12-6
次期国王を決める会議には,国内の主だった王族,貴族らが参加する.
平民でも政務に深く関わっている者は特別に出席を許されており,この会議は何もかもが異例づくしであった.
本来,後継ぎは国王が決めるものである.
シグニア王国の王位継承の権利は,王の子どもたちにしかない.
王から息子,もしくは娘へと受けつがれてゆくのだ.
そして王が後継ぎを決めずになくなった場合は,慣習に従い長男が王位をつぐ.
しかし,今回は……,
「サリナ,」
金の髪の少年は,居心地悪そうに王族の席に腰かけている少女のもとへと向かう.
なんとなく,少女のくせ毛の髪がいつも以上に跳ねているような気がする.
「……体,大丈夫か?」
まわりを気にしながら,そっと少女の耳もとでささやく.
とたんに少女は,顔を真っ赤にした.
「う,うん,……だ,だい,じょぶだよ.」
少年の体温を意識して,少女はかちんこちんに固まってしまう.
こんな調子では,姉弟のふりなどできない.
あからさまにぎこちない少女の態度,しかし少年は少女を責められない.
少年は何も言わずに,少女の隣に腰かけた.
会議の主役である王の子どもたちは,まだ彼ら二人を除いて誰も来ていない.
ほおを赤く染めてうつむいている少女の横顔を眺めながら,少年はぼんやりと兄たちの到着を待った.
不可侵であるはずの玉座に座る者を,話し合いで決める.
そのようなことは,いくら身分制が崩れつつあるシグニア王国でも初めてのことだ.
厳格な身分制が存在するほかの国の者が聞けば,わが耳を疑うことだろう.
しかもその話し合いの場に,下級貴族も平民も参加する.
参加者は五十名を超え,会議場はまんぱいの状態だった.
会議の議長を務めることになった大臣ダガは,落ちつきなく周囲を見回していた.
彼が議長に選ばれた理由は,単純に大臣の中で一番年齢が高いからである.
ふと金の末王子と視線が合う.
せいかんさの加わった美しい顔だちの王子に向かって,ダガはこびるようにへらっと笑ってみせた.
対する少年の方は興味なさげに,にこりともしない.
相変わらずかわいげのないガキだ.
王族に対する礼儀もどこへやら,ダガは心の中だけで毒づく.
母親の身分のみを考えると,ライゼリート王子が一番,玉座に近い.
ダガはそう考えて,昔からこの王子に取り入ろうとしていたのだが,それが成功した試しがなかった.
そろそろ会議の始まる刻限である.
第一王子のラルファードと王女のイリーナがそろって入室し着席すると,ところどころで立ち話をしていた貴族たちも席に座り始める.
だが,もっとも人々の関心を集めている赤毛の王子は,いまだ姿を見せない.
声が大きくてうるさいだけなのかもしれないが,同じ部屋にいるとすぐに分かる存在感のある青年である.
いったい何をやっているのだ,とライムはドアの方へ視線をやる.
すぐに,同じような顔をしている兄の学友たちに気づく.
彼らは少年に,イスカを呼んで来てほしいと目で訴えかけた.
このような直前の時刻になると,若手貴族である彼らは勝手に席を立つことは許されない.
了承した,と金の髪の少年は軽くうなずいてみせる.
「サリナ,行くぞ.」
少年は,さっと立ち上がった.
「え? あ,……うん.」
王族の席などに,大切な少女を一人にしておけない.
少年は,状況をよく分かっていない少女を促して,席を立たせる.
「どこへ行くのだ,ライゼリート.」
すると少年は,横から冷ややかな声をかけられた.
「会議が始まるのに,どこへ行くのだ.」
黒い髪,冷めた瞳.
言葉のとげは隠しようがない.
「ラルファード兄上……?」
長兄ラルファードの憎しみのこもった視線を,少年は初めて受けた.
「兄,イスファスカ兄上を迎えに,……行きます.」
好かれていると感じたことはない,きっとうとまれているだろうと思っていた.
しかし,これほどまでとは…….
「必要ないだろう.今,この場にいないことがイスファスカの出した答えだ.」
そもそもこの長兄とまともに話したのは,これが初めてだ.
マイナーデ学院でも王宮でも,たがいに避けとおしてきた.
兄と弟の不穏な会話に,部屋にいる者は皆,息を詰める.
「……寝坊しているだけかもしれません.」
少年の下手な言いわけを,ラルファードは馬鹿にしたように笑った.
「それこそ,国王にふさわしくない態度だ.」
ラルファードは唇を嘲弄する形にゆがめる.
金の髪の少年が,何と返していいのか分からないでいると,
「起きたまま寝言をおっしゃる方よりは,ずっと玉座に見合うだけの男ですよ.」
再び横合いからしゃべりかけられる.
「会議には遅刻しても,ティリア王国軍の侵攻をとめたのはイスファスカ殿下です.」
シグニア王国騎士のお仕着せを着こんだ青年,カイゼである.
イスカのマイナーデ学院での級友であり,稀少な魔法剣の使い手として有名な戦士だ.
「イスファスカ殿下とライゼリート殿下です,実際に戦場で戦ったのは.」
王国軍の者は,いまだ国境か,国境へと向かう旅路から帰ってきていない.
この会議に出席しているのは,留守居部隊のカイゼのみである.
「ラルファード殿下,あなたは体調が思わしくなく起き上がれないとうかがっておりましたが,……大丈夫なのですか? 会議に出席して.」
青年は,皮肉な口調を隠そうともしない.
ラルファードが病を理由に戦場へ行かずに,安全な王城で戦いをやり過ごしたことをやゆしているのだ.
「俺を愚弄する気か!?」
大きな音を立てて,黒髪の王子はいすから立ち上がる.
「俺は……!」
しかし彼が仮病を使って国防をさぼったことは事実なので,言葉が続かない.
弟が少し驚いた顔をして,ラルファードの激情を見守っている.
澄んだ深緑の瞳,輝くばかりの金の髪,母親であるリーリアと同じ……,
「何だ!? その目は!」
いきなりラルファードは,金の髪の少年につかみかかった.
「容姿だけで,父上に気に入られて,」
胸ぐらをつかまれたライムはとまどったまま,何の反応も返せない.
「ライム……!」
サリナの心配する声を聞いて,少年はわれに返ったように兄の手から逃れる.
ついで,少女を守るように前に立った.
「兄上……?」
興奮したためか,息を切らしている兄.
少年にとっては,どこまでも印象の薄い兄である.
いや,もしかしたらここまで印象が薄くならなかったのかもしれない.
「で,殿下方,……会議を始めますので,」
ダガ大臣が二人の王子の間に,おろおろと割って入る.
「どうぞ,ご着席を,」
ラルファードは老人のひくつな笑みを,ぎっとにらみつけた.
「なぜ長男である俺がいるのに,このような会議を……!」
あの,赤毛の青年さえいなかったのならば,ここまで印象が薄くなど,
「すまん! 寝坊した!」
その瞬間,場ちがいなほど明るい声が部屋に入ってきた.
「つい夜更かしして……,」
燃えるような赤い髪,生気に満ちたこげ茶色の瞳.
「……ん? なんだ?」
片腕に大きな本や書類を抱えて,ドアを開いた青年は状況が分からずにとまどう.
イスファスカ・トーン・シグニア,赤の第二王子.
この青年のために会議は開かれたといっても,過言ではなかった…….




