王宮での取材、女王の詩
式典の翌日。
ヴァンデミエール市内は日常の風景であった。
アンダイエとストラスは、ヴァルミュルブールの王宮へと向かっていた。
昨日の事で後悔などでモヤモヤしていたアンダイエだったが、気持ちを切り替えていた。
「流石にアンダイエ、絶対に王宮では冷静でいろ。ここで騒いだら、昨日以上の事になる」
「うん……」
公式発表は、王宮内にある報道室にて行われ、王宮報道官のジャック・ダルランによって行われた。
来ているのは、熱月の風だけではなくヴァルミュルブールの主要紙記者もだ。
「昨日のヴァンデミエール女学院の創立記念式典は無事に終了いたしました。リュカ殿下やトリエステ・スゴンダ嬢を筆頭に、学院の生徒達が見事な演舞を披露されましたこと、王室としても深く感謝を申し上げ、若き令嬢達の成長と才覚を高く評価しております」
発表したのは昨日の式典について。
王家の人間や婚約者などが参加していたから、こうして発表しているのだろう。ただ、トリエステとアンダイエの間で起きた騒動については、一切触れていなかった。
「その証として本日、女王陛下より一編の詩を授与されました。これより朗読いたします」
『冠は歌わず、声は風に消えゆ。だが、演じる者にだけ、その祈りは聞こえる。鏡の奥にもう一つの名があると知っても、汝はその名を呼んではならぬ。呼んだ瞬間、舞台の灯りは落ち、世界は崩れる。ゆえに、名は記されず、ただ舞台だけが続く。終演の無き芝居。記録されし者よ、汝は何を記す』
奇妙な詩。
第三者から見てもそう思うだろう。
だが、報道官は”象徴的な詩”だと補足していたのもあって、他の記者は疑問をかき消していた。
詩の朗読が終わると同時に、アンダイエは小さく息を呑んだ。
まるで”トリエステ”にだけ向けられた言葉のようだった。
「これって……彼女への……」
「いや、あくまで”象徴的な詩”だ。深い意味はあるかもしれないが、あたし達の解釈とは違っているかもしれない」
ストラスは冷静に返すが、アンダイエはうつむきながら手帳に書き付けた。
『”名を呼んではならぬ”でも、それは彼女の”本当”を誰も救えないってこと……? それでも私はーー』
そしてページの最後にこの文を自ら書き込んだ。
「発表って言っても、報道官だけだったね」
アンダイエがそうつぶやいた、報道室での発表が終わって王宮や周辺での取材を終えた後。
「そうだな。今の女王、カタリナ・ル・ヴァルディーヌは特別な機会以外では公の場に姿を現す事はない。特に療養しているからか、最近では回数も非常に少ない」
「雲の上に居る人だね……あっそういえば、どうして詩という形で発表したんだろう」
「陛下は”語らぬ王”と呼ばれ、基本的に直接的な発言をしない。ただ、今回のように詩を発表して自らの考えなどを出すんだ」
「へぇ~、面倒くさいね……」
「おい。まあ、今の陛下にとって、この国は大統領や首相による政治が重要だと思っているのかもしれないな」
ストラスは場所が場所だけに軽く注意しながらも、想像しながらアンダイエが呟いた事に返事をする。
「にしてもあの詩……女王陛下自身の文……ですよね」
そう語るアンダイエの背後から、軽やかだが芯の通った声が響いた。
「詩の一つや二つで驚いていては、記者は務まらないのではなくて?」
振り返ると、ティラナ・アレグリアが立っている。
上品で古典的なドレス、そして一分の隙もない笑み。
「アレグリア嬢、お久しぶりです」
「お久しぶりねラザール記者、それにアンダイエ・シュティ。昨日の式典では……あら、ずいぶん取り乱したそうじゃない?」
「……あなたもご覧になっていたんですか」
「当然でしょう。貴族社交界の中心的式典だもの。あの”トリエステ・スゴンダ”と”リュカ王子”が舞う場を、誰が見逃すと思って?」
ただ少々表情を戻して続けた。
「でも、あなたやあなた方の新聞社に関しては、今までどおりに取材出来るように、周りの方々に取り繕いましたわ」
「ありがとうございます……」
「お気遣い感謝いたします」
感謝を聞いた後、ティラナは笑みの表情で、意地悪く続ける。
「にしても、トリエステってば完璧だったわ。演技力も、所作も、態度も。”悪役令嬢”としては満点ではなくて? あれで涙を流していたら、三流劇の主役だったかもしれないわね」
アンダイエの手がかすかに震えた。言葉を返そうとして、唇が動く。でも、感情を出してはストラスを失望させることになるから、出来なかった。
「どうぞ書いて差し上げなさいな、それが彼女の本望では? ”トリエステ・スゴンダ”、祝賀の席で下賤の記者に葡萄酒を浴びせる”……ってね」
かなりアンダイエを挑発するように言ってくる。
「そんな、彼女がそうしたのには理由が……」
あの時感情を露わにしていたが、時間が経ってトリエステの事を考えられるようになっていた。
「理由? 彼女が”悪役”だからよ。それ以上でも以下でもないわ」
するとティラナは近づいて、アンダイエにだけ聞こえるような事を。
「それともあなたは、彼女の”裏側”に何かあると思ってるの? それは、記者の勘? それとも、記憶の……残響?」
その瞳は、まるでアンダイエの心を見透かしているようだった。
「あなたが記事を書けば、彼女の”役割”は完成するわ。わたくしはそれを望んでいるのを。ええ、心から」
ーーまるで、アンダイエの筆が”舞台の脚本の一部”だとでも言うように。
その時だった。離れた位置から、王宮の侍女がやってきた。
「失礼いたします。熱月の風の記者、アンダイエ・シュティ様。女王陛下より、お目通りの許しがございます。……ただし、非公式の形でございますので、侍女長のお部屋までお越しくださいませ」
女王と謁見する事になる。ティラナでもなく、ストラスでもなく、アンダイエであることに、アンダイエ自身驚いていた。
ティラナはその様子を見届けると、再び優雅に微笑み、くるりと踵を返して去っていった。
「どうぞ、あなたの”正義”を見せてちょうだい。ふふ……わたくし、楽しみにしておりますわ」




