてるんだろうけど。
でも果物を食べるのにも、新鮮な内でないと腐るし、ドライフルーツはこの世界には存在しない。
だから、光魔法の一種の、小さな小さな、手の平よりも小さいサイズの太陽じみた光の玉の近くに干してたらいい感じに乾燥しないかなーって思って試してみたら、意外なことにしっかりと乾燥した。匂いも味もちゃんと残ってる。
ギルバードが護衛の日を選んで、光の精霊にもちゃんと目的を伝えて短時間で帰るっていうのを今回は約束して、代わりに外にいる間は急かすなっていうのを約束させて、試作品のドライフルーツで買収することができた、世話役の赤毛のお姉さんから受け取ったお金で果物を買いにいくことにした。お金の出所?一応聖女の個人資産。
聖女の個人資産で、王宮から支払われてるものだからかなりの額なんだけど、教会はその全てを横領している。
けど元々私に振り込まれたものなんだから私が使ってもいいよね?ね?全体からすればそこまでの額でもないし。ね?
「いいんじゃないすか、どーせあのハゲは気づかないだろーし」
面白そうに……微妙に性格悪そうな笑顔を浮かべるギルバード。うん、ツッコまないでおこう。
光の精霊が急かし出さない内に、ささっと用事を終わらせて神殿に戻った。荷物は魔力さえあれば誰でも使える亜空間収納にしまった。物を入れてる間は質量に応じて魔力が消費されます。
使い勝手がいいけど使い勝手が悪い、そんな魔法なのである。短時間物を収納したいだけなら便利。
私は平民より魔力が多いとされている貴族の平均よりもかなり魔力が多いから、結構大量の果物を入れておいても半分くらいしか魔力は圧迫されないけど。平民なら林檎を二、三個収納してしまったら容量がいっぱいになる。
そんな訳でドライフルーツが大量に作れたので、甘い物は大好きであるらしい女性神官様に賄賂として贈っておいた。
これで聖女資金の幾らかは私に入ってくることになったし、脱出に協力してくれる人もできた。よっしゃー。
ドライフルーツがおやつになった以外は変わったこともなく、五年が経って十七歳になった。
十七歳と言えば、王立魔法学院に入学しなければいけない年齢である。光魔法の使い手だもんなぁ……
王立魔法学院には寮から通うことになるし、それは聖女と言えど例外にはならないので私も寮暮らし、なのだが。
貸し与えられたのは王族やそれに近しい高位貴族の人間だけが生活する特別寮の一室。平民にこの待遇かぁ………
「嫉妬で暴走するご令嬢が出てきたり?」
「しそうだね……」
楽しそうに笑ってる銀髪の騎士は、教会から学校にいる間の私の護衛を一人で押しつけられたのに文句はないらしい。
「アンタを他の騎士に任せとく方が心配なんで。聖騎士とかほとんど使いモンになんねえし」
まあ、マトモに腕が立つような人って普通に騎士団に行くもんね……貴族の次男三男の名誉職で実務ほぼほぼないもんね聖騎士って。騎士団の選考から零れ落ちた人が、信仰心の強さを建前になる職業だもんね、聖騎士……
むしろギルが聖女誘拐事件の時に大活躍できたことが異例だよ。普通の聖騎士なら殺されてたんじゃないかな。
契約してる光の精霊以外は視えない私と違って、普通にそこら中にふわふわ浮いてるっていう精霊も視えるらしいし……本当、ギルって本来なら絶対貴族家が手放す筈がない逸材の筈なんだけどなぁ……頭も良い、顔も良い、腕が立つ上火の精霊の加護持ち。精霊の加護持ちなんて時点で、平民ならともかく貴族が手放すなんて絶対にありえないのに。
手放すにしたって、その時は高位貴族の家に養子に出すくらいだろう。聖騎士になってるとか訳がわからない。
胡乱な視線を向けられたギルが、うっすらと笑みを浮かべた。
化粧をしている訳でもないだろうに、毒々しいくらいに赤い唇と妖艶さをアップさせる艶ぼくろに視線が行く。
「ギル、その顔無駄に色っぽいよ、退廃的な色男の感じがする」
「ひっど。っつうかそう思ってるなら顔赤くするくらいのサービスしてくれてもいいと思うんすけどねー」
「キスできるくらい近い距離にでも迫られれば赤くなると思うよ。っていうか今だって必死で我慢してるだけだよ」
嘘だーって感じの目を向けられたけど、本当だよ?凄く必死でポーカーフェイス維持してるだけだよ?
だってギルが私のこと妹みたいに思ってるだけだっていうのは、よくよくわかってるから。
今のだって、揶揄って遊んでるだけで……本当に意識したような態度を見せたら、きっと困るだろうから。
愛称で呼ぶことを許されてるのも、妹みたいに思われてるからだって、わかってるから。
「ギルの恋人になる人が、ギルの顔だけ見てるんじゃないといいねー」
「そっすねー」
どうでも良さそうな返事してるけど、ギル。君、今年でもう二十二だからね?この世界じゃもう同い年の良い女はとっくに売約済みだからね?ギルなら寝取りも可能かもしれないけど、そういうのはやめておいた方がいいと思うよ?
女は二十になれば行き遅れだけど、私を嫁にしたいなんて相手は平民にも貴族にもいないことが確定してるから、私は既に行き遅れになること決定だし気にしてない。血眼になったところで絶対相手が見つからないから。
平民は聖女の伴侶になんて恐れ多くて無理。貴族は光の精霊の加護持ちとは言え平民なんて無理。
それでも私を狙ってくるような胆力のある相手は……経験を重ねた商人とかかな。良い意味でも悪い意味でも。
「日本ならお試しで付き合ってすぐ別れたりもできたのになぁ。この世界ってメンドくさいよね」
「俺からすりゃアンタが生きてた世界の恋愛観が理解できませんけどね」
「君は遊び人にしか見えない割にそういうとこ真面目だね」
それでいて面白いことは好きで見た目通りかなり不真面目でもあるんだから、掴めない。
今もそう、飄々と笑って誤魔化して、踏み込んで嫌われたくない私は引くしかない。
それでも彼の近くにいられるなら……結ばれることは最初から諦めてるから、彼が好きになる人と彼が幸せになることを見届けることを、祝福できればいいな、と思っていた。妹みたいな存在として、祝福できたら、と。
だけど、実際見てしまうと、それは無理そうだと悟らざるを得なかった。
学園の中庭で、最近王太子殿下達と仲良くしていると噂の、まっすぐなストレートのストロベリーブロンドを持ち、光の精霊の加護を受けた証である金色の瞳をした愛らしい美少女が笑いかける相手は、今は聖女である私の護衛騎士。
光の精霊の加護を受けた人間が一度に二人存在した事例は聞かない。聖女が同時に二人以上存在した話も聞かない。
私より、彼女の方が聖女に相応しいと言い始める人は確実に出てくるだろう。彼女は男爵家出身だ。
例え高位貴族の人間ではなかったとしても、貴族ですらない人間が聖女でいるのとは雲泥の差がある。
聖女の座を追われること自体は、どうでもいい。色んな人に狙われるだろうけど、それはそうなった時考える。
光の精霊の加護を受ける可能性とか、私の魔力を引き継ぐ子供を期待して囲われるか、裏オークションにでも出される未来もありえるだろう。聖女の座を奪われれば、私を守るものはどこにもない。精々自分の魔法で身を守るしかない。
でもそれはどうでもよくて、ただ、笑い合うギルと、聖女候補の少女が、あまりにもお似合いにしか見えなくて。
最近ギルが私の側から離れていることが多いのは彼女といる為なのだろうかと、ふと考える。
……それなら、ギルは彼女に決めたのだろう。護衛騎士として、これからは彼女につくのかもしれない。
「しょうがない、か」
聖女の金色の瞳であること以外、平凡な絡まりやすい波打った茶髪に特徴はなくて、身体つきも凡庸で。
好きになってもらえるなんて希望は、元から抱いてないけど。
それでも、嫉妬するのがどうにもなりそうにないから、苦しくてその場を逃げ出した。気づかれてはなかったと思う。
人目につかない建物の陰でずるずると壁に凭れて座り込んで、ぎゅうと膝を抱え込んで顔を伏せた。
ギルが私に向けてくれた優しさも、笑顔も、多分これからは、あの子のもの。
私よりもあの子がいいと思って側に行くようになったなら、一緒に過ごした年数があっても勝てないなら。
どうにもならないから受け入れるしかない。ああ、そう考えると聖女の座を追われるのは逆に良いことかも?
光の精霊が、周囲を飛び回って声をかけてくる。
『愛し子、何故騎士の元に行かぬ?声をかけようとしていただろう』
「……好きな人が、他の異性と笑い合って良い雰囲気なとこに声かけれないし」
『何故だ?好きな人間が他の者と笑い合っているのが辛いのだろう?何故引き離しに行かぬのだ』
精霊のこういう人間の感情の機微に疎いとこ、面倒臭いし自分の弱さを突きつけられてる感じがして嫌いだ。
「邪魔して、迷惑だって顔されたら立ち直れないもん。自分の方がお邪魔虫だって自覚するの、すっごく怖い」
『………………』
精霊が黙り込む。かける言葉を探しているのだろうか。単純にもう話すことがないのか。
気にせず、思いついた言葉を思いついたままに零した。
「好きだから、知られて困らせて、距離取られたりしたら耐えれないもん」




