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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
とらわれ人
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6-2

サリナにとっての,マイナーデ学院での日常が戻ってきた.

ただ,王都へ行く前の日常とは少し異なるものだが…….


「サリナ,スペルがちがう.」

と言って,ライムが隣の席からサリナのノートにペンを走らせてきた.

魔法の呪文を,少年は優美な文字で描く.

こんなふとした瞬間に,少年は自分の育ちのよさを少女に感じさせるのだ.

「ライム王子,字,きれいだね.」

すると少年は怒ったように,少女の顔を見返してきた.

「俺のことを名称で呼ぶなよ.」


何の遠慮もなくまっすぐに見つめてくる瞳に,少女はどきっとしてしまう.

学院に戻ってからの少年のどこか甘い恋人としての顔に,少女はなかなか慣れることができない.

「あ,いや,……その,学院の中では,」

暖かな日差しの差しこむ図書室の中,少女はしどろもどろ言葉をつむぐ.

「呼び捨てになんて,しない方がいいかな,と……,」

ほおが熱いのは,日差しのせいじゃない.

「なぜ?」

少年はふしぎそうに問い返してきた.


この金の髪の少年は,昔からあまり人目を気にしない.

今だって幾人かの女生徒たちが,サリナにあからさまな嫉妬の視線を注いでいるのだが,少年は気づきもしない.

シグニア王国の王子を,美しい容姿を持つ金の髪の少年をひとり占めしているのだから,これは当然のことである.

そして言葉には出さなくても態度に出てしまっているのだろう,少年と想いが通じ合ったことが…….


"監視を気にしているのか?"

少年は少女のノートに,さらさらと文字を書きつづる.

ライムとコウスイに対する監視は解かれておらず,リーリアは相変わらず幼女の姿のままであった.

"ちがうよ."

妙にくっついてこようとする少年を避けるように,少女はいすごと体を引いた.


"リーリア様はお元気?"

少年の追及を逃れるために,少女は無理矢理に話題をねじ曲げる.

再会を果たしたイースト家の家族たちは,ほぼ毎晩,夕食をともにしているらしい.

"あぁ,サリナにまた会いたいってさ."

少年の少し照れくさそうな様子に,少女はにこっとほほえむ.

"うん,私も会いたいな."

そして恋人に,お母さんが戻ってきてよかったねと心の中だけでつけ加えた…….


影から生活をのぞきこむ見張りたちに窮屈な思いを感じながらも,ライムは満ち足りた日々を送っていた.

それは祖父のコウスイ,母のリーリアにしても同じことだった.

監視役たちは,まさか六歳の少女がリーリアであるとは露ほどにも思わずに,ただひたすらリーリアと思わしき女性がやって来るのを待っている.


そして……,

"ずっと一緒にいよう."

少女のほおが赤く染まってゆくのを,少年は見つめた.

"卒業したら,サリナの村へ一緒に帰ろう."

母であるリーリアがいない今,国王はきっとライムには執着しないであろう.

王子という身分を捨てることも,たやすいのかもしれない.

"ミレー山脈から昇る朝日を,サリナの隣で眺めたいんだ."

少女が耳まで赤くするのに気づいて,少年はあわてて書き足した.

"変な意味じゃないからな!"


別に変な意味でもかまわない.

何の変哲もないノートが,何よりも素敵な恋文になる.

筆談で下半分が埋まってしまったノートのページを切り取り,少女は怖いくらいに幸福だった.


そして,その夜.

寄宿舎の自分の部屋で,サリナは意外すぎる人物からの訪問を受けた.

「イリーナ様……?」

三年前に学院を卒業した,銀の髪の美しい女性.

シグニア王国王女イリーナ,銀の姫君と称される王女である.

王城にいるはずのライムの姉の存在に,扉を開いた少女は口を開けて驚いた.

「あなたの方から口をきいていいなど,私はそのような許可を与えていないわ.」

高圧的な口調に,威圧するようににらみつける瞳.

イリーナはまるで少女が不潔なもののように,顔をしかめる.

「思い上がりもはなはだしい,この学院にいるだけでけがわらしいというのに…….」

サリナは黙って口をつぐんだ.

在学中,イリーナはことあるごとにただ一人の平民である少女をいじめてきたのだ.

「ライゼリートにも,王族としての自覚がなさすぎるわ.」

王女の顔がゆがんでゆく,やるせない怒りと切なさのために.


イリーナが少女を身分の低いものとして扱うたびに,表立って少女をかばってきたのはライムだ.

そしてそれが,さらにいじめを助長させる.

ライムにはその理由が分からない,しかしサリナには分かる.

視線が同じ金色の髪を追っているから,……イリーナは,弟であるライムに道ならぬ恋をしているのだった.


「薄汚い平民の女や奴隷の男を,自分の身に近づけるなど……!」

奴隷の男,ライムの付き人スーズのことである.

そのとき,少女ははっと気づいた,誰かが王女の声に隠れて呪文を唱えていることに!

「誰!?」

しかし,もう遅い.

さっと身を引いた,その勢いのままに少女は後方へと倒れこむ.


「サリナ!」

ドアの影から一人の黒髪の少年が飛び出てきて,倒れこむ少女を支える.

青い顔をして意識を失っている少女に,少年は魔法の成功を確信した.

とたんに,少女の体が金色の光に包まれる.

「捨てなさい! 守護の魔法具だわ!」

王女の命令に,少年は急いで少女のスカートのポケットの中をまさぐった.

そしてすぐさま,小さな水晶でできた砂時計を発見する.


「姿映さぬ霧の海よ,」

イリーナの魔法に,水晶の放つ金の光は拡散される.

「像をつむぐことは許さじ,ただちに消滅せよ!」

ぱちんと音がして,水晶はこなごなに割れた.

金の粒子がきらきらと舞い,簡単に光を失ってしまう.

「逃げなさい,すぐにライゼリートが来るわ.」

転移魔法を阻止された少年は,みずからの足で走ってこの場へやって来るだろう.


「分かりました.」

黒髪の少年は,少女を抱きかかえて寄宿舎の廊下を走ってゆく.

消えゆく少年少女を見やって,イリーナは笑いがこみ上げるのをとめることができなかった.

さようなら,サリナ…….

もう二度と会わないわ.


黒髪の少年ユーリは,けっして少女を手放さないだろう.

「姉上!?」

すると思いもかけないはやさで,金の髪の少年がやって来た.

「ライゼリート.」

イリーナは余裕に満ちた笑みを浮かべる.

すでにもう,勝負はついたのだから.

「なぜ,学院に…….」

対する少年は息をぜいぜいと切らして,額にはうっすらと汗がにじんでいる.


「サリナはどこですか?」

少年の深緑の瞳に敵意が満ちるのを,姉は胸の痛みとともに見つめた…….

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