第一話 「ド素人ゲーマー瑠璃、そそのかされる」
実は、そのVRMMORPGと私とは、まるで無関係なわけではなかった。
仕事がらみで、そのゲーム――DDBオンライン、と縁はあった。
でも。いやだからこそ。
私は一線を置くように勤めた。世間でやけに騒がれていても。仕事であるから、一定の距離を保ってゲームのことを考えるというのは当然だ。
それでも、クライアントの連中はずいぶん気のいいひとたちだった。だから、このゲームも悪いものではないのだろうな、と思ってはいた。
んで。
今、私の手元には、DDBオンライン専用のギアがある。ヘッドマウント型の一般的なギアだ。近未来的、というよりは、いささかロートルな無骨でシンプルなデザイン。
「どうせだからやらねえか?」
と私の仕事の相棒、風上西乃助は言った。
「瑠璃、おまえ、暇だろ」
「決めつけないでほしいなぁ。私はバリバリのベリービーズィなキャリアウーメーンであるからして……」
「やかましいわ、ぶわっはっはっは」
超イケメンのくせして、こいつは豪快に笑う。もっとも、線の細い顔の作りというよりは、それなりにアクの強い、鷹のような鋭さを持った作りだ。ワイルドってやつ? 髪も量があって癖っ毛だ。
つるりとしたイケメンに食傷気味な世間のガールズには大層ウケがいい。しかしまあ、それとは別の、トレンドを超越した存在感がこいつにはあった。
長身(190cmくらい)を折り曲げるようにして、私のアパートでいつものダラダラ話をしていた最中に、荷物からこのVRMMO用のギアを取り出して、西乃助は言ったのだ。
「まあいいだろ、俺たちもこの一件で、忙しいのは終わったんだ。それともなんか? ギャラに不備でもあるか?」
「うんにゃ。それはないけど」
私――橋場瑠璃は、西乃助の言葉にかぶりをふる。
「ならいいじゃん、楽しもうぜ。どうせ役得だ」
「本来高いんでしょ、これ」
「まあなあ。一般的なゲーム機にイロつけた程度だ」
「一般的なゲームってどれくらい?」
「あーそうか、おまえゲームしないんだもんな。そればかりかテレビも見ない。なるほど、ビデオゲームから一番縁遠い人間だったわ」
そしてまた笑う西乃助。基本的にこいつは快活な性格だ。だからモテる。男女問わず。
「でもまあ、老婆心ながら、やっておいても悪くないと思うぞ、ナウなヤングのムーヴメントに触れるっていうのは、俺たちエンタメ業界に身をおいてるものとして」
「結構てきとーに言ってない?」
「バレテーラ! はっはっは。でもまあ、楽しいぞ、これ」
「え、やってるの?」
「βテスターだからな」
「βテスターってなに?」
「おいおいそこからかよ。要するに、このゲームがまだ完成品じゃない、ってときに、ユーザを募ってテストプレイヤーをかき集めたわけ。俺はそのときからの古参プレイヤーだっちゅうの」
「へえ」
「十子なんてもっとだぞ。あいつ俺らの業界んなかじゃ一番のゲーマーだからな。もう廃人だな、ありゃ」
十子、というのも、私の仕事仲間である。いつも突貫元気少女が、一番のゲーマーというギャップがおもしろかった。
「みんなやってるんだ」
「だからこそ、俺らにも仕事が回ってくるんだろうなぁ。それくらい、このゲームの開発規模は大きい……よって、このゲームの世界の規模ってのも、大きいわけだ」
「……ねえ、ほんとなの? この世界と同じくらい大きい、って。このゲーム」
「ああ。それだけは保証する。世界観、システム、キャラメイキング……今やカオスになってるこのゲーム。そのカオスさがそもそもあるのが、基本情報量がハンパじゃねー、ってことだ。器ってもんを考えればいい。パフェの器にはそれ相応のものしか詰め込めねえが、どんぶりには山と入れられる。それがお盆だったらどうだ、テーブルだったらどうだ?」
こいつの例え話は突飛な連想をいつもする。でも感覚的になんとなくわかったような気になってしまうから不思議なものだ。
私は考える。
まあほとんど答えは決まっているようなものだけど。
「何やってもいい、ね」
「そう、DDBオンラインは、何をやってもいい。バトルしてもいいし、町で生産やってもいい。神話のようなクエストに身を投じるのもいいし、ただ町でネギ引っこ抜いてるのもいい」
「落差が激しいなぁ……でも」
「ん?」
「私の夢……かなうのかな」
少し不安になる。
でも、西乃助は、ものすっごい頼りになる笑顔を浮かべて、いうのだった。
「もちろんだ! 俺を信じろ!」
……こういうときの西乃助は、いつものてきとーさと比して、誰をも圧倒し、誰をも納得させる覇気を放つ。だから、こいつは私たちのリーダーなんだ。
よし、わかった。
やろう。
「とはいっても、私、初心者なんだけど。ゲームはまるで」
「まあおいおい教えていこう。さすがにRPG……いや、ゲームのド素人を、野っ原に放り出すのは善意がとがめる」
「うん、西乃助をそこまで鬼畜だと思いたくない」
「とはいっても、これはVRMMOだしなぁ。結局、ログインしてしまえば、実際の世界感覚の延長で動くようなもんだし」
「そうなの?」
「いくつか能力は拡張されるがな。ゲーム的に。まあそれは実地で体験していったほうがいいだろう――んじゃ、やろうぜ」
そういって、彼は自前のギアを頭にセットする。そして私のベッドに寝っころがる。
をい。
「何勝手に私の安逸なる寝床に」
「いいじゃんかよ、別に。ギアは心身のリラックスも促す設計になってるから、椅子に座っていても大丈夫だっての」
「おめーさんが一番リラックスしてんじゃないの」
「まあ堅いこと言うな。んじゃ、はじめるぞ」
話が通じやしない。まあいいや。
私はギアをつける。すると、暗闇の空間で、私の目の前に、いくつもの画面が浮かんできた。
「これから、キャラメイキングをします」
……さてさて、ド素人ゲーマー、大丈夫ですかね?




