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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
王の子どもたち
76/104

12-7

「なんだ,まだ始まっていなかったのか.」

赤毛の青年は「あわてて損した.」と,大口を開けて笑う.

持っていた書類の束をどさっと卓の上に置き,どかっといすに腰かけた.

「さっさと始め,……どうして皆,座らないんだ?」

青年はふしぎそうに,弟,兄,大臣ら,友人らの顔を見回す.


誰も答えてくれないので,イスカが金の髪の少年に視線で問いかけると,

「なぜ,こんなにもずうずうしくふるまえるんだ!?」

弟ではなく兄の方が,たまりたまったうっぷんを吐き出すように口を開いた.

「ラルファード兄?」

赤毛の青年は驚く,兄のあらぶった声を彼は初めて聞いたのだ.

「いつもいつも,俺を無視して,」

顔を紅潮させる兄に,イスカは兄が発作でも起こしてしまうのではないかと危ぶむ.

「落ちつけよ,どうしたんだ?」

兄をなだめようとするのだが,イスカの誠意はまったく届かなかった.


ばしっと乱暴に手を払われて,赤毛の青年は兄の顔を改めて見返した.

暗い,なんて暗い顔をしているのだろう.

「兄……?」

この顔は,つい昨日も見たばかりだ.

……俺はいつでも兄の光の影に隠されていた.

王弟タウリ,シグニア王国の裏切り者.


「俺だって,日の光に当たっているわけじゃない.」

赤毛の青年は今,初めて兄のラルファードと向き合った.

どこか屈折しているまなざし,常にイスカに対して優越感に満ちていた瞳がいつから,こんなにも卑屈になってしまったのだろう.

「親父のことは,今でも嫌いだ.許せない.……母さんは,」

のみこんでしまいそうになる言葉を,息を慎重に吐き出すようにつむぐ.

「……母さんは親父のために死んだ,それでも,」


「玉座は俺がつぐ.」

周囲の者が聞き逃してしまいそうなほどあっさりと,イスカは決定的な言葉を放った.

兄の瞳が驚愕のために,ゆっくりと見開かれてゆく.

「親父のやり残した仕事は,俺がやる.」

卓の上に置いた書類や本の山を,ぽんとたたく.

学校,病院等の建設計画,平民の政治への参加を促進する政策,街と街をつなぐ駅馬車,もしくは牛車の構想まで.

すべて国王リフィールが,一人でやっていたことだ.

「親父のご指名だ,……置き土産を残していきやがった.」

口もとには苦い笑みを,目もとには優しいそれを浮かべて,青年は憎んでいた父親を受け入れた.


「俺は,……認めない.」

くやしそうに歯がみして,ラルファードは顔をうつむける.

しかし彼は,心のどこかでよく分かっていた.

認めないこと,もはや自分にはそれしかできることはない.


「陛下……,」

「お部屋に書類が見当たらないと思っていたら……,」

政務の補佐をしていた大臣らが,ささやき交わす.

国王は,一番嫌っていたはずの息子にすべてを託したのだ.

もはや議論の余地はない,次の国王は……,

「私も認めませんわ,このような薄汚い奴隷など!」

つんざくような女性のヒステリックな声に,大臣らははっとわれに返る.

美しい銀の髪を振り乱して,王女イリーナが叫んでいた.


次期国王は奴隷の息子.

いくら身分平等をうたうシグニア王国でも,許されるはずはない.

「他国からのいい笑いものだわ!」

シグニア王国の周辺諸国には,れっきとした身分制度があるのだ.

「誰もあなたを国王だなんて認めない!」

特に東の大国である西ハンザ王国は,シグニア王国の奴隷解放に批判的であった.

皮肉なことに,シグニア王国の奴隷解放に一番の理解を示しているのは,外洋と接するティリア王国である.


「身分など,何の意味もない.」

静かな声が,混迷する場に割って入ってきた.

「皆も分かっているはずだ,誰が一番国王にふさわしいのかを.」

輝く金の髪,深い緑の瞳.

いかにも王子の容貌を持つ,誰よりも高貴な血筋の少年.

「イスファスカ兄上,」

あろうことか,金の髪の少年は赤毛の青年に向かってひざをつく.

同等なはずの王子に向かって,……いや,母親の身分を考えるとライムの方が位はずっと上である.

「あなたに忠誠を誓います.」

ライゼリート王子の行動に,周囲の者,特に年かさの貴族たちはろうばいした.

イースト家の母を持つ王子が,奴隷の王子に頭垂れるなど……!


「私も,忠誠を誓いましょう.」

王国騎士の青年カイゼも,うやうやしくひさまずく.

「今,この場にいない王国軍一同を代表して.」

もはやこの青年以外の者を,陣頭に立てるなど考えられない.

「私も誓います,」

「俺も,」

たがいに競い合うかのように次々と,若い貴族の青年たちが頭を下げる.

マイナーデ学院での彼らのリーダーは,この国の王となるのだ.

いや,最初から,彼らの中で王はただ一人だけだった.


「誓います,あなたはわれわれの希望ですから.」

出席を許された数少ない平民政務官の男たちが,同時にひざをつく.

事態を見守っていただけの貴族たちも,つられたように忠誠を示しだした.

「認め,ないわ……,」

くやしさに震える王女の声,だが変わりゆく時代はもはやとめられない.

周囲の仰々しさに,王となる青年はあきれたようにため息を吐いた.

「忠誠をありがとう,……ただしイスファスカ陛下なんて,さらにかみそうな名前で俺を呼ぶなよ.」


「兄貴!」

小声で,一番そばにいたライムが注意する.

「呼び名くらい好きにさせろよ.だいたい兄貴は,」

すると兄は,おどけたように肩をすくませた.

「昔はイスファスカ兄上って言えなくて泣いていたくせに.」

「だ,誰がそんな理由で泣くか!?」

ウインクする青年に,少年は真っ赤になって言い返す.

少年の隣に座っていたサリナが,くすくすと笑い出し,

「サリナ!」

周囲の若者たちも,どっと笑い出す.


新しい時代の産声に,ここから始まる新しい何かに.

青年たちはただ笑い,肩をたたき合うのであった…….

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