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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
百鬼夜行の来襲 日の沈む前 
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第五十二話 『天使を語る二人』

 ある日、九津あてに彼の師匠たる島木月帝女から電話が鳴った。だいたい月に一度ほどは九津の方から連絡するようにしているが、彼女からもかかってくる。しかしその時は大抵が母親あてだ。


 珍しいなという思いながらも輝から受話器を受け取った。


「あんたのところ、何か変わったことがあった?」


 簡単な挨拶もなく、開口一番尋ねられた。


「ん?いや、このところはないよ。魔術師と呪術師の著しい成長はあったけど」

「ああ、噂の五都の魔術少女と独学の天才呪術少女ね」


 友人の成長は、九津にとって嬉しいものだった。いつも話をかいつまんで聞かせていたから月帝女も二人のことは既知していたこともあり、軽い口調で話した。


 受話器の向こうで思い出しているようだ。


 月帝女にとって、弟子の良い好敵手となる二人。とくに包女は思うところがあるらしく、わりと話す機会が多い。そうだろう、九津は思っていた。同じ魔術師として、何より旧知の仲である里麻が一緒に生活している少女だからだ。


 九津はつい自慢気に言う。


「ついに二人とも源力まで見えるようになったよ」

「へぇ、魔術師の子は五都として環境にも恵まれてただろうけど、その呪術師の子は独学よね?若い才能の進化は流石ね」

「二人ともそれを活かす努力を惜しまなかったしね」


 九津がすかさず言う。


「…羨ましい?」


 ずけずけ話す彼女にしては珍しく、少しだけ間があった。その質問の意味を共有出来る数少ない人物だけに、思うところがあるのだ。才能という言葉に対して。そして九津が口にした、努力を惜しまないという言葉に。


「…ん、んー、どうかな。むしろ羨ましがられてるよ。俺は才能にも環境にも恵まれなかったかわりに、師匠に恵まれたから」


 月帝女がフッと笑った。嬉しそうな気配。互いにそれでこの話は終了だというのを感じた。


「で、話は本題に戻るけど、しばらく気を付けてなさい。とりあえずこっちの方でも調べてみるから」

「ん、気を付けるのはいいんだけど、この間から何を気を付ければいいのかがよくわかんないんだけど」


 本題の話。実のところ、気をつけろと言われたのは今回だけではない。先日、瑪瑙の式神となる人物と出会った件について話したときにも言われた。


 言われたのはいいが、言われっぱなしの状態であり具体性がなく、あの時も眉をひそめて頷くしかなかった。


 しかし今回は聞いてもいいだろう。すると、


「…そうね。この月を越えれば大丈夫だとは思うんだけどね」


 意味ありげに返ってくる。


「この月?」

「十月は神無月、神様のいない月。神の監視の届かない月。天使たちが動く夜」


 オウム返しに尋ねると、何やら物騒な言葉が返ってきた。天使たちが動くとは。


「天使…って、俺たちが知ってる方の天使だよね?」

「そう。その天使」


 天使。俗に聖なる者の象徴として呼ばれる神の使い。信仰上の形式は数あれど、そう認識する人間は多いだろう。


 しかし、九津や月帝女たちの認識、この場合は知識と言った方がいいだろうか。一般のものとは少しだけ違いがあった。それは、天使が聖なる者の象徴なんかではなく、ただのおしつけがましい世話焼き人の印象の方が強いということであり、自分たちの考えの方が正しく、人間はそれに従うのが正しいと押しつける感じだ。


 なぜそう考えるのか。彼女いわく、絶対分解の力と聖書や聖典、昔話を見たらわかるじゃない、とのことだった。


 確かに歴史上に残されたものからも、天上と地上、楽園とそれ以外、罪と罰、言葉と大陸、それらを全て分けて作り上げたのは天神と天使たちだと物語っていた。


 何より、天使が堕ちて悪魔になることを宗教関係にんげんが認めているのなら、悪魔は天使であり、天使は悪魔(・・・・・)なのだ。悪も善も全て天使たちが関わってくることになる。


 源力を理解してしまい、彼女の話に耳を傾けていると、そうなのだろうと妙に納得出来た。まぁ、一番の理由は身内おばに元天使がいたことだろう。


 そんな天使たちだが、月帝女から言わせれば、


「天使たちは基本、人間なんてどうでもいいとは思ってるんでしょうけどね。見放している、といっても過言ではないはずよ」

「宗教家が聞いたら発狂して怒りだしそうな話だよね」


 弟子として師匠を敬い、尊びたいのだがどうしても突っ込まずにはいられない九津だった。


「あら?仏たちも似たようなもんよ。この世界を見ていたらわかることじゃない。ただ、仏たちと違って天使たちは、難癖をつけたがる」


 難癖か、と内心で九津は考えながら、


「…伯母さんを見てたらそんなたちが悪いようには見えないんだけどね」

緑輝りょきね…あの子も昔は結構な堅物だったんだけどね…人の世に堕天して二十年余り…馴染んできたわね」

「昔は堅物だったんだ?」


 意外な答えに聞き返した。自分の知っている元天使も、やはりそうだったとは。今は本当に優しい人間にしか見えない。しかも二児の母だ。


「そう。まさに天使のように導くつもりで言ってくるから悪気もなく、たちが悪い」


 へぇ、と短いけれど感慨深く答えた。


「そしてそんな天使たちに何も言わせないように動くものたちがいる」


 声が低くなった。本題に戻ったのだ。


「…それがこの人の世に残った妖怪たちよ」

「……クレーマーに立ち向かうコールセーターみたい」


 なんといっていいのかわからず、そう言った。ふふ、と聞こえた。向こうで失笑したらしい。


「武闘派だけどね」

「でも何で最近になって気にしてるの?」

「最近でしょうが、あんたたちが竜脈なんてもんをいじったのは」

「竜脈…この間の?」


 先月の一件を思い出す。


「竜脈は強い力。その流れが一時とはいえ乱れたとなれば動く妖怪たちがいるかもしれない」

「天使に文句を言われないために?」

「下手したら、天使にこの人の世を終わらせさせないために」

「…話が大きいね」


 今度こそ本当に物騒だ。その話が本当なら、妖怪か天使、どちらかと全面的に戦争になりかねない。


「それくらいで考えていた方がいいって話よ。それほど竜脈は世界にとって意味のある力を持つの。何より以外と妖怪がこの世界を好きだってのもあるわね」


 それは筒音を見ててもわかる。彼女は鷲都家でこれぞと言わんばかりに満喫している。


「とにかく何か変わったことがあったら、連絡しなさい」





 ────





 欧州、雪に埋もれた古城。普段は観光地として人々がまばらに訪れる場所だ。しかしここのところはめっきり人間が訪れることがなくなった。


 それが本能的か意図的かはわからないが、普通の人間は近づかなかった。普通の人間は。


 その中で、


『ふぁぁぁぁ、おはよー』


 気の抜けた声がする。響かない、頭に直接抜けるような音。知る者は感じるだろう。妖力が込められていると。


『遅いぞ。私たちが起きてどれくらいたったと思っている』

『ごめんー』

『全くったらね、ふふ、な、い、よ、ねぇ』


 話声は三人。親しげだ。ただ普通の人間は近づかない場所であることから、何故そこにいるのかという違和感は生まれる。


 一人は剣を携えた長身の女。褐色の肌に長い緩やかに波打つ髪がよく似合っている。


 もう一人は小柄な少女だ。白く長い髪を特徴的に束ね、赤と白を基調にした和装に身を包んでいる。


 最後、気の抜けた声の主。ボサボサの髪は瞳を隠し、身体中から倦怠感を醸し出すような少年。


『あー、起きてたんだー』

『何言ってんのよ、あ、た、し、はいつも早起き自慢よ』

『ふーん、で、どれくらい経ったの?』

『あれから月が一つ半ほど回った』

『なーんだ、あんまり経ってないじゃん』

『そういう問題ではないだろう』

『わかってるけどさー』


 間の抜けるように反論を口にしようとすると、

 

『皆さん、揃いましたね』


 一人、部屋の中に入ってきた。細身の男だ。


『あ、おはよー』

『おはようございます。目覚めて早々ですが、行けますね?』


 少年が声をかけると、男は穏やかに尋ねた。少年は胸を張りながら叩いた。


『とーぜん。まかせといてよー』

『寝ぼけ眼で、ほ、ん、と、か、よーって感じだけどね』

『よし、ならば行くか。場所の見当はついているんだろ?』


 少女と女も各々に応じながら動き出す。


『ええ、もちろん。では、参りましょう。よいですね?』


 男が閉められていた部屋の壁一面の窓を開ける。屋外へと続く大きな窓。その向こうで雪に埋もれた銀世界を眺めていた青年に尋ねたのだ。


 青年はゆっくりと振り向き、四人を眺めながら、


『…ああ、行こう。このまま黙って見過ごして天使どもに難癖つけられるのは虫酸が走るからな』


 冷たく静かに答えた。


『東の地。竜脈に触れし愚か者に、己の行いを悔い改めさせてやるために』


 五人に共通することは二つ。


 一つはその瞳が黄色く輝いていること。


 もう一つは、全員が妖力を纏う妖怪であることだ。






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