一緒に踊ろう!?
「ライム少年よ,君ももう十二歳だ.」
「はぁ.」
東校舎三階にあるダンスフロアーで,金の髪の少年はまぬけな返事をした.
「優しくて慈悲深いお兄様が,君に社交ダンスを手取り足取り教えてしんぜよう.」
腕を組んで,妙にいばっている赤毛の兄の申し出を,
「お断りします.」
少年は速攻で断った.
「何だよ! 人がせっかく教えてやろうと言ってんのに!」
大柄な赤毛の少年は,小柄な金髪の少年に襲いかかる.
「いらねぇよ,ダンスなんて! だいたい兄貴に教わるなんて嫌すぎる!」
ライムのカウンターアタックは,ひたすら兄の足もとをけりつけるという乱暴なもの.
「踊れないと,すげー恥をかくんだぞ!」
イスカは弟の両ほおを,ぐいぐいとひっぱって対抗する.
「しょ,しょれは,てめぇの,体験談かひょ!?」
いつもの兄弟げんかに,亜麻色の髪の少女はため息を吐いた.
イスカのクラスメイト,眼鏡をかけた少女キーリである.
「ライム王子,ここは素直にイスカに教わった方がいいわよ.」
別に踊れなくても支障はないといえばないのだが,やはり恥をかくことは恥をかく.
特にこのライム少年は,血筋もよければ見た目も,とてもかわいらしい.
将来はきっとハンサムな青年になるにちがいなく,さぞかし多くの女性からダンスを所望されることだろう.
「……キーリ先輩がそう言うのなら.」
金の髪の少年は,あっさりと了承した.
「おい,なんでキーリの言うことは聞いて,俺の言うことは聞かないんだ?」
不機嫌丸出しの兄の声に,弟はきっと言い返す.
「兄貴とキーリ先輩とじゃ,信用度がぜんっぜんちがうんだよ!」
「生意気言うようになったな! この口が,このちっちゃいお口が!」
イスカは,再び弟のほおをつねりだす.
「い,いだい……! やめろ! ごのぐぞ兄貴!」
いつになったら,ダンスの練習ができるのやら…….
キーリは次は,わざとらしいぐらいに大きなため息を吐いた.
「……というわけで,踊るぞ!」
「う,うん……?」
いきなり兄に抱き寄せられて,金の髪の少年はとまどう.
「それっ,一,二,三,四……,」
意外にりゅうちょうな兄の足さばき,正確にステップを踏んでゆく.
しかし,
「なぁ,兄貴,……俺は女役の練習をしていないか?」
少年に必要なのは,男役の踊り方なのでは……?
するとまったく悪びれずに,兄は答える.
「あ,しまった.……でも仕方ないだろ.俺が男役やってんだから,必然的にライムは女役だ.」
「おいっ!」
兄に文句を言おうとすると,亜麻色の髪の少女が二人の間に入ってきた.
「イスカ,あんたねぇ……,」
眼鏡の少女は,完璧にあきれ顔だ.
彼女のクラスメイトは,弟にまじめにダンスを教える気はないらしい.
「ライム王子,私と一緒に踊ろ.」
年上の女性に,にこっとほほえまれて,少年はほおを淡く染め上げた.
「は,はい……,」
差し出された手をとろうとすると,いきなりその手が遠くなる.
見上げると,兄が少女を後ろからつかまえていた.
「ん? 何よ,イスカ.」
少女からは見えない,赤毛の少年の照れたような怒ったような顔.
ライムは,さっと手を引っこめる.
「お,俺,別の練習相手を連れてくる!」
少年は逃げるように,ダンスフロアーを飛び出していった.
「どうしたの,ライム王子は?」
ふしぎそうに目をまたたかせる少女に,
「さぁ?」
あいまいに答えて,少年は少女を手放した.
金の髪の少年は,クラスメイトのサリナを連れてきた.
薄茶色の髪の少女は「私はダンスなんて踊れないよ.」と,ものすごくとまどった顔をしている.
なぜ自分が練習相手に選ばれたのか,分からないようだ.
「ちょうどいいから,サリナちゃんにも教えてあげるね!」
キーリはサリナの小さな体をぎゅっと抱きしめた.
「先輩,私は平民ですよ.」
少女の腕の中で,さらに小さな少女がじたばたとする.
「ダンスなんて必要ないです.」
「何ごとも経験!」
サリナの頭をぐりぐりとなでながら,キーリは笑う.
キーリは,この唯一の平民生徒であるサリナを妹のようにかわいがっているのだ.
自分よりも身分いやしい者が初めてできて喜んでいるだけだと,心ない生徒や教官たちは中傷するのだが,キーリもサリナも気にしていなかった.
キーリは一応貴族の娘ではあるが,名ばかりの実の伴っていない貧乏貴族の娘である.
魔法の水晶から,録音されたワルツの音楽が流れる.
マイナーデ学院の生徒ともなると,この程度の魔法具の扱いくらい心得ている.
その音楽に合わせて踊る十二歳と十三歳の少年少女,しかし……,
「きゃぁ!? ごめんなさい,王子!」
殊勝なことに少年は足を思いきり踏まれても,うめき声を上げなかった.
「いや,別にいい……,」
さすがに顔をしかめてしまったが.
と思うと,次は,
「うわ,あわわわ……,」
右に左にのステップに,少女の足はこんがらがる.
そして足よりも,少女は頭の方が混乱しているようで…….
「サリナ……!」
少年がフォローしようと,少女を強く抱き寄せると,
「やだっ,エッチ!」
真っ赤になって,少女が少年のほおを打つ.
予期していなかった少女からの攻撃に,さすがの少年も頭がくらくらと来る.
「ご,ごめんなさい! 王子!」
すぐに誤解に気づいて,少女は謝る.
謝罪するのだが,変に勢いづいて少年の方に迫ったために,二人そろってバランスを崩し,
「うわぁ!?」
「きゃーー!」
フロアの床に倒れこんだ.
バンっと大きな音がして,さらに殊勝なことに少年はみずからを下敷きにして少女をかばったらしい.
「王子! 大丈夫!?」
背中を強打した少年は再起不能である.
ダンスとは,かくも過酷な試練だとは…….
「お~い,大丈夫か? ライム.」
さすがに同情心を覚え,兄とキーリもやってくる.
喜劇みたいで笑えるのだが,さすがに金の髪の少年がふびんだ.
「……大丈夫だ,気にしなくていい.」
なんとか起き上がって少女を慰める少年に,イスカとキーリは感心を通り越してあきれ果てた.
「ライム王子って優しいんだね……,」
「馬鹿,体がもたねぇぞ.」
あきれる二人の前で,金の髪の少年は立ち上がる.
と,いきなり薄茶色の髪の少女が,ライムに抱きついた.
「ごめんね,王子.ありがとう.」
あざやかに少年のほおにキスをして,真っ赤になる少年には気づかない.
愛情たっぷりの家庭で育ったサリナにとって,キスは単なるあいさつだ.
「キーリ先輩,ごめんなさい.やっぱり私には無理みたいです.」
硬直するライムにはかまわずに,少女はキーリに向かって言った.
「う~ん,……でもね,」
キーリはあいまいに笑みを返す.
ダンスの上手下手は関係なく,ライム少年が一緒に踊りたい相手は,
「大丈夫,そのうちうまくなるわよ!」
にっこりとほほえんで,四つ年下の少女を励ます.
……それまでライムの体がもつかどうかは,はなはだ疑問なのだが.
「……そうですか?」
サリナの自信のない問いかけに,
「もちろん!」
イスカとキーリは声を合わせて,無責任に確約するのであった…….




