大地の腫瘍、泥濘に沈む黒き独白
その街の境界、かつては清流が流れていたというが、今は重油のような色の水がよどみ、湿った土が腐った果実のような匂いを放つ場所。路地のどん詰まりで、その「オーガニック・デリ」は、不気味にうごめく毛羽立った毛皮のような影を落として佇んでいた。
店主はカウンターの奥で、再生したばかりのひと差し指を、冷たい銀のナイフで愛でるように撫でていた。
再生した指は、人間の皮膚というよりは、幾重にも重なる「樹皮」と「角質」が癒着したような質感を持ち、爪の隙間からは、絶えず黒い泥のような脂が滲み出していた。店主はその脂を、一枚の枯葉で拭い取ると、それを口に運んで味わった。
「……熟し始めていますね。この街の『嘘』が」
カラン、と湿った音を立ててドアの鈴が鳴った。
入ってきたのは、街の有力な政治家の秘書を務める男、徳永だった。
徳永は、あらゆる「汚れ仕事」の引き受け手だった。
裏金、スキャンダルの揉み消し、他人の人生を破滅させるための策略。彼はそれらを、誰にも知られぬよう心の奥底の暗い穴に放り込み、表面上は温厚で誠実な「善良な市民」を演じ続けてきた。しかし、彼が隠蔽した「秘密」は、彼の体内で、まるで悪性の腫瘍のように増殖し、逃げ場を失っていた。
「……もう限界なんです。隠せば隠すほど、腹の底が重く、ドロドロとしてくる。夜、眠ろうとすると、自分が飲み込んできた『黒いもの』が逆流して、喉を塞ごうとするんです。誰にもバレず、しかしこの内側の澱みを、重厚な力に変える方法はないでしょうか」
徳永の声は、泥水を掻き回したときのような、不快な粘り気を帯びていた。
店主は、徳永の膨らんだ腹部を、獲物を見定める猛禽のような目で見つめた。そこには、物理的な脂肪ではない、精神的な「膿」が溜まっているのが見えた。店主はカウンターの下から、泥にまみれた、毛羽立った塊を取り出した。
「隠蔽、ですね。汚泥を吸い込み、暗い土の中でひっそりと、しかし爆発的にその分身を増やしていく……でしたら、これをお試しください。この街の汚れを糧に育った、大地の腫瘍です」
差し出されたのは、異様なほど大きく、そして無数に節がつながった「里芋」だった。
それは野菜というよりは、地中から引き抜かれた「腐った胎児の拳」、あるいは「病んだ細胞の塊」のようにも見えた。表面を覆う茶色の毛は、まるで動物の体毛のように不気味に波打ち、そこからは、湿ったカビと、死を待つ者の吐息が混ざり合った匂いが漂っていた。
「『マッド・ヒエラルキー(泥の階級)』。これを、皮を剥かずに土がついたまま、あなたの『最も後ろめたい秘密』を書き留めた紙と共に、熱湯でじっくりと煮込んでください。そして、その茹で汁を一口、残らず飲み干すのです。あなたの秘密は、あなたを支える強固な『鎧』へと変わるでしょう」
徳永は、自分の罪を力に変えるための魔術を手に入れたかのように、それを持って帰宅した。
彼は自宅のキッチンで、金庫に隠していた「裏帳簿」のコピーをシュレッダーにかけ、その紙片を鍋に入れた。そこへ、あの里芋を投入する。
ボコッ、ボコッ……
茹で上がるにつれ、里芋から溢れ出したのは、透明な湯ではなく、墨のように真っ黒で、どろりとした粘液だった。
部屋中に、人の耳元で誰かが「呪いの言葉」を囁き続けるような、不快な耳鳴りと異臭が立ち込める。
徳永は、その黒い液体を、一気に喉に流し込んだ。
「んっ……」
それは、喉から胃にかけて、灼熱の泥を流し込まれたような感覚だった。
直後、彼の身体を異変が襲った。
腹部の底から、何かが「芽吹く」感覚。
徳永の皮膚の下で、無数の小さく硬い節が、ボコボコと膨れ上がり始めたのだ。
「あ、ああ……力が……満ちてくる……」
変化は徐々に現れた。まず彼の「肉体」を完全に作り替えた。
翌日、徳永が職場へ向かうと、彼の体躯は一回りも二回りも巨大化していた。
彼の皮膚は、里芋のような茶褐色の、硬く毛羽立った「皮」へと置換されていた。彼が歩くたび、その巨大な足からは黒い粘液が溢れ出し、廊下には、消えることのない「汚れ」が刻まれていく。
だが、誰も彼を咎めることはできなかった。彼が口を開き、声を出すだけで、周囲の人間は「自分の隠し事」を暴かれるような根源的な恐怖に支配され、彼に服従せざるを得なくなったからだ。
五日目。
徳永は、もはや服を着ることもできなかった。
彼の背中、腕、顔から、無数の「子芋」が芽を出し、重なり合い、一つの巨大な「泥の山」のようになっていた。
彼は政治家を、そして街の有力者たちを自宅へ呼び寄せた。彼らは徳永の姿を見て悲鳴を上げたが、徳永の体から漏れ出す「秘密の匂い」を嗅いだ瞬間、理性を失い、彼の足元に跪いた。
徳永は、街の醜悪な欲望を吸い込み、さらに肥大化していく。
「……すべての汚れは……僕の中にある……僕が、この街の……主だ……」
七日目。
徳永の精神は、泥濘の底へと沈んだ。
彼の肉体は、完全に「里芋の集合体」へと置換され、アパートの一室を埋め尽くすほどの巨大な腫瘍となった。
彼の身体を構成する無数の芋の一つ一つに、彼が隠蔽してきた「人々の顔」が浮かび上がり、苦悶の表情で泣き叫んでいる。だが、その声は黒い粘液に飲み込まれ、ただの「泡」となって消えていく。
徳永という「人間」はどこにもいなかった。そこにあるのは、街全体の「罪」を集約した、物言わぬ沈黙の塊だけだった。
店主は、腐臭漂うアパートの部屋に足を踏み入れた。
彼は床を覆う黒い粘液に靴を汚しながら、中央に鎮座する「徳永だった塊」の前に立った。
「これほどまでの罪悪感を、これほどまでに美しく肥大化させるとは。期待以上ですよ、徳永さん」
店主がその塊に触れた瞬間、彼の腕は、肩から先が無数の鋭い緑の蔓へと解け、里芋の節々の隙間に侵入した。
ズズズ……、ズズズ……
徳永の中に溜め込まれた「凝縮された負のエネルギー」が、音を立てて店主へと流れ込む。
店主の瞳が、深緑色に妖しく明滅した。
その時、店主の影が壁に長く伸びた。
その影は、もはや人の形を留めていない。それは、街全体をその根で締め上げ、人々の脳に直接『寄生的な思考』を植え付ける、巨大な「外宇宙の樹木」のような異形だった。
「私は収穫を待っているのです。この街という植木鉢が、人間の業で十分に肥え、最高の『神の果実』を実らせるその時をね」
店主が蔓を引き抜くと、そこには乾燥して萎びた、茶色の繊維の山が残された。
店主は、その中から一つだけ、ひときわ硬く、脈動する「親芋」を拾い上げ、トランクに収めた。
「さて、次は……天に向かって真っ直ぐに、誇り高く伸びようとしながら。その本性は、地中で絡み合い、互いの足を引っ張り合うことでしか生存できない。清廉潔白を装いながら、その中身は空洞で、ただの『風の音』しか響かない。中空の貴族。『長ねぎ』などは、いかがでしょうか」




