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7-3

魔法と一口に言っても,さまざまなものがある.

例えば苦い薬を少しだけ甘くするといった気休めでしかないものから,大地を震わせ,地形を変えてしまうものまで…….

その中で,長距離転移魔法は最高級の高等魔術のひとつであった.


しかも王都から国境まで一気に飛ぶのだから,王宮魔術師たちの顔は自然と険しくなる.

彼らは皆,マイナーデ学院の卒業生たちだ.

魔方陣に一歩足を踏み入れたとたん,ライムはまとわりつくような魔力を感じた.

床に描かれた紋様そのものが,すでに力を持っている.

このような完璧な魔方陣を作ることができるとは,さすがは魔術大国シグニアの王宮魔術師といったところか.


ユーリはきっとサリナの魔力を利用して,マイナーデ学院から王都へと飛んだにちがいない.

そう思うと,妙な独占欲で金の髪の少年は胸がむかむかした.

「イスカ,」

すると王宮魔術師の中でもっとも年若い青年が,少年の隣に立つ兄に話しかけてきた.

「先輩,どうしたんですか?」

マイナーデ学院の卒業生たちは今でも,赤毛の青年のことを親しげにイスカと呼ぶ.


「……ラルファード殿下は行かないのか?」

青年の含みのある言い方に,ライムはあることに気づいてはっとした.

もしもライムたちが戦場にいるうちに,国王がなくなったら…….

「俺とライムだけで,けちらしてやりますよ.」

いたずらっぽく笑う兄に,少年と魔術師はともにまゆをつり上げる.

「そういう意味じゃない! もしも国王陛下が,」

「兄貴!」

「これが最良の策なんです,先輩.」

淡々と答える兄に,少年はつかみかかるように言い返した.

「お,俺が……,」

しかしすぐに言葉に詰まってしまう.


少年には守護竜がついていないのだ.

最良の策,それはライムが戦場で戦い,イスカが王都を守護することである.

なぜなら今もっとも王にふさわしいのは,少年の目の前にいるこの赤毛の青年だからだ.

王なき後,王国を統べるべきはこの青年,そんなことは誰の目にもあきらかだった.


「ラルファード兄には王都の留守を守ってもらう.」

青年はいきり立つ二人に向かって,静かに宣告した.

これでは国王の死と同時に,第一王子ラルファードの国王就任が決まる.

遠く離れた戦場で,イスカはどうすることもできない.

「俺は,いや,俺たちはあきらめないからな…….」

魔術師の青年は口惜しそうにうめいた.

彼はマイナーデ学院では,イスカではなくラルファードの同級生である.

なのに…….


「先輩は俺のことを買いかぶっていますよ.」

赤毛の青年はおどけたように笑ったが,魔術師も弟もまったく同調しない.

むしろ険しい目をして,自分たちの意志を確認するように顔を合わせている.

「……できるだけ早くに城に帰ってきます.」

イスカがため息まじりに言うと,「頼んだぞ.」と肩をたたいて魔術師は魔方陣の外へと出た…….


彼らの会話を見守っていた年かさの魔術師たちも,魔方陣から離れだす.

妙に意味ありげな視線は,事情を分かっているのかいないのか.

それを見やってから,少年はもの言いたげな顔を兄に向けた.

「大丈夫だ,ライム.」

イスカは弟の柔らかな金の髪の頭をぽんとたたく.

「お前に人殺しはさせねぇよ.」

そういうことを言いたいのではない,少年はむっと兄の顔をにらみつけた.

「俺は国王にはイスカ兄貴がなるべきだと思っている.」


弟の強い視線に,イスカは少しとまどう.

「なってほしいと思っているわけじゃない,なるべきだと今は考えているから.」

まっすぐに兄の顔を見つめて,少年は自分の意見を口にする.

子どもだったのにな……,青年は思わずくくっと笑ってしまう.

「なんだよ.」

少し怒り調子でしゃべる少年の,足もとの魔方陣が輝きだす.

再会のたびに思い知らされる,十代という時代の成長の速さを.


魔術師たちによる呪文の詠唱がえいえいと続く中,イスカは親のような感慨を持って弟の姿を見つめ返した.

「もう妹って言えないなぁ…….」

マイナーデ学院で初めて会ったときは,なかば本気で妹じゃないのかと思ったのだが.

「当たり前だろ!?」

不機嫌な顔つきになる少年の顔が,まばゆい光に包まれる.

「二年半前までなら言えた.」

妙にいばって,青年は胸を張る.

少年が再び何か言い返そうとしたとき,白い光がスパークした.


視界が漂白される.

体が引きちぎられるような痛み,次に階段から落ちるような浮遊感が少年を襲う.

自分の体が移動する瞬間,少年はただ一人の少女の名を呼んだ…….


「……来た.」

真っ赤な洛陽の光を浴びて,一人の男がつぶやいた.

金の髪の壮年の男だ,口もとに皮肉な笑みを浮かべて北の方を眺める.

「……誰が,ですか?」

男の周囲にいた兵士の一人が,遠慮がちにたずねる.

「俺の息子,……ライゼリート・イースト・トーン・シグニアだ.」

兵士は信じられないものでも見たかのように,瞳を見開いた.

「これで戦況が動くぞ.」

かつての故国を見つめて,男はむしろ誇らしげに息子の名を口にする.


シグニア王国元第二王子タウリ,四十歳という年齢を感じさせない若々しい肉体を持つ男である.

二十二歳のときにシグニア王国を出奔し,ティリア王国へと身を寄せた.

そのときもティリア王国国王にシグニア王国への侵攻をそそのかしたのだが,国王は彼の提案を拒絶した.

七年前の敗戦の記憶がまだまだ新しく,また当時第一王子であった国王リフィールが,たくみな外交をしかけてきたからだ.

よって,ティリア王国は公には何の行動も起こさなかった.


今回,彼は金の末王子ライゼリートが必ずシグニア王国を裏切ると言って,国王に侵略をそそのかした.

「子が父に従うのは当然です.」

したり顔でしゃべるタウリに対して,国王はけげんな顔で反論する.

「おぬしはいつもライゼリート王子が自分の息子であると言っていたが,彼には幻獣が,それもとてつもない力を秘めた幻獣がついていたのだぞ.」

タウリはライゼリートは自分の息子であり,幻獣などついていないと吹聴していたのだ.

だから幻獣の儀式で,シグニア王国は王家内の醜態をさらすであろうと.

しかし実際は,周辺諸国の使者たちはライゼリート王子の儀式で,過去最強かもしれない幻獣の魔力を見せつけられたのである.


するとタウリは,無礼にも鼻さきで笑った.

「あんなものは幻術でどうとでもなります,私の息子は魔法が得意らしいので.」

馬鹿にしたような男の声音に,国王は子どものようにかちんとくる.

「ちなみに私は魔法は不得手で,マイナーデ学院では落ちこぼれでしたが…….」

しかし在位二十五年に渡る老王は,その一方で国王としての冷静な頭を働かせていた.

どの道,シグニア王国を攻めるのに今が一番の好機なのだ.

王子時代からまったくすきを見せなかった国王リフィールが,妻を愛しているという弱点をさらしている.

そしてタウリというコマを有効に使いたいという腹もある.

国王はすでに十八年間も,この男を王宮で無駄に飼っているのだ.


「分かった,三万の兵を出動させよう.」

国王の決断に,金の髪の男は会心の笑みを浮かべた…….

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