表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
魔術学院
98/104

16-1

「とにかく,これは国王陛下じきじきのご命令だ.」

言い争う声を聞きながら,アデルはそっとドアから離れた.

「ライゼリート,君は渡された書状の内容を知らずに持ってきたのかい?」

行きとちがい,帰りはまっすぐに客室へ足を向ける.

取り繕う余裕など,今の少年にはない.

「兄貴は,俺には何も言わなかった…….」

くやしげなライゼリートの声を最後に耳にして,アデルは廊下の角を曲がる.

少年自身は冷静なつもりだったが,実際にはあせりだけが少年の心を支配している.

少ない手勢で敵国の奥深くまで侵入して,自分では自覚できない不安や恐れがあったのだろう.

ライゼリートらの会話は,それらを的確に突いたのだ.


書斎では,金の髪の少年と老人が言い争いを続けている.

しかしアデルがいなくなったとたん,陽炎のようにふっと二人の姿は消える.

コウスイによる幻術魔法,これが国王から依頼されたワナであった.


「かかったな.」

寄宿舎の部屋の中で,学院長コウスイは「してやったり.」とほくそえむ.

彼と孫のいつわりの会話を,アデル王子かエイダ王女かは分からないが,双子のうちのどちらかが聞いたのだ.

「ダグラス教官,トゥール教官,」

同じ部屋のソファーに腰かけている二人の中年男性に呼びかける.

「アデル王子とエイダ王女の捕縛をお願いします.」

老人の命令に,心得顔で部下たちは立ち上がった.

「ライムが彼らの逃亡を手引きするという策はなくなったので,手抜かりのあるように.」

「了解! 手抜かりは私の得意技です!」

ダグラスの茶目っ気のありすぎる返答に,トゥールはあきれた顔をしてみせる.

「頼みましたよ.」

いたずら小僧の顔で,老人はほほえんだ.


アデルたちをつかまえるふりをして,取り逃がす.

これこそがイスカの立てた作戦だった.

もちろん,戦争などするつもりはないし,国境の山を越えるつもりもない.

学院の生徒たちがいないのは,アデルたちから身を守るためであって出兵のためではない.

すべてが,うそだ.

信じられないようなうそだが,実際に捕りもの劇を演じることで信じさせる.

猛獣用のおりを引いた馬車も,これ見よがしに用意してあった.


部屋に戻ると,アデルはすぐに姉のエイダに事情を説明した.

しかし,

「そんな話,信じられないわ.」

エイダは,少年の話を真っ向から否定した.

「魔法で国境を越えるなんて,できるわけないでしょ.いくら魔術大国だからって…….」

女装を解きながら,アデルは姉に向かって反論する.

「国境越えの魔法が成功するかどうかは大した問題じゃないんだ,エイダ.」

アデルの命令を待たずに,部下たちが撤収の準備を始める.

「問題は,シグニア王国が戦争を始めようとしていることと,そして僕たちが人質であることだ.」


「すぐに逃げよう.」

黒髪の少年は,腰に二本の剣をさした.

よろいこそ着ていないが,できうるかぎりの臨戦態勢を整える.

気づかずに,用意された舞台の上で予想どおりのダンスを踊っている.

「ア,アデル殿下……,」

そのとき,一人の従者が遠慮がちに二人の間に入ってきた.

「あの,恐れ入ります,……マイナーデ学院の教師と名乗るお方々が面会を,」

「僕一人で応対する.」

最後まで言わせずに,少年は断を下す.

立ち聞きしていたのがばれたのだ,と思った.

「お前たちは,エイダを連れて逃げるんだ.」

「待ってよ,アデル!」

ドアへと向かおうとするところを,姉に引きとめられる.


「先に学院から出るんだ,僕は後で追いかける.」

「でも……,」

まだ何か言いたげな姉に,少年は柔らかくほほえんで見せた.

「僕一人ならどうとでもなる.それにエイダの居場所なら,どれだけ離れていても分かるから.」

それは,近すぎる血のなせる業.

家族ならば,父も母もほかの兄弟もいる.

しかし,本当の家族はたった二人だけだ.

「もしも可能ならば,魔法書の一冊でも盗んで出てゆく.」

少年の黒の瞳に,暗い光が宿る.

手ぶらで祖国へ帰ることを,父王はきっと歓迎しないであろうから…….


「だから心配せずに,」

「逃がしませんよ,西ハンザ王国王子殿下.」

唐突に背にかけられた声に,少年は振り返る.

開いたドアのそばに,見知らぬ男が二人.

双子の姉が,息をのむ音.

少年は叫んだ!

「窓から逃げろ!」

「超越,絶対,君臨,そは魔導の三角,」

アデルの命令と,侵入者の男による呪文はほぼ同時.

「炎の輪よ,小さき者たちを捕らえよ!」

外に面している窓が燃え上がる.

そこから飛び出そうとしていたエイダは,悲鳴を上げて飛びずさった.


「聖なるおりに包まれる罪の,」

逃げる王女をつかまえるべく,魔術師の男は呪文を続ける.

しかし言葉途中に体を折り曲げて,倒れこむ.

目にもとまらぬ速さで,黒髪の少年が彼の腹へ,こぶしをたたきこんだのだ.

「体術かぁ,やるねぇ!」

同じく侵入者の男が,緊張感なく口笛を吹く.

「姉は追わせません.」

黒髪の少年は,双剣をすらりと抜く.

シグニア王国ではほとんどお目にかかれない,少年の構えは二刀流である.


「お手合わせ願いますよ,アデル殿下.」

男の方でも剣を抜く.

魔術師が帯剣しているとは思わなかった少年は,意外な展開に軽く目を見張る.

「あぁ,俺は特別なんです.」

男,ダグラスは,にっと口の端を上げる.

エイダ王女が従者たちとともにこげた窓から逃げるのを,横目で見ながら,

「わが名はダグラス・アーク.アークの末えい,三つの誓いを守る者.」

男の口上とともに,剣が意思のある風をまとう.

「魔術学院マイナーデの教員にして,……多分,学生からの人気が一番高い.」

黒髪の少年は,今度こそ本気で驚いた顔になる.

西ハンザ王国では話に聞いたことしかない,男は魔法剣の使い手だ.


「ちなみに担当教科は特殊魔方陣!」

ダグラスからの第一撃に,少年はそのまま後方へ吹き飛ばされた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ