夜の王子
第二王子殿下の訪問に,両親は大喜びで家で一番いいお茶の葉を出す.
私はそれをイスカのために,いれてやる.
けれど,イスカがそれを飲むことはないのだ.
「一度くらい,お茶を飲んでよ.」
ソファーに押し倒されてから,私は抗議した.
「へ? 茶?」
イスカはまぬけな声を上げる.
「そうよ,お茶! うちの親の涙ぐましい努力を無駄にしないで!」
未来の王子妃を夢見て,両親はもみ手ばかりにイスカに言い寄っている.
王子が一人娘の部屋で何をやっているのか知っていても,見て見ぬふりだ.
「わざわざ辺境地域から取り寄せて,」
聞きたくはないと,首筋に唇が降りてくる.
「後でな,キーリ.」
こうなると,イスカは朝まで離してくれない.
どうして,こうなっちゃったんだろう…….
漏れそうになる吐息を,私は口を引き結んで耐えた.
イスカと私は,マイナーデ学院での同級生だった.
昔からイスカは,どこかもろいところのある少年だった.
昼間は明るい笑顔をしていても,夜になると暗い瞳がのぞきだす.
その瞳に捕らわれて,私はイスカのそばから離れられない.
このひきょうとしか言いようのない青年を愛してしまっている.
「愛している.」の言葉も将来の約束もなく,イスカは無理やりに肌を重ね合わせた.
せまりくる戦争の恐怖から逃げるために…….
王宮ではイスカが中心となって迎撃の準備を進めているらしい.
「怖いのね…….」
自分のおびえを隠すイスカを慰めるのは,昔から私の役目だ.
そっと抱きしめて,イスカが泣きつかれて眠るまで.
けれど子どもではなくなったイスカは,私に体を要求してきた.
ティリア王国軍侵攻の報が王都にもたらされてから,私は何度イスカに抱かれただろう.
もう友だちには戻れない,そして恋人にもなれない.
イスカは恋という感情を恐れ,憎んでいるのだから.
次の日,イスカは弟のライム王子とともに戦場にたったらしい.
軍隊を率いずに,ただ二人だけで長距離転移魔法で跳んだのだ.
王宮に勤めているカイゼが,わざわざ家にやってきて教えてくれた.
「イスカとは,うまくいっている?」
まさか,私たちがこんな関係になっているとは想像だにしない.
カイゼの心配そうな顔に,私はあいまいにほほえみ返した.
「……相変わらず,ケンカばかり.」
うそだ,ティリア王国軍が来てから,イスカに初めて抱かれた日から,……ケンカどころか,まともにしゃべってさえいない.
「大丈夫さ,必ず無事に帰ってくるよ.」
私の顔をどう勘違いしたのか,カイゼは力強く言ってくれた.
そして俺もついていきたかったとくやしげに話す.
イスカは,私たちのリーダーだから.
「絶対にあいつを守ってやるのに,……城なんかより,」
自分の失言に気づいて,カイゼははっと口をつぐむ.
私は何も気づかなかったふりをして,カップのお茶に口をつけた.
知っている,カイゼたちがイスカを国王にと望んでいることぐらい.
王宮騎士であるはずのカイゼの忠誠心は,国王陛下にではなくイスカの方に向いている.
「はやく,帰ってくるといいな……,」
ひとり言なのか,同意を求めているのか分からないカイゼの言葉に,私はうなずいた.
イスカがいるときよりも,眠れない夜を過ごして.
ただイスカの無事だけを祈りながら,彼を待った.
ある夜,ひょっこりとイスカは帰ってきた.
真夜中に,窓から私の部屋へ入ってきたのだ.
「イスカ!」
さすがに憎まれ口をたたく気にはなれなかった.
抱きついて,日に焼けたイスカの体を確かめる.
「よかった…….」
あなたが,無事で…….
優しく抱きしめ返されて,
「キーリ.明日,城へ来てくれないか?」
「うん,いいよ.」
私はもうイスカが生きてさえいれば,どうでもいいと感じた.
「慰めてあげる,……私はイスカのためなら,」
イスカは目を真っ赤にはらしていた.
「何でもできるから.」
泣いていたんだね,国王陛下がおなくなりになったから.
国王としては立派かもしれないが,男としては最低だと言っていたのに…….
「俺……,」
再び泣き出しそうに,顔をくしゃっとゆがめて,
「キーリがいないと駄目なんだ.」
情けない泣き言を言う,愛しい人.
「分かっている,イスカが私に依存していることぐらい.」
きつく抱きしめて,イスカは私を逃すつもりはない.
「だから,そばにいてあげるよ.」
「親父……,」
イスカのおえつを聞きながら,私は彼の背中をたださすった.
まさか次の日に,一生を束縛される言葉を受けるとは知らずに…….




