↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界リペア工房 ~ハズレスキル「鑑定・修理」でガラクタも人生も直します~』  作者: 森


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/113

第76話 十二日を七日に


完全修理開始まで、残り七日。


必要な修理期間は十二日。足りないのは五日だった。


修は中央塔に表示された数字を、もう一度確認した。


【完全修理開始可能期限:残り7日】


【完全修理必要期間:推定12日】


何度見ても数字は変わらない。


「ご主人様」


リペが真剣な顔で言った。


「寝なければいけます」


「いけない」


「一日二十四時間働けば――」


「七日で百六十八時間」


「十二日だと二百八十八時間です!」


「ちゃんと計算できるようになったな」


「成長しました!」


「でも百二十時間足りない」


リペが固まった。


「……寝ないだけでは駄目です」


「だから言っただろ」


修は苦笑した。


そもそも、十二日という数字が何を意味しているのか。まずはそこから調べる必要がある。


修は中央塔へ手を当て、鑑定を深くした。


【星渡り大橋・完全修理工程】


【第一工程:中央塔主支柱補強 推定3日】


【第二工程:橋面支持構造修復 推定2日】


【第三工程:東側主索交換 推定2日】


【第四工程:西側主索交換 推定2日】


【第五工程:中央基礎調整機構修復 推定2日】


【第六工程:全体調整 推定1日】


【合計:12日】


リペが表示を見ながら指を折る。


「全部足したら十二日です」


「ああ」


「困りました」


「いや……」


修は工程表を眺めていて、一つのことに気づいた。


「これ、なんで全部足してるんだ?」


「はい?」


「東側の主索を交換している間、西側は何をしてる?」


リペが少し考える。


「待ってます?」


「なんで?」


「順番だから?」


「誰が決めた?」


「アルドさん?」


修は首を振った。


表示されているのは修理に必要な工程だ。しかし、一人の職人がすべてを順番に行わなければならないとは、どこにも書かれていない。


修はさらに鑑定を進める。


【複数工程同時施工】


【可能】


「やっぱり」


修が笑った。


「十二日は、一人で順番に直した場合だ」


リペの目が輝く。


「では、十二人でやれば一日です!」


「そうはならない」


「残念です」


「人を増やせない工程もあるし、前の工程が終わらないと始められない作業もある。でも、同時に進められる場所はある」


東側と西側の主索交換は、同時にできる。


橋面支持構造の一部も、中央塔の補強と並行できる。中央基礎調整機構に必要な交換部品も、作業場所へ入れるようになるまで待つ必要はない。先に町の工房で作っておけばいい。


「いけるかもしれない」


「七日で?」


「ああ。まず、人を集めよう」


その日の午後。


東星町から二十七人、西星町から十八人。合計四十五人の職人たちが、中央塔の前に集まった。


大工、鍛冶屋、石工、配管職人、橋守、そして荷運びを担当する者たち。


中には橋の修理を一度も経験したことがない者もいる。


バルドが集まった顔ぶれを見渡した。


「これだけの人数が一緒に橋を直すのは、いつ以来だろうな」


ミレアが首を振る。


「橋の記録に残っている限り、一度もない」


東は東。


西は西。


百年間、それぞれが自分たちの側から橋を直してきた。


同じ橋を守っていたはずなのに、四十五人が同じ目的で集まるのは、おそらくこれが初めてだった。


修は地面に大きな紙を広げた。


「まず、橋の修理を六つの工程に分けます」


中央塔。


橋面。


東側主索。


西側主索。


中央基礎。


全体調整。


それぞれに必要な人員と時間を書き込んでいく。


「全部を俺一人で直していたら十二日かかります。でも、同時に進められる工程があります」


東側の鍛冶屋が尋ねた。


「俺たちは何をすればいい?」


「俺が全部指示するんじゃなくて、それぞれ得意なところを担当してください」


「お前が責任者じゃないのか?」


「修理判断は俺がします。でも、俺より上手い人がいる作業まで俺がやる必要はないでしょう」


大工たちが顔を見合わせる。


「俺は時計と細かい機構が専門です。巨大な梁なら大工さんの方が上手い。主索の金具なら鍛冶屋。石造りの基礎なら石工。そして橋そのものについては――」


修はミレアを見る。


「橋守が一番詳しい」


ミレアが少し驚いた。


「私?」


「四代分の修理記録を知ってるんでしょう?」


「ほとんど頭に入ってる」


「だったら、俺より詳しいです」


ミレアはしばらく修を見た後、少し笑った。


「王国公認修理師って、もっと偉そうな人だと思ってた」


「章を持ってるだけなので」


「ご主人様は偉いです!」


リペがなぜか胸を張った。


「なんでお前が威張るんだ」


役割が次々に決まっていった。


中央塔は修、ミレア、石工六人。


東側主索は東の鍛冶屋と大工。


西側主索は西の橋守と鍛冶職人。


橋面は東西混成の大工たち。


中央基礎調整機構は修が設計を確認し、必要な部品を町の工房で先に作る。


運搬は両町の若者たち。


記録は役場職員。


そしてリペ。


「私は?」


修は少し考えた。


「運搬補助」


「重要です!」


「今回は本当に重要だからな」


リペは力持ちだ。普通の人間なら二人がかりで運ぶ部材でも、一人で持ち上げられる。


「任せてください!」


「ただし走るな」


「分かりました!」


「橋の上では絶対だぞ」


「分かりました!」


二回言った。


修は少し不安になった。


全員で作業計画を組み直していく。


修が工程同士のつながりを確認し、職人たちが現実的に必要な時間を出す。


一時間後。


【推定修理期間:12日 → 8.4日】


「まだ足りない」


あと一日以上。


バルドが言う。


「人数を増やすか?」


「これ以上増やしても、橋の上が混雑します。逆に遅くなる可能性があります」


人を増やせば、その分だけ速くなるわけではない。


作業できる場所には限界がある。一つのボルトを十人で締めることはできない。


ミレアが工程表を見る。


「中央塔に三日かかるのが大きい」


「ここは削れません」


主支柱は橋全体を支える最重要部分だ。焦って失敗すれば、七日どころか、その場で橋が崩れる可能性すらある。


「基礎調整機構は?」


「二日」


「先に直せない?」


「中央塔を補強してからじゃないと動かせない」


再び沈黙が落ちた。


八・四日。


あと一・四日。


リペが工程表をじっと見ていた。


「ご主人様」


「ん?」


「これ、直すところ多すぎません?」


修がリペを見る。


「どういう意味?」


「全部壊れてるんですか?」


修は工程表へ視線を戻した。


中央塔も壊れている。


橋面も傷んでいる。


主索も交換が必要。


基礎にも問題がある。


だから直す。


当たり前だと思っていた。


しかし――。


「全部を新品みたいにする必要はあるのか?」


修が呟いた。


リペが首を傾げる。


「新品にするんですか?」


「いや。そこだ」


修の目が変わった。


すぐに橋へ手を触れる。


今度は「元の状態へ戻す」という条件を外して鑑定する。


百年前の状態に戻す必要はない。


人が安全に渡れること。


東西へ水を五割ずつ流せること。


そして今後、この町の職人たち自身が維持できること。


その三つだけを修理目標に設定する。


【修理目標を再設定】


【旧目標:原状復帰】


【新規目標:安全通行】


【新規目標:水路正常化】


【新規目標:継続維持可能状態】


【再計算中……】


ミレアが息を呑む。


「完全修理って、元通りにすることじゃないの?」


「俺もそう思い込んでました」


修は首を振った。


「でも、違う」


アルドの地下工房。


フロストベル。


ノア。


今までの旅で、何度も同じことを学んできた。


修理とは、昔の姿へ戻すことではない。


続けられるようにすることだ。


表示が更新された。


【不要工程を検出】


【橋面装飾部:修理不要】


【旧式照明機構:修理不要】


【中央塔上部外壁:部分補強で可】


【東側旧補助索:撤去可能】


【西側旧補助索:撤去可能】


不要な工程が次々と外されていく。


そして最後に、新しい数字が表示された。


【推定修理期間:8.4日 → 6.8日】


誰もすぐには声を出さなかった。


リペだけが表示へ顔を近づける。


「六・八……七日より短いです!」


バルドが修を見る。


「間に合うのか?」


修はすぐには頷かなかった。


六・八日。


余裕は〇・二日。


約五時間しかない。


天候が崩れるかもしれない。


部品が足りなくなるかもしれない。


誰かが怪我をするかもしれない。


何か一つ予定外のことが起きれば、それだけで消える余裕だ。


「計算上は間に合います。でも、かなりギリギリです」


ミレアが笑った。


「ゼロよりいい」


「ですね」


その時、橋の設計図が淡く光った。


アルドの文字が浮かび上がる。


『完全とは、昔と同じという意味ではない。』


続いて、さらに文字が現れる。


『必要なものを残し、不要になったものを手放し、次に壊れた時、また直せるようにする。』


『それを私は、完成と呼ぶ。』


修はしばらく、その言葉を見つめていた。


「やっぱり」


「何が?」


ミレアが尋ねる。


「アルドは最初から、この橋を永遠に壊れないものとして作ったわけじゃない」


修は二百三十一年を生きてきた橋を見上げる。


何度も壊れた。


何度も直した。


「壊れることを前提に作ったんだ」


だから、部品を交換できる。


だから、橋守が修理できる。


だから、二百年以上も残った。


永遠に壊れないから残ったのではない。


壊れるたびに直せたから残ったのだ。


翌朝。


完全修理開始まで、残り七日。


星渡り大橋の修理が始まった。


最初に手を付けるのは中央塔の主支柱だった。


修が鑑定する。


【対象:中央塔主支柱】


【損傷率:68%】


【主亀裂:三箇所】


【補強前荷重移動必須】


石工の一人が表示を見て唸った。


「いきなり一番難しいところか」


「だから最初にやります」


橋全体の荷重を、一時的に別の支柱へ逃がす。


その間に主支柱を補強する。


しかし、荷重を移しすぎれば別の場所が壊れる。


ミレアが古い修理記録を広げた。


「五十八年前、一度だけ似た作業をしてる」


「記録あります?」


「ある。曾祖父の時代」


古びた紙には、当時行った荷重移動の方法が細かく記録されていた。


修は図面と見比べる。


「使えます」


「そのままで?」


「そのままじゃ無理です。でも、今の状態に合わせれば使える」


昔の技術を捨てない。


ただし、そのまま使うわけでもない。


今の技術と組み合わせる。


修は東の大工へ声をかける。


「仮支柱を二本お願いします!」


「分かった!」


西の石工には基礎部分の補強を頼む。


ミレアは主索の張力を確認しながら橋の反対側へ叫んだ。


「東、少し緩めて!」


「了解!」


「西、三段階目まで張る!」


「分かった!」


東と西の声が、橋の中央を越えて飛び交う。


百年間、互いに「そこを触るな」と言ってきた職人たちが、今日は互いに「頼む」と言っている。


そこへ、大きな木材を抱えたリペがやってきた。


「持ってきました!」


「ゆっくり!」


「ゆっくりです!」


確かに走ってはいない。


だが、歩く速度が異様に速い。


「もう少しゆっくり!」


「難しい注文です!」


石工たちが笑った。


昼には一本目の仮支柱を設置。


午後には二本目も入った。


いよいよ荷重を移動させる。


橋全体が大きく軋んだ。


ギギギギ……。


全員の動きが止まる。


修はすぐに橋へ手を当てた。


【荷重移動率:18%】


【安全範囲】


「大丈夫! 続けてください!」


作業が再開される。


夕方。


主支柱に走っていた三本の亀裂のうち、一つ目の補強が終わった。


【中央塔主支柱】


【損傷率:68% → 51%】


まだ半分以上傷んでいる。


それでも、確実に直っている。


日が沈み始めた頃、バルドが修へ尋ねた。


「夜も続けるか?」


ランタンを使えば作業はできる。


時間はない。


余裕は五時間しかない。


それでも修は首を振った。


「今日は終わりにしましょう」


ミレアが驚く。


「時間ないのよ?」


「だからです」


「でも、余裕は五時間しかない」


「疲れた状態でこの橋を直して、一回失敗したら五時間じゃ済みません」


焦って金具を一本締め間違える。


足を滑らせる。


確認を一つ飛ばす。


それだけで全工程が止まる可能性がある。


「休むのも工程に入れます」


バルドが笑った。


「急ぐけど、急いで直さない、か」


「そんな感じです」


その夜。


東と西の職人たちは、橋の両側へ帰らず、中央塔近くの仮設野営地で一緒に食事を取った。


大鍋のスープ。


パン。


肉。


東星町から持ってきた酒。


西星町の保存食。


最初は少しぎこちなかった。


だが、一人の東の鍛冶屋が、西の職人が作った金具を手に取った。


「これ、お前らの工房で作ったのか?」


「そうだ」


「悪くないな」


「悪くないって何だよ」


「褒めてる」


「下手くそか」


周囲から笑いが起こる。


別の場所では、西の干し肉を食べた東の職人が顔をしかめていた。


「固いな、これ」


「日持ち優先なんだよ」


「東のパンは柔らかすぎるぞ」


「年寄りでも食えるんだよ」


「交換するか?」


「いいぞ」


また笑いが起こる。


百年間、同じ橋を別々に直してきた人々が、今は同じ火を囲んでいた。


その輪の中で、リペは大鍋のスープをしゃもじですくっていた。


ミレアが呆れた顔をする。


「まだそれで食べてるの?」


「便利ですよ!」


「本来はご飯をよそうものなんだけどな」


修が言うと、リペは得意げにしゃもじを掲げた。


「第六の遺産候補です!」


「本物の第六の遺産を見た後でも言うのか」


「まだ諦めてません!」


「何を目指してるんだよ」


バルドが笑い、ミレアもつられて笑った。


修は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。


まだ一日目。


明日からも厳しい作業が続く。


主支柱の修理も半分以上残っている。


予定はぎりぎり。


それでも、今日やるべきことは終わった。


そこへミレアがやってきた。


「修」


「はい?」


「ありがとう」


「まだ橋は直ってませんよ」


「橋じゃない」


ミレアは野営地を見る。


東と西の職人が、同じ鍋を囲んで笑っている。


「私、こんなの初めて見た」


修も同じ方を見る。


「俺は大したことしてませんよ」


「またそれ?」


「本当に。みんなが橋を直そうとしたから、こうなっただけです」


橋が壊れた。


だから、人が集まった。


そのきっかけを作っただけだ。


ミレアが少し考えてから言う。


「この橋、壊れてよかったのかもね」


修は思わず彼女を見る。


「それは言い過ぎじゃないですか?」


「そうね」


ミレアも笑った。


「やっぱり壊れない方がよかった」


「ですよね」


二人で笑った。


その時。


中央塔の奥から、小さな音が聞こえた。


チン――。


修とミレアが同時に振り向く。


星渡りの天秤だった。


誰も触れていない。


東側には『往来』。


西側には『選択』。


二つの札を載せた天秤が、淡い光を放っている。


「今の……」


「聞こえました」


修は天秤へ近づき、そっと触れた。


【対象:星渡りの天秤】


【状態:正常】


【第六の音】


【未成立】


【成立率:17%】


「第六の音?」


ミレアが表示を見る。


修も眉を寄せた。


アルドは、はっきり書いていた。


『六つ目の音は音ではない。』


それなのに、天秤は確かに鳴った。


リペもやってくる。


「ご主人様、今何か鳴りました?」


「ああ」


「第六の音ですか?」


「違うみたいだ」


修はもう一度、表示を見る。


【成立率:17%】


まだ完成していない。


なら、今聞こえた音そのものが第六の音というわけではない。


修はふと、野営地へ目を向けた。


東の職人が西の酒を飲んでいる。


西の大工が東の職人へパンを渡している。


少し前まで、互いを「向こう側」と呼んでいた人たちだ。


今は同じ橋を直し、同じ火を囲んでいる。


「もしかして……」


修が呟く。


「第六の音って、聞くものじゃないのかもしれない」


リペが首を傾げる。


「音なのに?」


「ああ。変な話だけどな」


第一の音は、傷みの音。


第二は、風待ちの音。


第三は、帰港の鐘。


第四は、終刻の鐘。


第五は、継承の音。


そして第六。


アルドは、それを「音ではない」と書いた。


星渡りの天秤が量るもの。


選択によって失われるもの。


そして、選ぶ前に自分が本当に守りたいものを見ること。


修は、水平になった天秤を見つめた。


「まだ分からない」


「でも、十七パーセントです!」


リペが言う。


「そうだな」


「百パーセントになったら分かります!」


「たぶんな」


リペは満足そうに頷いた。


「では、明日も橋を直しましょう!」


「ああ」


修も笑った。


「明日も直そう」


橋の上には、まだ無数の傷が残っている。


東と西の間にも、百年分の溝が残っている。


どちらも、一日で消えるものではない。


だから、一つずつ直していけばいい。


橋も。


人のつながりも。


そして、選べなかったものも。


夜の峡谷に、東と西の職人たちの笑い声が響いていた。


星渡りの天秤は、その声を聞くように淡く光り続けている。


第六の音は、まだない。


だからこそ修は、その「音のない何か」が形になる時を、少しだけ楽しみにしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。