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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
怪の公式 編
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第三十四話 『ソノ式ノ答エ 光森』

 最上階であるこの階が揺れた。小刻みに震えるような揺れは、地震ではないとすると原因は一つしか考えられなかった。


 この部屋の外で戦っていると思われる二人。九津とモアが暴れだしたのだ。


 静かだったのは、互いに牽制しあい、読みあいの類いを音なく繰り広げていたからだろう。その段階を経て、戦いが始まり、この揺れだろう。


 そう思ったのは、総喜も同じだった。


「おやおや、あの一撃以降静かだと思っていたら…今度はそうとうはしゃいでいるようですね」


 眉を寄せながら壁向こうの二人を見ている。背中に腕を回し、背筋を伸ばした体を心持ち前屈みに倒し、嘆息した。


 最初の一撃の時も愚痴をこぼしていたが、この場所での戦闘を許可したのは総喜のようだが、破壊されたぶんの修繕費を考えると頭が痛くなるらしい。


「それだけあなた方の仲間の方が強い…ということなのでしょうね」


 かけた眼鏡の位置を正すように動かし、自分を睨み付けている光森にたいして総喜は言う。


 光森としては、見張りでおいてきた手持ち最強の切り札が、いきなり使えなくなり困惑していると言うのに。


「チッ。あいつでも倒せないような原動力者エンジニアなのかよ、モアって言うあの演説者も」


 外で切り札である九津が戦っている相手のことを記憶から引き出す。


 モア・ダイパス。この一帯の責任者の名前であり、タイプAの原動力者エンジニアとしてかなりの使い手であることはこの目で確認していた。


 広範囲の物質操作テレキネシス。それがモアの原動力エンジンだったが、その実力がまさかこれほどとは。


「ああ。ダイパス管理長は最高ランクのタイプAだ。その原動力エンジンは、対一戦において群を抜いている」


 補足するような大義の言葉に、どうしたものかと頭を抱えたくなる。あの、普段生意気なだけの後輩は、こういった荒事になるとその真価を発揮してきたと言うのに、それを期待できないとなると不味い。さらに、


「タイプA…物理操作テレキネシスか…ただでさえあいつ、超能力に弱いってのに、大丈夫かよ」


 魔術師や呪術師、はたまた妖怪の類いを相手にしても引けをとらない九津の、数少ない弱点である原動力者エンジニア、いわゆる超能力を相手にしているのだ。駆けつけてくれる可能性はゼロではないが、すぐにというわけにはいかないだろう。


 光森の表情はさらに険しくなる。


「あなたは今のご自身の状況で仲間の方の心配をされるのですね」

「…チッ」


 そんな余裕があるわけじゃない。そんなことは光森はもちろん、大義や総喜だってわかっているはずだ。


 なぜなら気がつけば光森たちは、ビルの室内からどこぞの密林・・の中にいるからだ。


 外からだろう揺れは伝わる。しかし、どうしても視覚的に木々の生い茂るこの場所は密林であり、この状況はどう考えても総喜の原動力エンジンの能力が及ぼしたもののはずだから。


 いまだ明確にならない状況下において、正直、九津の心配をしている暇はなかった。あくまで呟いたのは、現在のおかれている状況を整理するためだ。


「蜂峰さんはタイプCの最高ランク。これはおそらくその浸透干渉ちからの一部、共感覚の強制なんだ。しっかりと意識をもっていないとすぐに飲み込まれるぞ」


 大義が言う。なるほどと光森は納得した。タイプC。俗に浸透干渉テレパシーと呼ばれるその能力の応用、発展系らしい。


「なるほど、文字通り飲み込まれる…ね。俺たちは確かさっきまで、建物の部屋内にいたよな?」


 目の前の木々に触れながら光森は呟いた。視覚は完全に飲み込まれている。だとすれば触覚、肌触りはどうだと考えたからだ。


 答えは、触れた。植物らしきにさわったような感覚が、確かに神経を通じて脳に届いたのだ。だが本当にタイプCだとするならばこれは逆の事項だろ。脳が判断したものが視覚に表れ、触覚を産み出したのだろう。このままだと完全に五感を奪われてしまう。


 そんなことを順序だてて考えていたが、どうやら一時的に中断を余儀なくされた。


「どう見たって本物だよな…あれ…」


 タイプC、浸透干渉テレパシーによって脳が判断させられたこの空間せかいにおいて、さらに刷り込まれてしまったのであろう存在が突如としてその姿を表したからだ。


 それは恐竜だ。それも肉食系代表としてかくも名高いティラノザウルスだった。


 ティラノはその爬虫類特有の瞳を光森に向けた。と、「しゅう」と獰猛そうな牙を見せる口元を鳴らし、ぐわっと突撃してきた。


「どあっ」


 なりふり構わず横に飛ぶ光森。「大丈夫かっ」と大義の声がするが、違和感があった。


 ここはそんな風に動けるほど広かっただろうか、だ。もしかしたら避けたこと事態すでに感覚を奪われているのかも知れない。


 しかしそんなことを考える余裕はなかった。


「ああ、大丈…おい、そっちにもっ!」


 ティラノの巨大な尾が揺れるその背中に注意をしながら大義をみると、その上空に、これまたいるはずのない存在がいたからだ。


「プテラノドンっ!?」


 古代の空の覇者。その大きさは人間程度だろうが、牙、爪、嘴、翼は強力な武器だ。そのプテラが、さらに死角となる上から狙ってくる。


 大義も間一髪交わすが、そのまま尻餅をついてしまった。見上げる空には、そんな大義を狙うプテラが三匹、円を描くように飛んでいた。


「これが一種の催眠術ってか…冗談みたいだな、ったく」

「正確には蟻川さんにも言っていただいた通り、共感覚の強制ですよ。私の想像する世界の一角を見ていただいてます」


 悪態気味に言い捨てる光森に、丁寧に説明をする総喜。すでにその姿は見えなくなっていた。視覚は完全に奪われてしまったのだろうか。空から射し込む陽射しがやたらと眩しく感じた。


 ティラノがこちらを向いている。鼻息は荒くなり、尾を動かすことで自身を振いたたせているようだ。狩猟者の王とは良くいった気迫も伝わる。


 空のプテラは時おり奇声ともとれる鳴き声を轟かせ、大義を狙う。上手く逃げているように見えるが、実際のところ弱いものをいたぶっているのだろう。


「悪趣味な想像力だな、細部にこだわりすぎだろ」


 総喜に聞こえるよう言う。


「なにぶん年の功、蓄えた知識が私の数少ない武器なのですよ」

「いくつだよ」


 返る答えに言えたのは、それくらいだった。


 やけくそ気味だった一番の理由は、当然あのティラノが襲ってきたことだ。


 ここが室内だったとか、幻覚だからとか考える暇もなく体が横に飛ぶ。すでに光森自身がもつ原動力エンジン、限界突破は使っているが、どうしても視覚のそれに反応してしまうのだ。


 突進してきたティラノが木々をなぎ倒す。先ほどまでは外が揺れていたはずだったが、今は中で地鳴り、地響きを感じる。


 獲物を狩りそこねたティラノは天に吠えた。


 どうする。光森は思案する。


 あれが幻覚だとすれば当たったところで問題はない。しかし、これは逆なのだ。幻覚でも、当たった気がした時点で脳がダメージを想像してしまう。そうなると、本当の一撃になってしまうのだ。


 もうどれ程現実と離れてしまっているのかわからないが、状況が最悪なのは理解できた。


 と、その時だ。


「いくつに見えますか?」


 ティラノの咆哮をぬうように、静かに総喜の声がした。


「…っち」


 なぜ今さら、とは反射的に思った。しかし、言葉にする程の余裕は光森にはなかった。少なくとも、ティラノをどうにかするまでは。


 一応多少の反撃はしてみた。直接殴りかかるような攻撃は効いたようにはみえず、触れたものを適当に投擲することも試してみた。が、それも意味をなさなかったようだ。チョロチョロと逃げ回る光森に、ティラノがあからさまな苛立ちを見せ始めたのだけはわかった。


 大義の方も、もはやふらつき、体力がそこをつきかけているのがわかる。何せ次元転移の剣士に襲われ、高層ビルを自力でかけ登り、挙げ句の果てにプテラノドンに狙われているだ。無理はない。


 現状が悪化しているのを目に見えていても、打破する手段が光森には思い付かなかった。


 どうする。相対するティラノを。


 どうする。邪魔なプテラたちを。


 どうする。姿を見せない総喜を。


 焦りだけが蓄積し、体力、思考力共に失われつつあった。


「さてさて。私としては無駄に抗わずに投降、そしてシャオシンさんの行方を教えていただければ事を荒立てずにすむのですが」


 総喜の声。モアさんの方の修繕費を考えるとこちらもその方が助かります。と微笑んだように付け加えられた。


「それこそ冗談じゃない。あの女剣士は俺たちを襲った。そんな危険思考の持ち主の言うことを聞くって奴の、何を信じろっていうんだよ」


 限界を突破した体力も、ギリギリに光森は言った。強がるしかない。例え相手がそれを見越していたとしても。


 足のふらつき。これは幻覚などではなく正真正銘、自身の限界が近づいているのだろう。


 厄介なティラノはまだまだ元気そうだ。プテラにまで気が回らなくなる。そして、この恐竜たちを退けたとして、更なる幻覚が施されたとき、自分は戦う力があるだろうか、光森は皮肉そうに笑うしかなかった。


 と、光森の言葉を受け、また静かにその身を潜ませていた総喜の声がした。


「シャオシンさんが危険思考の持ち主……あなた方にはそう見えましたか?」


 どことなく、悲しげに聞こえた。


「は?当たり前だろ。なぁ、蟻川さん」


 肩で息をし、光森は大義に問う。プテラたちを相手にいまだ逃げ続けている大義も、息を切れ切れ答えた。


「…少なくとも…あの時の、あの人を、みる、限り、俺も、信用できるとは、思えない」

「そうですか…それはそれで仕方がありません。誤解があろうと正解があろうと、互いに譲れないものがあると言う事実が、人間の人間たる所以のものなのでしょうから」


 今度はあまり間をおかず、総喜は答えた。割りきったような言い方は、先ほどの悲しげに聞こえた声のせいだろうか。


 思わず光森は、どんな顔をして言っているのだろうかと考えてしまった。


「つまり、シャオシンさんの無事が完全たるものでない以上、私も私として譲れないものがあるわけです」


 ティラノやプテラの一撃一撃をかわす光森たちに、宣言するように総喜の声が響いた。


「シャオシンさんの行方が知れるまで、しばし私の世界にその身を委ねていただきます」


 すると、ティラノザウルスは巨大・・になった。もともと上だった目線は、もはや見上げても見えない。


 プテラノドンは、増えた。単純に、三倍はいる。大義は力尽きたように膝をつき、見上げている。


 最悪最低だ。二人の心が、この状況で何よりも一致したのを自分たちで感じたいた。


「くそ」


 もう一人でどうにかできる限界はとっくに過ぎていた。


「はぁ、はぁ」


 大義の呼吸が音に聞こえて大きくなった。向こうも限界なのだ。俯かないその眼差しは、何を見ているのだろうか。


「俺が、俺が、何とかしなきゃならないのに…」


 くそ。震えている足を叩く。すくんでいるのではない。ただ、力が上手く入らなくなってきているだけなのだ。


 ティラノが一歩、足を進めた。遠くに見えていたその姿は、地鳴りと共に早くも目の前だ。もう全長など測れない。


「…どうする…どうする」


 ティラノが動かなくなった獲物を踏み潰そうと、足を持ち上げた。


 避けろ。体に命令するが、動かない。避けてどうする。どこかで頭が諦めているのだ。


 俺は、俺の体は、こんなときに諦めるのかよ。


 光森は、悔しさに泣きそうになった。その時、よぎったのは。


 私も強くなりたいです。


 先輩さん、精進あるのみなのですよ。


 年下の少女の声。負けて悔しがり、素直に己の弱さを認め、涙を堪えながら諦めずに前へ進んでいく少女の声だ。


 そして。


 先輩は強いですよ。


 腹がたつほど、その言葉のもつ意味が嬉しく思わされる生意気な後輩の声。


 ほら、やっぱり強い。まるで限界を書き換えてるようなんですよね。


 走馬灯みたいだな。ゆっくりと迫るティラノを見つめながら、光森は考えた。


「限界を書き換えてる…」


 自分でもヒントのように感じてはいたが、あまりにも茫然的で抽象的で、具体性に欠ける。ここに来るきっかけになったのは確かだが、だからどうしたと思わなくもない。


 だが、思い出したのだ。


 言ったからな、九津。


 俺は、強いんだよな。


 俺は、限界を書き換えられるほど、強いんだよな。


「なら、それは今、やらなきゃな」


 言い終わるとほぼ同時に、光森の姿は土煙と共に消えた。





 二人の視界感覚の外で総喜は溜め息をついた。ようやく二人の意識を完全に途切れさせたと思ったからだ。


 シャオシンの心配はあるが、とりあえず骨のある侵入者を抑え、いまだにここに戻らないモアの様子も気になったからだ。


 そして、自身の浸透干渉テレパシーによる感覚の強制共有を解こうとしたとき、


「なぁ、あんた」


 するはずのない声を聞いた。それは光森の声だった。確かにティラノの一撃にて完全に意識を絶ったはずだった。少なくとも、光森の脳に、直接そのイメージを与えたはずだった。


 だのに声がする。これは総喜にとって、予想外の声だった。


「はいはい、なんでしょう。教えてくださる気になっていただけたでしょうか?」


 なんの気負いのない口調。総喜は、そう努めてみた。


「いや、俺も聞きたいことがあってな」

「世界征服の件でしたら、先ほど言わせていただいた通りです」

「だよな。ならなんで、あの女剣士にそこまでこだわるのか、教えてくれよ」


 これまた以外だと総喜は思った。今さらその事を気にするなんて、と。


 総喜は、とても光森に興味を抱いた。総喜にとって、ここまで興味をそそられる人間は、久しぶりだった。


「そうですね…しいて理由をあげるのでしたら…」


 浸透干渉テレパシーを強め、光森の動向などを感じながら、楽しそうにシャオシンのことを思い浮かべた。


「彼女の理想とする世界に、私を入れていただいているから…でしょうか」

「…はぁ?なんだ、そりゃ」


 光森からは、間の抜けたような声の返答だけだった。少なくとも、感覚が読めない。


「人間、長く生きすぎるとときどきそう思うのですよ。自分の思想よりも、誰かの理想に生きたい、と」


 これまでのシャオシン、モア、そして総喜の三人で過ごしてきた日々を思い、そう総喜は言った。そして、


「それが彼女と言うわけです」


 そう締め括ると、光森はどう思うだろうか、と楽しみになった。


 答えがなかなか返らない。


 いまだに想像の中で威勢よく暴れているはずのティラノが仕留めたのだろうかと考えた。


 ところが、やはり違った。


「あー、なんか良くわかんねぇけど、わかっちまった気がするよ」


 答えは返ってきた。しかも、なぜか賛同できると言う。


「何がですか?」


 具体的な理由を促そうと、総喜は尋ねた。


「俺とあんたが、意外と似た理由で動いてるってとこだよ」


 元気な声だ。先ほどまでとは違う、力のこもった、意思のある声。


「俺もな、俺のことを信用してくれている奴らの理想でありたいってところとかな」


 総喜は、目の前で焦点の合わない(・・・・・・・)光森と、視線が合わさった気がした。


「だから、な。こんなところでおちおち妄想なんぞに付き合ってる暇はないんだよ」


 いや、間違いない。光森は、感覚の強制共有という幻覚の中で、確かに総喜を見つけたのだ。


「ふむ。どうされるつもりですか?」


 面白い。そう微笑み、尋ねた。


「打ち破るっ」


 返る答えは、例によって強い意思の込められた言葉だった。


「…真っ直ぐな目をされるのですね」


 総喜は、そう呟いた。光森は口角をあげて、不敵そうに睨み返していた。




「うぉぉぉぉ」


 光森は叫んだ。叫んだことで変わるわけじゃないことを知りつつ、叫んだ。大事なのは、気合いをいれることだ。


 負けない。


 目の前に見える、幻覚とわかっているティラノに。


 負けない。


 ぼんやりと見え始めた、この幻覚の創造者に。


 負けない。


 何よりも、諦めかけていた自分自身に。


 光森はこのとき、限界突破と呼んでいた超能力を、ようやく理解できた気がしていた。タイプCに分類され、浸透干渉テレパシーとも呼ばれ、限界突破と名付けていたこの超能力の、真価に。


 能力それは、確かに限界を突破すること、であり、限界突破それを目的とした肉体構造からだの変化だ。


 相手が肉弾戦を得意なら、体力強化に。相手が知略戦を得意とするなら思考強化に。そして、精神戦を得意とするなら、精神力を強化するように。


 具体的な手順など要らない。自分が、こうなりたい、こうありたいと願う体に構造変化してくれているのだ。その時間の限界を知らせるために、副作用として体の一部や性別が思わぬところで変わっていたのだ。副作用箇所が、もとに戻る頃にその能力も解かれると。


 だから光森は祈るように、願うように両の手を合わせ、自分の肉体を構築した。


 今回の副作用もどうやら性転換らしい。おそらく胸の膨らみだろう、上着が少しきつめになってきた。逆に腰は細まり下はやや緩めになった。しかし、そんなことを気にするに値しない。今、必要なのは再構築されたその体が、光森の理想とする強さを持っているかどうかだ。


 総喜の原動力エンジン浸透干渉テレパシーに負けない精神力を。自力で立ち上がるための体力をもつ体を。


 そして今、総喜の幻覚作用を打ち消したのだ。


「っ!これは、これは」


 唐突に目の前に表れた総喜が、後退するように驚いている姿を見て、光森は嬉しそうに口角をあげた。


 体の調子を確かめるように拳を作っては開く。横目に大義を見ると、静かに膝をついているようだが、うなされている様子もない。どうやら総喜の意識が削がれたことで大義にかかっていた浸透干渉テレパシーも消えたようだ。


 よし、体は動く。蟻川さんは無事そうだ。それだけを認めると、構えた。さんざん後輩相手に磨きあげた我流の構えだ。


「もう俺には浸透干渉テレパシーは効かない」


 不敵そうに歯を見せたまま光森が言う。臨戦態勢は出来ている。


 光森は総喜に、最初にして最後の挑戦権を得られた。しかし。


「……ふむふむ。私は肉弾戦があまり得意ではありませんのでね。いいでしょう、あなたの勝ちですよ」


 突然に総喜は両手をあげて、穏やかそうに微笑んだ。


「ああ?あっさりと負けを認めんだな」

「ふふふ。せっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ」


 あまりにも不自然な敗北宣言に、怪訝な顔の光森。それを総喜は茶化すように微笑み続ける。


「気持ち悪いこと言うなよ…なぁ、聞き方を変えていいか?」


 思わずガラスに写る自分の顔を見てしまった光森。それなりに見える容貌の少女が眉間にしわを寄せていて、なんとも言えない気持ちになった。それをまぎらわすように総喜に話しかけた。


「はいはい、なんでしょう」


 総喜は両手をあげた状態で頷いて、笑みを絶やさぬまま目を閉じた。その姿勢で光森の話を聞くつもりのようだ。


「あの女剣士は…世界征服そういうのを考えるような人間なのか?」


 幻覚を打ち破り、冷静なってきた光森はふと、疑問に思ったのだ。いきなり(・・・・)襲ってきたのはシャオシンだ。ならばその真意を知るのはシャオシンたち、向こう側だ。当たり前だが、その人となりなど知るよしもない。


 ところが、だ。知ってしまったことがある。それは総喜が、女剣士シャオシンもう一人(モア)のことを相当大切にしており、その感情が世界をどうこうしようなどという下らない考えが及ばないものに思えたからだ。


 なぜそんなことがわかったのか。それは総喜の感覚の強制共有のなしてしまった、いわば副作用なのだろう。総喜の知識で作られた世界に、その感情の欠片のようなものが流れ込んで来たのだ。それを光森は、確かに感じていた。


「ふふふ。そう言えば彼も結局耐え抜きましたね」


 光森の言葉に、総喜は目をあけて大義を見た。優しく細められたその目は、敵対していたものとは思えなかった。


 そうだ。蟻川さんも耐えきったな。光森はつられるように思った。


 思えば大義は耐え抜いたのだ。一度も「助けてくれ」と敵に懇願することなく、味方に救いを求めることもなく、自分自身の力で切り抜けようと。


 原動力者エンジニア非原動力者ノットジニアなど関係なく動ける人間がここにいるのだ。そう思うと、大義の志がやたらと光森の心を熱くした。


「ああ…って、話を反らさないでくれよ」


 思わず緩めかけた警戒を立て直す光 森。総喜は光森に視線を合わせて、満足そうに口を開いた。


「そうですね…」


 そして総喜から語られた言葉に、光森はただ、目を見開くことになった。





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