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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
失われた光
65/104

11-1

雨が降る.

戦いの名残が残る戦場に.

ぼんやりと国境の方角を眺めていると,少女は少年に黒いマントを着せられた.

「……ありがとう.」

礼を言って,振り返る.

自分を見つめる少年の,大人びたまなざしにどきっとした.

すると少女は両肩をつかまれて,耳もとでささやかれた.

「来てくれてありがとう.」

ほとんど息のような少年のささやきに,かぁっと顔が赤くなる.

対する少年は普通の顔をして,さっと少女を手放した.


「サリナ,すぐに家まで送るよ.」

雨にぬれる少女に,少年はフードを乱暴にかぶせる.

「サリナの親には,俺から謝るから.」

きっとこの少女は親に黙ってか,親の反対を押し切ってか,ここに来たにちがいない.

「あっ! ライム,私,」

勝手に話を進める少年を,少女は赤い顔のままであわててとめた.

「ごめんなさい,思い出したの,」

だが,言葉の続きはここでは言えない.


まわりには戦い終えた兵士たちが歩き回っており,王子とともにいるサリナをふしぎそうに眺めていた.

中には疲れきって,ぱらぱらと降る雨の中,座りこんだまま立てない者もいる.

遊軍を多く作ってしまったティリア王国軍に対して,シグニア王国軍の兵士たちは皆,体力,魔力の限界まで戦い通した.

新兵から前回の戦いを経験した老兵まで,疲れていない者はいない.

情けない話だが,今,ティリア王国軍が引き返してきたら,なすすべもなく敗北するだろう.


「……お父さんに,これをもらったの.」

サリナはライムに,国王リフィールの名の入った銀の腕輪を見せた.

少年は少女から腕輪を受け取り,そして形のいいまゆをひそめる.

「……聞いたのか?」

険しい顔をする少年に,少女はうなずく.

「うん.」

うなずいてから,ふと気づく.

まるで少女の出生について,前から知っていたかのような少年のたずね方に.

「ライム,知っていたの?」

少年は,少女の肩をぐいと抱き寄せた.

「くわしい話は後でいいか?」

「う,うん…….」

自分に同情しているらしい少年のつらそうな顔.

そこまで自身の身の上を悲しんでいるわけではない少女は,気持ちの優しい少年に申し訳なく思った.


少年は少女の手を引いて,赤毛の兄の姿を探した.

するとすぐに見つかる,兄のまわりは常に騒がしいからだ.

最前線で軍を率いて戦い,一番疲れているはずなのに,座りこむ兵士たちを立ち上がらせようとしている.

「かぜをひくぞ! さっさと立て!」

しかもイスカが率いたのは,王都に勤めるエリート軍人たちではなく辺境警備の兵士たちだ.

魔法の呪文をまともに唱えることができない者もいたのだが…….

「もう少し休ませてください,殿下…….」

ぐったりと座りこんだままの兵士の腕を,イスカは強引にひっぱった.

「ケツがぬれるだろうが,ケツが!」

王子とは思えない下品なことを大声で言う.

しかしこの下品な王子の策と作戦遂行能力のために,シグニア王国軍は勝利を治めたのだ.

指揮官の技量がそのまま,全体の勝敗を決した.

兵士たちのまなざしが,無言で青年にさらに大きなものを期待していた…….


「兄貴!」

少年が呼びかけると,兄はすぐに飛んできた.

「ライム!」

「うわぁ! 汗くせぇ!?」

少年少女を,がばっと抱きしめる.

「ここまで強いとは思わなかったぞ!」

身体全体で,弟の武勲を喜ぶ.

「離せ! うっとおしい!」

大柄な兄の腕の中で,少年はじたばたと暴れた.

「サリナに触るな! エロ兄貴!」

少年が真っ赤になってどなると,イスカはぶーっと吹き出した.

さきほどまでのたった十七の少年とは思えない戦いぶりはどこへやら…….


「そんなに,やかなくてもいいだろ?」

げらげら笑うと,さらに少年の顔が不機嫌なものとなる.

実際,ライムの働きはイスカの予想以上だった.

もっと早くに魔力がつきて,サリナを呼ぶと思っていたのに.

「すばらしい武勲だ,ライゼリート.」

笑いを抑えて,イスカは唐突にかしこまった.

金の髪の少年はとまどう,あまりにも兄のしぐさが父である国王リフィールに似ていたからだ.

「サリナも,ありがとう.……兵士でもないのに戦場にひっぱってきて,悪かった.」


「あ,私は何もしてないです!」

礼を言われて,少女は心から恐縮する.

落ちついた青年のものごしには威厳さえも感じられて,知らない人のようだ.

「ライムにずっと抱っこされていただけですから.」

少女のせりふに,赤毛の青年はぷっと笑う.

するととたんに,イスカはサリナにとってのマイナーデ学院での先輩になるのだ.

「大丈夫か? サリナ.」

少女のでこをこつんとたたいて,青年はいつもの調子に戻ってからかう.

「変なとこを触られてないか? このエロガキに.」

「え? ライムはそんな,」

「兄貴!」

と,いきなり少年は二人の間に割りこんできて,兄の胸ぐらをつかんだ.


驚く少女の前で,少年はなにやら青年に向かって耳打ちをする.

どうやら怒って兄につかみかかったわけではなさそうだが……,

「ライム,……今さら,あわてても無駄だ.」

あたりをはばかるようなイスカの声に,サリナはそっと二,三歩下がった.

人に聞かれたくない話をしているらしい,すると,

「サリナ,離れるな.」

頭の後ろに目でもついているのか,少年が呼びとめる.

「明日の朝,魔力が回復次第,てめえを城へ送り返すからな.」

少年は兄の顔をにらみつけたままで,手を離した.


「転移魔法でか? どう考えても魔力が足りねぇぞ.」

青年が驚いて聞き返す.

幻獣がいなくなった今,サリナの魔力はもはや頼れないと言っているのだ.

「足りなければ,百人でも二百人でも集める.」

金の髪の少年は平然と答える.

「おい,誰が魔力を統率するんだ!?」

イスカは顔を険しくして問い返した.

通常,集団でひとつの魔法を完成させるといっても,せいぜい五,六人程度である.

しかも熟練した腕のよい魔術師でなくてはならない.

「もちろん,俺が,」

「駄目だ,反対だ! 魔力が暴走したらどうするんだ.」

制御できない魔力にのみこまれることの恐ろしさを,この弟はよく知っているはずなのに.

「俺ならできる,いや,多分,俺にしかできない.」

少年の深緑の瞳には,静かな自信が映っていた.

兄に反論を許さないだけの強さが.

「次の王となるのは兄貴だ.俺は必ず兄貴を城へと送り返す.」

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