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7-4

シグニア王国歴1203年,戦場は完璧な硬直状態にあった.

国土を守るシグニア王国軍も攻め入るティリア王国軍も,王都からシグニア王国軍本隊がやってくるのを待っているのだ.

ティリア王国軍までもが,シグニア王国軍の本隊を待っているとはおかしな話である.

だが彼らは国王の妻リーリアを人質にとっていると主張しており,国王本人が戦場に到着しなくては意味がないのだった.


ただにらめっこを続けているときに,ライムとイスカは戦場に到着した.

時刻はすでに夕刻を過ぎており,突然現れた王子二人に周囲は心から驚いた.

「あれが赤の第二王子か…….」

「末王子の方は,マイナーデ学院創立以来の秀才らしいぞ.」

辺境の兵士たちは初めて見る王族というものにとまどいを隠せない.

そして国境警備の指揮官たちは,「軍隊なしで,たった二人で何をするつもりか?」と怒りさえ覚えた.

確かに幻獣は強大な兵器だが,それだけでは戦争には勝てないのだ.


「悪いが王都の方でもアクシデントがあってな,」

さっそく軍の指揮官たちをひとつのテントに集めて,イスカは説明を始める.

「これは兵士たちには他言無用に願いたいのだが,」

男たちのはかるような視線を浴びて,赤毛の青年はしゃべる.

軍人にとって主君が有能であるか無能であるか,はもっとも重要なことである.

それによってみずからと部下たちの生死が決まるのだから,無能なら無能なりの扱いをさせてもらうつもりだ.

「親父,……国王陛下が,」


「ティリア王国軍が動き出しました!」

イスカの言葉をさえぎって,一人の兵士がテントの中へと入ってくる.

「たいまつを持って,わが軍のそばへ,」

若い兵士の緊張した顔に,ライムは彼もまた戦場は初めてなのだと知る.

「こんな夜中にご苦労なこったな.」

赤毛の王子の不謹慎な様子に,部下となるはずの男たちはまゆをひそめた.


「単なる示威行動だろう?」

わざわざ明かりを持って,みずからの位置を知らせるとは.

「ライム,派手にあいさつをするぞ!」

イスカは真剣な顔で見返す弟に,「作戦開始!」と陽気に笑いかける.

「イスファスカ殿下,何を……?」

すぐに立ち上がってテントから出てゆこうとする二人の王子を,男たちは追いかけた.


「イスカでいい.向こうの誘いにちょっと乗ってやるだけさ.」

赤毛の青年はいたずらっぽくウインクする.

「簡単に兵を動かされては困ります!」

すると青年はまじめな顔になって,男たちに向き直る.

「魔術大国シグニアの守護竜のお披露目だ,俺とライムだけでやる.」

青年の威厳に満ちた表情に,男たちはかしこまった.

何も考えていないように見えて,この青年は……,

「目的はただひとつ,明日にでも消えるかもしれない幻獣の力を見せつけること.」


消えるかもしれない……?

男たちが疑問を口にする前に,イスカは弟に命令する.

「ライム,見た目が一番派手な魔法だ.」

金の髪の少年は短く「分かった.」とだけ答えた.

男臭い兄に対して,繊細な顔のつくりを持つ少年だ.


暗い夜の中で,幾百ものたいまつの明かりが揺れる.

ティリア王国軍が陣営のまわりを取り囲むようにして移動しているのだ.

「光のとげよ……,」

金の髪の少年が呪文を唱えるとともに,少年の立つ大地が淡い光を放つ.

光は意志があるかのように,魔方陣の紋様を作り出す.

「単なる見せつけなのか,それとも何かを隠すための陽動なのか……?」

赤毛の青年のつぶやきに,そばに立っていた指揮官のうちの一人サイはぎょっとする.

もしもこれが陽動作戦ならば,別部隊が背後から迫っているのかもしれないのだ.


「まぁ,明るくすれば分かることさ.」

にやっと人の悪い笑みを浮かべて,

「われ,イスファスカ・トーン・シグニアの名において命じる,」

赤毛の青年の体が炎に包まれる!

「暗闇をうちはらい,真実をさらせ!」

突如,陣の中に出現した巨大な竜に誰もが驚き,それを見上げる.

炎に包まれた竜が暗闇の中を旋回し,あたりは真昼のような明るさになる.

「やっぱり隠れていたな.」

どこか楽しそうな王子の声,サイは暗闇に隠れていた別働隊を発見した.

すると背後から白い光が差し,彼の影を前に長く伸ばす.

振り向くと,金の髪の少年が光の中で長い呪文詠唱を終える.


金の末王子,まさにその名称のとおり.

深緑の瞳が敵対するティリア王国軍を見つめ,

「秘められた熱量の解放を命じる!」

とたんに大地が燃え上がる,あらわになったティリア王国軍の足もとの.

「うわぁぁ!?」

「に,逃げろ!」

ティリア王国軍の混乱が,遠く離れたシグニア王国軍の陣営からはっきりと見える.

兵士たちは浮き足だし,貴族らしい指揮官が「逃げるな!」と怒声を発する.

いまや彼らの行動はすべて,光のもとにさらされていた.


空を舞う幻獣がティリア王国軍の中,人の立っていないちょうど空いた場所を狙って炎のブレスを吐く.

これが決定打となり,兵士たちはわっと逃げ出した.

もはや貴族たちの制止も聞かない,一気に隊列が崩れだす.

彼らを追いかけるように魔法で操られた炎がさらに勢いを増す.

「ひぃ……!」

「助け,」

シグニア王国軍側から見ればすぐに分かる,稚拙な幻術だ.

しかし混乱におちいったティリア王国軍のものには分からない,われさきへと炎から逃げる.


「……やった.」

誰ともなくつぶやいた.

強大な魔力を披露した二人の王子の周囲で,

「追い払ったぞ!」

「すごい魔力だ!」

わっと歓声が上がる.


思いもかけない初戦の勝利にわき立つ.

兵士の一人がイスファスカ殿下と呼びかけると,赤毛の青年は軽く肩をすくめた.

「そんなかみそうな名前で呼ばなくていい,……本音を言うと殿下と呼ばれると肩がこって仕方ない.」

平民である兵士たちは思わず,きょとんとしてしまう.

「俺はイスカ,そんでもってこいつはライム,」

青年はどこかぼう然としている弟の首根っこをつかむ.

「なんだよ,兄貴!?」

「これからよろしく!」

抗議する少年にはかまわずに,青年は自分たちを囲む兵士,指揮官たちに大きな声で笑ってみせた.

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