呼び出し
いつもたやすく奪われる.
心ごと,この金の髪の少年に.
「ライム……,」
そっと離された唇でささやくと,きつく抱きしめられる.
「誰かに見られるよ.」
マイナーデ学院敷地内の,人気のない校舎裏で.
「別にいい,」
「よくないってば!」
少女は真っ赤になって叫んだ.
「そのうち誰か来ちゃうよ,離して!」
腕の中でじたばたと暴れる少女を,少年は楽しそうに取り押さえた.
「悪あがきするなよ.」
どこか余裕のある少年の笑顔に,少女は再び顔を赤く染め上げる.
「来たとしても,俺たちにはかまわないさ.」
学院一大きな建物である,東校舎の校舎裏.
ここはある理由で,学生たちには有名な場所であった.
「でも,恥かし,」
言葉途中に,唇をふさがれる.
マイナーデ学院は十歳から十七歳の少年少女を,約三百名抱える学院である.
当然のことながら,好いたほれたの恋愛ざたがないわけがない.
去年など,クラスメイトが一人駆け落ち失踪したほどだ.
この校舎裏は昔から,恋人たちの秘密の逢瀬に使われてきたのだ.
サリナ自身も,先輩たちの甘いラブシーンを見かけたことが何度かある.
「まさか,自分が……,」
その当事者になるとは.
最後まで言えずに,少女は恥かしげにうつむいた.
「いつかここで素敵な恋人とキスをするんだって,息巻いていたのは誰だよ.」
少年のくすくす笑いに,少女は耳まで赤くなる.
「そんなこと言って,」
ない,と言いかけて,少女は口をつぐんだ.
言った,確かに言っていた.
子どものころとはいえ,なんと恐れ知らずなせりふを吐いたものだ…….
「もしかして,私の夢をかなえてくれるために呼び出したの?」
間近から見上げてたずねると,金の髪の少年はあいまいにうなずく.
実は単に学院に帰ってから,なかなか二人きりになれなくて呼び出しただけなのだが,……そうゆうことにしておこう,と少年は思う.
「ライムって優しいんだけど,妙に律儀なとこがある.」
校舎の壁に押しつけられて,耳もとに口づけられる.
当の本人のサリナでさえ,忘れていたことを覚えているとは.
ふと少女は視界の端に,とんでもないものを見つけた.
「ラ,ライム! やめて!」
あわてて,少年の体を押し戻そうとする.
しかし少年は少女を離そうとしない.
首筋にキスを落とされて,少女は「うひぁあ!?」とまぬけな悲鳴を上げた.
とたんに,ごほんというわざとらしいせき払いに,少年はびっくりして飛び上がる.
振り向くと,
「ラ,ラティン教官……,」
銀髪,片眼鏡の老人がしらけた目をして,少年を眺めていた.
「トイレ掃除と廊下掃除,どちらがいいですか? ライム王子.」
堅物で有名な回復魔法の教官である.
しかし生徒を身分によって差別しない公平な人物でもあった.
「……廊下の方でお願いします.」
少女を背中に隠しながら,金の髪の少年は答える.
「私も手伝います! 教官.」
少年の努力もむなしく,少女は前に飛び出してくる.
老人はあきれたように,長いため息を吐いた.
「サリナ,……クラスメイトをかばう君の行動はすばらしいと思いますがね.」
「馬鹿,隠れていろよ,」
しかし少年は教官の言葉を聞かずに,少女をしかりつける.
「だって,私も,」
ちわげんかを始めそうな二人に,ラティンは再びごほんとせき払いをした.
「王子,すでにばれています.」
一生懸命に隠そうとする少年に,少しあきれてしまう.
そもそもライムとサリナが付き合っていることは,学院中の,……ラティンでさえ聞いたことがあるうわさである.
「それからサリナ,今から夫を甘やかすと,これから先が大変ですよ.」
夫という単語に,二人の顔が真っ赤に染まる.
幼い恋人たちがどのような幸せな将来を誓い合っているのかが,その表情から分かってしまう.
「学院の中では控えなさい.」
心の中だけで二人の卒業後の進路を祝福しながら,老人は厳しい口調で言い渡した.




