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聖女様の恋事情  作者: マオ
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 光の精霊からの加護を受けて、瞳が金色になって……両親に売られて、教会に買われて、聖女として飼われる。

 うん、結構上手いこと言った気がする。っていうのはどうでもいいから置いといて、私の人生をさくっと簡単に纏めるとこんな感じだと思う。加護を受ける前は普通の農村で農民夫婦の娘として変哲もない普通の農民人生コース一直線だったし、加護を受けてからは聖女として回復魔法の練習とか毎朝のお祈りとか光魔法の勉強とかやってるだけだし。

 所変われば品変わるけど、生活が変わったところで慣れてしまえば同じことの繰り返しなんだよなぁ……

 前世の記憶で娯楽に溢れた日本を知ってしまっているからこそ、この変哲のない日常が辛いです。

 慣れてしまえば面倒だったお祈りも毎日のルーティーンだし、事あるごとに神様に祈るのも普通のことになった。

 何せ祈らないと光の精霊がぐちぐちうるさいので。やれ敬意が足りないだの、やれ怠け者だの。

 実際怠け者だし神様を崇め奉って真面目に信仰するつもりとかないんだからしょうがなくないだろうか。

 私を聖女として、人間ではないモノであるかのように恭しく扱い、雑談になんて一切応じない神殿の人達と。

 唯一の話し相手ではあるものの、その話がつまらなくて面倒で声をかけられるのも嫌になる口煩い光の精霊。

 夢の中に出てきて魔力を求められたからって、軽率に助けなきゃよかった。弱ってる時はしおらしかったのに。


『愛し子、どこへ行くつもりだ。そんな格好をして』

「自由時間に何しても、私の勝手だって言ってたじゃん」


 ベッドシーツなんて本来マントにするような物じゃないけど、頭から被ってフードみたいに首の辺りを紐で緩く縛って身体全体をすっぽり包んでしまえば立派な外套だ。真っ白なシーツだからどうしてもてるてる坊主を思い出すけど。

 神殿を出るなと止めようとしてくる光の精霊を無視して、神殿の裏口からこっそり抜け出した。

 今日の護衛騎士がギルバードだからできたことだ。彼は不真面目で面白いもの大好きな人間だし、その割に実力はあって、よっぽど信心深い人以外は面倒臭がる聖女の護衛につかされた嫌われ者だから、ついてきてくれると踏んで。

 十七歳にして神殿の聖騎士なんてものに任命されてるくせして、本当ギルバードって不真面目だよなぁ……必要な時に助けてくれないって訳じゃないし、むしろ神殿内を歩いてて転びそうになった時に助けてもらったことあるけど。

 他の騎士ならひたすらぴったりくっついてきてきらきらした目で私の一挙一動を観察してるか、面倒臭そうにしながら明らかに嫌々ってわかる態度でついてきて、私が朝の礼拝という最低限部屋から出なければいけない時以外に部屋を出ようとするとあからさまに眉を顰めて、転んだところで迷惑そうに無言でその場に立ち尽くすだけだし。

 ちなみに心象としては、崇めてくるタイプの騎士も嫌がってるタイプの騎士も嫌い。

 ギルバードも……普段気配を消して一定の距離を保って護衛してくれてるのは嬉しいんだけど、そうでなくなると一瞬でお姉様方に囲まれるような、艶やかな銀髪のウルフカットに、色気駄々漏れな赤色のタレ目なんて整った顔立ちとモテ要素抜群の綺麗な色合い且つ火の精霊の加護を受けた者でないとそうはならない瞳の色なので……正直もうちょっと、普通の見た目の普通のあんちゃんになってくれないかなぁ、とか思わないでもなかったり。


「ギルバード」


 神殿の敷地を出てちょっとしたところで名前を呼んだら、微妙に笑いながら私の横に並んだギルバード。

 ベッドシーツを剥いだ時点でやること想定してこっそり爆笑してたのは知ってるけどね?今から君もやるんだよ?


「え?いや俺は気配消せるんで……」

「気配を消すんじゃ意味ないよ、兄妹連れの方が誘拐犯だって狙いにくいでしょ」


 わかったら被って、と無理矢理私の身長だと頭が腰の辺りまでしか届かないギルバードにへばりついて布を被せる。

 合理的だと思ったのか、単に諦めたのかは知らないが、溜息を吐いたギルバードは途中から自主的にシーツを被ってくれた。見た目はただのマントにしか見えないけど、神殿から拝借してきたベッドシーツなんだよなぁ……まあいっか。


「じゃ、これから私は兄さんって呼ぶから、そっちはリオって呼んでね。聖女って呼んだら禿げる呪いかける」

「何ですかね、その絶妙に嫌すぎる呪い」

「光魔法は光るものだから、ぴかぴかつるつるなハゲは対象内な気がした」

「大神官様の前で言うなよ。絶対言うなよ。反応は面白そうだけど最悪洗脳されるからな?」


 不穏だね。あの人達が聖女の自由な人格とか求めてないどころか、常々まんま道具にしたがってるのは知ってるけど。


「あの人、そんなにハゲ気にしてるの?」

「イラついてハゲっつったせいで聖女の護衛押しつけられたようなもんだし」


 相当気にしてるんだね。一応名誉職の筈なのに嫌がらせに使われてるんだね、聖女の護衛。

 気持ちはわからなくもないけど。平民の、それも元々は農民の娘の護衛なんて、上位貴族の次男三男が就くような職業である聖騎士達がやりたがるとは思えない。平民には崇められてても、貴族からすれば光の精霊の加護を受けて光魔法が使えるだけの平民のガキな訳で、聖女なんて言いながら、自分達に有利になるように利用したいだけ。


「あーあー、この国の上層部がみーんな急死したりとかしないかなぁ」

「気持ちはわかるけど街中でそういうこと言うのはやめようなー」

「え、わかるの?ヤバくない?」

「はいそこ、言い出した当人が引かない。っつーか同じだと思ってるから言ったんじゃないのかよ…」


 微妙に脱力気味なギルバード……じゃなかった、兄さんに、けらけらと笑って、そして流した。

 田舎の農村の教会で軟禁されてた頃はまだ外にも自由に出れたのに、王都の教会に来てからは部屋の外に一歩出るのにも護衛の目やら修道士やら神官やらに監視されてるし、精霊は王都の教会は居心地が良いとかで気に入ってるし。

 王都の街中に出るだけでもしきりに『早く戻ろう』と訴えてくる精霊に、段々とイラつきが募る。


「……戻ろうかなぁ」


 ぽつりと呟いた言葉に、さっき屋台で買った串に刺さった肉を私の口元に寄せながら、兄さんが私の顔を覗き込んだ。

 目深に被ったフードの下で、影ができて色味が濃くなった綺麗な赤色の、宝石みたいに透明な目が見つめてくる。

 それに戸惑って、少しだけ首を傾げた。


「じゃあ、ちょっと俺の行きたいとこ、付き合ってもらっていいか?」

「?うん、別にいいけど……それなら非番の日にでも行けばいいんじゃない?」

「アンタがいなきゃ意味ないんですよ。遠いんで、しっかり掴まっといてくださいね」


 敬語に戻ってるなぁ、ちょっと真面目モードなのかなぁ、って考えながら、遠いことと掴まることの関連性が掴めずに質問しようとして、その前に疑問は解決した。私に串を持たせたギルバードが、私を担ぎ上げたので。

 担ぎ上げた、は何か違うか。世の女性が憧れるお姫様抱っこなので抱き上げるの方が正しい。

 ……まあどちらにしろ、どう頑張っても兄妹にしか見えないからそこまで絵にもならないけどねー。

 ただ、現代日本で女子高生として生きた記憶も一応持ち合わせている私としては、これは少々どきっとするよ?


「女誑しの本領発揮か……」

「何でそうなるんですかねー」

「目をハートにしてこっちを見てるお姉様方をご覧なさい。十二歳児で良かったー」


 どう足掻いても絶対に恋人になんて見えない安全圏。ギルバードがロリコンでない限り。

 と、かなり失礼なことを言った挙句失礼なことを考えているのが見透かされたのか、揺れが少ない腕の中でちまちまと齧っていた私の拳大サイズの肉に、反対側から噛みついて半分くらい持っていかれた。あー、お昼ご飯ー……

 あとそういうの止めろー。十二歳児相手に態とらしく目を合わせて顔を近づけるなー。この女性キラーが。

 微妙に熱を持つ頰を誤魔化してぺちりと頰を叩いてみたものの、移動しながら肩を揺らすギルバードには子供の可愛らしい反抗心くらいにしか思えなかったようだ。うむむ……こうなると自分の幼稚さを思い知らされて恥ずかしいなぁ。

 そんな訳で途中からフードを外してたギルバードに連れてこられたのは、王都の外れにある、景色が綺麗な丘だった。

 光の精霊はさっきからぴーちくぱーちくと一人で騒いでいる。精霊だから人ではないか。一精霊?一精?一霊?

 精霊の数え方の単位を考えながら近寄ると、大きな木に凭れて座り込んでいるギルバードに頭を撫でられた。

 見晴らしが良い丘にはシロツメクサが咲いていて、懐かしくなったから花冠を作っていたのだ。

 そして出来上がったシロツメクサの花冠を、ギルバードの頭に乗せたらどうなるかと悪戯心が疼き。

 その悪戯を実行する為に目を瞑って昼寝しているような静けさを保っていたギルバードに近寄った、のだが。

 彼相手にこっそり近づくのは無謀だということだろう。微妙に悔しい。

 それにしても何故頭を撫でられているのだろう。彼は普段自分から護衛騎士以上に距離感を詰めることはないのに。


「アンタ、一人で頑張りすぎなんだよ。我儘言ってみても、周りのうるさい奴らに押されて諦めようとするし」


 ギルバードからちらりと視線を向けられた光の精霊が、さっきまでのうるささが嘘のように静まり返る。

 彼には精霊が視えているのだろうか。今のは、明らかに視えている人間の視線の動きだったと思うのだが……


「聖女って言われてたって、子供であることは変わらない。アンタは、もっと周りに怒っていいんだよ」


 怒っていい……かぁ。うん、私もそれ自体に異論はないよ?

 異論は、ないんだけど。

 不意に目の奥が熱くなって、視界が歪んだ。


「……わかんない、から」


 花冠を持ってギルバードの太腿ら辺についてた手の甲に、ぽたりと水滴が落ちる。


「怒り方、わかんないよ……こわい」


 だって、怒ったら、聖女を怒らせたって必要以上に恐れられるか、聖女が感情を乱すなって、逆に怒られるし。

 光の精霊も、聖女は心穏やかに、全ての者に慈愛を持って接しなければいけないって、無茶振りしてくるし。

 我儘の言い方も、地球にいた頃からだけど、よくわからない。

 誰かを巻き込まずに自分のやりたいことをやって、欲しい物があるならバイトしたりして買って。

 そうする方が誰にも迷惑をかけないし、自分も遠慮しないでいられるから良いことだって思ってたから、今更甘え方もわかんない。今世の両親は私に興味なくて、小さい頃から手伝わされたけど褒めてもらったことさえないし。

 怒ったり、イラついたりとか、そういう感情を表に出すことで怒鳴られるのが怖いし、受け止めてくれる人もいない。

 それでも友達がいて、成績優秀とか運動ができるとか、イケメンって訳じゃなくても、優しい恋人もいて、両親は一人暮らしの娘を心配して色々送ってきてくれて、週末には絶対遊びにくる兄と姉もいた前世は一人じゃなかったのに、今世の私は一人ぼっちだ。物理的には色んな人に囲まれてるけど、心を許せる人に心当たりがない。

 精霊だって、転生者が愛し子だから私の側にいるだけで、愛し子として、聖女としてそうあれって強要してくるし。

 堰を切ったようにぼろぼろと溢れる涙を拭おうとして、後頭部に回った大きな手に引き寄せられ、布の感触に触れる。


「大丈夫、泣いていいよ。今のお前は、聖女じゃなくて俺の妹だろ。なあ、リオ」

「っ……!っぁ、う……うぅ……っ!」


 優しく、包み込むように柔らかく、甘い低音が頭の中に響いて、温かい手が頭を撫でる。

 両親から名前はつけられなくて、聖女になってからも、聖女とか、聖女様って呼ばれるようになっただけ。

 固有名詞的な扱いではあるんだろうけど、名前を持たない私は、本当なら前世の名前を呼ばれるのも、自分の名前と言うには語弊があるけど……前世で聴き馴染んだ人達の声じゃなくても、自分じゃない誰かに呼ばれるのが嬉しくて。

 懐かしくて、悲しくて、寂しくて、今まで前世として割り切っていた過去のことまでごちゃごちゃに混ざる。

 愛してくれたのに、高校生だったのに、交通事故で死んで、家族を悲しませて、もう二度と、会うこともできなくて。

 私を認めて、私を愛してくれる人はどこにもいなくて、求められるままに単調な日常で時が埋まっていく。

 嫌だと考えているのは認識できてるのに、抜け出したいのは本音なのに、表し方がわからなくなる。


「さみしい、っ……かえりたい。しにたく、なかった……っ!まだ、もっと、いっしょ、に、っ」


 一緒に、いたかった。高校だって卒業したくて、できるって、何の根拠もなく思ってて。

 目先のテスト対策と、恋人と親友と親友の恋人と他にも数人、夏休みには海で遊ぼうと話してもいた。

 海のある街だったから、割と普段から海で遊んでいたし、特別なことって認識もなかったけど楽しみだった。

 今彼らはどうしているだろう。私のことを忘れて楽しんでいてくれるなら、嬉しい。

 悲しんで、嬉しいとか楽しいとか、そういうことを感じられなくなるのは、私が悲しいから。

 だけどそれと同じくらい、忘れられたくないとも思う。我儘だけど、これはしょうがない。

 前世の記憶なんて、持ったまま生まれても役に立つ訳じゃないし、聖女にされる理由になっただけで。

 転生者になんてなりたくなかった。精霊との契約も魔力も魔法もいらない。日本で生きてた頃に、戻りたい。

 元の世界でのことを泣きじゃくりながら語る人間なんて、何を言っているのかわからなくて不気味だろうに、普段面白いこと好きで不真面目気味で、女誑しの称号を与えるに相応しいイケメンなギルバードは何も言わなかった。

 正確には何も言わなかった、という訳ではない。話しやすいように相槌を打ちながら聞いてくれた。聞き上手である。

 前世と合わせても初めてじゃないかというくらい、思いっきり泣きまくった。

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