代価は血溜まりの中
パキンッ…
(え…?今の音…ルノから…?)
千棘はルノアールと抱き合いながら何かが割れる音が…ルノアールの身体の中から聞こえた。
「ルノ…今の」
「チヅル様、私の話を何も言わずに聞いてください」
「…」
頭を胸に抱えるようにしている為、千棘の頭の上からルノアールの声がする。
「チヅル様…いえ、私の勇者様は…ダフネの十英傑…チトゲ様だったのですね…」
「…」
「チトゲ様、フィーヤを救う為、私を救う為に…その力を振るって頂きありがとうございます…」
「うん…」
「私、初めてチトゲ様を見た時、何でこんな小さな身体で私達の事を助けてくれるんだろう…どうしてそんな勇気があるんだろうって不思議に思っていたんです。一目見た時に貴方の事が凄く…気になってしまいました」
「…」
「次に見た時は酒場の前でした。ミラー先生…いえ、ダフネの十英傑、ウルワリ キョウ様とお話している姿に見惚れてしまいました。あんな強さを持つ人がこんなに無垢な笑顔を出来るんだって、私もチトゲ様みたいに笑いたいって思いました…」
「うん…」
「チトゲ様が教室に来てくれて私に小さく手を振ってくれた事、フィーヤと試合をする前に手を振ってくれた事。…そして、私を試合で負かして勇者ではなく…普通の女の子にしてくれた事…本当の意味でフィーヤと友達になって、普通の女の子として…幸せな時間をくれた事…」
ルノアールの声がだんだん震えていく。
「私が…傷つけてしまった…私の友達…フィーヤの命を助けてくれて…キョウ様と一緒に私を救ってくれた事…全て…私の………大切な思い出です…」
ルノアールの身体からキシキシと音がする…。
「だから…私はチトゲ様…いえ、ダフネの十英傑ではなく、私の勇者…チヅル様の事を愛してしまいました」
「…」
「まだ、知り合って間もないのに…チヅル様は私を救うだけじゃなく、初めての恋心まで教えてくれました…なので、『最後』の我儘を…」
千棘の身体を胸から離し、顔を近づけて唇を重ねる…。
「…」
「っ!」
二人の唇が重なり…数秒の静寂が訪れた後、
「私の…初めてのキスです。初めてのキスは、血の味がするんですね?」
「ルノ…」
悪戯に成功した子供の様な笑みを浮かべながら、初めてのキスの感想を言うルノアール。
呆気に取られた顔をしながらルノアールの顔を見つめる千棘。
「本当にありがとうござい…ました…愛してい…ます……」
ルノアールの身体からまた何かが割れる音がして身体が傾き…力なく千棘に寄り掛かる。
「る…ルノ…?ルノ?ねぇ、ルノ!?…ルノ!!」
身体を支えてルノの顔を見る。
とても幸せそうな顔で目を閉じ、眠っている様にも見えるルノアールは…息をしていなかった。
「え…嘘だよね…?何で…?魔力を使い切らせなかったんだよね…鏡…?」
問いかけた先、今までのやり取りを見守っていた鏡も何が起きたかわからないような顔をしていた。
「魔力は使い切らせてねぇ…何で…まさか暴走に耐えられなくて魔道具が壊れた…のか…?」
「…!ルノ!!ルノ!!!!」
胸に耳を当て、心音があるか確認…無いとわかった千棘はインベントリから様々なポーションを取り出してルノアールの口の中へ流し込む。
「ねぇ…鏡…ルノが…ルノが起きない…どうして…?」
「…魔道具は身体の傷じゃねぇ…」
「そんな、そんなそんなそんな!!!どうにか、どうにかならないのか…どうにかならないのかよ鏡!!!」
「…」
「何とか言ってくれよ鏡!!どうやったらルノは目を覚ますんだよ!!」
「落ち着け、ちー…」
「これが落ち着いていられるか!!どうしたらいい『喚くな!!千棘!!!』っ!…」
「ルノはきっと…自分がもうダメなのをわかってお前に想いを伝えて死んだんだ…」
「…そんなの…そんな事って…だって、ルノはこれから…フィーヤと笑って一緒に過ごして…普通の女の子として幸せに…なんで…」
「…」
二人は何も言葉を発さずに涙を流す…。
守れなかった…自分の事を好きになってくれた女の子を救う事が出来なかった…何もかもが真っ白に、色が消え失せて…思考が停止する…。
しばらくルノアールの亡骸を抱きしめ、静かに涙を流していた時…何かが頭の中で疼く感覚があった。
自分で言った『可能性』という一言が脳裏をよぎる。
「鏡…何があっても…止めないで協力してくれ」
「ちー、お前…何をする気だ…」
鏡の言葉に答えずに…アエリアの姿に変える。
「…今からルノアールの身体を…弄られる前に戻す…」
そのアエリアの言葉を信じられない顔で見ながら言葉を紡ぐ。
「ちー…それは無理だ…誰にでも死ぬ時はある…蘇生は『黙れ、鏡!』…」
「それはこのまま死んでしまう可能性の一つだ、だからルノが助かる可能性の為に…俺は何でもやってやる…」
アエリアは普段の口調も忘れ、インベントリから大量のマジックポーションと『熾天使の首飾り』と取り出し、
「以前、アクエリアで魔族を倒した時…ユーランとユリスは天に向かって何かが二つ登っていったって言っていた。だから…ルノの魂を同じ要領で連れ戻す…そして弄られる前の身体に戻してやる……鏡、お前の魔法で魔力補助を頼む。もしかしたらここにあるポーションじゃ足らないかもしれないからインベントリにある魔力ポーションをありったけ出してくれ」
「お前…」
「いいから早くしろ!!」
「…わかった」
鏡はアエリアに魔力の総量が増える魔法と徐々に回復する魔法をかけた後、インベントリの魔力ポーションを全て放り出す。
「俺が魔力切れになったらそのポーションを俺に流し込んでくれ…吐いても流し込んでくれ」
「…わかった」
何を言っても聞かないと思った鏡は反論する事もなくポーションの準備に取り掛かり、アエリアは今ある魔力を全て『熾天使の首飾り』に注ぎ込み、姿を三対二枚の天使の羽を生やした熾天使にする。
「ルノ……今、生き返らせてやるからな…」
そう一言呟いてアエリアは最上級魔法の上…空間属性の神格魔法を構築していく。
アエリアの使う神格魔法は時間を止める『停止する世界』。
他の属性の神格魔法を3発も撃てるほどの膨大な魔力が必要な為、回復しながらじゃないと発動できない程の魔法だった。
更にそこからアエリアのイメージで世界を止めるのではなく…対象の肉体を巻き戻すイメージを固めていく。
「う…ポーション」
「おう」
ルノアールに両手で触れている為、鏡からのポーションを口で受け取り、身体に魔力が満ちるのを感じながら再度魔法を構築…。
この世界に来てからわかった理…既存の魔法を使うのとオリジナルの魔法を使うのでは桁違いの魔力を使う必要がある事がわかっていた。
いつもアエリアが指を振って空間を切断する魔法も普通の魔法使いであれば二発も放てば魔力切れで使い物にならなくなるほどの消費だった。
それを今からアエリアは…オリジナルの神格魔法を使おうとしている。
それから数分、アエリアは口で鏡のポーションを受け取る事…70回、アエリアの周りに散らばっている空き瓶の数と同じ数だった。
何度も飲んで、何度も青い液体を腹の底から吐き捨ててもまだ構築する事は出来なかった。
「おい…ちー…このままじゃお前が死んじまうぞ…?」
「だま………み…てろ…」
そして71回目の魔力供給…アエリアの口からは青い液体ではなく真っ赤でどす黒い…粘性の塊を吐き出した。
「ぶはっ!!…ぐ…ぐぞ…!!」
「ちー!もうやめろ!!お前まで死んだらどうすんだよ!!」
「……」
「っ!」
声を出す事すら億劫になったアエリアは鋭く鏡を睨みつけてポーションを運ばせていく…。
そして110本目を飲み干してようやく…魔法の構築が完了した。
周囲にはアエリア達を囲むように隙間がないほど魔法陣が重なり、魔法陣が放つ光で真っ白に染まっていた…が、アエリアの服、ルノアールの服、その二人の地面の周りはアエリアが吐血した血で真っ赤に染まっていた。
血を吐き始めてから適度に鏡から回復魔法をかけてもらったが、血が回復するばかりで吐き出す量を増やすしか効果はなかった。
「で…きた……鏡…離れてろ…」
「わかった…絶対にルノを助けてくれ」
「わか…ってる…早く…」
巻き添えを食らわないよう鏡を魔法陣の外へ追い出し、やっとの思いで作り上げた魔法を放つため、真っ赤に染まった手を優しくルノアールの頬と胸に当てる。
「ルノ…今…生き返らせてやるからな…」
額に口付けしながら…新しい神格魔法の名を呟く。
「戻ってこい…ルノ…『魂身の逆行…』
魔法陣が強く発光し、樹氷の森を明るく照らす。
天から降りてきた光の道とも言える柱状の光が、アエリアとルノアールの身体を包み込む。
そしてその柱状の光の中…カチッ、カチッ、と時計の様な音が鳴り、徐々に色々な形の時計が姿を見せる。
ゆっくり時を刻んでいる時計もあれば、目まぐるしい速さで巻き戻っている時計もあり…同じ動きをしている時計は何一つ無い空間が出来上がる。
一つの時計が真上に針を動かすたびに天使が祝福してくれていると思うような綺麗な鐘の音が響き渡る。
神聖であり、幻想的であり、不思議な空間にいるアエリアは自分の血で赤く染め上げてしまったルノアールの額から唇を離し、血の付いた手で血化粧をするように頬を撫で、両手でルノアールの手を包んで祈るように言葉を一つ零した。
「戻ってきて……」
その言葉を最後にアエリアはルノアールの身体に重なる様に倒れ、暗闇に意識を手放した…。
■
「やべぇ…これが…神の魔法…」
鏡はアエリアに言われた通り魔法陣の外に出てルノアールの蘇生が上手くいくよう願っていた。
魔法を発動したと思った瞬間、外から柱状の光が落ちて二人を飲み込み、その神々しい光景に思わず口から言葉が零れた。
中から綺麗な鐘の音が響き、鐘が鳴る度に柱状の光が明滅していた。
その場に立ち尽くし、その光景をしばらく眺めていた鏡の手に何かが落ちてきた。
手を見ると透明な雫な様な物が付いており、頬に触れると涙が流れていた。
「この俺様が…泣いていた…?ははっ!!ちーはすげぇなぁ…こんな魔法、《SL》じゃ見た事ねぇ…ルノが死んだ後に思いついたってか…?つくづく規格外だな…!」
そして鏡がその光景を見つめてから数分経った後、天から何かが降りてきてアエリアとルノアールがいる場所に吸い込まれ、目を開けていられない程の光を発して目を閉じる。
目を閉じていてもまだ光を感じていたが次第と暗くなり、ゆっくりと目を開けた。
二つの目に映ったのは血溜まりに倒れた白黒の聖女と、その下敷きになっている金髪の女の子だった。
すぐに鏡は駆け寄り、二人を確かめていく。
「ちー!…胸は上下に動いてる…息も…ちゃんとしている。…ルノは……ルノも息をしている…」
自分のローブが汚れるのも気にせずに血だまりに膝をつき、二人が息をしている事に安堵して腹の底から重たく長いため息を吐いた…。
「はぁ…二人とも心配かけやがって…二人とも起きそうにねぇな…ルノはフィーヤと同室だから任せて…いいのか…?前に戻ったんなら人格が変わっている可能性もある…なら二人纏めて俺様の部屋に連れてくか。…誰かに部屋を見られたら教師が寮に女を連れ込んだ、しかも一人は生徒だとか噂を立てられちまうな」
そんな事を考えながら散らばっているポーションの空き瓶をインベントリにしまい、二人に触れて自室へ転移した…。
■
あの出来事から四日後…。
「おう、今日の授業はこれで終了だ。明日はテストがあるから不安があるやつは予習するなり俺様に質問しにこい~。不要な奴は解散だ」
鏡はあの出来事からすぐに教職に復帰し、いつもと変わらない授業をしていつも通り最後の言葉を告げて生徒達を解放した。
ルノアールはあの出来事からまだ目を覚まさず、ベッドの上で寝息だけを立てていた…アエリアも同様に。
教室にも相部屋の寮にも顔を四日も出さなければ同居人であるフィーヤは心配をする。
そのフィーヤには「命は助かったが今は意識が戻っていないからまだ会う事は出来ない」と言い含めて我慢してもらっているが、遂に痺れを切らしたフィーヤが鏡へ問いかける。
「…ミラー先生…ルノはどうなったんですか…!あれからチヅルさんも見かけません!!本当の事を教えてください!!」
鏡は一度教室を見渡し、この場には自分とフィーヤしかいない事を確認して呆れた感じで息を吐く。
「はぁ…フィーヤ、周りの人に聞かれたらどーすんだ」
「ずっとミラー先生がはぐらかすから!!私だって誰もいないタイミングで発言してますよ!!なのに、私を避けるように一人になろうとしないし!!!今日という今日はちゃんと話してもらいます!」
少し顔を赤くし、声を荒げて鏡に伝えたフィーヤ。
「だから…言ってんだろ?まだ意識が戻ってねぇってよ」
「だから何でそんな事になったんですか!?」
「…はぁ…お前もちーからイヤリングをもらってんだもんな……わかった、俺様の部屋に来い」
「…私を部屋に連れてってどうするんですか…!私には好きな人がいます…!」
「おめぇは何考えてんだ…脳内花畑かよ…それに好きな人ってちーの事だろ?ルノがちーの事好きだって知ってんだろ?」
「は!?へ!?なん…なんで!?」
何で分かったの!?といった感じで顔を赤くしながら口をパクパクするフィーヤ。
そんなフィーヤを見て鏡はマジかよ…といった感じで溜め息を吐き、何故わかったか種明かしをする。
「はぁ…今までおめぇの浮ついた話は聞いた事ねぇ、ちーが来てから好きな人が出来たって聞きゃぁ…誰だって想像つくわな」
「…」
「ちなみにルノもちーも俺様の部屋にいる。そこで話してやる」
「な!?教え子を自分の部屋…いったぁ!?」
フィーヤの邪な考えを断ち切るように脳天へ手刀を叩きこむ。
「変な邪推すんじゃねぇ。…お前いつからそんな色ボケになったんだよ…恋は人を変えるっつーけどよぉ…」
「…」
「まぁいい、とりあえずついてこい」
「はい…」
鏡の後ろを覚悟を決めた顔をしたフィーヤがゆっくりとついていく。
途中、他の生徒とすれ違うがミラー先生の顔はいつも通りの無表情で整っていて、その後ろを歩くフィーヤは覚悟を決めた顔をしていたのであの二人に何があったんだ?と周りの生徒は首を傾げるが、すぐに自分のすべき事に向かっていった…。
「ここだ、あんまり大声上げんなよ?」
「はい…」
そして二人は、ルノアールとアエリアが寝ている鏡の私室へ入っていく。
簡素でしっかりと片付いており、掃除も行き届いている綺麗な部屋に大きなベッドで二人の人が寝ているのを目にしたフィーヤはゆっくりとベッドに近づいていき…
「ルノの髪色…黒じゃなくなってる…?」
「…ああ、ルノは昔、金髪で瞳は水色だったんだよ」
「…ミラー先生は昔からルノの事を知っているんですか…?」
昔という言葉に反応し、ルノアールの長い金髪を触りながら鏡へ語り掛ける。
「まぁな。それを今から話してやるから椅子に座んな」
「…ミラー先生…この隣で寝ているシスターさんは…?」
「ん?そいつがちーだぞ?」
「え…な、何で女装してるんですか…?」
「その状態のちーは女装じゃねぇ。本物の女性だぜ?」
「え……?え……?」
「だからそれも話してやっから落ち着いてこっちにこい」
そうして鏡の口からゲームの事を隠して自分達の事情やルノの事情を全てフィーヤに話していった。
■
全てを語り終えた時、話し始めたのは太陽が真上に来た時だったのに気付いたら窓の外は闇に包まれていた。
「ダフネの十英傑がこの時代に集結して…その十英傑の二人…いや四人がこの部屋にいて…ルノは帝国でそんな酷い事をされて…しかも死んだルノをチトゲ様…アエリア様が最上級の更に上…神の魔法…神格魔法をオリジナルで作り出して、生き返らせて…頭がパンクしそう…」
「まぁ一気に聞かされりゃそうなるわな。嘘だとは思わねぇのか?」
「はい…何でかわかりませんが…スッと納得できたような…ミラーせん…キョウ様の博学さ、チトゲ様のあの強さ、何よりルノの変わりように隣に寝ているアエリア様…信じる要素はいくらでもあります…」
「そうか、んじゃ今まで通り頼むぜ?俺はここでは鏡じゃなくてミラーだ。ちーも千棘様じゃなくてチヅルだ。ルノはもう、帝国に弄られた身体じゃねぇから普通の女の子だ。わかったか?」
「わかり…わかった、ミラー先生…私もチヅルさんにこのイヤリングをもらったし…」
「ん、ならそれでいい。明日は授業はねぇけどもうおせぇ時間だ。寮まで送ってやっから今日は大人しく帰んな」
「わかりました、最後にルノの顔を一目見てからでもいいですか?」
「おう、俺は飲みもん片付けてっから終わったら扉の前にいな」
「わかりました」
フィーヤは寝室に向かい、ベッドの上に横たわるルノアールとアエリアを見やり、ルノアールの髪を一撫でして寝室を後にしようとした時、ベッドの方から布が擦れるスルスルという音がフィーヤの耳に届く。
「…あ……ああ…」
音がした方を振り返ったフィーヤは目を覚ました友人、髪の色も目の色も違うが、間違いなく自分の親友だと思う顔を見て涙を流し、月光に照らされて金の髪が輝いているルノアールを…
「ルノ…おはよう…おかえり」
「…フィーヤ?」
ベッドに駆け寄りもう何処にも逃げないように、ルノアールをきつく抱きしめた…。




