7-1
王都シーマリーの外門は,日中は常に開かれている.
真昼の明るい日差しを浴びて,さまざまな人々が門を出入りしている.
商人から騎士,農作物を売りに来た王都近郊の農民まで.
その人々の中,特に目立つ金の髪の少年がいた.
裸馬に乗った,どろだらけの少年だ.
特に背中がどろにまみれており,旅の途中で落馬してしまったにちがいない.
本来ならばさぞ美しいであろう金の髪はぼさぼさで,ほおにすり傷をこさえていた.
「……ついた.」
王都の外門を前に,ライムは身軽に馬から降りる.
少年は五日間ほぼ不眠不休で走りつづけて,やっと王都へたどり着いたのだ.
途中何度も馬を走らせつつ眠ってしまい,二度ほど馬から落ちてしまったのだが…….
「無理をさせて,すまなかった.」
昨日,街で買ったばかりの馬の首に抱きついて,
「今までありがとう.」
少年は感謝の意を示した.
そして馬のしりをたたき,逃してやる.
素直に「ありがとう.」と感謝すること,それを少年に教えてくれたのは一人の少女だ.
人ごみをかき分けて,少年は王都の中心にそびえ立つ王城へと走り出す.
ここにいる,きっとサリナはここにいる.
思いちがいかもしれない,うぬぼれかもしれない,……けれど少女の存在を感じるのだ.
城の門兵は,どろだらけの少年に心底驚いたようだ.
あわててとめようとして,しかし少年の正体がライゼリート王子であることに気づいて道を譲る.
少年はそのままの速度で,城門を駆け抜けた.
城に入ると,驚く周囲にはかまわずにまっすぐに国王の執務室を目指す.
「……殿下?」
「ライゼリート殿下,どこへ?」
王宮に勤める者たちが遠慮がちに声をかけても,少年は止まらない.
ぴかぴかに磨かれた床の上を,汚れきった靴で駆けてゆく.
「こらっ!」
と,いきなり少年は首根っこをつかまれた.
「ひでぇかっこうだな,ライム.」
振り返ると,赤毛の大男が少年を捕らえている.
「イスカ兄貴,サリナを探してくれ!」
少年はすぐさま兄に向かって頼んだ.
すると兄は軽くまゆをひそめて,
「サリナならこっちにいる.」
驚く少年を促した.
「ライム,昨日,都で大火事があってな,」
青年は昨日の出来事を,順を追って説明しようとした.
「サリナはどこなんだ? 無事なのか?」
しかし少年はせっかちに問いを重ねる.
そして少女の居場所を聞き出すと,再びばたばたと走り出した.
「……ったく,」
金の髪の少年の後を,青年は小走りに追いかける.
この調子では,都の西の一角の派手な焼け跡にも気づいていないのだろう.
「サリナ!」
ガンっと乱暴に部屋,……幻獣の儀式のときに少女が滞在していた部屋の扉を開く.
そこに,薄茶色の髪の少女はいた.
まるで病人のように,部屋の奥に置いてあるベッドに腰かけて…….
「よかった……,」
少女のそばに駆けより,しかしびくっと少年は足をとめる.
少女の淡い緑の瞳は,何も映していなかった.
ベッドの上で,ぴくりとも動かずに座している.
「……サリナ?」
少年の目の前にいるのは,少女ではなく少女の抜け殻.
「じょ,……な,うそ,だろ……,」
少年は震える足で,少女の方へと進みでる.
少女の凍りついた表情はまったく動かない.
突然の少年の登場に,驚くでも喜ぶでもない.
「魔力を暴走させたんだ.」
背中を打つ兄の厳しい声に,少年は真っ青な顔で振り向いた.
「とらわれた部屋から無理に抜け出そうとして…….」
青年は同情に満ちたまなざしで,血のつながらない弟の顔を見た.
少年の母親と同じ道をたどった少女,少年の大切な恋人…….
「説明をするから,落ちついて聞いてくれ.」
王城の廊下を二人歩きながら,イスカはやっとライムに昨日のことを伝えることができた.
幻獣が暴れたこと,街が燃えたこと,そして焼けた屋敷の中にサリナがいたこと.
「幸いにも死者は出ていないが,重軽傷者は合わせて二百四十五名だ.」
煙に巻かれて屋敷から逃げ遅れたものがいなかったことが,不幸中の幸いであった.
これが魔法によらない普通の火事ならば,もっと多くの死傷者が出たであろう.
また人ごみによる負傷者も,この数字には含まれている.
そしてイスカはある部屋の前まで来て,足をとめた.
少し迷ってから,弟にたずねる.
「ユーリに,……会うか?」
この事件の発端となった少年は,王城の一室に軟禁している.
ろう屋に入れてもいいところだが,彼はまだ子どもであり,また貴族でもあるのだ.
金の髪の少年の顔がぎくりとこわばり,怒りのためか体が小刻みに震えだす.
少年はさっと兄から顔をそむけた.
「……会う.」
かすれた声で,言葉を押し出すように返事をした.
少女が魔力を暴走させたのは,ユーリが少女を閉じこめ,何か無理強いをしたからだ.
少女は魔力にのみこまれる瞬間に,自分の名を呼んだのだろうか.
呼んだに決まっている…….
少年は口惜しそうに歯がみして,ドアを開く.
マイナーデ学院で少女がいつも頼ってくるのを,少年は口では嫌だといいながら容認してきたのだから.
ドアの開く音に,窓から外を眺めていた黒髪の少年が振り返った.
「お,王子……,」
こわばる顔,逃げようとあとずさる足.
その瞬間,ライムの視界は真っ赤に染まる.
大またで近寄り,自分から少女を奪った少年の胸ぐらをつかむ.
ふいと気まずげにそらす視線に,金の髪の少年は何か口汚くののしろうとしたが,怒りのあまり言葉が出なかった.
ライムがむなしく口を開閉させていると,
「お,王子だって,……俺と同じ立場だったら,」
視線をそらしたまま,苦しげにユーリはうめいた.
「同じことをしたは,うわっ!?」
乱暴に突き飛ばされて,黒髪の少年はどすんとしりもちをつく.
「おっ,俺はこんなひきょうなことはしない!」
顔を真っ赤にさせて,ライムはどなった.
「ずっとサリナを独占してきたくせに!」
黒髪の少年がきっと言い返す.
「俺が,俺たちが身分のことを考えて,そばに寄れな,」
「そんなものにこだわる方が悪いんだろ!?」
ライムも負けじとどなり返す.
学年が上がるとともに自分から離れてゆく友人たちに,
「サリナがどれだけつらい思いをしたと,」
「王子であるお前みたいに,好き勝手な行動ができるわけないじゃないか!?」
「ふざけんな!」
床に座りこむユーリの胸ぐらを再びつかんで,
「お前だって本心では自分だけのものにしたい,どこかに閉じこめたいって,」
こぶしを振り上げると,ライムは兄のイスカに腕をつかまれた.
「ユーリ,お前が何を思っていても,」
青年のこげ茶色の瞳が,ひたと黒髪の少年を見つめる.
「実際にお前がやったことは,誘拐,監禁,そして未遂だったが結婚偽造だ.」
容赦のない青年のせりふに,少年は情けなさそうに瞳をうるませる.
まるでユーリの方が被害者であるかのようだ.
「昨日の大火の責任者はお前とイリーナだ,そのことを忘れるな!」




