神龍達のお茶会
「ふあぁ~…昨日ははしゃぎ過ぎた…」
部屋の窓から朝日が差し、眩しさで目を覚ました千棘は昨日の出来事を思い返しながらお風呂場に向かって行く。
「まさかリライアと同じ規模の土地を手に入れただけじゃなく、ノエルまで引き抜き出来るとは思わなかったなぁ…」
土地の開拓を何時から始めようか考え、お風呂に入ろうとすると擦りガラスの向こうに人影が見えた千棘はぎょっとしながら脱衣所を確認し、女性が入っていない事を確認して胸を撫でおろす。
「危ない…こんな所で覗きなんて堪ったもんじゃない…」
「あん?この声ちーか?」
突然擦りガラスの向こうから名前が呼ばれるが、千棘は自分の服を脱ぎながら声の主へ返答する。
「うん、鏡、僕も入っていい?」
「おう。たまには裸の付き合いでもしようぜ」
千棘は入浴の許可を得ながら擦りガラスの扉を開くと浴槽から立ち込めた白い湯気が逃げ場を求める様に脱衣所へ流れ、千棘を向かい入れる。
広い浴場…白い湯気の向こうに20人以上が同時に入れてしまうような湯舟の縁に腰を掛けた綺麗な金髪の美丈夫、六月一日 鏡が手招きしているのを見て千棘は身体を軽く流しながら近づき、言葉を交わす。
「鏡が朝風呂なんて珍しいね?」
「ん?まぁ…昨日騒いで酒が抜けてない感じだったからな」
「鏡もか。昨日はお風呂に入る前にダウンしちゃったからシーツとかも洗わないといけないし…エル、デルごめんよ…」
「まぁ、それがあいつらの仕事だしいいんじゃねぇか?」
「いくら仕事だからって感謝を忘れたらダメだよ。…そういえばあれからどうなの?」
「あん?あれからってどれの事だよ?」
「セイラーンだよ」
「あ~…んー…どーなんのかはわかんねぇけど…俺様はちーについてくからエルフの王になるつもりもねーしな。そこはセイラーンの頑張り次第だろ?元々ただのエルフになりてぇって言ってたのはセイラーンだしな」
「そっか。…あんまり僕に縛られなくていいんだよ?」
「ばぁか、別に縛られてねーよ。俺様がそうしてーからしてるだけだ。ちーは何も気にしねぇで前だけ向いて走ってろ。何か落としたら俺様達が拾ってやっからよ」
「…わかった、そうなったら頼むよ」
「おう…つーかよ?ちーこそどうなんだよ?」
「うん…?僕?」
「あん?誰を選ぶかって意味だよ」
「誰を…ああ、その話か…」
「昨日のパーティーで粗方わかっちまったけどよ…ちー…後ろから刺されんなよ?」
「後ろから…」
「フェイナ、ユリス、ルノ、フィーヤ…それと意外だったがユーラン…エルリとアルメラはそんな感じしなかったけど、おめー…ノエルにもちょっかい出したのか?」
「は、はぁ!?な、何でノエルまで出てくんの!?」
「立ち聞きした程度だからわかんねーけど、ノエルが欲しいとか言ったのか?えらい嬉しそーに言ってたぞ?」
「それは確かに欲しいって言ったけど…内政を任せられる様な信用できるノエルが欲しいって意味だよ…」
「ああ、そう言う事か…んじゃぁ誰を選ぶんだよ?」
「選ぶ選ばないっていうか…正直な話、今は建国の事とかクラウディア・パレスとかの事で頭がいっぱい過ぎてそう言う事を考える時間がないって感じかな…」
「はーん…まぁ、ちーが決める事だからうるさく言わねーけどよ?待ってる奴の身にもなってやれよ?俺様の説教はこれで終わりだ」
「…うん、そうだね…鏡の言う通りだ。全てが落ち着いた時にちゃんと答えを出せるようにするよ」
「おう。んじゃぁ丁度話に出たクラウディア・パレスについて話すか?」
「そうだね~…他種族を受け入れず、同族でも自分達と同じものじゃなきゃ受け入れない…正直突破口が見つからないんだよね~」
「確かに聞く耳持たねーなら話しようもねーしな…」
「それに翼人族にとっての幸せがわかんないんだよね。ピュリエットの話だと住んでいる場所は崩れた石造りの家…滅びた街…何を求めているのか…一応ピュリエットにクラウディア・パレスに戻ってもらって探ってもらってるけど、多分この問題はかなり後の解決になるかなー」
「そうか…っと、わりぃ、これから授業だから先に上がるわ」
「ん、頑張ってきてねー」
「おう」
鏡は濡れた髪を絞って水気を取ってそのまま脱衣所に向かって行くのを見届けた千棘は浴槽から上がり、身体を洗う為にシャワーの前に移動する。
「んー…どうするかなぁ…まぁ、今はこなせるところからこなしていくしかないか。…今日は戦力を勧誘しに行くか!」
千棘は三人分の身体を洗いながら建国までにこなしておかなくてはいけない予定の一つである戦力確保の為に必要な事を考えていく…。
■
「む?母上だけか?」
「そうですよぉ。みんなには指示して別の作業してもらってますからぉ」
「そうなんじゃな。…ならわらわと母上だけであ奴らの元にいくとするかのぅ。母上、わらわの手を握るのじゃ」
お風呂を済ませた後、千棘はコルの姿になって自分の居室でバハムートを召喚していた。
バハムートはコルに自分の手を握る様伝えると目を閉じながら深く集中し、コルの居室の中に神聖とも邪悪とも感じ取れない荒々しい魔力が充満する。
「なんだか嵐の中にいるみたいですねぇ…」
「そうじゃのぅ…龍の魔力は善とも悪とも似付かぬ故、ちとばかり母上に窮屈な思いをさせるかもしれんが…」
「気にしなくていいですよぉ。バハムートのお友達がいる場所はどんな所なんですぅ?」
「うむぅ…別に友達というわけではないんじゃがのぅ……何でもあるが何もない場所…形があっても形が無い場所…一言で言ってしまえば母上の常識が全く意味を成さない異空間じゃな」
「へぇ…俄然楽しみになってきましたねぇ…」
「ただ…」
バハムートはコルの目を見つめながら真剣な表情を浮かべて心配そうな声色で告げる。
「母上…あ奴らの前で絶対に気を抜いてはならんぞ?あ奴らの存在圧は凄まじいモノじゃ…生半可な覚悟であ奴らの前に出てしまえば何もせずに母上の存在という概念があ奴らの存在圧にかき消されて消滅するんじゃ」
「存在圧…目の前で気を抜くと概念として消滅するぅ…ふふふ」
「ど、どうしたんじゃ?やっぱりやめておくか?母上」
バハムートの忠告を受けたコルは自然と口から笑い声が漏れ、気が動転してしまったのではないかと心配したバハムートが止めようとするがコルは目つきを鋭いもの変えて普段の口調も変えながらバハムートへ覚悟を伝える。
「私はこの世界を平和にする覚悟があります。こんなのは『寄り道』にしか過ぎません…私の進む覇道には障害が付き物…ならその全てを薙ぎ払って掬い取り、進み続けて見せます」
コルの言葉を聞いたバハムートは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐにコルと同じ様な凄惨な笑みを浮かべる。
「流石は母上じゃ!万が一もないのぅ!では参るとするか神龍達の元へ!」
「ええ、お願いしますバハムート」
バハムートの一声によって居室に充満した嵐の様な荒々しい存在感を醸し出していた魔力がバハムートとコルを包み込み、二人の存在を居室からかき消してしまう。
荒々しい魔力はコル達の姿をかき消した途端、何事もなかったかのように霧散し、居室には元の静けさが戻る。
すると居室の扉から二人の人物が慌てた様に入室して大声を上げる。
「千棘様!?ご無事ですか!?」
「千棘様!!どちらに!?」
エルとデルが自分達の主であるコルの姿を探すが部屋の中に人影らしいものは見当たらず、誰かに荒らされた様な状況も相まって二人の不安を掻き立てる。
「急いで皆様にお伝えを!!」
急いで仲間達に通信で報告しようとしたエルはデルの気の抜けた様な制止で通信する事を止める。
「…エル、通信はしなくて大丈夫みたいですよ」
「デル!?何を言って……はぁ…そう言う事でしたか」
デルがエルの目の前に突き出した一枚の紙…そこにはコルの字で「神龍の元に行ってきます。夕飯はハンバーグがいいです」と書かれていた。
「…事前に仰って頂ければ慌てずに済みましたのに…」
「そんな事言ってないでお部屋を片付けてしまいましょう、エル」
「そうですね。早く済ませてハンバーグでも作りましょう」
「…エル?わたくしも料理が上手くなりたいので…もう一度教えてもらっても?」
「…ええ、いいですよデル。苦手を克服しようとするのはとてもいい事です」
「なら、エルは虫嫌いを何とかしないといけないですね?」
「なっ!?何故それを!?」
「お屋敷の掃除をしている時、窓から入ってきた小さい虫にきゃっ!?って悲鳴上げてましたよね?」
「見ていたのですね…虫嫌いはどう頑張っても治りそうにありません…それに、一つぐらい欠点があった方が女の子は可愛いものです」
「ならわたくしの料理が下手というのも可愛い要素に含まれるのですね」
「…頑張って虫嫌いを直そうと思います…」
天使と悪魔のメイドは散らかった居室を片付けながら自分達の苦手な事を語り合っていた…。
■
コルは身体がバラバラになりそうな荒々しい魔力に包まれながら、必死に意識が飛ばない様にしばらく堪えていると身体を包み込んでいた魔力が無くなる。
悲鳴を上げている身体を落ち着かせ、ゆっくりと閉じていた目を開くと白とも黒とも言えない色の曖昧な、何かがあるようで無い不思議な空間が見えた。
「ここが…神龍の居る場所…?」
「うむ。ここにはわらわとは別の神龍がおる場所じゃ。簡単に言ってしまえば家というか待機場所みたいなもんかのぅ」
「バハムートはいつもこの場所から召喚されているの?」
「そうじゃ。ここは本当につまらんからのぅ…」
すると突然曖昧な空間が色付いて空と草原を作り出し、その奥から山としか例えようのない巨大な神龍が六体、コルとバハムートを取り囲む様にこちらに近づいてくる。
「あ、あれがし、神龍…」
遠くにいてもわかるバハムートが言っていた存在圧…圧倒的な強者…バハムートと獣神化さえしていれば対等に戦えるかもしれないが、獣神化していないコルにとっては恐怖以外考えられなかった。
自分の意志と反して足が震え、鼓動が早まり、身体中から汗が噴き出て今すぐにでも逃げ出してしまいそうな身体を無理やり押さえつけ、コルは此処に集まる神龍達の中で唯一の味方…バハムートの手をきつく握りしめて堪える。
するとバハムートは怯えているコルに気付き、安心させるように手を握り返しながら言う。
「心配無用じゃ。わらわがついておるでな。…それにあ奴らは母上の事を甚く気に入っておるし、危害を加えようもんならわらわが容赦せん。母上はいつも通りの母上で接するのじゃ」
バハムートの言葉が何の抵抗もなく胸に内に入り込み、不思議と不安感が無くなったコルは深呼吸をしながら流してしまった汗を拭い、痙攣している足と胃を強く殴りつけ、頬を思いっきり叩いていつもの自分を取り戻していく。
「…ありがとう、バハムート。貴女のおかげで何とか冷静になれました」
「よいのじゃ。母上は他の二つの身体の様に頑丈じゃないしのぅ。獣神化せずにあ奴らの存在圧を浴びて、わらわの声掛けだけで立ち直れるなら大したものじゃ。…そろそろここに辿り着くようじゃし、わらわが先に挨拶をする故、少し待っていて欲しいのじゃ母上」
「わかりました。…出来るだけ早く戻ってきてくださいね。一人じゃまた震えそうで…」
「うむ。すぐ戻るのじゃ」
バハムートはそう言うとアエリアの様な姿を変質させ、元の漆黒の鱗に包まれた巨大な神龍の姿に戻り、強く羽ばたいて空へ飛び立つ。
すると一直線にコルへ向かっていた神龍達は上空にいるバハムートに向けて進路を変え、コルから豆粒にしか見えない高さまで登っていき、七体の再会を果たす。
しばらくの間、バハムートを中心に丸く集まった神龍達を見つめていたコルは鋭い爪が手のひらに食い込み、小さく血を滲ませているのにも気付かずに拳を握りしめて神龍達の姿を見守っていると上空にいるはずの豆粒姿の神龍達が消える。
「え…消えた?どこに…」
自然と漏れてしまった声と共に姿を消した神龍達を空を見渡して探しているとコルを目がけて七つの何かが落ちてくるのに気付き、コルは目を凝らしながら落ちてくる何かを見つめる。
「母上ー!!お待たせなのじゃー!!」
するとアエリアの様な人の姿に戻っていたバハムートが漆黒の翼を広げながらコルの元に着地し、腕を広げて満面の笑みでバハムートの後ろに着地した6人の紹介をする。
「母上、あ奴らが神龍達じゃ!一体ずつ紹介するから安心するんじゃよ?まずは…」
「私から紹介してくれるー?」
綺麗な水色の髪を背中の中程まで伸ばし、耳にかける仕草をした女性がバハムートとコルに近づきながら言う。
「ほんにお主はせっかちじゃのぅ…母上、こやつは神龍リヴァイアサンじゃ」
「神龍リヴァイアサン…」
「よろしくねー?コルちゃん」
コルより30㎝程高い…180㎝程の長身で上から殺気の籠った視線を向けながら威圧する様に覗きこまれ、見下ろされたコルは恐怖で怯え暴れている心を表に出さずに少し強気な表情を作りながら言う。
「ええ、よろしくお願いしますね、リヴァイアサン。…首が疲れてしまうから少ししゃがんでくれます?」
「ふーん…?」
するとリヴァイアサンは不思議そうな表情を作りながらコルの周りを一回りしながらじろじろと観察し、最後にコルの赤ずきんの様な服のスカートを後ろから捲り、驚いているコルへ問う。
「ちょ!?な、何をするんです!?」
「コルちゃんさぁ…何色が好きー?」
「は、はぁ!?」
まさかこのタイミングでスカート捲り…男であるのに貴重な体験をしてしまった事に驚きながらも頬を染めたコルは、声を荒げながらスカートを押さえてリヴァイアサンから距離を取る。
「な、何で今そんな事を聞くんです!?というより何でスカートを捲るんです!?」
「んー?そんな事よりー、コルちゃんは何色が好きなのー?」
コルはこちらの話を全く聞くつもりのないリヴァイアサンを睨みつけながら溜め息を吐き、好きな色を答える。
「…特別好きな色があるというわけじゃないですが、強いて言うなら黒ですね…」
「ふーん?じゃあ今日は勝負パンツって事ー?」
「なっ!?何を言ってるんですか!?」
「ほれ、リヴァイアサン。あんまり母上をいじめるでない…すまぬな母上。リヴァイアサンはこういう奴なんじゃよ…気に入った者に対して何でも知りたくなってしまうせっかちな奴でな…」
「知らない事を知ろうとするのはいい事だよー?」
まったく悪びれもせず、距離を取ったコルに近づこうとするリヴァイアサンをバハムートがコルを背に庇いながら止める。
「後でいくらでも好きに話すがいい。じゃが、今は皆の紹介が先じゃ。リヴァイアサン、母上のスカートを捲った事を謝るんじゃ」
「ふーん。コルちゃんごめんねー」
「え、ええ…」
バハムートの言葉でコルに謝ったリヴァイアサンは何もない草原に丸テーブルを創造し、丸テーブルに置かれていたお菓子を摘まみ始める。
「まったく自分勝手じゃのぅ…次は『はいはい!僕を紹介してよ!』…わかったのじゃ。母上、こやつは神龍ヴリトラじゃ」
「初めましてコルちゃん!ヴリトラだよー!」
バハムートの言葉を遮り、紹介してと強請った少年の様な声…神龍ヴリトラは少年の声に相応しい120㎝程の小さな身体で灰色の少し長めな髪を揺らし、コルへ勢いよく抱き着きながら自分の名を告げる。
「え、ええ…初めましてヴリトラ」
コルはいきなり飛びついて来たヴリトラを抱き留めて挨拶を交わすと満面な笑みを浮かべながら離れ、リヴァイアサンの隣に座って同じくお菓子を摘まむ。
「ヴリトラはなんというか…うむ…人懐っこい犬みたいな感じじゃな」
「そ、そうなんですね…」
バハムートはヴリトラを見ながら犬の様な神龍と伝え、神龍とは一体何なんだろうと思うコル。
「うん?僕の紹介終わったから早く次紹介してみんなでお菓子食べよーよ!」
「う、うむ、ヴリトラの言う通りじゃな…母上、次はこやつじゃ」
バハムートは気を取り直して人化した神龍の一人、茶色の短い髪に巨大な岩を思わせるような屈強な身体つきをした190㎝程の大男に手を向けながら名をコルへ伝える。
「こやつは神龍ベヒーモスじゃ。かなり無口じゃから声を聞きたいんじゃったら根気よく話しかけんと喋ってくれん」
「そ、そうなんですね…よろしくお願いします、ベヒーモス」
「…」
無口なベヒーモスに挨拶をしながら手を差し出したコルは小さく頷いて小さな手を潰さない様に優しく握ってくれたベヒーモスに心が温まった様な感覚を覚える。
手を解いたベヒーモスはバハムートに視線を向け、小さく頷いてからヴリトラの隣に座り、腕を組みながらお菓子ではなくお茶に口を付け始める。
「…何だか安心感がありますね?」
「うむ。ベヒーモスはいい奴じゃぞ。わらわがあ奴の声を聞いたのは根気よく話しかけ続けて5000年ぐらいじゃったかな…」
「ご、5000年…と、とっても無口なんですね…」
神龍と人類の時間間隔の違いに打ちひしがれているとバハムートが次の神龍を紹介しようとするが…
「次は…『私だな』…」
「初めましてコル。私はリンドヴルムだ」
「え、ええ…初めましてリンドヴルム」
身長180㎝程で真っ白な長髪の前髪をかきあげながら、爽やかな笑みを浮かべて自己紹介したリンドヴルムにやや面食らってしまったコルは言葉に詰まりながらも挨拶を返す。
するとリンドヴルムは女性なら一目惚れしてしまいそうになる顔をコルへ近づけ、囁くように言葉を発する。
「コルも私の美貌にやられてしまったのかい?…全く罪作りな私だ…でも安心して。私の美貌に見惚れるのは自然の摂理…コルの抱いてしまった恋心は何も間違っていないよ」
「…」
あまりにもキザったらしく仰々しい身振り手振りをするリンドブルムを見たコルは絶句してしまい、それを一目惚れした、恋をしてしまったと勘違いされてしまう。
「ほれ、リンドヴルム。お主の気持ち悪さで母上が絶句してしまってるじゃろう。挨拶が済んだならお主も席についておるんじゃ」
コルの気持ちを正確に理解してくれたバハムートがリンドブルムに歯に衣着せぬ物言いで言い放つと、リンドヴルムは爽やかな笑みのまま指を左右に振る。
「違うよバハムート。コルは私の美貌にやられてか弱い子犬ちゃんになってしまったのさ。まったく私の罪作りな美貌は加減を知らない…ああ、なんて罪深い私なんだろうか…」
悲劇の主人公の様に自分の美貌に酔いしれたリンドヴルムはコルの手を取り、手の甲に触れるか触れないかの距離でキスをする仕草をしてからリヴァイアサンの隣の席に無駄に優雅に腰を下ろし、無駄に優雅な手つきで紅茶を含み、無駄に優雅な仕草でお菓子を口へ運ぶ。
「…っ!?!?」
リンドヴルムにあっけに取られていたが、何をされたのか察したコルは全身を這うようなむず痒くも気持ち悪い感覚に全身の毛を逆立たせ、ブルブルと身体を震わせる。
いつもふわふわな水色の尻尾も逆立って倍以上の大きさになってしまうが、バハムートがコルの尻尾を優しく撫でつける。
「す、すまなんだ母上…リンドヴルムはああいうやつなんじゃ…ほれ、尻尾が凄い事になっておる…」
「あ、ありがとうバハムート…」
何度目かわからない感謝をコルが告げると、バハムートはリンドヴルムの事を忘れる様に咳ばらいをして残りの神龍達の紹介に移る。
「んんっ!!…さて、次は…お主じゃな」
バハムートは残り二人の内、先に紹介する方を決めてコルの元におどおどした少女の手を引きながら連れてくる。
その少女は身長150㎝程で紺色の長い髪で顔を隠すようにしており、前髪に隠れている目元にはメガネの様な物がかけられていた。
少女は言葉に詰まりながらもメガネと前髪越しでコルを見つめ、名前を明かしてくれる。
「わ、私…ふぁ、ファフニールです…よ、よろしくお願いします…こ、コルさん…」
今まで紹介された神龍達の中で特に変わった毛色のファフニールを見たコルはファフニールの手を取りながら優しく挨拶をする。
「ええ、よろしくお願いしますファフニール」
「!?」
するとコルが取ったファフニールの手がビクリと震え、あたふたしながらも頭を何度も下げてベヒーモスの隣の席へ腰を下ろす。
ベヒーモスは隣にファフニールが来たことに気付いて何も言わずにお菓子を取り分けてファフニールに渡し、そのまま無言でお茶を飲み始める。
ファフニールはベヒーモスに何度も頭を下げながら自分用に用意されたお菓子に口を付け始め、その光景を見守っていたバハムートとコルはほっこりした気持ちを抱く。
「見ての通り、ベヒーモスとファフニールは仲良しなんじゃ。ファフニールは激しい人見知りじゃから、母上は優しく接してくれると助かるのじゃ」
「ええ、わかりました。…それにしても見てて安心する二人ですね…」
ベヒーモスとファフニールを見守っていたコルとバハムートに、言葉も発さずに近づいてくる最後の神龍が口を開くと同時に並々ならぬ殺気をコルへ放つ。
「…キサマがバハムートの召喚者であるコルか…」
「っ!!」
最後の神龍…身長170㎝程で赤い髪色の男性とも女性とも判断がつかない中性的な顔を持つ神龍から放たれた殺気はコルのベヒーモスとファフニールにもらった心地のいい気持ちをすぐに恐怖で塗りつぶし、身体と心が今すぐにここから逃げ出せと警告を発する。
最初に当てられたリヴァイアサンの殺気など、子供のお遊びにしか思えない圧倒的な殺意、心が挫ければたちまち身体が生きる事を諦めて心臓を止めてしまうような殺気…視線だけで生物を殺す事が出来る事を体現する様な神龍は言葉を続ける。
「キサマは何故、我々の前に姿を現した?」
「おい、お主…母上に何をするつもりじゃ。それ以上母上に何かするなら例えお主でも容赦は…」
バハムートもコルに殺気を向けている神龍に負けない程の殺気を放ちながら言葉を発するが、名も知らぬ神龍がバハムートの顔に掌を向けて制止する。
その意図を理解したバハムートはそれ以上言葉を発する事なく、腕を組みながら静かにコルと神龍のやり取りを見守り始める。
「答えろ。キサマは何故、我々の前に姿を現したんだ?」
先程以上の殺気を纏った視線と言葉…それを浴びているコルはもう意識を手放し、生きる事を諦めたい気持ちが心を支配する。
それでもコルが震えながら立ち続けていられる理由…生きる事を諦めたいと思った時に脳裏に過った仲間達の顔…ここでも仲間が自分の事を支えてくれているという気持ちを胸に、射殺さんばかりの視線を向けている神龍へ声が震えるのも気にしないで理由を告げる。
「わ、わわ…私は!…ぜんしゅぞっ…全種族がてをと、手を取り合う国を…国を興すた、為にここにいます…っ。そ、その為に貴方達…し、神龍達の力が、ひ、必要なんです…」
言葉に詰まりながらも自分がここに来た理由を告げれたコルは後ろに走り出しそうな足を鋭い爪で突き刺し、歯を食いしばりながら神龍の返答を待つ。
「何故、我々の力が必要なんだ?我々の力を使って全ての国を滅ぼし、お前が世界を征服して一つの国へと塗り替え、王としての力を使い、手を取り合うよう強制し、平和を作り上げる為か?」
「ち、ちがう!!そ、そんなのは真のへ、平和じゃないです!」
「なら何故、我々の力を欲する?」
だんだん強まっていく殺意にこれ以上耐えられないと悟ったコルは全気力を振り絞りながら最後の言葉を神龍へ放つ。
「今後現れるかもしれない魔神に対抗する為の防衛力として!!私の興す国で手を貸して欲しいんです!!」
そう叫んだコルは地面が迫ってくる光景を最後に意識を手放す…。
バハムートは前のめりに倒れ込むコルの身体を優しく受け止め、抱き上げながら殺気を向けていた神龍へ忌々しそうに言葉を吐き捨てる。
「アジ・ダハーカ!!お主はやり過ぎじゃ!!母上じゃなきゃ死んでおるぞ!!!母上の覚悟は前もってわらわがお主に伝えておっただろう!!!」
バハムートにアジ・ダハーカと呼ばれた神龍は顔を不機嫌そうに歪めながら言う。
「本人の口から告げられぬ想いなんぞ、何の証明にもならん。百聞は一見に如かず…コルが居た世界で言われていた諺というやつか…なかなか的を得ている」
「お主…無理やり母上を覗いたな…!?」
バハムートは殺気をアジ・ダハーカに向けて今すぐに殺してやろうと構えるが、アジ・ダハーカは愉快そうな表情を作りながら他の神龍が腰を下ろしている席へ向かって行く。
「なかなかいい…さっき言っていた言葉も嘘偽りがない事もわかった。…それにコルを支えているモノが自分自身じゃなく仲間達とはな…」
そう呟きながらリンドヴルムの隣に座って脚を組みながらお茶を口に含み、バハムートの腕の中で意識を失っているコルを見つめる。
「私の幸せな覇道…そう言いながらも真に願っているのは自分ではなく仲間の幸せ…自分を犠牲に仲間の幸せを願う…口だけなら何とでも言えるが、心の奥底…偽れない自分自身すらそう思っている。そういう者だけが人の上に立つ事が許される…くくく…まったくいいなぁ…」
自然と笑みがこぼれたアジ・ダハーカは言う。
「コルが起きるまでしばしの間、バハムートを含めて久しぶりの歓談でもしようじゃないか」
バハムートはアジ・ダハーカを睨みつけつつコルを大事そうに抱き、溜め息を吐きながらファフニールの隣に腰を下ろしてアジ・ダハーカへ怒気を含めて言い放つ。
「まったく…後でちゃんと母上に謝るんじゃぞ」
「ああ、わかっているとも」
バハムートの言葉にアジ・ダハーカは頷き、コルが意識を取り戻すまで神龍達のお茶会は開かれた…。




