『新しい仲間達』
「んっ…んん…あれ…」
「む?母上、気が付いたか?」
「バハムート…」
コルはバハムートに優しく包まれている感覚を覚えながらバハムートの腕の中で身じろぎしつつ、状況を確認する。
「確か私…」
「うむ、あの馬鹿者の圧に当てられたんじゃ。母上が無事でよかった」
すると何故気を失ったのか思い出したコルは怒りを滲ませた表情を浮かべ、バハムートへ問う。
「あの神龍…私の中を遠慮なく覗いてくれた神龍はどこですか?」
「なっ…母上…何をされたのかわかったのか?」
「いいからバハムート、あの神龍はどこです?」
「むっ…そ、それなら…」
バハムートはコルの言葉に少し意外そうに眉を歪めるが、コルの怒気に気圧されながらコルの言う神龍の方へ顔を向ける。
「コル、先程は済まなかったな?心の奥底にある覚悟が知りたかったんだ」
その声とバハムートの顔に釣られる様にコルがバハムートに抱かれたまま視線を向けると愉快そうな表情を作った神龍が目に止まり、コルはバハムートに言う。
「バハムート…貴女の力を貸してもらいますよ」
「…母上、何をするつもりじゃ?」
「私の中を遠慮なく覗いた神龍を一発ぶん殴ってやるんです」
「は、母上、あ奴も謝っておる…ここは手打ち『バハムート、貴女はどっちの味方なんです?』…母上じゃ…」
「よろしい」
コルはバハムートが折れたのを確認してバハムートの額に軽く唇を触れさせるとバハムートの身体が光の粒子となってコルの身体と交わる。
バハムートと獣神化したコルは身体の感触を確かめながら神龍達が面白そうにこちらを見つめているのも無視して目的の神龍の元まで歩き、徐に胸倉を掴み上げる。
「さっきはよくもやってくれたのぅ…わらわの中を遠慮なく覗きおって…覚悟は出来ておるか?」
コルが凄みながら神龍に問いかけるが胸倉を掴まれても顔色一つ変えず、むしろ愉快そうな表情を浮かべている神龍が口を開く。
「何を言っているんだ?かなり抵抗していたじゃないか?我が覗けたのはほんの一部…コルが異世界から仲間と一緒にここに来たぐらいしかわからなかったぞ?」
「そんなの関係ないわい。わらわの想いはわらわと仲間達だけの物じゃ…それを遠慮なしに断りもなく…無理にこじ開けようとしてくれたおかげでまだむかむかしておる。一発ぶん殴らせるのじゃ」
すると神龍は立ち上がり、胸倉を掴んでいるコルの腕を掴みながら高笑いする。
「ふはははは!!!いいな、いいぞ、実に素晴らしいじゃないか!我の殺気にあんなに震えていた子犬が、バハムートと一つになっただけでここまで強気に出れるとは!!」
そう言った神龍は口端を三日月の様に吊り上げ、不敵に笑いながらコルへ告げる。
「だがな?強さならバハムートより我の方が上だぞ?それに…見た所、バハムートの力を十全に引き出せていないではないか。それで我を一発ぶん殴る?…笑わせるんじゃない」
神龍は掴んでいたコルの腕をへし折らんばかりに力を籠め、苦痛に歪むコルの表情を見ようとしたが…
「なんじゃ?お主はバハムートより強かったんじゃないのかのぅ?涼しい顔をしながら必死に力を込めておる様じゃが…わらわからしたら痛くも痒くもないんじゃが?…手心を加えておるのなら全力で腕を潰しに来る方が賢明じゃぞ」
「何…!?」
コルは掴まれている腕に若干の違和感を感じるが特に問題は無く、神龍に本気を出させる為に煽る。
神龍は煽りへの耐性がなかったのかコルの煽りを受けて中性的な顔を不機嫌に歪めながら腕が震える程の力を籠めるが、コルはただ掴まれているという感想しか抱かなかった。
「それが全力…なわけないのぅ。まだ小手調べでもしておるのか?」
「ぐっ…キサマ…調子に乗るなよ…」
すると神龍から桁違いの魔力が迸り、周囲の風景が歪むほど濃密な魔力が神龍を包み込むと更にコルの腕を締め付けていくが…
「…こんなもんかのぅ……お主ら一旦離れておれ。…特にファフニールとベヒーモス、ヴリトラは傷つけたくないからのぅ」
「!?」
「えー!?僕もっと近くで見たいんだけどなー!」
「……」
「ちょ!ベヒーモス!僕一人で歩けるからー!!」
ヴリトラは近くでぶん殴るのを見たいと言っていたがベヒーモスが驚いているファフニールを担ぎ上げ、ヴリトラを確保してゆっくりとコルの元から離れていく。
「何でコルちゃんは私にも言ってくれないのー?」
「お主はわらわのスカートを捲ったじゃろう!!」
「えー?謝ったじゃんー?」
「あんな心の籠ってない謝り方をされて許すわけなかろう!!」
「ちぇ~…」
リヴァイアサンも渋々と言った雰囲気を醸し出しながらベヒーモスについていくと、一人残った厄介な神龍が口を開く。
「コル、君は何故愛しい私の心配をしないんだい?…そうか、私なら問題ないと思っているんだね?…全く欲しがりな子『お主は黙っておれい!!!!』…」
「お主は何か勘違いしておる様じゃがな!?わらわはお主よりもカッコいい奴を知っておる!お主程度じゃわらわは一目惚れせんわい!!」
コルはむず痒くなる様なセリフを途中で遮り、リンドヴルムに抱いた感情をぶちまける。
「なっ…私よりもカッコいい…だと…?」
「リンドヴルム!その自慢の顔に傷を付けたくないんじゃったらさっさと離れておれ!!」
「う…こ、子犬ちゃんの言う事を素直に聞いてあげる私は『だー!グダグダ言っておらんとさっさと離れるんじゃ!』…」
またも言葉を遮られたリンドヴルムは肩を落としながらリヴァイアサンの後ろについていき、被害に巻き込まれない程度まで離れたのを確認したコルは、胸倉を掴んでいる腕から必死に逃れようとしていた神龍へ視線を向ける。
「さて…わらわが皆と話している間も必死に抜け出そうとしていた様じゃが…叶わんかったのぅ?」
「ぐ…何故だ…バハムートの力を引き出せていない小娘如きに何故力負けをする…!?」
「お主は自分の力でしか相手を見切れん様じゃのぅ…バハムート、種明かしをしてもよいぞ」
『アジ・ダハーカ…母上はわらわの力を全て引き出すどころか、お主によって煽られた恐怖心から魔王の因子を発芽させ、その力も上乗せしておる…お主はわらわと同等じゃが、そこに魔王の力と母上の力を上乗せすればお主よりも上じゃ』
「っ!?バハムート…キサマ、一芝居打っていたのか…!?」
するとコルは首を振りながら溜め息を吐いてバハムートと魔王の力を開放し、禍々しい姿に変わりながらアジ・ダハーカへつまらなさそうに言葉を投げる。
「はぁ…お主が自分の力という物差しでしか物事を見ておらんからこうなるのじゃよ。お主は個ではわらわやバハムートより強いんじゃろうが…力を合わせればお主より上に行くことなぞ造作もないんじゃ。…だからわらわは今後来るかもしれぬ災厄の為にお主達に助力を求めに来たんじゃ。一方的な提供ではなく、手を取り合って一緒にこの世界を守る為にのぅ」
「き、キサマ…!!!」
コルが右腕を引き絞り始めると焦り始めたアジ・ダハーカは金属を殴っている様な重厚な音を響かせる拳や蹴りの連撃をコルに浴びせるが、コルは表情一つ変えずに腕を引き絞りきり、黒い雷を右腕に纏わせながらアジ・ダハーカへ告げる。
「アジ・ダハーカ…お主は悪神アンラ・マンユが産み落とした悪の根源だとわらわの居た世界では言われておった。…じゃがな?この世界での悪の根源はわらわじゃ。そして、悪の業は全てわらわが背負ったんじゃ。…だから悪の根源であるお主すらもわらわは背負ってこの世界を平和へ導くのじゃ」
「キサマ!!気まぐれで力を貸してやろうと思ったがもうやめだ!!ここで存在を消し去ってやる!!」
するとアジ・ダハーカは人の姿から元の姿に変わろうとして不気味に身体を蠢かせるが、コルは右腕に纏った黒い雷を胸倉を掴んでいる左腕にも纏わせて黒い雷でアジ・ダハーカの動きを止めさせる。
「ぐぅ!?な、なん…」
「どうじゃ?わらわの…そうじゃのぅ…アルメラが『黒炎』じゃから、わらわは『黒雷』とでも言おうかのぅ。痺れてまともな思考すら出来んじゃろ?この黒雷はお主が取るであろう行動全てを先読みし、身体を動かす前にそれと逆の信号をその部位に直接流すんじゃよ。右腕を動かそうとしてもお主の思考が介在する余地もなくわらわが直接右腕を動かさない様に命令する…どうじゃ?流石のお主でも振り解けんじゃろ?」
コルは右眼の権能を使いながらアジ・ダハーカの全行動を視ながら動きを止め、凄惨な笑みを浮かべながらアジ・ダハーカへ言う。
「お主がわらわに協力せんのじゃったら力でねじ伏せて屈服させるまでじゃ。…今まで契約した者達は心を通わせて穏便に力を借りておったが…初めてこの方法で契約するのが神龍のアジ・ダハーカとはのぅ。悪の根源には相応しい契約方法じゃな」
痺れて何も出来ないアジ・ダハーカを見据え、目を細めながらコルは渾身の一撃を中性的な顔へお見舞いする。
「仲間でもないお主がわらわの中を覗いた代償を味わうのじゃあああああああ!!」
「!?」
声すら発せず、目を見開いたアジ・ダハーカの眉間にコルのバハムートをモチーフとしたガントレットが突き刺さり、衝撃波と爆発音を伴ってボールの様に地面を何度も何度も跳ねながらアジ・ダハーカの姿がコル達の視界から消える。
音は断続的に聞こえるが音すら届かない距離まで飛んでしまったのか次第に音はコル達に届かなくなり、コルの周りは黒雷で焼け焦げてしまった青い草がパチパチと音を響かせる。
「ふんっ!まったくデリカシーの無い奴じゃ!!」
『は、母上…流石にやり過ぎじゃないかのぅ…』
「む?アジ・ダハーカの奴はそんなに弱っちいのかのう?」
『確かにあ奴は母上の心の内を覗いたが…』
「たったそれだけでここまでするのはやりすぎと言いたいんじゃな?」
『うむ…』
バハムートのやりすぎの意味を正しく捉えたコルは自分の胸に手を当て、バハムートの存在を確かめながら呟く様に音を響かせる。
「…バハムート、わらわはお主に心の内を覗かれるのであれば何も怒りゃせんのじゃよ」
『む…』
「わらわにとって『仲間』というのは本当に大切なモノなんじゃよ。…まだ『仲間』でもないあ奴に、わらわがどれだけ『仲間』を信じて愛しておるのかを盗み見られたのが我慢出来んかったのじゃ。この気持ちはわらわと『仲間達』だけのもんじゃ」
『母上…』
「それにのぅ…あ奴、わらわの中を覗きながらわらわの大切な仲間達をどう壊そうか企んでおった…流石は悪の根源とも言われたアジ・ダハーカじゃのぅ」
『なっ!?』
コルは胸の中でバハムートが驚き動揺しているのを感じ、胸を撫でながら言う。
「覗かれている時に必死に見せたくないものを見せんようにしてたんじゃが、あ奴の悪意がわらわの中に少しだけ残ったんじゃよ。…それとわらわがあ奴に恐怖した恐怖心と合わさって魔王の因子が養分として芽吹いたのじゃ。本来なら魔王として自我を失って暴れ狂ってるはずなんじゃが…」
言葉を切ったコルは胸の内にいるバハムートに意識を向けながら、感謝を込めてその理由を告げる。
「バハムートがわらわの事を優しく抱いていてくれたおかげなんじゃろうな…不思議と安心して魔王の力に身を委ねる事が出来たんじゃ。…いつもわらわを助けてくれて感謝するのじゃ、バハムートよ」
『母上…わらわは何があっても母上の味方じゃ。この絶対的な力は母上の為にある…遠慮なくわらわを使ってくれていいんじゃよ』
「ふふ…ならもう少しだけ付き合ってもらうとするかのぅ。…あ奴、アジ・ダハーカのお仕置きに」
その言葉が合図だったかの様にアジ・ダハーカの飛んでいった方向から音もなく光の奔流がコルの身体を飲み込み、コルが立っていた場所を中心とした周囲1㎞程の草原が抉れ消し飛ぶ。
草原が消し飛んだ直後に天地開闢に等しい轟音と衝撃が神龍達の住まう空間を揺らし、遠くで見守っていた神龍達も自身の身体が吹き飛ばない様に堪える。
光の奔流が徐々に力を失い、光の奔流が迸った周囲を何も生きる事の出来ない焦土と化した姿を現していくが、ある一部だけが元の青々とした草を残していた。
「ほぅ…流石は悪の根源と言われたアジ・ダハーカといった所かのぅ」
光の奔流に飲まれたはずのコルは右手から煙を棚引かせ、焦土と化した草原を見ながら感嘆の吐息を漏らす。
『母上、大事はないか?』
「うむ。これぐらいじゃ何ともないのぅ…バハムートの力を十全に引き出し、魔王の力も振るっておるからか手が痺れたぐらいしか感じなかったのじゃ」
そう言いながらコルは手を振り、痺れと煙を払いながら無傷の身体に付いた土を払って光の奔流が放たれた方を睨みつける。
「まったく…わらわだからよかったものの、ファフニールとヴリトラに当たったらかすり傷が出来るじゃろうに…ベヒーモスぐらいなら無傷じゃろうが…」
『流石にベヒーモスでもかすり傷ぐらい負うと思うのじゃ母上…それより母上、何故あ奴らには好意的なんじゃ?』
「む?…実際に触れてわかったからのぅ。あ奴らがわらわに危害を加えようとせん事が。むしろ友好的じゃったな」
『ふむ…召喚術師としての直感じゃな?』
「うむ。…リヴァイアサンはわらわのスカートを捲った、リンドヴルムはうっとおしい、ただそれだけじゃ」
そんな話をバハムートと交わしているとコルの右眼にこれから起こる事象が見え、それに対応する様に右手をまた前に突き出す。
すると今度は光の奔流ではなく無数の光の球が視認できない程の速度で迫ってくるが、コルは何処にどの光の球が来るか事前に察知し、全て頭上に弾き飛ばしていく。
「やはりこの権能はチートじゃな」
『流石は神の権能といった所かのぅ』
コルが上に弾いた光の球が勢いよく爆ぜ、音と衝撃を振りまいていると先程の光の球と同じぐらいの速度でこちらに向かってくる物体を見据え、コルは両眼の権能を開放する。
右眼の権能でこれから何が起こるかを察したコルは左眼の権能で時間を止め、鬼の様な形相のアジ・ダハーカが凄まじい力を内包した剣で斬りかかろうとしているのを見ながら近づき、顔にバハムートをモチーフとしたグリーヴの裏を当て、時間を動かす。
「ぐばっ!?」
「お主は猪と同レベルじゃのぅ」
コルは動き出したアジ・ダハーカの勢いに衝撃を感じながらも脚をそのまま踏み込み、アジ・ダハーカの顔面を踏みつけながら地面にめり込ませ、何度も何度もアジ・ダハーカの顔面へ渾身の足踏みをお見舞いする。
「この、程度で、わらわの、仲間に、危害を、加え、ようと!して!!おったのか!!!」
踏みつける度に声にならない音を口から漏らし、身体が跳ねあがるアジ・ダハーカを睨みつけながら更に踏みつける力を上げる。
「何が!!悪の根源!!じゃ!!お主は!!ただの!!悪ガキ!!じゃ!!!」
『は、母上!?』
「何とか、言ったら!!どうなんじゃ!!アジ・ダハーカ!!お主は!!その程度で!!わらわの!!仲間を!!遊び!!半分で!!!壊そうと!!!!しておったのか!?!?」
コルはバハムートの声に反応も示さず、焦土と化した地面がひび割れ徐々に陥没していくのもお構いなしにアジ・ダハーカの顔を踏みつけ続ける。
「お主は!!自分の!!強大な力を!!誇示したいが!!為に!!弱き者を!!蹂躙!!すると!!いうなら!!わらわという!!強者が!!!弱者の!!!お主を!!!ぶっ壊わしてやる!!!感謝せい!!!」
『は、母上!!!それ以上は不味いのじゃ!!!』
「この馬鹿者には!!!骨の髄まで!!!恐怖を植え付けんと!!!わからんのじゃ!!!」
コルは怒りでアジ・ダハーカの状態も確認せずに一踏み一踏みが渾身の力で踏み抜かれている事も忘れ、自分の中で暴れ狂っている破壊衝動に任せてアジ・ダハーカの顔を踏みつけていた。
アジ・ダハーカは既に意識は無く、口からは音も発さずにコルの踏みつけによる衝撃で身体を跳ね上げさせているだけだったが、コルにはそれがわからず遠慮なく踏み抜き続ける。
『母上!!もうやめるんじゃ!!!アジ・ダハーカは「黙っておれバハムート!!!」…ベヒーモス!!母上を止めるんじゃ!!』
「…!」
バハムートの制止でも止まらなくなってしまったコルを止める為にバハムートはベヒーモスに助けを求める。
ベヒーモスは何も言わず岩の様な身体を瞬発させ、アジ・ダハーカの顔を一心不乱に踏み抜いているコルに飛びつき、羽交い絞めにして引き剥がそうとする。
「何をするんじゃベヒーモス!!!離せ!!!お主も巻き添えを食らうんじゃぞ!!!」
「…!!」
ベヒーモスの強靭な身体から発せられる力は挨拶の時に優しく包んでくれた力とはかけ離れていたが、コルが暴れる度にベヒーモスが引っ張られる様に地面を滑る。
「こ奴には!!他者に危害を加えようと一ミリも思わぬほど!!!恐怖を叩きこまなきゃならんのじゃ!!!離せ!!!離すんじゃベヒーモス!!!」
コルは必死にベヒーモスの腕から逃れようと子供の様に手足をばたつかせ、無理やり抜け出せそうになった瞬間、荒々しくも優しい声色がコルの耳に聞こえる。
「コル!!!!」
「!?」
コルは一瞬誰の声かわからなかったが、声のした方に顔だけ向けるとそこにはベヒーモスの真剣な表情があり、コルは驚きを露にする。
「コル…それ以上はダメだ…」
「べ、ベヒーモス…」
『ベヒーモス…お主…』
「それ以上やったら…ファフニールが悲しむ…」
「っ!?」
コルは悲し気な声色で告げるベヒーモスの言葉に身体を震わせ、恐る恐るファフニールの方に顔を向けると怯えたようにヴリトラの後ろに隠れているファフニールを見つけてしまう。
「わ、わらわは…」
神龍達の中で一番好意を寄せていてくれたファフニールを怯えさせてしまった事に気付いたコルは、魔王の力で禍々しい姿になっている事に初めて気づく。
「なんじゃこの姿…」
『わらわの力と魔王の力を合わせた姿なのじゃ…母上、少しは冷静になれたかのぅ…』
「バハムート…済まなかったのじゃ…」
コルは正しく魔王に相応しい自分の姿を見て深い溜め息を吐きながら魔王の力を抑える。
すると身体から発せられた黒い瘴気は鳴りを潜め、灰になる様にコルの身体から黒い瘴気で作られた物が剥がれて元のバハムートと獣神化した時の姿に戻る。
「ベヒーモス…お主にも申し訳ない事をした…止めてくれて感謝するのじゃ」
「別に…いい…」
ようやく冷静になれたコルは深呼吸をして身体の中に溜まった空気を入れ替え、さっきまで踏みつけていたアジ・ダハーカを見る。
コルの目には顔の原型を留めていないアジ・ダハーカが地面に埋まっているのを見て、少し留飲が下がった感じを覚えながらインベントリからポーションを取り出す。
「すまんかったのぅ。ちいとばかしやりすぎてしまったのじゃ」
そう意識のないアジ・ダハーカに言葉とポーションを投げ、割れたポーションがかかった顔がほんの少しずつ再生されているのを確認して離れていた神龍達の元へ歩いていく。
するとヴリトラの後ろに隠れていたファフニールがコル目がけて走り、ヴリトラの様にコルに抱き着く。
コルは慌ててファフニールを抱き留めるが少しだけファフニールの身体が震えているのを感じて胸の奥に痛みが走り、表情が歪む。
「ファフニール…済まなかったのじゃ…お主の仲間をあそこまで痛めつけてしまって…」
「ち、違う…別、にいい…あんな奴…」
「む、むぅ?い、いいのかのぅ…」
「あいつ…む、ムカつくから…」
「そ、そうじゃったのか…なら、何故震えておるんじゃ?」
「優し、かった…コルさんがこ、怖くなった…から…」
「うっ…申し訳なかったのじゃ…『仲間』の事になるとつい制御が出来んくなってしまうんじゃ…」
コルは胸の中で震えているファフニールの頭を撫でながらいい訳していると、ファフニールが顔を上げて涙を滲ませた目で問いかける。
「私も…コルさんの『仲間』に…なったら、お、同じ様にお、怒って…くれる?」
涙目の上目遣いコンボを食らったコルは心臓が強く跳ねたのを感じながらも、ファフニールの頭を撫でながら答える。
「う、うむ、もちろんじゃ。わらわは『仲間』の為なら何でもするのじゃ」
「…じゃあ、けい、やく…しよ?」
そう言ったファフニールは目を閉じ、前髪で隠れていた額を右手で露にしてコルへ差し出す。
「む…よ、よいのか?」
「うん…バハ、ムートから…話をき、聞いた時…から、決めてた…から…」
「そうじゃったか……わかったのじゃ」
コルはファフニールの意志をしっかり確認し、差し出されている額に軽く唇を当てて心の中でファフニールとの繋がりを描く。
すると二人の身体が淡く光り、その光を交換する様にお互いの身体に流れ込み、ファフニールの為に空けた心の空白にファフニールが存在している事を確かめたコルは額から唇を離す。
「…これで契約は完了じゃ。しっかりとわらわの中にファフニールを感じるのじゃ」
「…私も…ママをか、感じる…」
存在を確かめ合ったコルとファフニールは笑みを作り、ファフニールは少し頬を染めながらコルから離れて小さい身体を使ってベヒーモスを必死に押す。
「べ、ベヒーモス…も、け、契約…!」
「…」
また声を発さなくなったベヒーモスはファフニールに押されながらもコルの元へ近づき、膝をつきながら手を差し出す。
「…ベヒーモスもわらわに協力してくれるのかのぅ?」
「…使え」
「…わかったのじゃ。…じゃが、わらわが一方的に力を借りるのではなく、お主にも心躍る様な体験をさせてやるのじゃ。楽しみにしておれよ?ベヒーモスよ」
「…」
言葉は発さなかったがほんのわずかに口端が上がった様な気がしたコルは自然と笑みを作り、差し出された手を力強く握りながらベヒーモスとの繋がりを描いていく。
ファフニールの時と同じ様にお互いの身体が淡く光り、その光が交換されると身体に溶け込みベヒーモスの存在を胸の内に感じながら告げる。
「これで契約は終いじゃ。これからよろしく頼むぞ、ベヒーモス」
「…」
ベヒーモスは何も言わずにファフニールの元に戻るとヴリトラが入れ替わる様にコルの前に来て、両手を広げながら抱き着く。
「コルすごいねー!!アジ・ダハーカをあんな一方的にぼっこぼこにするなんて!!」
「そうかのぅ?わらわが居た世界じゃ、ヴリトラとアジ・ダハーカは比較されておるし、お主もアジ・ダハーカと引けを取らぬほど凄いんじゃろ?」
そう告げると人懐っこい笑みを浮かべていたヴリトラは凄惨な笑みを浮かべながら心底楽しそうに言う。
「へぇ…!よく知ってるね?確かに違う世界じゃよく比較されてたよ!!でもねでもね?あいつより僕の方が凄いんだよ!?だからあんな奴を頼るぐらいなら僕を頼った方がいいよ!!」
「ほぉ?なら楽しみにしておくかのぅ。ヴリトラの力を借りる時が来たら是非力を貸して欲しいのじゃ」
「いいよいいよ!ほら!契約しちゃおー!」
ヴリトラは抱き着いた腕をよりきつく締めてコルの存在を確かめ、コルは左腕でヴリトラを抱き、右手で頭を撫でながら存在を確かめる。
すると二人の身体から発した淡い光がお互いの身体に溶け込み、お互いの中に存在を感じる。
「うん!これで契約終了!!僕ね!?人間界の甘いモノとかいっぱい食べたいなー!」
「甘いモノじゃな?なら用意しておくとするかのぅ」
「やったー!!」
甘いものを用意してくれるというコルの言葉を聞き、子供の様にはしゃぎながら離れていったヴリトラはベヒーモスとファフニールの二人と楽しく会話し始めると、気まずそうな表情を浮かべた二人の神龍が恐る恐るコルに近づいて口を開く。
「えーっと…コルちゃん…さっきはスカート捲ってごめんねー…?」
「子犬ちゃんは凛々しい狼ちゃんだったんだね…君の可愛らしさを見誤っていたよ」
「…リヴァイアサンの謝罪はしっかりと受け取ったのじゃ。わらわの仲間に同じような事はするんじゃないぞ?」
「わかった~…ちゃんと聞いてからするねー?」
「狼ちゃん?」
「んー…まぁ、もし仲間がスカートを捲ってもよいと言うならよいぞ。決して人が嫌がる事はするでないぞ?リヴァイアサンもわらわと契約してくれるかのぅ?楽しませると約束するのじゃ」
「ん、じゃあ契約するー。よろしくねー?コルちゃん…じゃないか、ママ」
「お、狼ちゃん?」
リンドヴルムを無視しながらリヴァイアサンの両頬を優しく包んだコルはリヴァイアサンの存在を確かめながらお互いの光を交換し、胸の中にリヴァイアサンを感じて頬から手を離す。
「ん、ママの事感じれるようになったー」
「うむ。わらわの中にもリヴァイアサンを感じるのじゃ」
お互いの存在を確かめた後、リヴァイアサンはベヒーモス達の元へてくてく歩いていき、楽しく会話していた輪に入り込んでいく。
「わ、私の凛々しい狼ちゃん?どうして私を無視するんだい?」
「…お主、凛々しい狼ちゃんとはわらわの事を言っておるのかのぅ…?」
コルはリンドヴルムに顔を近づけ、笑顔に怒気を滲ませながら凛々しい狼ちゃんが誰かを問う。
「す、すまない…私のコ『誰がお主のコルなんじゃ?』…すまない母君…」
「…まぁ、母君で許すのじゃ。…どうするんじゃ?お主もわらわと契約するのかのぅ?」
「あ、ああ…是非私も母君と契約を交わしたい…」
「…そうか。なら、お主もこれからはわらわの『仲間』じゃ。よろしく頼むぞ?リンドヴルム」
「っ!…ああ、母君!」
するとリンドヴルムは姫に忠誠を誓う騎士の様な振る舞いで膝をつき、胸に手を当てながら首を垂れる。
「まったく…お主は一々気取らんといかんのか?…まぁよい」
呆れつつも笑顔のコルはリンドヴルムの顎に手を当て、軽く額に唇を付けて契約を交わす。
お互いの光が交換され、胸の内にリンドヴルムを感じると唇を額から離し、肩を軽く叩いてリンドヴルムを立ち上がらせる。
「これで契約は終いじゃ。どうじゃ?わらわを感じるかのぅ?」
「ああ…私の中に母君を感じる…これが契約というモノか…素晴らしいなこれは…」
リンドヴルムは自分の中にコルという存在を感じ取れる事に感動し、身体を震わせる。
「そこまで喜んでくれるんじゃったら、契約した甲斐があるのぅ」
「母君、今度私と一緒にデートと言うものをしようじゃないか!!」
「お主は何故、いきなり突拍子もない事を言い始めるんじゃ!?」
契約をして興奮してしまったのかコルに積極的なアプローチをし始めたリンドヴルムだったが、遠くで見ていたファフニールがリンドヴルムに瞬発し、後頭部を思いっきり殴りつける。
「うっぐっ!?な、何をするんだファフニール!!私と母君の熱い時間を邪魔するんじゃない!!」
「……マ、ママが迷惑してる…」
「ファフニール!そんな事があるはずないだろう!?私と母君の繋がりは確かだ!!この熱い想いは誰にも邪魔されてはいけないんだ!!」
「ママとの…繋がり、わ、私もある。リンドヴルム…だけじゃ、な、ない!」
「お主ら喧嘩するでない…わらわは皆を平等に愛するのじゃ。誰にも優劣なんか付けぬから安心せい…」
そう言いながらコルはファフニールの頭を優しく撫で、撫でられたファフニールは頬を染めながら気持ちよさそうな表情を作る。
「は、母君!?既に私とファフニールの差を感じるのだが!?」
「気のせいじゃろう?わらわは常に平等じゃ。な?ファフニール?」
「う、うん…びょう、どう…」
「な、なら何故、母君は私を撫でないのだ!?」
「む?んー…何でじゃろうな?」
扱いに差を感じたリンドヴルムはコルに猛抗議をするがのらりくらりと追及を躱し続けるコルは少し離れた神龍達に合流し、契約した者同士で会話を弾ませ、リヴァイアサンが創造し直したテーブルに着いてバハムートとの獣神化を解いてアジ・ダハーカを抜きにしたお茶会を始める…。
■
神龍達がネシアの世界で何がしたいのか、何が好きなのかを確かめていたコルは話に花を咲かせすぎてかなり長い時間話し込んでいたのに気付き、夕飯のハンバーグを思い浮かべる。
「そういえばかなり長く話し込んでしまいましたねぇ…そろそろお屋敷に戻ってハンバーグを食べないとぉ…」
「む、そういえばかなり時間が経っておるのう…母上は屋敷に戻るのか?」
「そうですねぇ…もう少し話していたいですが契約も終わりましたし~…いつでもお話できますしねぇ」
そう言いながらコルは腕を上に伸ばし、背中のコリをほぐしていると後ろに誰かが立った様な気がして笑顔を作りながら振り向き、名前を呼ぶ。
「あらぁ?弱者のアジ・ダハーカじゃないですかぁ?どうですぅ?半殺しにされて気持ちよかったですかぁ?」
「ぐっ…」
長い間気を失っていたアジ・ダハーカはコルの投げたポーションで原型を留めていなかった顔を癒し、中性的な顔を屈辱に歪めながらコルに告げる。
「勝手に心を覗いて済まなかった…」
「…その割にはまだ不服そうな表情ですねぇ…バハムート?」
「わかったのじゃ」
「ま、待て!!わ、悪かった…」
アジ・ダハーカは先程の悲惨な状況を思い出したのか立ち上がったバハムートを制止しながらコルへ頭を下げる。
「…ほんの少しだけ魔が差しただけなんだ…『仲間』というのが羨ましくなって壊したらコルがどうなるのか気になってしまっただけなんだ…」
アジ・ダハーカの動機を聞いたコルは自分の中が急激に冷めていく感覚を覚えながら笑顔で問う。
「…どうでした?貴方の気になった『仲間』を壊された後の私は?貴方が思い描いた通りの私でしたか?」
「す、済まなかった…もう…壊そうだなんて思わない…」
「…貴方が満足したのならよかったです。なら、私は皆さんと契約を済ませたのでそろそろお暇『ま、待ってくれ!』…何でしょうか?」
帰ろうとしたコルの言葉を遮り、アジ・ダハーカは中世的な顔を赤く染め、指と指を突き合わせながら恥ずかしそうに気持ちをコルへ伝える。
「わ、我もコルの…いや、母との契約をしたいんだが…」
恥ずかしそうに契約したいというアジ・ダハーカが面白く映ったのか、コルは笑い声を漏らしながら笑みを作る。
「ぷっ…くふふふ…アジ・ダハーカ?次に私の仲間をどうにかしようとしたら、あれじゃ済みませんからね?」
「わ、わかっておる…」
「ならアジ・ダハーカ。目を閉じなさい」
「こ、こうか…?」
言う通り目を閉じたアジ・ダハーカを確認したコルは身長が届かない事を察して靴を脱ぎ、椅子の上に立ちあがって優しく両頬を包む。
そして優しく額に唇を付け、アジ・ダハーカとの繋がりを描き、自分の中にアジ・ダハーカという悪の根源を感じながら思う。
悪の根源として恐れられ、少しでも歩み寄ろうとしても災厄を振りまいてしまう寂しがりのアジ・ダハーカ…強大な力を持つが故に優しく触れようとしても壊してしまう悲しいアジ・ダハーカ。
その悲しみも寂しさも全て背負い込み、新しい仲間として同じ気持ちを二度と抱かせないと誓ったコルは、アジ・ダハーカの両頬を優しく包み、額から唇を離して告げる。
「これで貴方は『私達の仲間』です。『寂しかったり悲しかったり』したら遠慮なく言うんですよ?」
「なっ!?母よ、何故それを!?」
「ふふふ。遠慮なく私の中を覗いたからお返しです。もう『仲間』なんですから、気になるならアジ・ダハーカも私の中を覗いてもいいですよ?」
「ぐぬぬ…!!もう契約は終わったのであろう!?我はもう行く!!」
アジ・ダハーカは真っ赤な髪色と同じ様に顔を赤く染め、背から生やした翼を傍目かせて飛び去ってしまうが、コルはその背を楽し気に見つめながら見守っていた神龍達へ伝える。
「貴方達も寂しかったり悲しかったりしたら遠慮なく言ってくださいね?」
コルは新しく仲間となった神龍達の楽しげな声を聞き、嬉しそうに笑みを浮かべながら自分の興す国を思い描いた…。




