積層の牢獄、空疎なる剛芯
その街の境界、竹林を揺らす風が「ヒタヒタ」と誰かの足音を模倣する場所に、その「オーガニック・デリ」は茶褐色の湿り気を帯びて存在していた。
今回、自身の腕を抱きかかえ、震えながら入ってきたのは、若き塾講師の青年、直哉だった。
直哉は、自分が「空っぽ」であることに耐えられなかった。
周囲に合わせ、期待される通りの答えを出し、他人の価値観を借り物のように着込んで生きてきた。服を脱ぎ、肩書きを外した自分に、果たして何が残るのか。鏡を見るたび、そこに映るのは透明な輪郭だけで、中心には何も詰まっていないような、底知れぬ恐怖を感じていた。
「……芯が欲しい。誰にも折られない、真っ直ぐで強固な『自分』という芯が。どれだけ皮を脱いでも、そこに確かな私が存在している、そんな重厚な何かが欲しいんだ」
直哉の肌は青白く、まるで内側に骨が入っていないのではないかと思えるほど、弱々しく見えた。彼は、自分を支えるための「背骨」を求めていた。
店主の男は、直哉の頼りなげな視線をじっと射抜き、カウンターの上に「それ」を置いた。
「芯、ですね。一晩で天を突き、何重もの皮を纏って内側を守り抜く……でしたら、これをお試しください。爆発的な生命力と、揺るぎない硬度を秘めた、大地の槍です」
店主が差し出したのは、黒ずんだ泥を纏い、産毛のような剛毛に覆われたタケノコだった。
それは野菜というよりは、地中から突き出た岩の欠片、あるいは何かの動物の角のようにも見えた。皮の重なりは異常なほどに厚く、そこからは微かに、土が弾けるような「ミシミシ」という音が漏れ聞こえていた。
「『ヴァーティカル・アイアン(垂直の鉄)』。これを、皮を剥かずに丸ごと蒸し上げ、その最深部にある『核』を一息に飲み込んでください。あなたの内側には、決して折れることのない、黄金の柱が建つでしょう」
直哉は、救いを求めるようにそのタケノコを持ち帰った。
彼は狭いキッチンの床に座り込み、大きな鍋でタケノコを蒸した。
シュンシュンと湯気が上がるにつれ、部屋中に、濃密な土の匂いと、鼻を突くようなアクの強い香りが充満した。それは、古い蔵の奥に閉じ込められた空気のような、ひどく圧迫感のある匂いだった。
蒸し上がったタケノコ。彼は熱さを堪え、分厚い皮を一枚、また一枚と剥いでいった。剥いでも剥いでも、中からは新しい皮が現れる。
ようやく辿り着いた、指先ほどの小さな白い「核」。
彼はそれを、祈るようにして飲み込んだ。
……重い。
それは小さな塊とは思えないほどの質量を持って胃に落ちた。
しかし次の瞬間、直哉の脊椎の奥底から、雷に打たれたような衝撃が突き抜けた。
「あ……。立っていられる。僕が、真っ直ぐに……!」
変化は、まず彼の「姿勢」に現れた。
翌朝、直哉が目覚めると、彼の身体は棒を一本入れたかのように直立していた。
猫背だった背筋は驚くほどに伸び、関節は一切の遊びを失って固定されていた。彼が歩くと、床からはドスン、ドスンと、石柱を打ち付けるような衝撃音が響いた。
だが、その充足感はすぐに「拘束」へと変わった。
三日目。
直哉の衣服が、内側から弾け飛んだ。
彼の皮膚が、茶褐色の硬い「皮」へと変質し、それが幾重にも、幾重にも重なり合いながら全身を覆い始めたのだ。
それは守りであると同時に、彼を閉じ込める檻だった。
皮が重なるたびに、彼の筋肉は圧縮され、神経は引き千切られそうなほどの圧力を受けた。しかし、その激痛こそが、自分が「硬くなっている」という確かな証明に思え、彼は恍惚とした。
五日目。
直哉は、もはや横たわることができなくなった。
彼の足先からは、鋭利な杭のような根が何本も噴き出し、アパートの床を突き破り、コンクリートを砕いて大地へと到達した。
彼は、自室の真ん中で一本の巨大な「筍」と化した。
内側では、凄まじい「成長」が続いていた。
彼の骨は一本の太い筒状へと融合し、その節々の隙間には、エグみの強いアクの液体が並々と湛えられた。
「……ああ……もう……動けない……でも……僕は……ここに……」
声は出ない。彼の喉はすでに、硬い繊維質の節によって塞がれていた。
彼の意識は、もはや思考ではなく、ひたすら「上」へと伸びようとする、盲目的な上昇志向へと収束していった。
天井に頭をぶつけても、頭蓋骨が砕けても、成長は止まらない。
彼は天井を突き破り、屋根を割り、空へと向かって自分を押し出し続けた。
七日目。
直哉の肉体は、完全に「タケノコ」へと置換された。
崩壊したアパートの中央に聳え立つ、高さ数メートルに及ぶ、禍々しくも巨大な茶褐色の塔。
そこには、かつての直哉の顔を思わせる輪郭が、幾重にも重なった皮の隙間に、永遠に閉じ込められたまま、絶望の形に歪んでいた。
彼は手に入れた。誰にも折られない「芯」を。
だが、その芯を守るために重ね続けた皮の重さに、彼は一生、自分自身に触れることさえできなくなったのだ。
数週間後。
廃墟となったアパートを調査した人々は、その巨大な植物の圧倒的な硬度に息を呑んだ。
重機を使っても傷一つ付かず、ドリルを当てれば逆に刃が砕け散る。
アパートの最深部からは、ミシ……ミシ……という、繊維が軋み続ける音が絶えず聞こえていた。
それは、確かな自分を手に入れたはずなのに、その空虚な「節」の中に閉じ込められ、呼吸を忘れた直哉の、終わりのない窒息の音だった。
店主は、今日もエプロンの上に落ちた、茶褐色の鋭い毛を丁寧に払い落とす。
「強すぎる芯は、自分自身を監獄に変えてしまいます。さて、次は……あまりに繊細で、世界のすべてが眩しすぎる。何も見たくない、闇の中に溶けていたい……そんな、光に焼かれた魂に。太陽を拒み、白き毒を内側に秘めた『モヤシ』などは、いかがでしょうか」




