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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
怪の公式 編
42/83

第三十三話 『ソノ式ノ答エ 包女と筒音』

 まだこの地下室には、先ほど包女が叫んだ時の反響が残っている。虚しく聞こえる自分の声の残響を振りきるように、包女は言った。


「ちょ、ちょっと筒音、私、何も、聞いてないんだけど!」

『そうじゃろうな。妾も今、初めて言ったのじゃから』


 慌てふためく包女をよそに、しらっとした様子に筒音は返す。筒音は確かに楽しいもの以外にも、新しいものに興味がそそられ、それに良くも悪くも巻き込まれることはある。しかし、何もこんな時に巻き込まなくてもいいものを、と包女は口をぱくばくと開閉させるしかなかった。


 それら全てを凝縮したようにようやく出たのは、


「あ、あのねぇ」


 と、この一言だった。すぐに無駄だと知ることになる。


 筒音は真っ直ぐシャオシンを見ていて、どうにもこちらと視線を合わす素振りはないのだ。どうやらあとの判断は全て包女に委ねられたようだ。


 もう、と包女は溜め息をついた。


 それも束の間。即座に次の思考に切り替える。それは、そっちがその気ならこっちだってとことん付き合ってやるんだから、だ。


 気合いを入れ直し、静かに尋ねる。


「…で、どうしたらいいの?私は何をすればいい?」


 筒音がやはりこちらを見ずに、楽しそうに尾を揺らしながらシシシと空気を鳴らした。


『さすがじゃ、包女。話が早いのじゃ』

「…慣れてきたのかな、こういうのに。それに…」


 今度は聞こえるように溜め息をついてみようかと考えながらやめた。とことん付き合うと決めたのなら、そんなことに時間を使うのがもったいない。それにだ。


「向こうも、なぜかすっごく楽しそうに待っててくれてるから」


 シャオシンは、あれほど襲いかかってきていたのが嘘のように、ゆらゆらと特徴的な立ち方で待っていてくれている。


 心持ち目も輝いているように見える。これまで表情の乏しかった彼女が見せる、珍しい姿だ。会って間もない包女でも、シャオシンの感情の乏しさ知っていて、その事に気がついた。そして二人がこんななのだ。自分一人が乗らないわけにはいかないと、包女は思ったのだ。


『そうじゃのぉ。では、いくかの!包女!黒刀を構えよ』

「うん」


 筒音の指示に従い黒刀を両手で構える。薄暗い部屋でもわかる光沢が包女の目に写る。


 と、筒音の姿がぼんやりと消え始めた。瑪瑙はいないため呪術のはずはないから、これは筒音自身の妖術ちからだと判断する。


 何をするつもりだろう。この段階では全く包女わからない。それでも構えたままで待つ。すると僅かにざらつく感覚にとらわれた。その肌触りは体温より低く、ひんやりと包女を包んだ。


 妖力だ。包女は理解した。今、筒音は、ひたすらに妖力を練り上げているのだ、と。それは動物性物質からだを維持するのが難しいほどなのかも知れない、と。


 これだけの妖力を使った術ともなれば、妖術の代名詞とも言える「超越変化」なのだろうと包女は察し、さらに身を入れた。


 しかし、それほどでもないにしろ時間が掛かっている。シャオシンは本当に何もしてこないつもりなのだろうか。包女がそう思っていると。


『おお、そうじゃ小娘。少しばかり話をしてやるのじゃ』


 筒音が楽しそうに、薄らいでいくその身で話しかけた。


 シャオシンは変わらぬ態度、調子で答える。


「…………何?」

『お主は、妖怪というものをどのくらい知っておるか?』


 唐突な質問だった。包女にしても何を言っているのだろうと思わずにはいられないほど。それでもやはりと言うか、シャオシンは変わらなかった。


「妖…怪?妖怪…トーノキに聞いた、物語に、出てくる程度、なら」


 落ち着いたふうに答えるシャオシンは、どこか子供のようにも見えた。


 そうか。筒音とシャオシンのこれまでの会話の中でも思うことがあったが、ようやくそれに気がついた。シャオシンは純粋なのだ。


 誰かの言った言葉をそのまま受け止め、ありのままに不可思議な現象を受け止め、このままの状態に疑問を抱くことがなく楽しむ。


 見た目は二十代なのだろうが、そんな子供のようなところがあるのだ。


 シシシと筒音が楽しそうに喉を鳴らした。


『ならばより深く知るといい』


 もうほとんど筒音の姿は見えない。変わりに辺りを包む妖力の感覚と漏れた妖気の気配。それが段々と黒刀に集まってきているような感覚。あながち間違いではないのだろうが、包女とシャオシンにはわからぬところだった。


 筒音は続ける。


『妖怪はのぉ、動物の物質からだを好んで依代に生きるものが多いのじゃ。しかし、残念ながらあまり維持するのは得意ではない。なぜかわかるか?』

「…………さぁ、わからないし、そもそも、知らない」


 不躾とも言える筒音の問いかけに、首を傾げて答えるシャオシン。


 真面目に答える必要性さえ感じさせない問いにさえ素直に返答をする辺り、やはり純粋さを強く感じた。


 いや、と包女心の中で否定する。思えば最初はからシャオシンは素直に返答をしていたではないか、と。遊びには遊びで、愚問にも愚直に。


 包女はこのとき、シャオシンに悪意が無さすぎることが辛くなってきた。


 そんな覚悟の有無を引き延ばすように二人の会話が続く。


『そうじゃろうな。それはのぉ、妖怪がこの世で維持するのを得意とする物質からだは…鉱物だからじゃ』

「鉱物……鋼や鉄なんかの?」

『そうじゃ』

「…………でも、それじゃぁ、おかしい。…なんで維持できもしない体を使うの?意味がない」


 シシシ。筒音はすぐには答えず嬉しそうに響かせた。


『意味なら色々あるのじゃよ』


 もったいぶったわりに抽象的な答え。シャオシンは不思議そうな声で呟いた。


「…………何?」

『この物質からだは成長するからじゃ』


 筒音はそう返した。


 とたん、包女は黒刀に重みを感じた。もともとあった重みではなく、何か付け足されたような重みだ。


 思わず力を込めて、踏ん張る。


『弱く脆い動物性物質このからだは、常により強くなろうと微々たるものじゃが成長する。長き時をそのありのままで在り続ける鉱物と違ってのぉ』


 筒音の言葉に耳を傾けながらも、増え続ける重みにその言葉の意味を重ねた。


 そう言えば見たことが無かったのだ。動物性物質ゆうきぶつ にばかりに変化する筒音の、鉱物性物質むきぶつへと変化した姿を。


 特別に求めたことも無かったし、疑問に思うことも無かった。


 ただ変化しない。当然のようで不自然なことに、包女自身は考えもしなかったのだ。だからだろう。この語りに、シャオシンだけでなく自分も聞き入っているのは。そう包女は強く思った。


 同時に感じる重みを、大切な何かを掴むように優しく強く握りしめた。


『妖怪はその在り方に憧れておるのじゃろぉ。とりわけ妾はそうじゃ』


 そう告げる筒音は、それにのぉ、と一際穏やかな声になる。


『この温もりのある姿を、家族と呼んでくれる者たちがおることも、充分に理由になるじゃろぉ』

「筒音」


 包女は確信した。出来なかったのではなく、しなかったのだと言うことに。そして、今、新たな試みの中でその枷を外し、包女との約束を守ろうとしていることを。


「…………家族。そう、あなたも家族のために、戦うことが出来るんだ。…そう」


 それはどういう形でかはわからなかったが、シャオシンにも通じたようだ。一人呟き、頷いている。


 そしてこの瞬間、完成した。


『まぁ、話はだいたいおしまいじゃ。つまり何が言いたいかと言うとなぁ』

「筒音、これは」


 包女も、自身の手に握られた黒刀が新たな装いになっていることに驚く。


『妾は鉱物性物質このすがたでこそ新たな力を身に付けられるはずなのじゃ。そうして包女、お主の言ったように、一緒に強くなれるのじゃ』


 やはりそうだった。昔交わした約束を守ろうと、筒音はこの時を選んだのだ。その証こそがこの装飾黒刀すがた


 黒光りしていた刀身はより大刃に近く長めになっていた。鍔も形作られ、柄には筒音の毛並みと同じ色の布で装飾されていた。


 何より、放たれる威圧が違う。


「刀?…すごい、すごいよ筒音!妖力がこれだけ直接感じるなんて…力が、魔力になってどんどん流れ込んでくる」


 シシシと空気を鳴らす振動が握り手から伝わる。気持ちはまるで、一心同体だ。静かに包女は高揚していくのがわかる。


 悔しいが、今なら戦いたがる九津の気持ちがわかるのだ。この力を、二人で手にいれようと努めてくれた友人であり、家族のことを自慢するように。


『上手くいったようじゃ。妖魔刀、黒金乃筒音(クロガネノツツネ)と言ったところかのぉ』

「…………それ、かっこいい。…でも…」


 ゆらゆらと特徴的な立ち方で待っていてたシャオシンは、ゆらりと動いた。杖のようにしていた太刀を構え、宣言する。


「負けない」


 った、と微かな歩調を見せたかと思うシャオシンその姿は無かった。次元転移したのだ。


 包女が不意をつかれないよう辺りを伺おうとするが、


『包女、お主は魔力をどんどん作れ。そして、結界も、付加魔術も、気に止めることなく使えっ』

「うん」


 筒音から叱責がとぶ。それに強く頷き魔力を練る包女。それを狙うシャオシンは真上にいた。


「……何をしているのか、よくわからないけど、隙が」

『わかっておるっ』


 上から袈裟斬りの要領で重力に身を任せていたシャオシンを、包女の意思ではなく装飾黒刀が払いのける。


 驚いたのはシャオシンだけでなく、包女も同じだ。


「筒音、動けるの」

『簡単になら、のぉ。これぞ筒音の反撃(オートカウンター)じゃ』

「………へぇ、すごい。けど…」


 払われたシャオシンは着地。そのまま、また消える。


「これなら、どう」

「たっ」


 今度は包女は、自分の意思と力で受け止めた。


 それからの攻防は激しさを増した。全転移、時に部分転移を用いて剣技を見せるシャオシンはやはり強かったのだ。


 付加魔術で身体強化した包女と筒音の二人がかりでして完全に防ぎきることは容易では無かった。


 しかし、違和感を感じ始めていたのはシャオシンだった。


「どんどん、太刀筋がよく、早くなってる。さっきいってた、魔術?」


 本気状態である今、剣技と次元転移の組み合わせは、これまでどんな敵でも倒してきた。それこそ止められるのは本気になった総喜やモアだけだったからだ。


「…そう。私は付加魔術…身体強化系の能力を得意とするの」

『何も包女、お主まで教えることはなかろう』

「ううん、いいの。私も、私のことを語った上で戦いたい気分になったから」


 シャオシンの疑問に答えを送る包女に筒音は諌めるように言うが、当の包女はどこ吹く風だ。むしろこの現状のさなか、鼻歌でも奏でるのではというほど上機嫌になってきていた。


 筒音の不思議そうな気持ちが、繋がっている部分から伝わってくるようで、包女はクスッと笑みさえこぼした。


「家族が頑張ってくれてるんだもん、自慢したいじゃない。私の家族はこんなにも私を強くしてくれたんだって」


 突然の包女の笑みにキョトンとしたのはシャオシンだ。だがそれもすぐに払われる。太刀の柄を握りしめ直し、宣言する。


「…………家族。…私も、負けない」

「うん。だと思った」


 包女は、堂々と受け止めた。





 数分たった。本人たちはもしかしたら数時間以上戦っているのではないかと勘ぐるだろうが、それだけの時間しかたっていなかった。


 シャオシンのもう何度目になるのかわからない剣撃を払いのけ、包女が呟く。


「準備は出来たよ」

『やはり、この状態でも時間はかかったのぉ』

「……何?」


 小さくとも、この場にいる全員に聞こえた言葉に、二通りの返事がなされた。筒音の納得したものと、シャオシンの怪訝さ含んだものだ。


 互いに距離など意味がないと知りつつ間をとり、包女が口を開いた。


「あなたの超能力テレポートに対抗するために私は結界を張りました。けど、あまり得意な魔術ではなかったの」


 シャオシンは首を傾けた。


「………そうなの。けど、充分驚いた。次元が狭まる…ううん。断絶的になるなんて、初めての、経験だったから」

「あなたを向こうに行かせないようにするのに手一杯な程度の結界。少しでも気が抜けたら崩れてしまうようなもの…だったから」


 シャオシンの称賛にも近い言葉に、包女は苦笑を交えて返した。ただし、最後の方は力を込めた。


「…………だった?」


 思わず聞き返すシャオシン。包女はシャオシンの目を見つめながら頷いた。


「そう。今、完全に結界を掌握しました」

「…………掌握?どう言うこと?」

『つまりこの空間にいる間、お主の動きは包女に丸わかり、ということじゃよ』


 シャオシンの問いに返したのは筒音だった。その声は自慢げであり、誇らしげだった。


「……さっきまでと何か違うの」

「断言します。この空間内において、私はあなたの速度を越えられる」

「…………そう。なら、見せて。私を越えられるって言う、その力」


 音なく、声を残してシャオシンは消える。


 この時、シャオシンの心に一つの希望が生まれたことを包女たちは知らない。


 シャオシンの姿が表れた。振り払われる太刀。しかし包女はそれを難なく受け止めた。衝撃は軽いが、そのあまりの容易な動きだけの包女にシャオシンは驚いたようだ。


 何度か、試すような剣撃。先ほどまでと違い、包女はやはり動じた様子もなく受け止める。


 シャオシンは構えを変えた。そして、全力ともとれる連続次元転移からの攻撃を仕掛け、


「…………すごい。本当に、わかっているの?」


 その全てが防がれた。


「わかってから間に合うほどの速度。それと、もう一つ仕掛けが」

「何?」


 困った顔をする包女を、逆に不思議そうにシャオシンが尋ねた。


「あなたに付加した私の魔力です」

「…………魔力?別に、何か感じないけど」

「普通の人には見えたりしませんから」

「…………普通?私が?こんな力を持ってるのに?」


 シャオシンは太刀を下ろして喋り出した。本当に驚いているようだ。こうなると、困惑したのは包女の方だ。


 まさか説明を求められているのかと考える。そうなると、包女の魔力を付加させて、強制的に弱体化させたりする魔術であることを言わなくてはならない。


 どうしたものかとやっと出たのは、たいそう自分でも世間話か、と言いたくなるような言葉だった。


「え?普通、ですよ。普通の人は魔術とか使わないですし」

『そうじゃ。お主なぞ、少し面白い力を使うだけの、ただの人間の娘じゃ』


 筒音も加わってくれたおかげて、それなりに聞こえるようにシャオシンに告げられる。


「…………そう、そうか。じゃぁ、私が負けても、しょうがないか」


 シャオシンは太刀を落とした。そのまま、もう立っているのもやっとだったかのように崩れ落ちた。


 実のところ、過度の複数系統の次元転移と付加魔術の弱体化、そして最後の一言によってシャオシンは全ての体力を使いきっていたのだ。


 最後の力を振り絞るように、天井を見上げるように仰向けになるシャオシン。その口は何か呟こうと開かれた。


「ごめん、トーノキ。モア。負けちゃった。私、化け物じゃ、無かったみたい」





 包女たちの知らない事情。その幼き日、家族を始めとした周囲の人間たちに「化け物」と呼ばれた少女の事情。


 ──体が消えるなんて人間じゃない。


 ──お前は普通じゃない。いや、それどころか…。


 ──お前はきっと、化け物なんだ。


 感情を表に出すことを苦手とし、言葉として表に出すことさえ上手く出来ない少女は、数少ない「家族」と呼べる者たちのためにその能力を使った。


 しかし、敗れた。


 なぜなら、自分を化け物だと言わしめた能力を、「少し面白い能力」だと言うほどの相手と戦ったから。


 なぜなら、化け物だと思っていた自分を、「普通の人間」などと読んでくれるような相手と戦ったから。


 だから、大切な家族に、守ろうと決めていた家族に、後ろめたさを残しながらその言葉を受け入れてしまったのだ。そうすると不思議に、体の力が抜けてしまったのだ。


 これは、戦ってくれた相手には秘密の事情だった。





 シャオシンの状態を覗きこんで伺う包女。顔色はいい方とは言えないが、大丈夫だろうと思えた。


「この人、このままでも大丈夫だよね」

『縛ったところで意味がないのじゃ。寝かせておけ』


 筒音も、同じものを見てそう言った。


「うん、そうだね。早く地上に上がって瑪瑙ちゃんに連絡しよう」


 なぜだか知らないが、力尽き倒れたシャオシンは、とても嬉しそうに笑っていたから。


 包女たちは結界を解き、地上へと向かった。





 ─────





「小僧、もう五分は経つんじゃないか?いつまで寝たふりをしている」


 壁に叩きつけられそのまま起き上がらない九津を、モアは腕を組んだまま待っていた(・・・・)


 時おり、壁越しに室内の様子を気にする素振りこそ見せるものの、基本的に九津から目を離さないことから、とれほど注意しているかが判る。


 わかってはいるのだが。


「中も騒がしくなってきたんだ。さっさとしないとこっちがトーノキにどやされんだよ」


 頭をかき、面倒臭そうに顔をゆがめたモア。どうしたものかと考えているようだ。それも束の間。数秒後、うんともすんとも言わず動かずの九津にしびれをきかしたように拳を振り上げた。


 これは、モアが原動力エンジンのタイプAと呼ぶテレキネシスを戦闘に用いるときの動きだ。


「そうか、あえて何も語らずか…なら」


 どうする、小僧。そう問われるかのように一撃を放とうとする。


「いくぞ」


 宣言するモア。その瞬間、先ほどまで壁にもたれるように倒れていた九津の姿は無かった。


 モアは自分が意識を反らしたかどうかを考えようとしたが、それはすぐに命取りになると判断したようだ。見えないなら、最初から受け止めるよう覚悟すればいい、そう感じ取れるように力を込めた。直後、


「っ!…はは、そうだな」


 肉体同士がぶつかり合う鈍い音が聞こえた。九津が力任せに殴りつけ、それをギリギリのところで防いだモアは嬉しそうに笑った。


「そう来なくっちゃな」

「あーあ、気絶したと思わせたら不意打ちもできたし、向こうへ行くんだったら不意打ちが出来たのに…全くもって残念」


 一撃ののち、何ごともなかったかのように距離を置き、九津は大袈裟な振る舞いで肩を落として残念がった。顔は笑っていない。相手の強さを計りかねているからだ。


「そう言うなよ、小僧。俺はお前を見たときから戦ってみてぇって思ってたんだよ」

「見られてたんだ、やっぱり。おかしいなぁとは思ってはいたけど」

「トーノキの奴が最上階ここまで手を出すなって言ってな。ようやく解禁だよ」


 モアの言葉に納得する。おそらく最上階ならば向こう側の都合がいいのだろう、と理解したからだ。主にこういった戦闘についてだろうが。そこで同時に疑問が生じる。


「何で俺と?」


 三人同時に戦えば良かったのだ。中にもどうやら仲間はいるらしいし、考えなくともここは向こうの領域だ。地の利はあきらかに向こうにある。それをあえて、まるで穏便にことを済ませようとするかのような行動が不思議だったのだ。そして、九津と戦ってみたかったというあからさまに狙っていたかのような言いぐさ。


 九津は率直に聞いた。


「中の二人に用があるのはトーノキだけだしな。それにお前が一番強そうだ」

「…うわ、どうしよう…かなり嬉しいかも」


 腕を鳴らし、嬉しそうに宣う。これから戦う状況を楽しみで仕方がなさそうだ。そして九津としても、一番強いと評されたことは素直に嬉しかった。


「何より、俺の知ってるすげぇ奴に…似てるからだよ」


 ぼそりとモアは呟いた。聞き取れず、九津は怪訝そうに見たがすぐに諦めた。すべきことがあるからだ。


「俺も貴方と戦わなくちゃならないね」

「ほぉ。不意打ち狙いのわりには、ずいぶんとすぐにのってくれんだな」


 モアは意外そうな顔をした。それほど戦闘にもっていくのが面倒だと思っていたらしい。


 九津自身もそれはそうかと思った。五分も寝たふりをしたような相手だ。自分だって逃げの一手だと勘違いするだろう。だから、言ってあげないといけないと思い、ようやく通常運転し始めた。


 ニヤリと口角をあげたのだ。


「だって貴方…そうとう強そうだからね。俺が足止めしなきゃいけないでしょ」


 九津は万式紋を出し、光の刃を携えた。


 モアは、それはそれは嬉しそうに楽しそうに、二つの拳を握りしめた。




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