目覚め
ふと真夜中に目が覚めた.
慣れない感触の寝台に,大きすぎる枕.
男のたくましい腕が,私の体にからまっている.
イスカだ…….
あぁ,そうか.
ぼんやりと,私は思い出す.
私は今日,この青年と結婚したのだ.
暗い沈みこむような赤い髪,日に焼けたせいかんな顔だち.
「イスカ……,」
硬いほおをなでて,呼びかける.
「……愛してる,……ずっと.」
すると眠っていたはずの腕が動いて,強く抱き寄せられた.
「起きたのなら,ちゃんと返事をしなさい.」
裸の胸に向かって,文句を言う.
自分も愛していると,ちゃんと言葉で告げてほしい.
なのに,この情けない男は寝たふりを続ける.
そのくせ,腕の中から逃がしはしないのだ.
「……ったく.」
姿勢を変えて,私は眠りなおすことにした.
「ん? そういえば……,」
ふと思い出したことに,私は眠りなおすことをやめる.
「イスカ,どうやって大臣たちに私との結婚を納得させたの?」
これは正直,疑問だった.
私の家は,貴族とは名ばかりの貧乏貴族.
王妃としてふさわしいとは思えないのに,イスカはただひとりの正妃として私を迎え入れたのだ.
「大臣たちには,有力貴族との結婚を勧められなかったの?」
イスカは国王になったけれど,奴隷の子どもでもある.
妻の方の身分で帳じりを合わせようと,大臣たちは大貴族との結婚を望むのではなかろうか.
なのにイスカは婚姻の儀という正式な場で,妻はひとりしかめとらないとまで公言してしまった.
あれは恋人としてはうれしい発言だったけれど,国王としてはまずい発言だったように思う.
だって,国王ともなれば跡継ぎの問題もあるだろうし.
「ねぇ,聞いているの?」
すると,やっとイスカから反応が返ってきた.
「……正直に言ったら,快く承諾してくれたよ.」
「正直に……?」
嫌な予感がする.
私とイスカは一応,今夜が初夜だけど,……建前は建前でしかなくなっている.
「俺,キーリじゃねぇと欲情しな,ぐっ!?」
もちろん遠慮なく腹にけりを入れてやった.
「い,今のは効いたぞ.」
微妙に涙目になっているイスカを,ぎっとにらみつける.
「何てことを言うのよ!?」
表現が直接的すぎる!
下品にもほどがある!
「本当のことだから,いいだろ!?」
「ほかに言い方はないの!? とんだ国王陛下だわ!」
彼女だけを愛しているとか,誠実でありたいとか,ほかにも言い様はあるはずなのに!
「あ,それから,キーリはすでに妊娠している可能性もあるとも言,」
二回目の攻撃は,だいぶイスカにダメージを与えたらしい.
「容赦ねぇな,キーリ…….」
腹を抱えて,イスカはうめいた.
私は,もしも妊娠していたならば家を出て,ひとりで子どもを育てるつもりだった.
それはたやすくないことだけれども,私にはマイナーデ学院で得た知識,技能がある.
地方の学校の教師でも貴族の家の家庭教師でも,うまくすれば地方官吏としても身を立てることが可能だろうと考えていた.
もちろんひとりで子どもを産み育てることへの,世間の風当たりはきついだろうけれど.
将来の約束も何もなく力づくで抱かれて,悲愴な想いを抱えていたというのに.
「はぁぁぁ…….」
長いため息が漏れる.
なんかもう,ばかばかしくなってきたというか,疲れたというか.
すると再びイスカがきつく抱き寄せてくる.
「けってもなぐってもいいから,俺から逃げるなよ.」
冗談めいた軽い口調に隠した,夜の声.
背筋が,ぞくりとした.
「……どうやって逃げるの?」
挑発的に切り返してみる,口をゆがませる恋人に.
逃げたくても逃げられない.
この腕はけっして,私を離しはしない.
私にしか見せない情けない顔で,私にしか聞かせないひきょうな声で.
「逃がしはしない,一生…….」
婚礼の誓いの言葉以上に,私を縛りつけるのだ.




