表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/104

7-1

王都シーマリーの外門は,日中は常に開かれている.

真昼の明るい日差しを浴びて,さまざまな人々が門を出入りしている.

商人から騎士,農作物を売りに来た王都近郊の農民まで.

その人々の中,特に目立つ金の髪の少年がいた.

裸馬に乗った,どろだらけの少年だ.

特に背中がどろにまみれており,旅の途中で落馬してしまったにちがいない.

本来ならばさぞ美しいであろう金の髪はぼさぼさで,ほおにすり傷をこさえていた.


「……ついた.」

王都の外門を前に,ライムは身軽に馬から降りる.

少年は五日間ほぼ不眠不休で走りつづけて,やっと王都へたどり着いたのだ.

途中何度も馬を走らせつつ眠ってしまい,二度ほど馬から落ちてしまったのだが…….

「無理をさせて,すまなかった.」

昨日,街で買ったばかりの馬の首に抱きついて,

「今までありがとう.」

少年は感謝の意を示した.


そして馬のしりをたたき,逃してやる.

素直に「ありがとう.」と感謝すること,それを少年に教えてくれたのは一人の少女だ.

人ごみをかき分けて,少年は王都の中心にそびえ立つ王城へと走り出す.

ここにいる,きっとサリナはここにいる.

思いちがいかもしれない,うぬぼれかもしれない,……けれど少女の存在を感じるのだ.


城の門兵は,どろだらけの少年に心底驚いたようだ.

あわててとめようとして,しかし少年の正体がライゼリート王子であることに気づいて道を譲る.

少年はそのままの速度で,城門を駆け抜けた.

城に入ると,驚く周囲にはかまわずにまっすぐに国王の執務室を目指す.


「……殿下?」

「ライゼリート殿下,どこへ?」

王宮に勤める者たちが遠慮がちに声をかけても,少年は止まらない.

ぴかぴかに磨かれた床の上を,汚れきった靴で駆けてゆく.

「こらっ!」

と,いきなり少年は首根っこをつかまれた.


「ひでぇかっこうだな,ライム.」

振り返ると,赤毛の大男が少年を捕らえている.

「イスカ兄貴,サリナを探してくれ!」

少年はすぐさま兄に向かって頼んだ.

すると兄は軽くまゆをひそめて,

「サリナならこっちにいる.」

驚く少年を促した.


「ライム,昨日,都で大火事があってな,」

青年は昨日の出来事を,順を追って説明しようとした.

「サリナはどこなんだ? 無事なのか?」

しかし少年はせっかちに問いを重ねる.

そして少女の居場所を聞き出すと,再びばたばたと走り出した.

「……ったく,」

金の髪の少年の後を,青年は小走りに追いかける.

この調子では,都の西の一角の派手な焼け跡にも気づいていないのだろう.


「サリナ!」

ガンっと乱暴に部屋,……幻獣の儀式のときに少女が滞在していた部屋の扉を開く.

そこに,薄茶色の髪の少女はいた.

まるで病人のように,部屋の奥に置いてあるベッドに腰かけて…….

「よかった……,」

少女のそばに駆けより,しかしびくっと少年は足をとめる.


少女の淡い緑の瞳は,何も映していなかった.

ベッドの上で,ぴくりとも動かずに座している.

「……サリナ?」

少年の目の前にいるのは,少女ではなく少女の抜け殻.

「じょ,……な,うそ,だろ……,」

少年は震える足で,少女の方へと進みでる.

少女の凍りついた表情はまったく動かない.

突然の少年の登場に,驚くでも喜ぶでもない.


「魔力を暴走させたんだ.」

背中を打つ兄の厳しい声に,少年は真っ青な顔で振り向いた.

「とらわれた部屋から無理に抜け出そうとして…….」

青年は同情に満ちたまなざしで,血のつながらない弟の顔を見た.

少年の母親と同じ道をたどった少女,少年の大切な恋人…….

「説明をするから,落ちついて聞いてくれ.」


王城の廊下を二人歩きながら,イスカはやっとライムに昨日のことを伝えることができた.

幻獣が暴れたこと,街が燃えたこと,そして焼けた屋敷の中にサリナがいたこと.

「幸いにも死者は出ていないが,重軽傷者は合わせて二百四十五名だ.」

煙に巻かれて屋敷から逃げ遅れたものがいなかったことが,不幸中の幸いであった.

これが魔法によらない普通の火事ならば,もっと多くの死傷者が出たであろう.

また人ごみによる負傷者も,この数字には含まれている.


そしてイスカはある部屋の前まで来て,足をとめた.

少し迷ってから,弟にたずねる.

「ユーリに,……会うか?」

この事件の発端となった少年は,王城の一室に軟禁している.

ろう屋に入れてもいいところだが,彼はまだ子どもであり,また貴族でもあるのだ.

金の髪の少年の顔がぎくりとこわばり,怒りのためか体が小刻みに震えだす.

少年はさっと兄から顔をそむけた.

「……会う.」

かすれた声で,言葉を押し出すように返事をした.


少女が魔力を暴走させたのは,ユーリが少女を閉じこめ,何か無理強いをしたからだ.

少女は魔力にのみこまれる瞬間に,自分の名を呼んだのだろうか.

呼んだに決まっている…….

少年は口惜しそうに歯がみして,ドアを開く.

マイナーデ学院で少女がいつも頼ってくるのを,少年は口では嫌だといいながら容認してきたのだから.


ドアの開く音に,窓から外を眺めていた黒髪の少年が振り返った.

「お,王子……,」

こわばる顔,逃げようとあとずさる足.

その瞬間,ライムの視界は真っ赤に染まる.

大またで近寄り,自分から少女を奪った少年の胸ぐらをつかむ.

ふいと気まずげにそらす視線に,金の髪の少年は何か口汚くののしろうとしたが,怒りのあまり言葉が出なかった.


ライムがむなしく口を開閉させていると,

「お,王子だって,……俺と同じ立場だったら,」

視線をそらしたまま,苦しげにユーリはうめいた.

「同じことをしたは,うわっ!?」

乱暴に突き飛ばされて,黒髪の少年はどすんとしりもちをつく.

「おっ,俺はこんなひきょうなことはしない!」

顔を真っ赤にさせて,ライムはどなった.


「ずっとサリナを独占してきたくせに!」

黒髪の少年がきっと言い返す.

「俺が,俺たちが身分のことを考えて,そばに寄れな,」

「そんなものにこだわる方が悪いんだろ!?」

ライムも負けじとどなり返す.

学年が上がるとともに自分から離れてゆく友人たちに,

「サリナがどれだけつらい思いをしたと,」

「王子であるお前みたいに,好き勝手な行動ができるわけないじゃないか!?」

「ふざけんな!」

床に座りこむユーリの胸ぐらを再びつかんで,

「お前だって本心では自分だけのものにしたい,どこかに閉じこめたいって,」

こぶしを振り上げると,ライムは兄のイスカに腕をつかまれた.


「ユーリ,お前が何を思っていても,」

青年のこげ茶色の瞳が,ひたと黒髪の少年を見つめる.

「実際にお前がやったことは,誘拐,監禁,そして未遂だったが結婚偽造だ.」

容赦のない青年のせりふに,少年は情けなさそうに瞳をうるませる.

まるでユーリの方が被害者であるかのようだ.

「昨日の大火の責任者はお前とイリーナだ,そのことを忘れるな!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ