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秋の終わりと木枯らしと③

「そういえばさ恭二、憶えてる?」



俺に飯を食べさせながら真夏はクスクスと笑いだす。笑った拍子に、その輪郭を囲む様に下ろしたサイドの髪が顔に掛かり、指先でかき上げながら真夏は、




「ほら小学校の時、夏休みに私が風邪引いちゃってさ」




真夏が笑いながら言ってくるって事は割りと印象的な出来事であるはずなのに、俺は全く思い出せない。




「は、いつだよ」

「確か、低学年だった時」

「そんなの憶えてねぇよ」

「えー」



しかし、真夏はずっとクスクスと笑っている。身体が熱く、頭も重くしんどいが、真夏の笑い声が体に馴染み心地良い。




「ほら、うちの親がいない日でさ、元々一緒に宿題やろって約束してて、流れで恭二が私の看病してくれたじゃん」

「あー」



そういや……言われてみればなんとなくそんな事もあったような……。




「恭二その時、うち薬あるって急いでお家に戻ってさ、なんか色々薬持ってきてくれたじゃん」

「そんな事したっけか……」

「トローチとかうがい薬とか色々持ってきて、うちのお母さんが帰って来るまで看病してくれてさ」

「……」

「それで恭二が帰った後、お母さんが笑いながら……ふふ」



差し出すレンゲが震えるほど真夏は笑っている。その綺麗なサイドの髪の毛が何度も頬に掛かる中、




「恭二君、なんであんたのおでこに湿布貼ったの? これ肩こりとかに使うやつよって」

「……」




気怠い意識の中、俺は薄っすらと思い出した……。確かになんか、そんなような事で姉貴に怒られた記憶が……。




「恭二、たぶん普通の湿布をおでこの冷却シートだと思ったんだよね」

「仕方ねぇだろ……。同じ貼る系だし……」




話すのも辛いはずなのに、真夏の楽しそうな様子を見ていたら、俺も自然とツッコミを入れていた。




「全然。うん大丈夫、ふふ……」

「だったら笑うのやめろっつの……つか真夏だって知らなかったくせに……」

「うん。そうだね、あはは……」

「だから、笑うのやめろっての……」




真夏は珍しくハマってしまったようで、俺の体調をよそにずっとクスクス笑いながら、




「おばさん真夏のおでこにこれ貼っておいたから、って恭二のセリフを思い出すと可笑しくて……」

「おい……まじやめろ……」




女子の中では少し低い真夏の声。ずっとずっとそばで、聞き馴染んだこの声色。喋るのも辛いはずなのに、こんな些細なやり取りで心がふっと軽くなる。




「本当、可愛いよね。恭二って」

「もう良いだろ……あの後、姉貴にも怒られたんだからさ……」

「ふふ……お姉ちゃん、ああいうの怒りそう」




ただ確か菜月はこの時、俺をかばってくれたんだよな……。多分、この頃から姉貴へのツンデレ気質が発動していたからだろうけど。




「でも、嬉しかったなあの時ーー」




真夏が遠くを見るような目でそんな事を呟いて、再び俺にレンゲを差し出してくる。



「何も出来ないのに、俺がいるから大丈夫ってさ」

「いや……」

「息切らして、湿布持ってきてくれて」

「……」

「だからね、これはあの時のお返し」



すると真夏は突然、俺の頭を撫でてきて優しく微笑み、




「私がいるから大丈夫だよ、恭二」




その黒く綺麗なポニテが儚げに揺れている。なんだろう、少しだけ冷たい真夏の手の平が妙に心地良かった。落ち着きのある真夏の声色も不思議と心強く感じられる。




「あの時の恭二と同じ……。私はずっとそばにいるから」

「……」




真夏がその凜とした瞳で俺の事を見ている。窓越しから夜風の吹く音が聞こえる。



「いままでも……これからも、恭二のそばに。それだけは変わらないから」

「真夏……」

「恭二に圭ちゃんがいてもね、私はそばにいたい」

「………」




風邪の影響なのか、きーんとした耳鳴りが頭の中に鳴り響き、意識がぼーっとしてくる。すると真夏はもう一度、俺の頭を撫でてきて、




「大丈夫だよ。ちゃんと待ってるから、恭二の事」




そう言った後、真夏はそっと微笑んでくれた。その艶やかなポニテを揺らして。




「…………」



そういえば昔、よくこんな風に真夏に頭を撫でられていた気がする。そうだまだ、俺よりも真夏の方が大きかった時だ。俺が怪我をしたり姉貴に怒られたりする度に、真夏はこうして隣で頭を撫でてくれていた。




「なんで……忘れてたんだろうな」




そう、何故忘れていたんだろうか……。こんな大事な気持ちを。俺がガキでその時の気持ちが小っ恥ずかしくて、記憶の片隅にでも押しやっていたのだろうか。だとしたら、俺はとんだ大馬鹿者だ。




「……」




風邪の倦怠感が身体を包む中、真夏がゆっくりと俺の頭を撫でている。きーんとした耳鳴りも鳴り止まない。その真夏の優しい感触に、俺はあの時隠していた気持ちをようやく確信した。そう俺はずっと前から、真夏の事が好きだったんだ。おそらく物心ついた時からずっと、いやもしかしたらそれ以前からかも知れない。けれども確実に、




「真夏……」




今、自分の気持ちと対峙してやっと気づけた。この隣にいた真夏に対するわだかまりのような感情が好きなんだという事に。




「いつだって隣で、ちゃんと待ってるから……恭二の事を」




夜の木枯らしが強く窓を叩いている。けれども俺は、この真夏の手の平の優しさに、そっと心を委ねる事にした。





★☆★☆★☆★☆







「おぉ恭二! おはよう!」

「あぁ」




週明けの朝。気怠るそうに登校する生徒達に混ざって校門を過ぎていくと、背後から信道に話しかけられた。




「どうよ? 風邪治ったか?」

「あぁ、おかげさまでな」



結局先週は1日休みを取ってしまい、そのまま土日へと入ってしまった。真夏に看病して貰った翌日、おかげでかなり熱は下がったのだが、大事を取って休む事にしたのだ。休む旨を親父に連絡したら、だらしない生活してるからそうなるとかなんとかって小言を言われてしまったのは内緒である。




「つか信道、悪かったな。真夏に連絡して貰ってさ」



俺のセリフに信道は、下駄箱で靴を履き替えつつ、




「あー全然全然、良いって事よ! ほら、家遠いからさ俺。いざとなった時用に真夏ちゃんに伝えとこってさ」

「あぁ、ありがとう」

「つかやっぱ、恭二がいねぇと張り合いがねぇよな、しかし」

「なんの張り合いだよ……」




俺はツッコミを入れつつ、自クラスへと向かっていく。さすがに11月も後半に入ると、朝の寒さが厳しくなる。校舎の窓から差し込む日差しも完全に冬のそれだ。もうほぼほぼ、秋も終わりだろう。




「土日は?」

「病み上がりで、ほとんど寝てた」

「逆にしんどくね? それ」

「まあな」

「つか風邪とか、引かねえからまじ分かんねぇ」

「俺も久しぶりだ」




俺の言葉に信道はなにか思案じみた様子で、




「あれ? もしかしてバカなんかな俺」

「かもな」

「でも、俺がバカなら恭二もバカだろ」

「は、俺風邪引いたし」

「いや、そんな返しする時点でバカだから」

「いやそもそも、お前からーー」




その瞬間。




「あ、おはよう! 川島君に蒼井君!」




南つばさが取り巻きを連れて、丁度女子トイレから出てきた。ゆるふわなボブカットに大きくやや強気な目元、着崩した制服にスカートと相変わらず、完璧な身だしなみだ。つか、少しだけスクールメイク変えたかこいつ。




「うーっす! つばさちゃん!」

「おう、おはよう」




俺達の挨拶に南つばさは爽やかに微笑んだ。


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