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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
名のない少年
47/104

8-1

シグニア王国とティリア王国は長年の敵国同士である.

国土に砂漠地帯が多いティリア王国にとって,水と緑に恵まれたシグニア王国は魅力的すぎた.

そして内陸部に位置するシグニア王国にとって,外洋に通じる大きな港をいくつも持つティリア王国はまぶしすぎた.

ティリア王国は穀物の育たない貧しい国土を持つが,サッカリナ地方一の貿易大国である.


シグニア王国とティリア王国の戦いは,常に同じパターンに終始する.

なぜならティリア王国軍が剣士を中心とした軍隊であるのに対して,シグニア王国軍の主力は魔法兵であるからだ.

つまり接近戦になればティリア王国が勝利し,接近戦に持ちこませなければシグニア王国が勝利するのである.


そして,今.

シグニア王国歴1203年,再び戦いの火ぶたは切って落とされた…….


「ライム,ちょっとこっち来い.」

戦場についてから四日目のことである,金の髪の少年は赤毛の兄に呼ばれた.

「お前に恋文だ.」

王子であり,最高指揮官という立場にも関わらず,イスカは兵士たちとともに早朝のしょう戒に出ていたらしい.

皮肉な笑みを見せながら,矢に結びつけられた紙を弟に手渡す.

「恋文?」

少年が紙を広げると,文字を読める年若の兵士たちものぞきこむ.


飾らないイスカに,身分にこだわらないライム.

兵士たち,特に若い者たちはすっかりこの二人の王子に打ち解けてしまった.

愛称に敬称をつけた,けったいな呼び方で気軽に彼らを呼ぶ.

「ライム殿下,この内容は……,」

金の髪の少年は紙をくちゃっと丸めて,端正な顔を上げる.

「真っ赤なうそだ,母は無事に王城にいる.」

手紙にはリーリアを人質にとってあり,母が大事ならば今すぐシグニア王国を裏切れと書いてあった.


差出人は遠征軍最高指揮官,シグニア王国元第二王子タウリ.

実の父親からの手紙に,少年はふしぎなほど何の感慨もわかなかった.

「最高指揮官タウリ……,かぁ.」

兵士たちと同じく手紙をのぞきこんで,赤毛の青年が考えこむようにつぶやく.


国境地帯にいるティリア王国軍三万に対して,シグニア王国軍は辺境警備の四千のみ.

馬鹿正直に真正面からぶつかって勝てるはずはない.

初戦は相手の出鼻をくじいて,なんとか勝利を得たが……,

「裏切ったふりをして,俺がティリア王国軍陣中に乗りこもうか?」

真剣な弟の顔に,イスカは自分の思考が読まれたような気がしてぎくりとした.

「捨て身の作戦か,かっこいいな.」

しかしすぐに,軽く笑って切り返す.

「却下だ,そんなことをしたら兄弟の縁を切るぞ.」

頭をこつんとたたく兄のこぶしを,金の髪の少年はむっとして払いのけた.

「切られたって惜しくないさ.」

すると赤毛の青年は,にやっと人の悪い笑みを浮かべる.

「じゃぁ,お前の恥かしい過去をばらしてやる.」

「はぁ!?」

ライムは思いきり顔をしかめた.


唐突に始まる,いつもの兄弟げんかに兵士たちも笑い出す.

「兄貴とちがって,俺には恥かしい過去などない!」

真っ赤になってどなり返す少年に,青年はあさっての方向を向きながらしゃべる.

「あれはライムが三年生のときだったかな,真夜中に俺の部屋にやって来て,」

少年はあわてて兄の口を両手で押さえようとした.

情けないことに,思い当たる節があったらしい…….

「兄さん,変な夢を見ちゃったって,」

「うるさい! 黙れ! てめえなんかを頼った俺が馬鹿だった!」

兄の口をふさごうとする弟に,大口を開けてからからと笑う兄.

友人同士のように,兵士たちもはやしたてる.

「ライム殿下,どのような夢をご覧になられたのですか?」

「か,関係ないだろ!?」

朝の光の下,男たちの陽気な笑い声がどっと響く.


うわさに名高い赤の第二王子に,金の末王子.

将来,イスカが王座につき,ライムがその補佐をするのならば,きっと国民,特に平民にとってよい政が行われるにちがいない.

兵士たちはいつの間にか,そう期待するようになっていた.


たあいのない雑談の途中で,

「サリナ……?」

ふと金の髪の少年が真顔になってつぶやく.

「ん?」

ふしぎそうに赤毛の青年が聞き返すと,

「よけろ! 転移魔法だ!」

ライムはどんっとイスカを押し倒す,その瞬間,さっきまで彼らがいた空間に炎が出現した!


「なっ…….」

地に倒れたままで,青年は炎の中を凝視する.

外にいた兵士たちは皆,敵の攻撃かとあわてだす.

「サリナ!」

立ち上がった金の髪の少年が,炎に手を差し入れる.

するり,と炎の中から一人の少女が抜け出た.

まるで精霊が自然のエネルギーから生まれいでるように.

少女の薄茶色の長い髪が炎に舞い,揺らめくまなざしがただ少年だけを見つめている.

「……ライム,」

にこりとほほえむと,少女の夢見るような瞳は閉ざされる.

少年と少女の幻想的な光景に,兵士たちは思わず息をのんだ.


倒れかかってくる少女をしっかりと受けとめて,

「なぜ……?」

少年がつぶやくと,いきなり少女以上の加重がかかってどすんとしりもちをつく.

「な,なんだ!?」

少年は腕の中に,少女と薄水色の髪の青年を抱えこんでいた.

「……ライム殿下?」

長身の青年は瞳をまたたかせながら,あたりをきょろきょろと見回す.

「まさかここは,国境地帯ですか?」


「派手な登場だな,スーズ.」

上から降ってくるあきれた声に,スーズは顔を上げる.

この青年にしては珍しく,まぬけ面であった.

「イスカ殿下,……信じられません,私たちはついさっきまで城にいたのに.」

城からここまで一気に飛んできたのだ,サリナ一人の魔法によって.

スーズは,下敷きにしてしまった少年に謝ってから立ち上がった.

そしていまだ信じられないといったように,周囲を見回す.

兵士たちが驚いた顔をして青年の方を眺めていた,そして炎はいつの間にか消え去っていた.

魔法を行使した当の本人である少女は,金の髪の少年の腕に抱かれて安らかに眠っている.


ライムはそっと,少女の暖かなほおに触れた.

きっと少女は少年を追いかけてきてくれたのだ.

「お前に会いに来たんだな…….」

からかうような兄の声を背に受けて,少年はぎくっと震える.

「愛の力ですね.リーリア様がライム殿下が戦場に行ったと教えたとたん,こうなりましたから.」

「い,いいだろ,別に!?」

少女を大事そうに抱えこんで,少年は真っ赤になって言い返した…….

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