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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
とらわれ人
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33/104

6-3

サリナの部屋の前に立つ姉の存在に,ライムは本気で驚いていた.

この潔癖な姉が王宮から出て,よりによってマイナーデ学院に来るとは.

「サリナはどこですか?」

姉は在学中から,学院のことを嫌っていた.

学院長の教育の方針のために,身分にあまりこだわらない学院の雰囲気を.

さすがにすべてが平等というわけではないのだが,この学院ではたとえ下位の貴族であっても王族に対して敬語を使ったりはしないのだ.

確かに貴族社会であるのに,かなり特殊なものとなっている.


「返してください,お願いします.」

少年は,あせった視線を周囲に配った.

特に姉は平民であるサリナを嫌っていたのだが……,

「条件があるわ.」

背に垂らした長い銀の髪をかきあげて,イリーナは言った.

「リーリア様と交換よ.」


「……母上は行方不明です.」

金の髪の少年は,慎重に言葉を選んだ.

「けれどきっとあなたのもとへやってくるわ.」

姉は楽しそうに笑った.

「つかまえて,お父様へ差し出せばいいのよ.」


「そんなことは,……できません.」

恋人か母親か,選べるわけがない.

「姉上,今,あなたがやっていることは犯罪行為です.」

たとえ王女とはいえ,これはれっきとした誘拐である.

身分に関わらず,罪は公正に裁かれなくてはならない.

「国王陛下に知れたら,」

「お父様はご存知よ.」

姉はころころと軽やかな笑い声をたてた.


「それでリーリア様が戻るのならいいのですって.」

少年はぎっとにらみつけた,姉の顔を,姉の行動を容認する国王の顔を.

「なら……,」

「イリーナ様の口車に乗ってはいけませんよ,ライム殿下.」

金の髪の少年の後方から,長身の青年が現れる.

主君の後を,一歩遅れて追いかけてきたスーズである.

「イリーナ様の目的はリーリア様ではなく,サリナの方です.」

スーズの登場に,イリーナは露骨に顔をしかめた.

イリーナにとって解放奴隷であるスーズは,同じ場所にいるだけでも許しがたい存在なのだ.


「姉上,あなたは何がしたいのですか?」

少年は姉の顔をまっすぐに見つめた.

すると姉は,なぜかいつも視線をそらす.

「なぜ,そんなにもサリナにこだわるのですか?」

少年には姉の考えていることが分からなかった.

自分が嫌われていることはよく分かるのだが,なら放っておけばいいじゃないかと思う.


「……それは私のせりふだわ!」

いきなり銀の髪を振り乱して,イリーナは叫んだ.

「あんな平民を王城へと連れてきて,あまつさえ成人の儀式にまで参加させるなんて!」

しかも少年は少女のことを自分の大切な客人であると言い,同じ客室に宿泊させたのだ.

姉の狂気じみた叫びに,少年はわれ知らず一歩下がる.

「何を考えているの!? あなたは国王ともなろう身の上なのよ!」

姉のせりふは,王位継承で揺れているこの国では危険すぎるものだった.

「姉,」

少年が何か言い返そうとするのを,薄水色の髪の青年がとめる.

「殿下,サリナを探しましょう.まだそんなにも遠くには逃げてないと思います.」

この王女の相手をするのは時間の無駄であると,青年は言っているのだ.


「分かった.」

少年が背を向けて,青年とともに歩きだろうとすると,

「待ちなさいよ,」

姉の声が追いかけてくる.

イリーナは弟を追いかけようとしたが,弟の隣に立つスーズのために果たせずに,二,三歩走っただけで踏みとどまった.

「サリナは長距離の転移魔法で,もうけっしてあなたの手の届かないところへやったわ.」


「どこですか?」

金の髪の少年は振り返る.

殺気さえも漂わせる少年に,姉はひるまずに答えた.

「教えないわ.」

そして万が一にでも口を滑らせないように,イリーナはサリナの隠し場所を聞いていない.

「姉上!」

少年は声を荒げる.

「いいかげんにしなさい,イリーナ.」

背を打つ老人の厳しい声に,少年は再び振り返った.


「今はこんなふざけたことをしている場合ではないのだよ.」

少年の後ろには,祖父のコウスイと母のリーリアが立っていた.

相変わらずリーリアは,幼い少女の姿のままだったが.

「今さっき,王都のイスファスカから連絡が来た.」

老人は胸から,なにやら分厚い封筒を取り出す.

少年は,何か大きなものが自分をのみこもうとしているかのように感じた.

「ティリア王国が攻めてきた.西南国境警備隊が対応しているが,状況は悪いらしい.」


外国からの軍事行動……,戦争を知らない少年にとっては夢物語のように思える.

「ティリア王国軍指揮官は,シグニア王国元第二王子タウリ.……リフィール国王陛下の弟君だ.」

実の父親の名に,少年の心臓は痛いくらいに鳴った.

……タウリは,……ティリア王国はきっとあなたを利用することを考えているわ.

脳裏によみがえる母の声,そして祖父の顔を見るかぎり,彼もリーリアから教えられたにちがいない.

「彼らは真実のほどはわからぬが,国王妃リーリアを人質に取っていると主張しているらしい.」

それはまったくのうそだ,国王を動揺させるためだけの.

なぜならリーリアは今,ここにいる,少年の目の前に.


「ライゼリート,イリーナ,今すぐ王都へたちなさい.」

祖父はまったく甘えを許さないまなざしで,少年を見つめた.

「王族としての責務を果たすために.」

戦場でこの国を守るために戦う,強大な幻獣の力を持って.

少年の頭の中で,さまざまな情報が渦を巻いて氾濫を起こしそうだった.

しかし,

「イリーナ姉上,私は戦場へおもむいて,幻獣の力を発揮しなくてはなりません.」

少年の口から放たれる戦場という単語に,イリーナはことの大きさを思い知る.

こんな子どもじみた嫌がらせをしている場合ではない,と責められているかのようだ.

「ですから,サリナを返してください.」

少年は一息置いて,できるだけ平静な顔を装った.

「私の幻獣は今,サリナについています.」

少年の言葉の意味に気づいたのだろう,姉の顔がこわばってゆく.

「おしかりは後で受けます.私はサリナをもう何度も抱きました.」

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