第九話 「はじめてのアイテム、ワルスベルグの町(2)」
初心者向けのショップを出て、私とゼファーとトルゼは、まず町をざっと周回することにした。それから町の外 (フィールド)に行って、戦闘をするらしい。
それにしても……
「ホント西洋ファンタジーだね」
町は、私たちのいる現代ジャパーンとは違い、あくまで西洋風の町並みにそろえられている。煉瓦づくりが基本で、足下の道も、石畳で舗装されている。
この町は、前にも見たとおり、煉瓦づくりの壁に囲まれている町で、半ば城塞都市っぽくもある。
……城塞都市? 私はそこでふと思った。
「この町って何かに襲われることあるの?」
すると、私のそばの二人はニヤっとして、
「さすがだな、そこに気づくとは」
「あのね、お姉ちゃん、基本的にはこの町は安全なんだけど、突発的に起こるクエストによっては、モンスターが攻めてくる場合があるんだ」
「って、危なくない?」
「んにゃ、その時期は前もって知らされるし、それはレイド (大規模戦闘)として、この町にすむひと全員のクエストになるんだよ」
「なんのためにそういったのがあるんだろう……」
「簡単に考えろ。レイドがあれば、それだけ各ギルドも戦闘の機会が増える。おもいっきり共同で暴れられる、な。それで経験値荒稼ぎって寸法だ。それに、生産職にとっても利益大だ。そういった戦闘チームをヘルプすることで、濡れ手に泡的に稼ぐことが出来る」
「はー、ほとんど戦争の軍需ですな」
「アレな例えだが、まあシステム的にはそういった感じだ。それに、このことによって、町の結束、各ギルド間の結束も固まったりする。もっとも、これでトラブる傾向もないわけではないが……」
「そこを含めての、MMORPGなんだよ」
「と、いうことだ」
「なるほど」
いちいち、いろんなものに理由があるんだなぁ、と思う。考えられているゲームだ。
というか……ほとんど現実と変わらないようなプレイ感覚を誇るゲームなんだから、プレイヤーが知恵を絞るんだろうな。
ゼファーが感慨深そうにいう。
「ここ――ワルスベルグは、俺たちの町なんだ。ホームタウン。それだけに、愛着がある。ここいら最大の町で、基本の町だから、ということもあるけど、俺らが守ってきた、という自覚もあってのことだ」
「ふうん」
私はそもそもそういう愛着精神を……忌避してるわけじゃないけど、そもそも根無し草旅プレイをしようとしているから、そういうのに全面的にコミットするのは、たぶんないかもしれない。クールなようだけど。
でも、この町の雰囲気というのは、活発で、暖かかった。生き生きとしている。そして誰かを蹴落としてまで、という感じがない。なんとなく、それはこうやって町をふらふらしていて、各NPCや、プレイヤーの息づかいをみていたら、わかる。
悪くない町なのかもね。もちろん、みんなそれぞれの苦労はあるんだろうけど、さ。
私は、そんなワルスベルグの町を、二人につれられて、いろいろ観光する。そう、観光。いくら当面の私の仮宿とはいえ、ここもまたひとつの旅の舞台なのだ。
まず、ゼファーとトルゼは私を町の中心部にわりに近いところに連れてきた。
「ここが酒場だな」
「居酒屋とは違うの?」
何言ってんだ、という目をされるが、もう言葉に出すのも疲れたらしい。悪かったな。
「酒場は、情報源だ。いろんな旅人、いろんな冒険者が集まって、情報交換をするところだ。それはふつうのオフラインRPGからの伝統なんだよ」
「なるほど。だいたい、リアルの世界各地の要所にある、伝説的な旅人用施設、と同じようなものだね」
「そこまで大仰しいものじゃねえけどな」
ゼファーはほほえむ。
「それで、宿屋はここだよ」
次の区画まで行ったところで、トルゼが案内する。
「一から説明すると、宿屋っていうのは、HPとMPを完全回復するところ。それから状態異常も」
「寝りゃあ、世はすべてこともなし。あっさり全部回復するって寸法だ」
「リアルでもあったらいいのにね」
「……」
「……」
ものすごい渋い顔をする二人。気持ちはわかるよ。社会人辛いもんね。
「ところで……」
町を歩きながら、トルゼが私の顔をじっと覗き込んで尋ねる。ほら、前向きなさい、危ないったら。
「そもそも、花屋ってどういうことするんだろう」
それは素朴な疑問だった。私も逆に尋ねる。
「古参ゲーマーでも知らないの?」
「実装されたのが、つい先日って具合だからね。ユーザの間でも検討がされてない……いや、してるひともいるんだろうけど、さすがに数日じゃ、いろんな可能性ってものがわからないよ」
「まあ道理だよね」
「そもそも、そういうマイナー職を選ぼうって奴のほうが少ねえ。服飾師だったら、まだコスプレ系の需要があるだろうから、やってる奴もいるだろう。風水師もマイナーっていったらそうだが、これは【新しい魔法体系】の可能性があるからな。これもこれで魅力的だ。で、花屋……」
「パッと見、何かある、ってわけじゃなさそうだよね。完全に趣味系」
「趣味系?」
ゲーマー語が出ましたよ。
「ようは、ゲームの攻略に関係しないものってことだ。まあ、何をやってもいいってのがこのゲームなんだが、基本的にクエストは、【戦闘】か【生産】だ。モンスターとバトって報酬を得る戦闘職、アイテムの調合なんかで実験して新しいモンを生み出す生産職。花屋は……多分、多分、おそらく、生産職なんだろうけど」
「あやふやな形容詞を三回も使いおって」
「まあ、花屋に類似した職業では、【商人】っていう職業もあるんだ。でも、それはそれで、戦闘でも【所持金を使って特殊スキルを発動させる】といった技や、【知性を持った敵との交渉】っていう、かなり珍しい技を持っている、支援系の職業だわな。それは認知されてる」
「じゃあ私の花屋も……!」
おお、希望が見えてきたぞ!
しかし、
「お姉ちゃん、戦闘で花を売る気?」
「そこだわなぁ。むしろ比喩的にいったら、花を手折られないように守るのが俺ら戦闘職の役目だし」
「うまいこというなぁ、相変わらず」
さんざんコケにされてるのに、むしろ感心してしまう私だった。
「そうだ、初期装備、というか、キャラメイクのときにアイテム渡されなかった?」
「ああ、アレね。邪魔なんだ、正直」
「花屋に関連するものだろ……お前なぁ……」
「花とか種、といった園芸用アイテムを、通常配られる15倍、っていうことなんだけど」
「お姉ちゃん、ちょっと見せて見せて」
「いーよ……っていうか、私のアイテムボックスの中、見れるの?」
「お姉ちゃんが、私というキャラに対して【いいよ】って許可を思えば見せることが出来るよ」
「なるへそ」
ここでバカみたいに見せないというのは、本当のバカなので、見せる。私は言われたように意識を操作する。そしてトルゼに示す。
「ふーん……って! 何この種類!」
「だから15倍だっていう話でしょう」
「いやいやいや、いやいやいや! ゼファー、ちょっと見てよ! 【紺碧のカラス草】、【クラセッサ竜胆】の種、【花摘み姫の勿忘草】!!」
「ハァ!? おい、ちょっと待てよ!! そのアイテム群なんなんだよ!」
「どしたの二人とも」
いきなり異様なテンションになる二人にちょっとびっくりした。
すると、二人は神妙な顔をしていうのだった。
「ルルィ、ここにあるものは、よっぽどのことがない限り外に出すな」
「お姉ちゃん、盗人……じゃなかった、PK系のシーフに気をつけてね、こんなものばっかりあって……」
「だからどしたの二人とも」
「お前が持ってるモンは、どれも売ったら最低でも万のGはいきます」
「え」
「お姉ちゃんが初期で持ってるものは、生産クエストでの超貴重素材なんだよ! それこそ、使いようによっては、家が一軒買えるんだよ!」
「いや、単独で戦闘用のアイテムとして使っても、すげえ効果だ。使いようによってはレイドの状況変えるレベルの戦略的兵器並み」
「そんなに凄いんだ。どれも綺麗なお花みたいに見えるけどね」
二人は頭を抱えながらぶつぶついう。話し込んでるようにも見える。
「あー、花屋のメリットってこれかー。すげ。……でも、これらのアイテムが初期であっさり手に入る、ってことは、花屋っていう職だったら、やりようによっては俺らよりも簡単に手に入る、ってことだな」
「ねえお姉ちゃん、この町の専属の花屋にならない? お姉ちゃんだったら物凄い生産補助になると思うんだけど」
「却下。私は世界をくまなく旅したいの」
「うわー、宝の持ち腐れだ……」
「しょうがないね、お姉ちゃんだから……」
悪かったなぁ。
ざっと、主要な町の施設を見終える。
「……うーん、ざっとこんなとこか?」
「そうだね。必要最小限の施設の案内は。あとはお姉ちゃんが自分で探索するってことで。何といっても世界を旅するんだからね!」
「心遣いどうも。未踏の地を探索。そだね、それが旅の醍醐味だし」
「んじゃあ、平和な町に対して、危険の代表格、フィールド行くか!」
「危なっかしい言い方するなぁ」
そんなわけで、私たち一行は、とりあえず戦闘のイロハを (私一人が)学ぶために、町の外のフィールドに出るのであった。