初めての痛みと初めての笑顔
学術都市ティクス、魔法学校の職員室で六月一日 鏡は午後の戦闘訓練のメニューを考えていた。
(ん~…やっぱ一人一人の長所を伸ばしていきてぇよなぁ…属性の相性がいい奴とわりぃ奴で組ませて…創意工夫で突破させる…これだから人を育てるのって面白れぇんだよな…)
そんな事を考えながら一クラス20名程のメニューを考えていた時、ルノアールの名前を見て少しだけ顔を顰める…。
(ルノ…帝国の闇が生んだ人造勇者…きっとあいつを救えるのはちーだけなんだろうなぁ…俺様はルノに生きる術を、ちーがルノに生きる希望を…か。まぁ俺様達のギルマスに出来ねぇ事はないしな)
鏡は止まった手を動き出して紙に特訓メニューを書いていく…一人一人立ち止まってしまう壁の事を想像しながら、それをどう突破すればいいのか考えを巡らしていくと…
『ミラー?思った以上にこっちが早く終わったから今から行こうと思うんだけど大丈夫?』
(ハッ…つくづくタイミングがいいぜ俺様達のギルマスは…)
『おう、今はみんな昼飯食ってる時間だから門まで迎えに行くぜ。それに午後は戦闘訓練があるからお前も参加な?』
『え?…まぁいいんだけど…』
千棘の返答を聞いた鏡は書いていたメニューを丸めてインベントリにしまい、ローブを羽織って校門まで移動していく…。
■
(んー…鏡のやつ、千棘じゃ魔法を碌に使えない事知ってるはずなのに…アルメラと戦った時の疑似エンチャントだってあれから先に全然いかないし…)
そんな事を思いながら魔法学校の校門に向かっていた千棘は長身美形のエルフが校門に背を預けてこちらを待っているのが見え、ちょっとだけ小走りして鏡の元へ向かう。
「お待たせ、ミラー」
「おう、ちー。一応これが入校証になるから持っとけ」
鏡はそう言いながら白いカードみたいなのを投げ渡してきて千棘は難なくキャッチする。
「それがあればここの結界は問題なく通れるようになるぜ。一応教員用だから制限はないけどあんま俺様から離れたりするとめんどくさいから離れんなよ?」
「りょーかい。ならちょっと二人で話せるところに移動しない?」
「お?んじゃ俺の職員用の部屋にくるか」
「わかった」
二人は当たり障りない雑談をしながら校内を進んでいき、鏡が寝泊まりしている部屋に向かっていく。
学生は基本的に10歳を超えていれば入学が出来て上限年齢制限はなく、若い子もいればかなり歳のいった生徒も見受けられた。
魔法学校ということもあって身体的には非力な人でも戦えるという事で女性の比率が高いが、女性7:男性3ぐらいで男性も多く目についた。
鏡はこの学校では教えるのが上手い、美形という事で女性人気も男性人気もあった…が、千棘はその見た目故に男性人気が凄まじく、女性からはやや嫉妬染みた目線を受けていて苦笑いするしかなかった。
あのミラー先生の隣に歩いている子は!?もしや彼女!?みたいな声も聞こえたが特に気にすることなく歩いていると、
「ちー、お前相変わらずだなぁ?もうちょい男ってわかる格好しねぇのか?お前が俺様の彼女だって言いふらされたら生徒にからかわれちまうだろ?」
「んー?僕はそれぐらい隙がある方がいい先生だと思うけどね?この格好は…まぁー趣味みたいなものだし、戦闘訓練する時にでも着替えるよ」
今の千棘はピンとした耳の様な赤いリボンが頭の斜めに付いていて、白のオフショルダーに赤いカーディガンを羽織ってホットパンツを履いており、太ももには黒いソックスベルト、そのベルトにつられるように黒のオーバーニー、そしてちょっと明るい茶色のくるぶしまでのブーツっぽいものを履いていた。
こんな格好を見れば男だと思う人はおらず、見た事のない服装に色んな人が釘付けであった。
「ちーはそういう格好したやつがめっちゃつえぇとかのギャップ、めっちゃ好きだったもんな?」
「そうそう、ギャップがいいんだよギャップが!」
熱くギャップ萌えを語り合いながら鏡の部屋まで来た二人。
鏡は適当に飲み物を用意してくれて一言お礼を伝えてからテーブルを囲んで椅子に座る。
「かなり広いね?学校の規模も凄いけど、この部屋もなかなかだね~」
「まぁあんまり部屋には拘んねーからここに住んだ時のまんまだけどな。んで?ちーは俺様と何話したかったんだ?」
千棘はちょっと悲しそうな顔をしながら自分の不安な気持ちを曝け出す。
「…んー、まだみんなには聞いていないんだけど…鏡はさ…この世界に来て後悔とかしてる…?元の世界に帰りたいとか…」
今まで仲間を集めながらずっと考えていたことを鏡に伝える。
「一応みんなのリアルの事情とかは知っていたけど…やっぱりここはあの世界より命のやり取りがある…だから不安なんだよね…みんなここでも僕に付いてきてくれる…でも本当は帰りたいんじゃないかって…」
鏡は千棘の言葉にきょとんとした顔をしたが、次にはあきれ顔になりながら千棘へ…
「はぁ…それマジで思ってんのか…?嫌ならみんなちーの屋敷に住んでたりしねーだろぉ?正直、俺様達はあの世界にいい思い出なんて欠片もねぇ。だから俺様達は《SL》でずっと仲間で過ごしてきただろ?…よかったなぁ?初めて話す相手が俺様でよ~。もしアルメラとかユーランがその話聞いてたら即座に顔面へ一発だぜ?」
「…そうかな…そうだといいんだけど…」
まだ煮え切らない感じで言葉を呟いた千棘に対して鏡は一回指をパチンと鳴らす。
「っ!?」
すると千棘の身体は凄い倦怠感に苛まれ、思考も鈍くなり目もかすみ始めてきて浅い呼吸をしながらテーブルに頭をつける。
「ぐっ…!きょ、鏡…何するん…」
「ここまで弱体化させりゃぁ俺様の腕でもダメージが通るだろ?歯ぁ食いしばっとけ」
鏡はそう吐き捨てると千棘の胸倉を掴み軽い身体を吊り上げ、引き絞った右腕を千棘の顔へ放って殴り飛ばす。
この世界に来て初めて千棘の身体で明確な『痛み』を感じた。
身体がかなり弱体化され、自分の身体とは思えない…鉄の身体を動かしている感覚になりながら鏡を見ると鏡の顔は誰が見てもわかる通り怒りの色に染まっていた。
「ちー、おめぇは俺様達のギルマスだ。何そんな下らねぇ事で弱音吐いてんだよ?俺様達は付いていきてえ奴に付いていく、ただそれだけだ。ちーの勝手な感情のせいで俺様達の気持ちを蔑ろにしてんじゃねぇ」
そう吐き捨てた鏡はもう一度指をパチンと鳴らし、千棘にかけていた弱体化を解く。
「っぅ…はぁ…」
千棘は身体の感覚が戻ったのを確かめ、鼻血が出ている鼻を押さえながら鏡へ謝る…。
「ごめん…やっぱり何処か不安だったんだよ…みんなと再会した時にこの世界に来た時の事を詳しく聞いた…みんな最初は不安な気持ちばっかりだったから…」
殴られた痛みは身体の感覚が戻っても消えることなく千棘の頬に熱を伝える。
それすら気にせずに立ち上がり椅子に座りなおして鏡を見る。
「ありがとう、鏡。鏡のおかげでかなり気持ちがすっきりしたよ…っていうか、鏡の身体はこの世界ではかなり強い方なんだよ!?いくら近接タイプじゃないって言ってもそこらのSランク冒険者と同じぐらいの力なんだからね!?フルに弱体化されて殴られたら…僕達以外だと本当に死ぬからね!?」
「おう、そんなのわかりきってらぁ。ちーなら死なねぇと思って本気で殴ったんだからよー。まぁ気合入ったんなら儲けもんだぜ」
千棘の説教を笑いながら聞き流した鏡に全く…と若干呆れた視線を向けながらインベントリの中から取り出したポーションを飲み、痛みと出血を治した辺りで授業開始を知らせる鐘が校内に響く。
「丁度こっちの話も終わったし、俺様が担当してるクラスにいくぞ、ちー」
「…わかったよ、まったく…」
そう悪態をつきながら服を直して鏡の後についていき、鏡が担当しているクラスの教室まで二人は歩いていく…。
■
「おう、お前ら~ちゃんと席につけ~」
鏡が教室に入り、全体に聞こえるよう声を響かせて指示していく。
教室はひな壇状になっていて少しだけ湾曲しており、中心の部分を囲むような配置になっていた。
中心にはもちろん教壇があり、そこに鏡が立って後ろの黒板の様な者に色々な事を書くという構図だった。
千棘は初めての光景で若干気圧されていたがルノアールがこちらを見ている事に気付いて小さく手を振っていると、鏡が気にせず話を続けていく。
「午後からは戦闘訓練をするから各自準備して訓練場へこい。…んで俺様の隣にいるこいつは俺様の親友だ。今日の訓練を見学するのと合わせてお前達に指導してもらうからそのつもりでな?何か質問あるやついるか?」
鏡が言い終わり、質問がないかと問うと活発そうな男の子が手をあげて質問してくる。
「はいはーい!さっきミラー先生が彼女連れてたって聞いたんだけどその子が彼女なの!?かなり身長差あるけど、ミラー先生はロリコンなんですか!?」
「俺はどっちかっつーとこんな小さい奴より背の高くて胸とケツがデカい奴が好きだ。つーかこいつは男だから見た目に騙されんなよ、シン」
シンと呼ばれた生徒が千棘の事を男だと伝えられた瞬間に驚愕を露にすると、それにつられてルノアール以外の生徒も全員えええ~!?という声をあげていた。
「ほら、これ以上訓練の時間を減らすわけにはいかねぇ。馬鹿な質問しかしねぇなら先に訓練場に行ってっから早く来いよ」
まだ興奮が収まっていない教室から鏡と千棘は出て訓練場へ向かっていく…。
生徒だけが残されたクラスではまだ千棘がどんな人なのかを議論していた。
「おいシン!!お前残念だったな!?もしミラー先生の彼女じゃなかったらアタックしようとしてたのにな!」
「お、俺…一目惚れだったのに…」
シンは千棘に一目惚れだったようで男という事実にかなり打ちのめされていた。
その様子を周りの生徒は囃し立てているが悪い雰囲気ではなかった…どちらかというと気心が知れた仲間内でふざけ合っている雰囲気だった。
あっちこっちで千棘の事を散々話しているがルノアールだけは特にその話に参加しておらず、具合でも悪いのかと思った一人の女生徒はルノアールに声をかける。
「ねぇルノ?体調悪いの?」
「ううん、フィーヤ。どこも悪くないし…どちらかというと楽しみかな、訓練が」
「そう?でも確かにルノはミラー先生が連れてきた人見ても驚いてなかったよね?強そうだから勇者として超えたいとか思ってたりしたの?」
フィーヤの言葉で教室にいる生徒たちの視線がルノアールとフィーヤに注がれる。
ルノアールはいつも教室では無表情で淡々としている子だった。
それはクラスのみんなに無視されているとかそういうのではなく、みんなとの関係はとても友好的だった…が、笑顔を見た事がある人は一人もいなかった。
そんなルノアールが顔を赤くしてはにかみながらフィーヤに言う。
「ううん、違うの…あの人は…私の…勇者様なの。私なんかよりずっと…本当の勇者様なの」
ルノアールの恥ずかしそうな笑顔を初めて見たクラスの全員は二度目の驚愕、そして全員ルノアールに見惚れていた…。




