第七十話 『互いに証明すべきこと』
マァモンが砂を巻き上げた。それをまともに受けた筒音は、夜空に投げ出された。
「筒音っ、大丈夫っ」
『こっちに構うなっ』
包女がそれに気をとられていると、
『いけませんよ、戦いの最中、余所見は』
マァモンがやれやれと言った風に首を振る。と、包女の周りの砂が集まり五体の人の形を成した。
「くっ」
『行きなさい』
マァモンの指示を受け、突進してくる。
包女は冷静に黒刀を横に払い、敵である砂人形を一陣のもと撃破する。しかし、止まらない。
弾けたのは上半身の部分だけ。下半身の部分、砂浜に付着している箇所はそのまま突進をやめないのだ。
やはり無駄だった。内心で思いながら、自分も空へと避難した。
敵の狙いはそれにあると知りながら。
『包女、来るぞ、備えろ』
筒音が叫ぶ。包女も頷いて応える。わかっているのだ、相手が砂の竜巻を使って攻撃することは。
『ご期待通りに』
マァモンは穏やかに笑みを浮かべながら、手を滑らかに動かし指揮するように砂を集め始めた。瞬間、風圧とともに二人目掛けて竜巻くものとなった。
「……っ!」
『ぬぬ』
それぞれ魔術と妖術の炎をよって直撃を避けた。それでも妖怪である筒音はともかく、空を自由に飛べない包女は着地が上手くいかない。充分に致命的だ。
マァモンはゆっくりと手を滑らせる。その動きとは裏腹に、一撃一撃が激しい砂の刃となって二人を襲う。
『ええい、面倒じゃ…包女、ちと飛んでいろ』
「飛んで?わかった」
ちまちまと避けていたが、筒音が叫んだ。理由はわからないが、包女はその言葉に従った。
『これで、どうじゃぁっ!』
包女が全力で跳躍するのを見届けると、それを追おうと伸びようとする砂もろとも、筒音は妖力をぶつけた。そしてそのまま、「超越変化」を上書きするように押し付けた。
すると、彼が妖術で操っていたこのあたり一帯の砂たちが、さらさらとその形を崩して散っていった。
『あなたもまだそれだけの妖力を残していたのですね』
『フン、当たり前じゃ。というか、始めからこうしておれば良かったわい』
澄ました顔で宣うマァモンに、鼻息を荒くして答える筒音。流石に彼の妖術により操られいる砂を全て上書きするのには、最初の意地の張り合いのような勝負事のあとではきつかった。だが、そんな態度を見せるのは面白くない。少しでも平静を、せめて怒りに任せたような悪態にしたい。
そして彼女たちの反撃は続く。
『道は作ったぞ』
「うん」
上空に飛んでいた包女が斬撃と共に舞い戻ったのだ。
音もなく夜空からの一振り。マァモンの体が真っ二つに別れる。やった、などと思っていられない。次に横、斜めと繰り返す。マァモンの体は面白いようによく切れる。
まるで、自分から別れているように。
「…やっぱり手応えがない…豆腐でも切ってるみたい…」
『本当に豆腐なら、とうに食ってやるのにな…残念じゃ』
後退して苦言を漏らす。シシシ、と喉を鳴らして筒音も応えるが、その目は笑っていない。
またか。二人の顔にはそう書かれていた。
また、再生するのか。その想いを反映するように、ばらばらになったはずの彼の体は一つのところに戻っていき、彼を形成する。
実のところ、マァモンに刃を当てたのはこれが初めてではない。もうすでに、四回目になる。その度に彼はあのように再生してきたのだ。かなりの脅威だ。
しかし包女にとってはもっと恐ろしいことがあった。それは再生の仕方だ。
ばらばらになった体は一度集まって四角錘になる。それがくるくる回りながら、形を思い出すように手足が伸びてくるのだ。その途中が、物語に出てくるような宇宙人や化物のようでどうにも生理的に受け付けないところがあるのだ。
「…再生シーンって、本当に目の当たりにすると、かなりグロテスクだね…」
『シシシ、言われとるぞ、お主』
包女たちに言われながらも、マァモンは涼しい顔だ。
『構いませんよ、なんと思われようが。これが私の戦いかたである以上、なんの問題もありませんから』
にこっ、と聞こえるような曲線を口元に浮かべる。ただし、こちらも目は笑っていない。
対峙しつつ、互いに次の出方を待つ。
また、さっきのように筒音がマァモンの妖力を相殺している間に飛び込むしかないか。包女はそう考えた。筒音を見ると、任せろ、と頷く。
現在、瑪瑙の術式によって頭の中で繋がっているが、その前から繋がっている憑き合いなのだ。それぐらいわかると言いたいくらいだ。包女も頷き返す。
二人が構える。飛び出す瞬間を伺っていると、
『……これは』
マァモンが狼狽し始めたのだ。
『ルシファーさんとベルゼブブさんの妖力が薄くなっている、ベルフェゴルさんにいたってはほとんど感じない…まさか、やられたのですか』
眉間に手をあて、気配で探りを入れているのだろう。マァモンは次々に自分の仲間の名前をあげ、その現状に驚いているようだ。
そしてそれには包女たちも驚いた。
「…この戦いで…勝った人たちがいるんだ…」
『そのようじゃな…先を越されてしもうた…つまらんのぉ』
「はは、筒音ったら…でも、無事に切り抜けた人もいるんだって思ったら…私たちも頑張ろうって気になるよね」
包女も疲労して来ているはずなのに、満面の笑みを浮かべた。筒音は一瞬こそキョトンと呆けたが、すぐににんまりと歯を見せつけるように笑う。
『そうじゃのぉ』
包女に似た華奢そうな腕を鳴らす。少女姿の彼女の背中に、獰猛そうな獣の姿が覗かせた。
『こやつを倒せば、少しは気が晴れるじゃろう』
ずんずんと進み、包女と並んだ。
マァモンはまだ困惑しているようだ。すると、
「行こ…」
『はぁ、これだから弱過ぎる力しかない者は役に立たないと言うのです』
その隙をつこうと踏み出した包女を無視して、マァモンがポツリと呟いて頭をふった。包女はその言葉に、ピタリと足を止めてしまった。なぜだ、と怪訝そうに筒音が見るが、髪に隠れてその顔がよく見えなかった。
マァモンは眉をひそめて、大袈裟に落胆を表しながら続ける。
『せめて自分の役割程度は果たしてもらわないと…足手まといになるなどもっての他、困ったものです』
「…………なにそれ」
それに疑問を投げつけるのは、止まったままの包女だ。立ち止まった場所で、マァモンに言い放つ。ようやく見えたその表情は、先ほどまで以上に相手を睨み付けている。その視線に気がついたマァモンは首を傾けた。
『何…とは?』
「仲間が心配じゃないの?」
『心配?なぜですか?』
「負けたってことは、あなたの仲間が傷ついてるってことだよ。なのに…足手まといとか、困ったものとか…そんな」
『何を今さら。傷つけたのはあなた方の仲間ですよ…それを』
「そうだけどっ」
マァモンのあげあしをとるような台詞を遮って、包女は髪を乱しながら叫んだ。
「そう、だけど…そうなんだけど、せめて仲間のあなたくらいは、彼らのことを心配したり、彼らのために怒ったりしてもいいんじゃないかな」
睨み付ける瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。マァモンは珍しいものを見るように包女と目を合わせる。
『変なことを言いますね』
「変な…ことかな…」
包女は呟きながら考える。ここは戦場だ。だとすれば相手が言うことが正論かもしれない。弱い者は大きな物事の中では足枷だとか付け入られる隙などになってしまうのかもしれない。
だがしかし。敵前、戦闘中でもあると言うのもわかってはいても、包女はどうしても自分の思考さえ凌駕する感情が止められなかった。
「仲間を思うことが、変なことかな」
『だってそうでしょう。傷つき、役割を果たせないものなど、この場には不必要でしかないです。彼らもそれくらいは自覚していることでしょう』
「…本人たちはそうだとしても、まだ立っている私たちは、そう思っちゃいけないんじゃないかな」
包女の声は、少し震えていた。
例え、相手の方が戦場での正論だとしても、そんな言葉を認めるわけにはいかない。そんな、どうしようもない感情が彼女の声を震わせているのだ。
「うん、そうだ。私は、そうは思わない。思いたくない。仲間のことを思いながら、一緒に戦いたいっ。甘いかも知れないけど仲間と一緒に強くありたいっ」
『……どうぞ、ご勝手に。これが私の答えです。あなたも弱き人間の一人、そう思うのも無理はないでしょう』
「あなた、知らないの?」
だからだろうか。顔は不適に笑みを浮かべている。ピクリとマァモンの標高が揺れる。知らない、という言葉は彼にとって面白くない言葉だった。
「弱いから力を合わせる。合わせることの出来る仲間がいる…こんな素敵なことはないんだからっ」
包女はうっすらと瞳に浮かんでいた涙を拭った。
「あなた、問答が好きなんだよね、一つだけ、答えて」
『まぁ、いいでしょう…なんでしょうか?』
「あの剣士っぽい妖怪は、誰かを想って剣を振るっていたように見えた。私にもいる。あなたには、誰か一人でもこの場で想う人がいる?」
『…いませんね。そう言えばリヴァイアサンも戦い好きのわりに甘いところがありました。あの方に恩を感じるのは構いませんが、その程度で赤い力の人間たちに甘くなるのは困ったものです』
やれやれと言った風に応えるマァモン。それで、と冷めた視線を投げ掛け問い返す。包女は黒刀を突きつけた。
「そう、なら私は絶対に負けないよって答えるだけ」
包女の体から魔力が溢れる。魔力変換。魔術実行のためではなく、他の源力を魔力に変換するために必要な工程としてだ。この場所で、包女が魔力に変換することが出来る源力は、
「私には一緒に戦ってくれる仲間が、今、ここにもいるから」
妖力だ。筒音、それにマァモンの制御を離れた妖力の妖気を含めて纏めて練り上げる。
赤い力が黄色い力を包み込み、青い力にする。化学変化のようなそれは、さらに青い力から赤い力へと爆発的な量を増やして進化する。
進化して赤く染まるその力は、包女と筒音、二人の体の中へと収まった。
『受け取ったぞ、包女』
「うん」
『…そうか、あなたはそのために間堕を…』
マァモンは筒音が魔力を吸収したことに驚きながら、理解した。問答勝負のとき、筒音が頑なに誤魔化してきた間堕をした理由を。
二つの力をその身に宿すためか、と。
人間の方が体に妖怪の力を宿しているのは瞳の色を見て一目瞭然だった。しかし、妖怪の方が人間の力を宿しているのは、色を隠していたとはいえ気がつかなかった。
『なるほど…あなたが頑なに濁して誤魔化して来たのはこれですか…』
『化かし合いは、昔ながらに妖怪の挨拶ようなものじゃろうが』
シシシ、と筒音は楽しそうに笑った。
『驚きました…ええ、本当に。まさかそんなことのためにわざわざ間堕になる妖怪がいるとは…』
『楽しかろう?』
『……あなたは妖帝でも目指しているつもりですか?』
筒音は包女の隣に並び、尊大に腕を組んだ。
『越えるつもりじゃよ…仲間と、家族と呼べる人間と共にな』
二人は互いに微笑みあった。
『…不確定要素が多い上に、現状、可能性のみの空論。私の知識から言わせてもらえば、詰まらないものですね』
『じゃからここでお主を倒し、それを証明してやろうというのじゃよ』
『どちらにせよ、私は私の役割を果たすまでです』
「止めるよ、絶対。百鬼夜行なんてさせない」
構える包む女を前に、マァモンは大袈裟に頭を振った。手を上げる。それが合図だった。
力強く筒音が飛び出した。駆け抜ける速度が先ほどまでと桁違いだ。マァモンは、これほどまでに魔力を使いこなし、妖力が上がるものかと驚きながらも砂を集め冷静に防壁を作る。
筒音は構わず拳をぶちかました。すると砕けた砂の壁は今度は纏いついてその欠片でマァモンを守る。そのままマァモンに触れた筒音を捉える如く突き出した腕に絡まり始めた。足元の砂も、筒音を四方八方囲むように動き出す。が、それは当然簡単には叶わない。
包女が魔術ではなく、魔力そのものをぶつけて、妖力を爆散させ消滅させたからだ。砂はさらさらと崩れていった。
『魔力をぶつけて妖力を相殺?さっきまでとは比べ物にならない魔術ですね…』
「今、私と筒音は強く憑ながっている。その間、私の不完全だった魔力操作魔術は、完全になっているのっ」
すぐさま包女は魔力を集め、球体にして攻撃に転じた。属性が宿るわけでもなく、召喚された形でもなく、精霊の協力のあるわけでもなく、付加された能力でもなく、純粋な魔力操作魔術だけの一撃。
体から根こそぎ魔力が持っていかれる感覚に襲われる。やはり魔力操作魔術を連続で放つには自分の魔力だけでは補いきれないようだ。特性の『無限活性』が聞いて呆れる。そう自嘲した瞬間、自分とは違う力が流れてきた。
紛れもない筒音の妖力だ。
魔力変換を経て自分に流れ込んでくる筒音の妖力を、想いを感じ、包女は気合いを入れた。
「いって!」
魔力の球は急激に力を増し、敵を穿つために解き放たれる。
マァモンも苦々しそうに両手を前に突き出した。全力で受ける。
三人の目に、赤と黄色の閃光が散らばる。
『避けぬのか?』
『避ければ、あなた方を否定できないではないですか』
マァモンは皮肉を浮かべるような笑みで、魔力の球を受けきった。
『私は一人でも強い、と。それを実証するだけの力があると…』
マァモンは笑う。二人は動く。互いに証明しなくてはならないことがあるからだ。
『確かにお主は強いのじゃろうな。しかしな』
「一人では限界があるの。それは人間でも、妖怪でも」
迫る包女と筒音。マァモンは肉弾戦に持ち込まれた。が、引けはとらない。ただ流石に目に見える余裕は無くなっていた。
包女の魔力そのものを纏った黒刀と筒音の強靭な爪。どちらも強力だった。
『…くっ』
それはだんだんとマァモンの守りを崩すものとなった。
「単純に二人ぶんの強さじゃないよ。これはここにいる全員が私たちにくれる力を込めているの」
『すごかろう?バカにするには勿体ないほどの力じゃろ?』
そして二人の攻撃がマァモンを貫いた。
『……残念です』
はずだった。ところが彼は倒れない。ぼろぼろに崩れる体でまだ立っているのだ。再生するのか、そう考えて二人は身構える。しかし、これ以上戦いが続くことは考えたくなかった。
『これだけ、この地を見て、きたはずなのに、やはり、知らないもの、ばかり…だったの、ですね…』
マァモンはポツリポツリと呟いた。その表情は、笑っているが、悲しそうにも見えた。
「…あなた、」
と、包女が何か言いかけるが、突然彼は倒れた。ぼろぼろに崩れた部分がまだ戻っていない。二人の妖力そのものを途切れさせる攻撃はしっかりと彼に届いていたのだ。
倒れた彼を見ながら、
「ねぇ、筒音」
『なんじゃ』
「今度また、妖怪の話も聞かせて」
筒音は、牙を見せて頷いた。




