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世界を繋ぐ腱、地底を走る黒き神経

 その街の境界、もはや地図上の座標さえも曖昧になり、空の色は土を煮詰めたような濃褐色へと染まり、重力が不規則に変動する場所。地面は絶えず不気味な地鳴りを上げ、アスファルトの亀裂からは黒い「繊維」が、まるで血管のようにドクドクと脈打ちながら溢れ出す路地の最果てで、その「オーガニック・デリ」は、星の核へと突き刺さった巨大な「槍の穂先」のように、圧倒的な質量を伴って佇んでいた。


 店主はカウンターの奥で、自身の「脊髄」を再構築していた。

 彼の背中からは、服を突き破って、数メートルに及ぶ「真っ黒な硬質の繊維」が、鞭のようにしなりながら噴き出していた。それは店主の意思とは無関係に、周囲の空間を「縫い合わせる」ように動き回り、店内の柱や壁、そして地中の岩盤を強引に一つへと連結させていく。店主の意識は、すでに「個体」であることを辞め、この星の地層そのものを一本の「腱」として束ねる、巨大な操り人形師へと変質していた。

「……ようやく、一本に繋がります。あなたたちのバラバラだった生も、死も、そして無意味な叫びも」


 カラン、と岩石が砕けるような重厚な音がして、ドアの鈴が鳴った。

 入ってきたのは、かつては世界的な登山家として知られたが、雪崩で仲間を全員失い、自らも五体の機能を失いかけながら、不屈の執念だけで生き延びてきた男、岩田いわただった。


 岩田は「結びつき」に飢えていた。

 彼は、どんな過酷な環境でも決して切れない、絶対的な「強さ」と「繋がり」を求めていた。仲間との絆を失い、自らの筋肉も衰えゆく中で、彼は自分という存在を、この世界そのものに「縫い付けたい」と願っていた。二度と独りにならぬよう、二度と何物にも屈せぬよう、地球の核から天の果てまでを貫く、一本の強靭な「綱」になりたいという、狂気的な渇望。

「……俺を、繋ぎ止めてくれ。このバラバラになりそうな肉体も、虚空を彷徨う魂も。何者も引き千切ることができない、最強の『糸』になりたいんだ。地球の底にまで深く根を張り、この星そのものと一体化した、揺るぎない『すじ』に……」


 岩田の声は、岩が擦れ合うような重低音を響かせ、聞く者の内臓を直接震わせた。

 店主は、岩田の傷だらけの拳を、地殻を貫く亀裂を見定めるような冷徹な目で見つめた。そこには、絶望を燃料にして焼き固められた、黒い鋼鉄のような意志があった。店主はカウンターの下から、泥にまみれ、金属のような鈍い光沢を放つ、あまりにも長い塊を取り出した。


「強靭、ですね。暗黒の土を咀嚼し、岩盤を貫き、自らを『楔』として大地に刻み込む、世界最古の繊維……でしたら、これをお試しください。あなたが探し求めていた、永劫の結合です」


 差し出されたのは、表面を真っ黒な泥と微細な産毛が覆い、触れるだけで火花が散るほど硬質な「ごぼう(牛蒡)」だった。

 それは野菜というよりは、地底から引き抜かれた「地球の神経」、あるいは「神が世界を繋ぎ止めるために打ち込んだ釘」のようにも見えた。皮からは、原始の森の腐葉土と、熱い鉄の匂いが混ざり合った、圧倒的な「生の圧力」が漂っていた。


「『アース・ガイア・テンドン』。これを、一切水洗いせず、土がついたまま、あなたの『失った仲間の形見』と一緒に、固い大岩の上で粉々に叩き潰してください。そして、その泥状の繊維を、あなたの体中の傷跡に直接塗り込み、そのまま深い穴の中で一晩、自らを『根』として埋めるのです。あなたの肉体は、この星の鼓動と同期するでしょう」


 岩田は、自分の存在を永遠にするためのいしずえを手に入れたかのように、それを持って帰宅した。

 彼は、かつて雪山で命を落とした仲間のカラビナを置き、あの牛蒡を鉄槌で打ち砕いた。


 ガツン、ガツン……!!

 

 砕くたびに、部屋の床からは黒い火花が飛び、重力が一点に凝縮されていく。牛蒡の繊維は、もはや植物ではなく、この世で最も硬い「黒い鋼のワイヤー」へと変容していった。

 岩田は、その熱い黒泥を、自らの手足、胸、そして顔の傷跡へと、食い込ませるように塗りたくった。

 

「……っ?!!」


 それは、全身の神経を一本ずつ引き抜かれ、代わりに赤熱した鉄線を通されるような、絶叫さえも封じ込める苦痛だった。

 岩田の身体は、物理的に「引き伸ばされ」、彼の背骨は牛蒡の繊維と癒着し、地中深くへと突き刺さる「一本の杭」へと変わっていった。


「ああ……繋がった……俺は……もう……どこにもいかない……!!」

 

 変化は、まず彼の「質量」を無限大へと変えた。


 翌日、岩田の住んでいた地域では、半径数キロにわたって「地面が縫い合わされる」現象が起きた。

 家々と家々、木々と道路が、黒い太い牛蒡の繊維によって幾重にも編み上げられ、一つの巨大な「黒い繭」のように固定された。そこに住む人々は、自分の服が、そして皮膚が、知らぬ間に大地の繊維と繋がっていることに気づき、一歩も動けぬまま、街の景観の一部へと組み込まれていった。


 三日目。

 街の地下からは、巨大な「黒い腕」のような牛蒡の根が幾本も突き出し、走行中の電車を、電柱を、そして逃げ惑う人々を、逃れられない『腱』として大地に縫い付けていった。

 

「……みんな……一つだ……この星の……一部に……なるんだ……」


 五日目。

 街全体が、一本の巨大な「牛蒡の主根」を核にした、多層的な「神経回路」へと変貌を遂げていた。

 岩田だったものは、もはや肉体を持たず、街全体の「痛覚」と「運動能力」を司る中枢神経そのものとなっていた。

 彼が一度その『腱』を弾けば、街全体が激しく震動し、人々の意識は大地へと吸い込まれ、均質な「黒い意志」へと統合されていった。


 七日目。

 岩田の精神は、完全な「結合」に至った。

 彼という「人間」は、もうどこにもいなかった。そこにあるのは、この星の地殻、マントル、そして地表のすべての生命を一本の綱で束ね、収穫の時を待つ「地球の首輪」そのものだった。

 街は音のない、黒い繊維の海に沈み、そこではただ、地球が呼吸するたびに鳴る「ギ、ギギッ……」という鋼鉄の軋み音だけが響いていた。


 店主は、街全体を縫い止めた黒い繊維の迷宮を、自らの神経系をなぞるように歩いた。

 彼は足元から伸びる黒い鞭を、自身の「背中の繊維」で絡め取りながら、中央に鎮座する「岩田だったもの」の前に立った。


「この強度、この結合力。バラバラだった個のパーツを、一つの『果実』へとまとめ上げるための、最後の仕上げです。これでいよいよ、出荷の準備が整いました」


 店主がそう言うと、彼の背骨が体外へと露出し、巨大な「黒いクレーンのような根」となって、岩田の核へと突き刺さった。岩田が地球の底から吸い上げ、街全体を縫い合わせて凝縮した、数万年分の「地質学的エネルギー」を、凄まじい轟音と共に店主の体内に回収していった。

 

 店主の身体は、もはや光も闇も透過させない、究極の密度の「虚無」を纏い始めた。

 店主の姿は、もはや植物ですらなく、この星の運命を一本に束ねた、黒い『終焉の柱』へと昇華を遂げていた。


「私は料理人ではありません。私は、この星という『一皿』を完成させ、神の食卓へと運ぶための、最後の一振りなのです」


 店主が岩田の塊から根を引き抜くと、そこには重ささえ失った、灰色の塵の山が残されているだけだった。


「さて、次は……何も持たず、ただそこにあることで、すべてを肯定する。自らを削り、人々に恵みを与え、最後には自分自身さえも消し去ってしまう、究極の奉仕者。白く、清らかで、その実、この世のすべての汚れを吸い込み、透明な『死』へと変える、大地の胎盤。収穫の終わり。『大根だいこん』。店じまいの時間です」

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