↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界リペア工房 ~ハズレスキル「鑑定・修理」でガラクタも人生も直します~』  作者: 森


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/113

第85話 見えない傷


時計台最終修復、四日目。


朝から石を叩く音が響いていた。


第一工程である基礎と建物構造の補強は、予定通り進んでいる。


北東部の沈下原因だった雨水管はすでに修復した。傷んだ目地も順番に詰め直し、外壁内部の補強材も交換している。


【第一工程:基礎・建物構造補強】


【進捗率:43%】


【全体工程進捗率:6%】


【完成目標まで:43日】


今のところ遅れはない。


むしろ少しだけ早い。


理由の一つは、エルクだった。


「修さん! 終わりました!」


時計台の奥から声がする。


修が向かうと、エルクが補強金具を取り付け終えたところだった。


「確認お願いします」


「自分で確認した?」


「三回しました」


「じゃあ、何で俺が確認するの?」


エルクが止まる。


「え?」


「三回確認して問題ないと思ったんだろ?」


「はい。でも……」


「なら、まず自分の判断を言って」


エルクは取り付けた金具を見る。


「問題ないと思います」


「理由は?」


「固定位置が図面通り。ボルトの締め付けも左右で同じ。石との間に隙間もありません」


「うん」


修も確認する。


鑑定。


【補強金具】


【取付状態:正常】


【固定精度:良好】


「合格」


エルクがほっとする。


「でも、俺が確認する前に自分で合格を出せるようになって」


「自分で?」


「最後に責任を持つのは、作った人だから」


「……はい」


「まあ、最初のうちは俺も見るけど」


「どっちですか」


「両方」


エルクが少し笑った。


四日前まで、何をするにも「これでいいですか」と聞いていた。


今は自分で測り、自分で考え、その後に修へ報告するようになっている。


覚えるのは確かに早かった。


三つの工房を辞めたと聞いた時には、飽きっぽい少年なのかと思った。


だが、一緒に働いてみると少し違う。


エルクは一つの作業を繰り返すことが嫌なのではない。


一つの技術だけで、すべてを考えることが苦手なのだ。


木を見る。


鉄を見る。


石を見る。


機械を見る。


それぞれを別々に扱うより、それらがどう組み合わさっているかを見る時の方が、明らかに楽しそうだった。


修理屋には向いているのかもしれない。


「ご主人様ー!」


今度は上から声が降ってきた。


修が見上げる。


三階の手すりから、リペが顔を出していた。


「何?」


「木材を持ってきました!」


「頼んだの三階じゃなくて二階だぞ」


「……」


「間違えた?」


「自主的に三階へ運びました!」


「間違えたんだな」


「一階分、筋力がつきました!」


「降ろしてくれ」


「はい!」


最近、エルクよりリペの方が手がかかる気がしてきた。


昼前。


石工の親方から声がかかった。


「修、ちょっと来てくれ」


場所は時計台南側の基礎。


目地の補修を進めていたところだった。


「どうしました?」


「ここの石だけ妙なんだ」


親方が指差す。


見たところ、普通の基礎石だった。


大きな亀裂はない。


欠けもない。


修が鑑定する。


【対象:南側基礎石・第十八区画】


【損傷率:7%】


【構造強度:正常】


【交換:不要】


「問題なさそうですけど」


「だろ?」


親方は腕を組む。


「だが、音が違う」


小槌で石を叩く。


コン。


隣の石。


コン。


問題の石。


コッ。


確かにわずかに違う。


だが、異常と言い切れるほどではない。


「内部ですかね」


「かもしれん」


修が鑑定を深める。


【内部亀裂:なし】


【空洞:なし】


【含水率:正常】


異常は出ない。


「鑑定では何もないですね」


「なら俺の気のせいか」


親方はそう言ったが、納得していない顔だった。


修も同じだった。


第一の遺産で学んだことがある。


表示に異常がないからといって、それだけで終わらせてはいけない。


「保留にしましょう」


「工程は?」


「別の場所を先に進めます」


急ぐ理由はない。


まだ四十三日ある。


午後。


修は問題の石を何度も調べた。


表面。


裏側へ続く構造。


周囲の石。


荷重。


湿度。


地盤。


それでも原因が分からない。


エルクがやってきた。


「何してるんですか?」


「この石だけ音が違う」


「壊れてるんですか?」


「分からない」


エルクも石を叩いた。


コン。


コン。


コッ。


「本当だ」


「だろ?」


エルクは何度か場所を変えて叩いた。


上。


中央。


下。


そして、隣の石。


「修さん」


「何?」


「これ、石じゃないんじゃないですか?」


修が眉を寄せる。


「どういう意味?」


「音が違うっていうより……後ろが違う感じがします」


「後ろ?」


エルクは大工仕事で使う細い棒を取り出した。


石と石の目地へ軽く当てる。


「ここは響く」


少し移動する。


「ここも」


問題の石の横。


「ここだけ響かない」


修も試す。


確かに。


石そのものではなく、石の奥に何かある。


「よく気づいたな」


「大工の親方が壁を調べる時、こうしてました」


「木の壁を?」


「はい。中に柱がある場所は音が変わるから」


大工の知識。


石工とは違う見方だった。


修はもう一度鑑定する。


今度は石ではない。


その奥。


【対象:南側基礎内部】


表示が変わった。


【人工構造物を検出】


「当たりだ」


エルクが目を見開く。


「何があるんです?」


「分からない」


「鑑定でも?」


「構造物があることしか出ない」


古すぎる。


あるいは、時計台そのものとは別のものとして判定されているのかもしれない。


石工の親方を呼ぶ。


周囲を確認し、構造に影響しない目地から小さな観察穴を開けることになった。


慎重に。


少しずつ。


穴の奥へ光を入れる。


「何かあります」


エルクが覗く。


修も見る。


暗い空間。


その奥に、金属のようなものが見えた。


作業を止めた。


図面を確認する。


アルドの設計図にも、この場所に空間は描かれていない。


後世の修理記録にもない。


「隠し部屋ですか!」


リペが目を輝かせる。


「まだ決まってない」


「宝箱です!」


「決まってない」


「金貨!」


「期待するな」


「しゃもじ!」


「それが入ってたら怖いよ」


石工たちと相談し、基礎強度に影響しない範囲で開口部を広げる。


石を壊すのではなく、一度目地を外し、一枚だけ慎重に取り出す。


夕方。


人が腕を入れられる程度の穴ができた。


修が灯りを近づける。


中にあったのは、箱だった。


金属製の小さな箱。


表面は錆びている。


リペが残念そうに言う。


「しゃもじではありません」


「当たり前だ」


箱を取り出す。


鑑定。


【対象:記録箱】


【製作年:約164年前】


【製作者:不明】


【損傷率:41%】


【内容物:あり】


アルドの時代ではない。


時計台完成から七十年以上後だ。


「開けますか?」


エルクが尋ねる。


「いや」


修は首を振った。


「先に箱を直す」


「箱を?」


「中身を傷つけたくない」


蝶番は錆び、蓋の一部が変形している。


無理に開ければ、中に錆や金属片が落ちるかもしれない。


工房へ持ち帰った。


その日の時計台作業は予定通り終了した。


【第一工程進捗率:51%】


一日で八%。


十分だった。


夕食後。


修、リペ、エルクの三人で記録箱を囲んでいた。


「エルク、帰らなくていいの?」


「気になります」


「だよな」


「宝箱ですから!」


「リペは黙ってろ」


箱の表面を清掃する。


錆を落とす。


蝶番を補修する。


変形した蓋を少しずつ戻す。


エルクには細工用の道具を使わせた。


以前いた工房で覚えた技術らしい。


「ここ、薄いですね」


「分かる?」


「削ったら穴が開きます」


「じゃあ削らない」


「錆は?」


「残す」


エルクが驚く。


「残していいんですか?」


「穴を開けるよりいい」


全部きれいにすることが修理ではない。


必要なところだけ手を入れる。


一時間後。


【記録箱】


【損傷率:41% → 16%】


【開封可能】


修はゆっくり蓋を開いた。


中に入っていたのは、金でも宝石でもなかった。


古い紙の束。


そして一本の小さな金槌だった。


リペが覗く。


「工具です!」


「みたいだな」


金槌はかなり使い込まれている。


柄には文字が刻まれていた。


『時計守 ベルン』


修は記憶を探る。


知らない名前だった。


町の記録にも、これまで読んだアルド関係の資料にも出てきた覚えがない。


紙は修理記録だった。


日付。


交換部品。


鐘の調整。


時計のずれ。


雨漏り。


階段補修。


何十年にもわたる記録が残っている。


最初の記録は百六十四年前。


最後は百二十九年前。


三十五年間。


ベルンという人物が、この時計台を修理し続けていた。


エルクが紙をめくる。


「この人、アルドさんの弟子ですか?」


「時代が違うと思う」


アルドが時計台を完成させてから、かなり後の人物だ。


直接会った可能性は低い。


記録の一枚に、こんな文章があった。


『今日も時計は三分遅れた。』


『原因は第四歯車ではなく、北側軸受の摩耗。交換。』


次。


『鐘楼西窓より雨水侵入。窓枠交換。』


次。


『南階段七段目、軋みあり。補強。』


地味な記録ばかりだった。


伝説の修理はない。


奇跡もない。


ただ壊れた場所を見つけ、直している。


リペが言う。


「毎日修理してます」


「ああ」


「すごい人ですか?」


修は答える前に記録を見た。


ベルンの名前を、今まで誰も知らなかった。


像もない。


伝説にもなっていない。


それでも。


アルドが作った時計台は、完成しただけで百年以上動き続けたわけではない。


ベルンのような誰かが。


その後もずっと直していた。


「すごい人だと思う」


修は答えた。


「でも、有名ではないです」


エルクが言う。


「有名になる必要ある?」


「……ないですけど」


「この人が直してなかったら、時計台はもっと早く壊れてたかもしれない」


完成させたアルドだけではない。


維持した人がいた。


壊れた部品を交換した人。


雨漏りを直した人。


階段を補強した人。


名前も残らなかった職人たち。


修は最後の記録を読む。


そこだけ少し文章が長かった。


『鐘の音が以前より低い。』


『鐘そのものに異常なし。』


『吊り具にも異常なし。』


『原因不明。』


その翌月。


『鐘の音、さらに変化。』


『時計機構正常。鐘楼構造正常。原因不明。』


そして最後。


『音の原因を見つけた。』


修の目が止まる。


続きがない。


次の紙を探す。


ない。


「ここで終わってる」


エルクも気づいた。


「原因は?」


「書いてない」


最後の日付以降、ベルンの記録は一枚もない。


なぜ記録箱が基礎の中へ隠されていたのか。


なぜ金槌まで入っていたのか。


そして。


ベルンは何を見つけたのか。


修は時計台の方角を見る。


「ご主人様」


リペが小さな声で尋ねる。


「鐘、大丈夫ですか?」


「今のところ、鐘楼の損傷率は高い。でも、この記録と関係あるかは分からない」


百二十九年前。


鐘の音に何かが起きた。


修は最後の紙をもう一度調べる。


裏側。


端。


光に透かす。


何もない。


その時、エルクが金槌を持ち上げた。


「修さん」


「何?」


「これ……変じゃないですか?」


ベルンの金槌。


一見すると普通の小槌だ。


「どこが?」


「重いです」


修も受け取る。


確かに。


見た目より重い。


鑑定。


【対象:時計守ベルンの金槌】


【損傷率:23%】


【内部:空洞あり】


「空洞?」


「空洞があるのに重いんですか?」


エルクが聞く。


「逆だな。空洞の中に何か入ってる」


柄の末端に、細い継ぎ目がある。


修は慎重に回した。


カチッ。


柄の底が外れた。


中から、小さく丸められた紙が出てきた。


三人とも黙った。


「隠してたんですね」


エルクが言う。


修は紙を広げる。


文字はベルンの記録と同じ筆跡だった。


『時計台を直す者へ。』


最初の一文。


『鐘を直してはいけない。』


リペが固まった。


「……え?」


修も言葉を失った。


さらに下。


『あの鐘は壊れていない。』


『壊れているのは、時計台でもない。』


そして最後に。


『正午の鐘が鳴る時、地下で音を聞け。』


それだけだった。


修は紙を見つめる。


地下。


この時計台には、アルドの工房がある。


だが。


そのさらに下に何かがあるとは、今まで一度も確認されていない。


エルクが尋ねる。


「どうします?」


修は少し考えた。


完成まで四十三日。


工程には余裕がある。


鐘楼を直すのは、まだ先だ。


「明日、地下を調べよう」


「修理は?」


「これも修理だよ」


壊れている場所を決めつけない。


見えている傷だけを追わない。


百二十九年前の時計守が、最後に残した言葉。


『正午の鐘が鳴る時、地下で音を聞け。』


修は時計台を見上げた。


針は試験運転を続けている。


そして明日の正午。


修たちは、時計台の地下で鐘を鳴らす。


そこで何が聞こえるのか。


まだ誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。