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地中の猛火、凍土を焦がす黄金の熱病

 その街の境界、かつては製鉄所が立ち並び、夜通し火の粉が舞っていたというが、今は吹き荒ぶ寒風にさらされ、すべてが硬く凍りついた廃墟の街。鉄錆さえも氷に閉じ込められ、呼吸をするたびに肺が凍てつく路地の先で、その「オーガニック・デリ」は、地熱で煮え繰り返る泥沼のような、不気味な陽炎かげろうを放って佇んでいた。


 店主はカウンターの奥で、自身の「喉」を弄んでいた。

 彼が咳き込むたびに、口からは煙ではなく、赤く白熱した「黄金色の繊維」が吐き出され、それが空気に触れた瞬間に火花を散らして床を焦がしていく*彼はその繊維の一束を指で摘み、自らの皮膚に押し当てた。ジュッ、という肉の焼ける音と共に、店主の体温は異常なまでに上昇し、店内の霜を一気に蒸発させていく。

「……寒すぎる。この星の連中の魂は、あまりにも冷え切っている」


 カラン、と火花が散るような鋭い音を立ててドアの鈴が鳴った。

 入ってきたのは、かつて若き実業家として情熱的に活動していたが、相次ぐ裏切りに遭い、今は感情の死に絶えた灰色の瞳を持つ男、健吾けんごだった。


 健吾は「冷え」に絶望していた。

 彼にとって、世界は冷徹な損得勘定だけで動く氷の塊であり、自分自身の心もまた、誰を愛することも、何に憤ることもできないほどに冷え切っていた。彼は、自分の血管の中に再び熱を、周囲のすべてを焼き払うほどの圧倒的な「生命の炎」を取り戻したいと願っていた。たとえ、その火が自分自身を灰にするとしても。

「……もう、震えるのは嫌なんだ。この氷のような沈黙を、内側から爆発させてくれる『熱』が欲しい。凍りついた私の人生を、ドロドロに溶かして、真っ赤な熱病に浮かされるような……そんな狂おしいエネルギーが」


 健吾の声は、乾いた氷が擦れ合うような、冷たく虚ろな響きを帯びていた。

 店主は、健吾の蒼白な唇を、火口を覗き込むような燃えるような目で見つめた。そこには、発火を待つ乾いた枯れ草のような魂が見えた。店主はカウンターの下から、泥を払い落とした、歪で力強い塊を取り出した。


「情熱、ですね。地中の奥底で、誰にも知られずに『熱』を蓄え、一度火がつけば、その者の意識を根底から焼き尽くす、黄金の火薬……でしたら、これをお試しください。あなたが探し求めていた、凍土を溶かす猛火です」


差し出されたのは、筋張った皮膚を持ち、節々から鋭い芽を突き出した、巨大な「生姜しょうが」だった。

 それは野菜というよりは、地中から掘り出された「黄金の心臓」、あるいは「凝縮されたいかずち」のように見えた。表面を覆う薄皮からは、鼻を突くような強烈な芳香と、触れるだけで皮膚を焼くような激しい熱気が、目に見える陽炎となって漂っていた。


「『ジンジャー・インフェルノ(黄金の地獄)』。これを、一切刻まず、あなたの『過去に捨てた情熱の残骸』。かつての夢を記した手帳や写真と一緒に、黒糖の泥水で煮詰めてください。そして、その焦げ付くような液体を、一滴残らず喉に流し込むのです。あなたの凍えた血は、沸騰するマグマへと変わるでしょう」


 健吾は、自分を焼き直すための火種を受け取ったかのように、それを持って帰宅した。

 彼は、かつての仕事仲間との写真や、書き溜めていた事業計画書を鍋に入れ、あの生姜を投入した。

 パチパチ、グツグツ……

 

 煮え上がるにつれ、生姜から溢れ出したのは、甘い香りを伴った「攻撃的な熱」だった。

 部屋の窓は結露し、室温は瞬く間に四十度を超え、壁紙は熱に耐えきれず茶色く変色し始めた。

 健吾は、その真っ黒な、煮えたぎる液体を、一気に喉へ注ぎ込んだ。


「あっ……あああっ!!」


 それは、喉から胃にかけて、白熱した鉄を流し込まれたような衝撃だった。

 健吾の眼球は充血し、全身の毛穴から、汗ではなく「香ばしい蒸気」が噴き出した。

 

 変化は、まず彼の「体温」を法外なものに変えた。


 翌日、健吾が街を歩くと、彼が踏みしめた雪は一瞬で蒸発し、アスファルトには黒い足跡が刻まれた。

 彼と目が合った人々は、理由のない動悸と発熱に見舞われ、その場に崩れ落ちた。健吾の身体からは、常に生姜の鋭い辛味が揮発し、周囲の酸素を奪いながら燃焼し続けていた。


 三日目。

 彼の皮膚の下では、本物の生姜のような「硬質な節」が脈打ち、筋肉は黄金色の繊維へと置換されていった。

 彼の指先からは、常に小さな火花がこぼれ、彼が触れるすべての物体は、熱に歪み、炭化していった。


 五日目。

 健吾の自宅アパートは、内側から発せられる熱によって建物全体が歪み、周囲からは「巨大なオーブン」のように見えた。

 部屋の中で、健吾は全裸で座っていた。いや、もはやそこには人間の肉など存在しなかった。

 彼の身体は、無数の節が重なり合った、巨大な「生姜の巨像」へと変貌していた。

 彼が息を吸うたびに、部屋中の酸素が爆発的に燃焼し、彼の全身からは黄金色の液体が、溶岩のように溢れ出していた。


「……あつい……あつい……!! ようやく……生きてる……気がするんだ……!!」


 七日目。

 健吾の精神は、完全な「焼失」に至った。

 彼という「人間」は、もうどこにもいなかった。そこにあるのは、凍てついた街を内側から溶かし尽くし、すべてを灰へと還す、歩く「地中の太陽」だった。

 彼が叫ぶたびに、街の一角には火災が起き、人々は熱病に浮かされながら、彼の放つ黄金色の光の中に溶けて消えていった。


 店主は、炎と煙に包まれた廃墟の部屋に、涼しげな顔で足を踏み入れた。

 彼は自身の靴が焦げるのさえ厭わず、中央で燃え盛る「健吾だったもの」の前に立った。


「この熱量、この刺激……凍りついた大地を耕すには、これほど苛烈な『肥料』が必要なのです」


 店主がそう言うと、彼の胸元が大きく裂け、中から「耐熱性に優れた、真っ黒な炭素繊維の根」が噴き出した。それは健吾の核へと突き刺さり、彼が生成し続けた膨大な『熱エネルギー』を、店主の体内に、凄まじい勢いで吸い上げていった。

 

 店主の身体は、黄金色の光を放ちながら、ドロドロと半透明に溶け始め、より「植物の真理」に近い形へと凝縮されていく。

 店主の影は、もはや炎そのものの形をしており、その周囲の重力さえも熱で歪ませていた。


「私は料理人ではありません。私は、この凍てついた世界に、次なる『収穫の炎』を灯すための、種火なのです」


 店主が健吾の塊から根を引き抜くと、そこには真っ白な灰さえ残らず、ただ黄金色の結晶が一つ、床に転がっているだけだった。


「さて、次は……どれほど土にまみれ、無骨な外見を装いながら。その内側には、人を狂わせ、幻覚を見せ、一時いっときの万能感を与える『毒』を隠し持っている。自分を信じ、高みへ登ろうとする者ほど、その足元を崩し、深い森の底へといざなう、土の誘惑。幻惑の土塊。『じゃがいも(馬鈴薯)』などは、いかがでしょうか」

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