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女王との謁見

  王宮の奥まった一角、豪奢であるが実用を重んじた空間。

 アンダイエはストラスと別れ、ひとりで通された。

 ストラスの同行は許されなかったからである。

 ドキドキとしながら中へ。


 部屋の中央には、年配の女性、侍女長のイザベラ・マフノが控えていた。整った銀髪と深緑の制服、所作は一分の隙もない。


「お入りなさい。陛下より、あなたに私的な対話の許可が下っております。……昨日の”件”についても、陛下はご存じです」


「っ……」


 アンダイエは緊張で肩を強ばらせたまま、こくりと頷いた。

 陛下にまで伝わってしまったのかという事を。


「ですが、恐れることはありません。陛下は、あなたの立場を理解しておられます。……どうか、心を偽らずにお話ください」


 侍女長は侍女長室にある扉を開けた。


 そこは、公式の謁見の間ではない。

 絹のカーテンが風に揺れる。柔らかい光が射した応接室のような空間だった。


 そして、その中央にーー


 ヴァルミュルブール国女王、カタリナ・ル・ヴァルディーヌが立っていた。


 若き女王は白金の髪を背に流し、シンプルな深紫のドレスに身を包んでいた。

 華美ではないが、圧倒的な存在感があった。


「……あなたが、アンダイエ・シュティね」


「……は、はい、女王陛下」


 促されるまま椅子に座る。


「この場では、カタリナとお呼びなさい。私は”象徴”ではなく、”記録を読む者”でありたいのですから」


 アンダイエは小さく息を呑んだ。彼女の瞳は、全てを知っているものだった。詩の意味も、トリエステの叫びも、そしてアンダイエが抱える罪悪感も……。


「あの、昨日は……失礼を……」


「いいえ。感情を偽らぬ者こそ、記者として信頼できるわ」


 カタリナは微笑んだ。だがその瞳は、遠い何かを見ていた。


「トリエステ・スゴンダの”演技”ーーあなたはそれを”仮面”と感じたのでしょう」


 言葉が出ず、頷くことしかできないアンダイエ。

 それこそトリエステの事すらも全て知っているのを感じさせた。


「同じ感じになってしまいますが、もう一度問いましょう。あの舞台の”悪役令嬢”に見えたものは、ただの役でしたか? それとも……残された誰かの、叫びでしたか?」


「……わかりません。でもわたし、彼女の目を見て……本当は誰かに”見つけてほしかった”んだって、そう感じたんです」


 カタリナはゆっくりと頷いた。


「それで良いのです。あなたは記録者。記すとは、命を渡す行為。誰かの生を、言葉に変えて永遠にする。それが舞台に灯をともす唯一の術」


 さらに続けた。


「彼女のような存在は、世界の”舞台”が求める配役に応じて、幾度も演じさせられる。ーーそれは祝福でもあり、呪いでもある」


「アンダイエ、手帳は持っているかしら?」


「は、はい……」


 アンダイエはカタリナに手帳を渡す。

 何ページか流しながら読んでいく。


「様々な取材の記録していているのですね。素晴らしいことです」


 少々恥ずかしくなって頬を赤らめるアンダイエ。

 感想を言ってから、先ほどの取材を行った白紙の次ページに詩を書き込んだ。

 

『わたくしは この手に咲く花が、本物か否かを知らずただ差し出す 誰かが「美しい」と言うならば わたくしは、そう在ろう 誰かが「偽り」と言うならば わたくしは、そう堕ちよう ただ、舞台の灯りが落ちるその日まで わたくしの花が 滴を孕んで咲くことを 祈りながら』


 アンダイエは、書き込まれた詩がトリエステに向けられたものだと、直感で悟った。


「彼女が”悪役”を演じることで保たれている均衡がある。……けれど、それは壊されるべき時もある」


「壊されるべき時……その時って……」


「それを見届けるのが、あなたのような”外の視点”を持つ者の役目です」


 カタリナの声は淡く、だが揺るがなかった。

 そして机の引き出しから封筒を取り出して、アンダイエに手渡した。


「これは、”あの方”がかつて私に宛てて遺した、ある詩文です。……その名は記されておりません。ただ、”終わりが来る時に開かれるべきもの”とだけ」


 アンダイエは震える指で受け取った。


「私はあなたがそれを読むに値する記者かどうか、確かめたかった。それだけです。……もう、行きなさい」


「ありがとうございました、女王……カタリナ様」


 その名を読んだ時、彼女は微笑んだ。


「こちらこそ。あなたが”彼女の名”を呼ぶその時まで……この世界は幕を下ろさないでしょう。さあ、記しなさい。誰かがその終わりを見届けるまで。では、また会えることを楽しみにしております」


 カタリナとの謁見を終えて、王宮を後にする。

 ストラスは近くのカフェで待っていた。


「遅いじゃないか。どうだった?」


 話していいのかわからない。

 その様子を見て話題を切り替えようとするストラス。


「まあ、大丈夫だ。さて、テルミドールに戻ろう」


「も、もう?」


「昨日の事や今朝の事、記事にしないといけないだろう」


「うん……」


 アンダイエ達は汽車でテルミドールへと戻っていったのであった。

 一瞬、謁見の事を記事にしようと考えたが、すぐにやめてしまう。


「これは記事じゃない。ただの記録」


 汽車の車内、そこでアンダイエはそっと書き記す。


『女王陛下は語らなかった。けれど、詩の行間に彼女の声があった。見ている、知っている、でも語らない。だからわたしが記す。これは報道ではない、証言でもない。ただ、誰かが”終わらない芝居”の中で灯を失わないために。トリエステ、あなたを演じるあなたのために』

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