15-2
「信じられないわ,とってもハンサムじゃない!」
客室に戻ると,姉のエイダは興奮した調子で話しかけてきた.
「あの髪の色! あんなにもきれいな金髪,初めて見たわ!」
アデルはうんざりして,隣国の王弟に夢中な姉の姿を眺める.
彼らは遊びや観光で,シグニア王国まで来たわけではないのだ.
訪問の目的は二つ.
ひとつはマイナーデ学院に代表される,シグニア王国の魔術の知識.
魔術書の一冊でも持ち帰れば,王宮魔術師たちは歓喜して涙を流すだろう.
アデルはソファーに沈みこんで,みずからの思考を進める.
「……聞いているの? アデルったら!」
すねた顔をした少女が,顔をのぞきこんでくる.
「聞いているよ,エイダ.」
軽く流して,少年は再び思考の海へともぐった.
「もぉ! 聞いていないくせに!」
話の流れで,イスファスカ国王の王位継承を認めることになってしまった.
少年はくやしげに唇をかむ.
それに加えてライゼリートとコウスイの態度から,もうひとつの目的は達成できそうに思えない.
ならば…….
ふと思いついて,少年は立ち上がる.
「なぁ,エイダ.……ライゼリート王子のことが気に入ったんだろ?」
いきなり話に乗ってきたアデルに,姉は驚いて瞳をまたたかせた…….
「兄貴の言っていたとおりだな.」
アデル王子とエイダ王女が出て行ったドアをにらみつけながら,ライムはつぶやいた.
「あいつらの目的はマイナーデ学院と,兄貴の国王就任への嫌がらせだ.」
奴隷の国王など認めないという…….
もしくは王弟であるライムと,国内有数の貴族でありマイナーデ学院の学院長であるコウスイに,イスカを裏切れとそそのかしにきたのだ.
「すぐに追い返してやる.」
と,少々かっこつけて宣言する.
すると少年は,後ろから老人に抱きしめられた.
「西ハンザ王国は,奴隷解放の波が自国まで押し寄せてくるのを恐れているのだろう.」
コウスイは穏やかに,国王になったばかりの青年と同じことを言った.
「日に焼けたね,ライム.……よく無事に帰ってきてくれた.」
少し日焼けした少年の金の髪にキスをして,孫の帰還に涙する.
「無事だって,城から手紙を出しただろ!?」
少年は大いに照れて,老人の腕の中から逃げ出した.
「大げさなんだよ,母さんもじいさんも!」
照れ隠しに怒る少年に,コウスイは顔をほころばせる.
「背も伸びたのじゃないかい?」
「一か月もたっていないのに,伸びるわけないだろ!」
少年が真っ赤になってどなると,スーズが三人の女性を連れて部屋に戻ってくる.
娘のリーリアと,生徒のサリナと,もう一人の見知らぬ娘はルッカと名乗った.
孫の頭をひとつなでてから,老人は娘と再会の抱擁を交わす.
「……お帰り.」
娘を抱く老人の声は,自然に深いものとなる.
なんとなく,そう,なんとなくだが,娘は帰ってこないのではないかと思っていたからだ.
「ただいま,お父様.」
にこりとほほえむリーリアは,ただ母親であるだけの笑みを見せる.
ほおにキスを交し合い,コウスイは娘を放した.
「サリナ,君が無事でよかったよ.」
少女の髪をなでると,少女はくすぐったそうに首をすくめる.
「ご心配をおかけしました,学院長様.」
「すまないね,ユーリのことは私の責任だ.」
元生徒であるユーリとイリーナに,学院内での犯罪を許してしまった.
侵入者に対して甘い,学院の警備能力の低さが露呈したようなものだ.
「いえ,そんな…….学院長様のせいではありません.」
頭を下げる老人に,少女はあわてて手を振る.
その少女の後ろでは老人の孫が,少女の身の安全の関することはすべて自分の責任だという顔をして立っていた.
魔術学院マイナーデ.
シグニア王国暦813年に設立された,シグニア王国の最高教育機関である.
設立当初は魔術の研究機関としての役割が大きかったが,今では王宮魔術師や官吏,騎士の育成の方に力を注いでいる.
長い歴史の中では,北西に国境を接する砂れき王国カッパリアからの侵略に対する前線基地となったこともあった.
年長の生徒たちは戦場にも出て,みずからの手で自分たちの学び舎を守ったのだ.
またシグニア王国の魔術の知識を狙って,各国のスパイたちもよく入りこもうとする.
しかしマイナーデ学院の警備は,外国の者に対しては厳しい.
学院長を初めとする教官たちによって,厳重な魔法の結界が張られているのだ.
反面,同国の者,特に生徒やその親族には甘く,例えばサリナの誘拐などが防げなかったりするのだが.
「真正面から名と身分を出してやって来られてね,門番はうまく追い返すことができなかったのだよ.」
今回のアデル王子とエイダ王女の件に関して,コウスイは孫に説明してやる.
「おそらくもっとティリア王国との戦争が長引き,そして国王不在の期間が長期に渡ると踏んだのだろう.」
サリナたちは,さきほどライムによって部屋から追い出されたばかりだ.
少年いわく,危ないから何もするな,アデル王子らには近づくなである.
「それがあっけなく戦争は終結し,もっとあっけなくイスカの王位継承も決まってしまった.」
老人は,老成した政治家の顔でふっと目を細める.
少年は戦場へ旅立つ前に,兄に言われたことを思い出した.
「彼らの驚いた顔を見せてあげたかったよ.」
親父の病気のこともあるが,もうひとつ,戦争を長引かせるわけにはいかない理由がある.
「特にアデル王子は,なかなか信じてくれなかったね.」
近ごろ,西ハンザ王国のやつらをよく王都で見つける,すきを見せるわけにはいかないんだ,と.
「兄貴から,あいつらを追い返す作戦はもらっている.」
少年の言葉に,祖父は心得え顔でうなずく.
西ハンザ王国の者が何と言おうと,赤毛の青年の国王としての資質を,二人はまったく疑っていなかった.




