第五十三話 『同じ空を眺めながら』
秋も半ば。ともなれば日の沈む気配も早く、空模様は明るくない。とくに遠くに風などの音を聞くと、どこか寒々しく思えてくる。
筒音はそこまで情緒的に捉えたり、感傷的になったりすることはなかったが、どうにもそんな空が気になった。
鷲都家の縁側で獣姿のまま寛いでいたが、耳を動かしたり、妙に鼻がうずくのもそのせいかもしれない。仕方なさそうに顔をあげ、瞳を閉じて感覚を澄ませる。
体に心地よくなってきた秋風は動物性物質の賜物だろう。妖怪のままでは得られなかった感覚だ。そしてこの愛着のわいてきた体が感じとったものはそれだけではなかった。
『近頃、妖気が乱れておるな…』
わずかにだがそう感じたのだ。
この近くに妖力を持つ者たちが活発に動いているのかもしれない。しかし妖怪はこの付近には、自分を除いて他にいなかったはずだ。となれば、妖精の類いか。
妖精が活発に動いている。妖精は、この人間の世界においても悪戯好きで知られる存在だ。現代でこそ成りをひそめてはいるが、自分たち妖怪と同じで根本は変わるまい。
となると、あまりいい予感はしない。筒音はさらに探りを入れるか、と思案していたところ、声をかけられた。
「どうしたの、筒音」
包女だ。
無二の親友であり、血の繋がりを越えた家族に等しい彼女は学校から帰ってきたばかりなのか、制服姿だった。その姿に、もともと乗り気でなかった思案と探索をやめた。
妖精程度が多少にざわついたところで問題もないだろうと判断したからだ。
『妙に空気がざらついておってのぉ。おそらく妖気が溢れておるのじゃろうが、それが気になってのぉ』
不思議そうに自分の顔を見ている包女に、簡単にだが説明をした。包女は隣に座った。
『どこから流れてきておるのか探そうかと思っておったのじゃが、この辺りには妾以外に妖怪も間堕もおらぬからのぉ…』
見当はつくが、とは濁した。
包女はキョロキョロと首を動かした。筒音以外に妖怪を見たことがなかったため、少しだけ興味が引かれたからだ。とくに、
「妖怪じゃないなら…どこかに妖精がいるってことは?」
最近、妖力そのものを視認出来るようになった。そのため、この世界の物質体を持たない妖力体の存在だろうと視ようと思えば見れるようになったためだ。
同じ発想か。筒音は、
『妖精か…ないこともないじゃろうが…』
あえて同意だとは言わずにそこで言葉を切った。別段、それ以上に何かある、と断言出来るわけでもないからだ。へんに不安がるような包女ではないだろうが、逆に自分が気にしすぎているとその事を心配させるだろうと思ったこともある。
「なら何処からか引っ越して来たとか」
しかし、曖昧な答えは妙に彼女の気を引いたらしい。指をたて、年相応にそう言ってきた。なんとも眩しく見える笑顔で。
『かもわからんな。自意識過剰な奴が縄張り主張をしておるのなら、見かけ次第…』
「見かけ次第…?」
とりあえず、話を切るために筒音は意地悪そうな声で、
『遊んでやらねばのぉ。挨拶が肝心じゃよ』
包女は困った顔で笑った。
二人はしばらく同じ空を眺めた。
────
「って、筒音が言ってるんだけど、悟月くんは何か心当たりある?」
「妖気が…か」
場所は自分たちが通う高校、その一室。生徒指導準備室なる場所でもう自分たちの指定席となってしまったパイプ椅子に腰掛けながら九津と包女は話している。
事柄は、つい先日、鷲都家で包女と筒音が話していたことだ。今日も今日とて筒音は日向ぼっこに時間を費やすということで家に残り、肉体はここにはない。なので包女は一人でかいつまんで話して聞かせた。
筒音は気にするな、とまでは言わなかったが、どうにも話を切ろうとする気配があった。さすがに家族を名乗る者同士であり、体を共有するもの同士だ。完全な隠し事は出来なかった。
拭いきれないものが体の中に残り、そういうことに詳しそうな彼に聞いてみたのだ。
九津も考えながら、
「実は師匠からも気をつけろって言われてたんだよね。家の方でも界理が難しい顔をしてたし」
筒音を呼んでもらって、直接話を聞くか。そう考えたが、下手に呼んで機嫌を損ねるのも面倒だ。あの半妖がわざわざ包女から離れてまでそれに興じているというのなら、尚更だ。
仕方がないので追求は包女に。
「筒音はそれ以外に何か言ってた?」
首を捻る包女は、
「確か…『溢れておる、そう言ったがどうやら違うようだしのぉ。遠くの方から集まって…』そして」
──近づいておるだけのようじゃ。
「だったかな」
声色を真似る彼女はとても親友にそっくりだった。しかし、色々と言いたいこともあったが、一番重要なこと、何が、とはすぐに出てこなかった。
その間に包女は続ける。
「妖気が近づいているだけって言ってたけど…それって妖怪が近づいているって意味だよね」
ん、と今度は即答した。しかも、と意味ありげに。
「妖怪であることを隠さないような輩が、ってことでもあるよ」
『そう思うか?』
「ん?あ、ああ、ビックリした」
あまり驚いていなさそうな顔で九津が言う。
突然に筒音が現れたのだ。
『包女、やはり気にさせたな』
「ごめん、ちょっとだけね」
『周囲を調べてからでも遅くないと思ってな』
包女が察したように、筒音も感じるところはあったのだ。心配させまいとすることだが、二人の間では隠し事は難しいらしい。とくに精神的なものは。
『それで九津、お主もそう思うか?』
話は急に戻された。九津は短く思案して、
「…残念なことに、そうとしか思えなくなってきた」
肩をすくめた。
筒音も考えるように、そうか、と呟いた。その考え込む表情は包女にも伝染する。
残念なことに、九津のこういう不幸よりの勘は当たってしまうのだと、相場が決まっているのだ。何よりも、
「そうなると師匠の言ってたことが当たってるってことか」
ある程度予告されていたものだったらしいからだ。仕方がない。
「当たってるって…心当たりがあるの?」
「ん、竜脈に関わったこと、覚えてる?あの日からうちの師匠が気を付けろって言ってたのはその妖怪たちのことかもしれない」
「もちろん覚えてるし、あのときは焦ったよね…でも、それが…」
関係あるとは到底思えなかった。しかし、
『…そうか、竜脈…それか』
筒音は何か閃いたようだ。目配せしあい、通じたことがあった。取り残されたように包女が、
「気がついた?」
尋ねると、
『ああ、見回り…百鬼夜行じゃな、』
「ん、そう、百鬼夜行」
二人は揃って頷いた。それこそつい最近聞いた言葉だ。それでも予想してはいなかった。
「そ、それって妖怪たちが町中を歩き回るってやつだよね?確か筒音の話じゃ天使たちにちょっかいを出させないための見回りだって…」
「ん、そうなんだよね…俺もそう聞いた」
すると九津は困ったように顔をしかめた。
「ど、どうしたの、悟月くん、難しい顔をして」
「鷲都さん、それが本当なら大変なことだよ」
「……あ、そうか」
九津は答えは言わなかったが包女は気づいたようだ。これまでの話から、これからの話を。
「この間、私たちは竜脈に関わった。その事で動き出した妖怪たちがいてもおかしくない。そしてその妖怪たちはこの付近、ううん、私たちを目指してやって来ている可能性が高い…そういうことだね」
「ん、最悪なことにね」
言いながら、包女の顔も曇っていく。九津は脱力してどうしたもんかと溜め息をつきたくなった。
『どうする?』
筒音が珍しく包女ではなく九津にこれからのこと尋ねた。
考えることはたくさんありそうだが、少なくともまだ時間に猶予はありそうだ。それなら今、やらなくてはならないことをやらなくてはならない。
それは、
「とりあえず先生たちがもうすぐここに来るし…」
耕蔵と星継の衣装の採寸合わせだ。教員の衣装も生徒たちが作ることになり、二人と懇意の仲だと言うことで九津と包女が選ばれて今日はそのためにここに居たのだ
「うん、場所を変えてからまた話し合おう…瑪瑙ちゃん、鯨井さんには私から連絡しておくね」
とりあえず、包女がそう締め括った。
外から廊下を小走りでかけてくる人の気配を感じる。筒音が姿を消したあと、
「すまん、すまん、遅くなった」
教師二人が扉を開けた。
「先生、さぁ、やりましょうか」
やることはどうも、山積みらしい。




