↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界リペア工房 ~ハズレスキル「鑑定・修理」でガラクタも人生も直します~』  作者: 森


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/113

第80話 帰る場所


星渡り大橋の完全修理から、一夜が明けた。


朝の橋には、すでに何台もの荷車が行き交っていた。東星町からは加工品や日用品が運ばれ、西星町からは薬草や木材が積まれていく。橋の中央ですれ違う荷車の御者たちは、まだ少し珍しそうに互いの荷物を眺めていた。


百年間、壊れた状態で使われ続けてきた橋である。


それが今日からは、ごく普通の道になる。


修は中央塔の前に立ち、最後の確認を行った。


【対象:星渡り大橋】


【損傷率:8%】


【構造安全性:正常】


【通行機能:正常】


【水路調整機構:正常】


【東西水量比:50:50】


【継続保守:可能】


損傷率はゼロではない。


それでいい、と修は思った。


二百三十一年前の橋を新品同様にすることが目的ではない。これからも使い続けられ、壊れた時には次の職人が直せる。その状態まで戻すことが、この橋に必要な修理だった。


「ご主人様!」


後ろからリペが駆けてくる。


手には、いつものしゃもじが握られていた。


「西星町からお弁当をいただきました!」


「朝飯食べたばかりだろ」


「これは帰り道用です!」


「まだ出発してないぞ」


「準備は早い方がいいです!」


橋の修理で学んだ言葉を、都合よく使っている。


修は笑いながら振り返った。


その向こうからミレアが歩いてくる。腰には、修が直した父親の金槌が下がっていた。


「もう行くの?」


「はい。気になることもありますから」


「七つ目ね」


修は頷いた。


第六の遺産、星渡りの天秤。


そこで手に入れた最後の言葉。


『六つの音を持って、帰れ。』


『七つ目は、旅の先にはない。』


帰る場所といえば、修にとって思い当たる場所は一つしかなかった。


リペア工房。


そして、その町に立つ時計台だ。


「ミレアさんは?」


「私?」


「これからどうするか、考えるって言ってたでしょう」


ミレアは橋を見る。


昨日までの彼女は、壊れた橋を守る橋守だった。


だが、橋は直った。


だからといって、橋守という仕事そのものがなくなるわけではない。むしろ完全修理された今後こそ、定期的な点検と整備が必要になる。


それでも、同じ仕事ではなかった。


「しばらくは橋守を続ける」


ミレアは答えた。


「ただ、前みたいに『壊れたまま維持する橋守』じゃない。これからは、ちゃんと使い続けるための橋守」


「いいですね」


「それと、東にも弟子を取ろうと思ってる」


修は少し驚いた。


「東星町から?」


「橋の半分は東にあるんだから、橋守が西にしかいない方がおかしいでしょ」


確かにそうだった。


これまで橋は一つなのに、修理は東と西で分断されていた。その結果、互いの修理記録すら十分に共有されていなかった。


「今度から修理記録も一冊にする。東と西で同じものを持つ」


「それがいいと思います」


「あなたのおかげ」


「俺は橋を直しただけですよ」


「またそれ言う」


ミレアは呆れたように笑った。


「じゃあ、そういうことにしておく」


バルドも見送りに来た。


その顔には疲れが残っていた。


昨夜は東星町の工房を回り、水量が五割になった後の状況を確認していたらしい。


「どうでした?」


修が尋ねる。


「大混乱……と言いたいところだが、思ったより何とかなった」


金属工房では循環槽が予定通り稼働し、製紙工房も三段階の再利用を始めている。宿屋では清掃用水への再利用が定着し始め、農地でも夜間の掛け流しをやめた。


もちろん問題がないわけではない。


「染色工房が一軒、昨日の夕方に水が足りなくなった」


「やっぱり出ましたか」


「雨水槽への配管が細すぎた。今朝から交換してる」


修は少し安心した。


問題が起きたことに、ではない。


問題が起きた時、自分がいなくても町の人たちが直し始めていることにだ。


「それなら大丈夫そうですね」


「ああ。ただ、五割で本当に一年を通して暮らせるかは、まだ分からん」


バルドは現実的だった。


今回の計算には雨量の変動や、工房の生産量が増えた場合まで完全には含まれていない。来年、再来年と状況を見ながら、さらに水の使い方を変える必要が出るだろう。


橋を直したから、すべての問題が解決したわけではない。


むしろ、新しい暮らしの始まりだった。


「困ったら呼んでください」


「また来るのか?」


「修理屋なので」


「出張料は取れよ」


「考えておきます」


「そこは即答しろ」


バルドが笑った。


修とリペは、東星町側から星渡り大橋を離れた。


来た時とは違う道を歩いているような気がした。


実際には同じ街道だ。


しかし背後では、東から西へ、西から東へと荷車が行き交っている。橋の中央で止められることも、風向きを待つこともない。


しばらく歩いたところで、リペが振り返った。


「小さくなりました」


遠くに星渡り大橋が見える。


「何が?」


「橋です」


「離れたからな」


「でも、最初に見た時はものすごく大きかったです」


修も振り返る。


峡谷を跨ぐ巨大な橋。


その中央に、小さく塔が見える。


「あれを直したんですよね」


「みんなでな」


「私は泥をいっぱい取りました!」


「助かったよ」


リペが嬉しそうに笑った。


「しゃもじも活躍しました!」


「してない」


「泥を一回すくいました!」


「その後ちゃんと洗ったか?」


リペが黙った。


修も黙った。


「……洗ったよな?」


「帰ったら洗います!」


「今洗え!」


街道の脇を流れる小川で、急遽しゃもじの洗浄が行われた。


帰り道は、行きよりもゆっくり進んだ。


急ぐ理由がなくなったからだ。


途中の小さな村で一泊すると、宿の主人から壊れた椅子を頼まれた。


【対象:食堂椅子】


【損傷率:18%】


【右後脚接合部:緩み】


「十分くらいですね」


「金は取ってくれよ」


主人が先に言った。


修は苦笑する。


「最近、それをよく言われます」


「修理屋が飯食えなくなったら、次に壊れた時困るからな」


確かに一理ある。


修は銅貨を数枚受け取り、椅子を直した。


隣ではリペが宿の子供にしゃもじを見せていた。


「これは伝説の――」


「普通のしゃもじだぞ」


修が遠くから訂正すると、子供が笑った。


「喋るゴーレムだ!」


「私は喋ります!」


「しゃもじも喋る?」


リペは少し考えた。


「修行中です!」


「変なこと教えるなよ」


旅の途中で、そんな小さな修理をいくつか引き受けた。


荷車の車輪。


宿の窓。


農具の柄。


子供のおもちゃ。


どれも遺産ではない。


世界の運命にも関係しない。


それでも修にとっては、星渡り大橋と同じ修理だった。


五日後。


見慣れた町並みが見えてきた。


「帰ってきましたー!」


リペが走り出す。


「だから走るな!」


「橋じゃないので大丈夫です!」


「そういうルールじゃない!」


町の入口にいた人々がこちらを見る。


最初に気づいたのはロイだった。


「あっ!」


少年が駆けてくる。


「修!」


「ただいま」


「遅い!」


「遠かったんだから仕方ないだろ」


「橋直した?」


「直したよ」


ロイの目が輝く。


「でっかい橋?」


「全長千二百八十四メートル」


「すげえ!」


「私も直しました!」


リペが胸を張る。


「何したの?」


「泥を取りました!」


ロイが少し考える。


「地味」


「重要です!」


「しゃもじで?」


「少しだけ!」


「やっぱり地味」


リペが衝撃を受けていた。


町長もやってきた。


「おかえり」


その一言を聞いた瞬間、修は少しだけ立ち止まった。


帰港の鐘。


第三の音を思い出した。


ただいま。


おかえり。


旅に出た者が戻る場所。


「ただいま戻りました」


修は改めて答えた。


リペア工房の前まで来ると、修は思わず笑った。


扉に紙が何枚も貼られている。


『鍋の取っ手が取れました』


『時計が遅れます』


『井戸の滑車を見てください』


『急ぎではありません』


『急ぎです』


さらに一番下には、ロイの字で大きく書かれていた。


『木剣強化希望』


「最後のは却下」


「まだ何も言ってない!」


後ろからロイの抗議が飛んできた。


修が扉を開ける。


久しぶりの工房だった。


作業台。


工具棚。


修理待ちの箱。


窓から差し込む光。


旅に出る前と、ほとんど変わっていない。


それなのに、妙に懐かしい。


リペが工房の中へ飛び込む。


「帰りました!」


「誰に言ってるんだ?」


「工房です!」


修は少し笑った。


「そうか」


それなら、自分も言っておこう。


「ただいま」


当然、工房は答えない。


しかし修には、それで十分だった。


その日の午後は、旅の荷物を片付けるだけのつもりだった。


ところが扉に貼られていた修理依頼を見た人たちが、「帰ってきたらしい」と聞きつけて次々とやってきた。


最初は鍋。


次は時計。


その次は農具。


気づけば作業台の横に十六個の修理品が並んでいた。


「増えてません?」


リペが尋ねる。


「増えてるな」


「旅に出る前より人気です!」


「宣伝した?」


「してません!」


「本当に?」


「今回は!」


今回は、という部分が気になった。


修は最初の鍋を手に取る。


取っ手が外れているだけだ。


【対象:鉄鍋】


【損傷率:4%】


【修理推定時間:6分】


「さて」


久しぶりに、いつもの言葉が自然に出た。


「どこが痛い?」


六分後。


鍋は直った。


次は時計。


その次は農具。


星渡り大橋を直した後でも、やることは変わらない。


むしろ修には、こちらの方が落ち着いた。


夕方。


八個目の修理を終えた頃だった。


カチッ。


工房の奥から、小さな音がした。


修の手が止まる。


「ご主人様?」


「今、何か聞こえなかったか?」


リペが耳を澄ます。


「何も聞こえません」


修は立ち上がった。


音がしたのは工具棚の辺りだ。


しかし、そこには異常がない。


もう一度。


カチッ。


今度は分かった。


「下だ」


「地下ですか?」


「いや……」


修は床を見る。


音は地下工房よりも近い。


作業台を動かす。


その下に、一本の細い線があった。


「こんなのあったか?」


床板の継ぎ目にも見える。


しかし鑑定すると、表示が現れた。


【対象:工房床下収納】


【製作者:アルド】


修の心臓が大きく鳴った。


「アルドさん?」


リペがしゃがみ込む。


「第七の遺産ですか!?」


「まだ分からない」


修は床板を調べた。


鍵穴はない。


取っ手もない。


ただ、小さなくぼみが六つ並んでいる。


修は旅で手に入れたものを思い出す。


六つの音。


それぞれの遺産から持ち帰った記録と継承の証。


「六つの音を持って、帰れ」


修が呟いた。


「ここだったのか」


六つのくぼみに、これまで手に入れた継承の証を順番に置いていく。


一つ目。


二つ目。


三つ目。


四つ目。


五つ目。


そして、星渡りの天秤から受け取った六つ目。


カチッ。


すべてのくぼみが淡く光った。


床板がゆっくり横へ動く。


その下から現れたのは、小さな木箱だった。


豪華な箱ではない。


どこにでもありそうな、古い工具箱だった。


【対象:アルドの工具箱】


【損傷率:12%】


【製作年:約238年前】


【所有者:アルド】


【第七の遺産】


リペが目を輝かせる。


「第七の遺産!」


修は、すぐには箱を開けなかった。


表示の最後に、もう一行あったからだ。


【状態:未完成】


「未完成?」


リペが首を傾げる。


修も同じだった。


七つ目の遺産。


最後の遺産。


それが未完成。


箱を開く。


中に入っていたのは、使い込まれた小さな工具が数本と、一冊の薄いノートだった。


そして中央には、一つだけ空いた場所がある。


何かを収めるためのくぼみ。


しかし、そこに入るはずの物はない。


修はノートを開いた。


最初のページには、アルドの文字があった。


『七つ目の遺産を探している君へ。』


『残念だが、ここに七つ目はない。』


「え?」


リペが固まる。


修も思わず読み直した。


間違いない。


次の文章が続いていた。


『ここにあるのは、私の工具箱だ。』


『私が最後まで完成させられなかったものでもある。』


『六つの遺産を巡った君なら、もう分かっているはずだ。』


『職人が最後に残すべきものは、完成品ではない。』


修は次のページをめくった。


そこには、一枚の図面が挟まっていた。


町の時計台。


その中心部。


これまで、どの設計図にも描かれていなかった部分。


【時計台中央機構・最終部品】


その下に、アルドの文字。


『最後の部品は、私には作れなかった。』


『私が作ってはいけなかったからだ。』


修は息を止めた。


『七つ目の遺産は、次の修理屋が作れ。』


工房の外。


夕暮れの町に、時計台が立っている。


まだ止まったままの時計。


長い旅の始まりから、ずっとそこにあったもの。


リペが修を見る。


「ご主人様」


「うん」


「第七の遺産、ないんですか?」


修は図面を見つめたまま答えた。


「違う」


空白の部分。


未完成の工具箱。


止まった時計台。


そして、アルドが残した最後の仕事。


「これから作るんだ」


七つ目の遺産は、過去には存在しない。


伝説の職人が残したものでもない。


次の修理屋が。


今を生きる人たちと一緒に作るものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。