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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
怪の公式 編
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第三十二話 『怪ノ公式④』

 廊下側の壁を抜けて衝撃音が轟いた。ものすごく強い力で壁に何かをぶち当てたかのようだ。


「な、なんだ今の音」

「…モアさんですね。やり過ぎないでほしいものです。修繕にかかる費用と時間はわかってもらっているはずなのに」


 たまらず不審そうな声をもらした光森。それに答えるかのように総喜は、困ったように顎に手を当てて呟いた。外の衝撃音の正体を理解しているかのようだ。


「外に誰かいるのか」


 怪訝そうに光森が呟いた。総喜からも目を離せないが、とてもじゃないが外の方の警戒も緩められない。外には九津もいるのだ。それなのにあれだけの音がしたのだから問題はあったはずだ。


 光森が思考を巡らせていると、大義の声がした。


「モア…っ、モア・ダイパス。この研究地域の責任者だ」


 上ずったような声。そこから読み取れるのは、相手がやはり厄介だと言うことだ。


「モア・ダイパス…あの演説していたタイプAの原動力者エンジニアか…なら、外で今…はぁ?まさか九津の奴と戦っているのか?」


 記憶を探り、思い出す。確かに顔の厳つさは厄介だと思っていたし、原動力エンジンの方も攻撃に適した物体操作《タイプA》だ。しかし、九津を意図も簡単にあれほど壁に叩きつけられるほど実践慣れしてるとは思わなかった。


 いや、違うかと光森は自分を否定する。女剣士といい、実践向けの者たちがいるのだろう。つまりは目の前のじいさんもか、と警戒を強めた。


 向けられた視線とは裏腹に、総喜の方は困った顔以上のものが読めない。ある意味、先読みさせないための行動なのかもしれないが、迂闊には動けなかった。


「ええ、ええ、あの金髪の少年ですよね。モアさんがとても気にされてましてね。私があなたたちと話をしている間、少しちょっかいをかけるとは思っていたのですが」


 何かを言いたげに眼鏡を持ち上げ、頬をかいた。向こうの戦闘らしき行動は、総喜にとっても予想以上のことだったらしい。


 総喜は一度諦めたかのように短く息を吐き、後ろ手に組み直した。


「それではそれでは、気を取り直してもう一度尋ねます。ホォ・シャオシンさん。私たちの大切な仲間をどうされました?返答によっては、私も少々、手荒になりかねませんよ?」


 困った顔から反転。眼鏡の奥の瞳がキラリと光る。威圧を感じさせなかったのが嘘のようだ。


 こっちはこっちで実践慣れしてるわけだ、と光森は妙に納得した。ならば出遅れたことが悔やまれるが、ここからの会話からが光森の戦いだ。正体、強弱、目的がわからないのは互いに条件は同じだ。


「…信じるか、信じないかはあんた次第だけどな」


 もったいぶる。その間に出来ることを考える。


 相手の正体を見破ること。それはおそらく原動力者エンジニアであろうその原動力タイプや人柄を見抜くこと。


 相手の強弱を判断すること。それはここに最初からいたと言われた時点で計り知れないが、それでも状況を変えるために下さねばならないこと。


 目的を判明させること。黙して待っていたほどの理由。シャオシンという女剣士のことだけなのか。


 どこまで出来るかはわからない。しかし、やらねばならなかった。


「不思議な力で今ごろは異次元さ。俺の仲間と一緒にな」


 笑みを添えて、いつも後輩がすることを真似て言う。


 はったりは、戦いの基本ですよ。


 後輩の言葉がよぎる。そうだな、と心中素直に頷く。本人には絶対にみせないが。


 さて。お前の知らない情報を持っているぞ、という真実を含めたはったりは、どこまで通用するのか。上手く相手を混乱させられれば、いいのだが。光森は総喜を見据えた。


 総喜はその言葉を視線と共に受け止めていた。動揺する様子もなく、考えているようだ。出した答えは。


「ふむふむ、そうですか」

「ずいぶんとあっさり信じるんだな?嘘っぱちのでたらめかもしれないぞ」

「いえいえ、ご心配には及びません。私もタイプCのトップクラスの意地がありますので」


 迷いなくすらすら出てくる言葉に、本心から疑っていないだろう総喜の思考が伝わる。


 まず、第一段階。相手の混乱を招くことは失敗したようだ。


「人の嘘を見破ることくらいはやってみせましょう」


 不敵ともとれる総喜の笑みに、わずかにたじろいだのを悟られないようにするのに光森は精一杯だった。


 追撃するように総喜は、左手の人指し指をピッと突き立てて口を開いた。


「それにこの話が本当であり、あなたの仲間と共にいるのなら、あなたの元へその方が戻ってこないことからまだシャオシンさんは無事なのだろうとも予測できます」

「…ああ、確かにな」


 光森は、二つ目も失敗したことを悟った。人質となるだろうシャオシンの安否が確認されたとだ。


 相手にとっての不安要素のほとんどを取り除かれてしまったことになる。


 混乱、動揺。その二つを相手に与えられなかったのは、やはり慣れていないからだろう。この手のやり取りは、後輩二人の方が上手い。一人は無意識的な挑発として心を揺さぶり、もう一人は意図的に計算して思考を揺さぶる。どちらにしろ、一朝一夕では上手くいかないものだ。


「ところでそちらはここの職員ですね。名前は…蟻川大義さんでしたでしょうか?なにゆえ、このようなところに?」


 光森の内心をよそに、総喜が話を続ける。今度は大義に向けてだ。これにより総喜は、もはや光森や光森のもつ情報に対しての優先度を下げたことを告げていた。


 ありていに言えば、気に止める必要性が限りなく無くなったのだろう。その意味を汲み取って言葉を一瞬詰まらせる光森。大義が進み出た。


「蜂峰さん。俺は確かめに来たんだ。この場所の真実を」

「真実…とは?具体性が乏しいですね」


 追求するように眼鏡を光らせて、続きを促す総喜。大義は意を決したように口を開いた。


「この場所…ここで行われている研究が、世界征服のためなんかじゃない…ってことをだ」

「…なんと、なんと」


 力のこもる大義とは逆に、総喜はおどけたように手のひらを広げた。わざとらしいその仕草は馬鹿にしてるような、なんとも言えない気持ちにさせられる。これが作戦というなら成功かもしれない。光森はそう思って、グッと握り拳を作った。


「で、じいさん。実際のところはどうなんだよ。ここ以外だったら夢物語の空想ですむ。が」


 せめてここで少しでも情報を引き出そう、光森はそう試みた。似合わない上に慣れない駆け引きなど一切ない、直接的な言葉で。


「そうですね、確かに確かに。ここではあまりに現実的・・・過ぎますよね」


 うんうんと頷く総喜の姿はわざとらしく、挑発じみているように見えた。これだけでは、わからない。光森はさらに言った。


「どうなんだよ。後ろめたいことがなければ、調べさせても問題ないだろう」

「ふむふむ。では、もし、仮に、ですよ」


 例え事実でなくとも絶対に無理であろう条件を、総喜は楽しそうに聞いていた。


「その通りです…と、言った場合は?どうされますか?」


 光森たちが言葉を紡ぐ前に問いで返す。光森は怪訝そうに目を細めたが、言う言葉は決まっていた。


「力づくで暴くことになるかもな」


 出来るだけ迫力が出るように声を低める。構えはまだとらないが、全身に力をみなぎらせる。


 総喜はどうやら光森のその雰囲気に気づいたらしい。


「おやおや、物騒なことこのうえありませんね。こちらとしてはシャオシンさんさえ無事ならよいと思っていたのですが」


 と、言葉を切った。

 

 先ほどから出てくるシャオシンという名前。女剣士の名前であり、ここのパンフレットに載っていた幹部の一人だ。光森はふと、気になった。そして尋ねた。


「あの女剣士が大切か?」


 と。


 まさかとは思うが、彼女の安否を気遣って自分たちを監視していたのだろうか。彼女が見つかればそれでいい、というのはそれほどまでにあの女剣士がこの場所にとって重要な人物だということだろうか。

 

 色んな疑問が頭に浮かびながら光森は総喜を伺う。


 総喜はにっこりと微笑んだ。


「ええ、ええ、もちろん。それこそ彼女が本当に望むのであれば、世界を左右させてもいいほどに」


 その瞳の奥に、質問の答えは彼女しだいだという意思を見え隠れさせて。


 光森は苦虫を噛む思いだった。


 あの女剣士のことを自分はよくは知らない。しかし、少しでも最悪の可能性を見せたことが問題だった。


「…交渉…決裂、じゃねぇかよ」

「それこそ、信じる信じないかは、あなた次第ですよ」


 光森が先ほど使った言葉で返し、してやったり顔でにやりと笑う総喜。


 食えないじいさんだ。それが光森の答えだった。


「…蟻川さん。マテリアルエンジニア、タイプBで、頼む」

「…ああ、わかった。すまない」


 緊急時こんなとき用に考えていた合言葉を光森が呟き、大義が頷いた。





 ─────





 光森たちが作戦名称コード「マテリアルエンジニア・タイプB」を発動した頃、包女と筒音の二人はまだあの地下二階にいた。


 現状としては精霊魔術結界は張られたままであり、この場所に少なからず置いてあった鉄製の本棚は倒れまくり、中に納められていた段ボールは散々たる有り様だった。


 そして、この場にいる三人目。長身の女剣士ことホオ・シャオシンの姿をとらえることで精一杯だった。


 シャオシンは片手に長い刃の太刀を携え、どこかゆらゆらとした独特の立ち方で二人を見ていた。


 対峙する時間がとても長く感じられる。が、動くときは一瞬だ。文字通り、彼女は瞬間的に移動(テレポート)してしまうからだ。そしてまた、その一括りに纏めた黒髪をたなびかせたかと思うと、消えた。


「また消えた」

『気をつけろ、包女。あやつは消えた瞬間には、もう…』


 残像もない移動手段。わかってはいるのだが、思わず声に出してしまう包女。そんな包女をたしなめるように筒音も言うが、自分もシャオシンの位置を把握出来ていない。視覚だけで追うだけには、無理がある相手だった。


 筒音が嗅覚により、包女がわずかな気配を頼りにシャオシンの位置を察知したときにはすでにシャオシンは間合いをとった状態だった。


 唯一、攻撃にまわる瞬間に人並みの早さになるが、それでも避けるのは間に合わない。そんなとき筒音は迷いなく包女を庇うように動く。


「筒音っ」

『安心するのじゃ。しかし、気をつけろ、と言った手前、示しがつかんのじゃ』


 太刀の刃が鈍いこともあり、傷そのものは大したことがなく、包女も心配そうな顔をするがまた次の瞬間にはシャオシンを見据え、構える。


 筒音自身も、よほどの致命傷でなければこの動物性物質からだの再生はほぼ瞬時に出来る。何より、現在は包女とより密接に繋がっている状態だ。筒音の体には妖力がみなぎっていた。


 それでも盾になるのが精一杯か。筒音はそう考えると、シャオシンの力量、主に瞬間移動という能力の厄介さ疎み始めていた。


 と、そんなとき。


「…………そんなことは、ない」


 思わぬところから声がした。シャオシンだ。ゆらりゆらりとした独特の立ち方で、喋り出した。


「…………私の剣撃、避けられるの、トーノキくらい、だった。モアでも、難しい。笑ってたら、よく、怒ってた」

『……なんじゃあやつは?何が言いたい?』


  一瞬、シャオシンが言っている意味がわからず無言になってしまった。そして意味がわかったところで筒音には、理解し難いことだった。


 包女も困ったように考える素振り。構えられていた黒刀もやや力が抜けたように見える。


「…えーと、つまり、なんだか褒められてるみたい…だね」

『なぜ、褒められるのじゃ?意味がわからん』

「わ、私に言わないでよ」


 あくまでも自分なりの解釈を入れただけなのだが、筒音はますます理解し難いと眉を寄せた。不満そうな筒音に、さらに不満そうに包女は返した。


 そんな二人のやり取りを、心なしか楽しそうにシャオシンは眺めているようだ。そして柄を持ち直す音と共に告げる。


「…………じゃぁ、次、いくよ。ギア、チェンジ」


 言い終わらないうちに消えた。瞬間移動だ。残像どころか気配の一つも残さない次元転移と呼ばれる移動手段。


 包女たちは顔をしかめた。


「…っ、また」

『背中合わせならば視界は補えるのじゃ』

「うん」


 自分たちが行動をおこしたときにはシャオシンの移動は終わっている。しかし、構わない。移動が終わったときこそが二人の狙いだった。


 なぜなら攻撃に転じるとき、僅かだがシャオシンは人並みの動きになるからだ。互いに視覚を共有し、さらに視界を補い合うことでその隙を見つけるのだ。


 簡単なようでその実、かなり難易度は高い。が、この続く攻防で二人も段々とだが慣れてきたのを自覚してきていた。そして今回、ようやくその一瞬を見つけた。


『そこじゃっ』


 叫びながら筒音が妖術で生み出した火の玉を飛ばす。直撃は無理でも、体勢を崩すくらいは出来たはずだ。移動が終わるまで、相手がどこにいるかはわからない。それはシャオシンも同じはずだから。


 その読みが当たったかのようにシャオシンの元へ火の玉が届く。シャオシンは驚きこそ見えなかったが、やはりかわすために体勢を崩した、はずだった。


 ところがだ。


「…………ハズレ。本命・・は、こっち」


 横に反れるように動いたシャオシンの太刀を持った腕が途中から消えているのだ。その先。腕と太刀は何処へ消えたかというと、


「え、え、えぇぇ!腕だけの移動も出来るの?」


 筒音と反対を向いていた包女を狙ったのだ。


 叫びながらもギリギリで黒刀でいなす包女。目の前には細い腕が何処からともなく現れて、太刀を振るっていた。


 筒音も自分が対峙しているシャオシン本体から目を離せずに声をかける。


『包女、無事かっ』

「なんとか…けど、テレポーテーションって部分転移あんなのも出来るんだ…ビックリした」


 すでに消えた腕のあった場所を眺めながら冷や汗を流す包女。筒音への返事もそこそこに、驚きを隠せないでいる。


 思うことは、呪術といい、超能力といい、妖術といい、なんと魔術師泣かせの能力ばかりだろうという少しの弱気と愚痴だ。このところ少しくらいじゃ見た目に冷静さを保てるようになっていたというのに、今日は散々な見せつけられているような気がしてきた。


『フム。本当じゃなぁ。閉じ込めたのは正解じゃった…あれほど自由に行き来するとは』


 筒音も精霊魔術結界を張ってシャオシンの移動範囲を制限したことを良策だったと肯定した。だがその声は、なぜだろう、詰まらなそうだ。


 ん、と包女は怪訝そうになる。これはどういったときの声色だっただろうか。


『しかし。』

「何、筒音」


 声をかける前に筒音が続ける。


『遊ばれておるようで、ちと、楽しくないのじゃ』


 思わず包女はこけそうになった。


「あ、あのね、筒音。今、そんなことをいってる場合じゃ」


 包女は思い出した。そうだ、あの声色は強敵を前に不安を隠すようなものなんかじゃない。あれは、自分よりも楽しんでいる相手を僻んでのものだ。


 遊びたい、といっていたのは覚えているが、何もこんな状況でもその考えを捨てないとは。呆れたように包女は口を開きかけた。


「……私は、楽しいよ」


 が、その口は、シャオシンの一言により閉ざされることとなる。


 あれ、今なんと言ったのかな。そう、思いを込めた包女は、


「え?」


 ずいぶんと間の抜けたような声しか出なかった。


 おかしいな、筒音と同じようなことを口走ってるように聞こえるんだけど。内心、心乱されるような一言だった。


 だって、それじゃ、まるで。


 包女の混乱をよそに、筒音が憮然とした態度で言う。


『なんじゃ、お主。何が言いたい』

「遊びも勝負も、真剣にしなさい。トーノキは、そう教えてくれた。そうでないと、相手に悪いって。何より、自分が、楽しめないって」


 まるで筒音に促されるかのようにシャオシンは喋った。


『誰じゃトーノキとは』

「それに、本気で相手を…って」


 筒音が言い、包女が続ける。筒音は素直な疑問。包女は、困惑からの質問だ。


「……トーノキは、私の、家族。本気でって言うのは、あなたたち、最初に、遊びたいって、言ってたから」

「……っ」


 シャオシンの言葉に包女は詰まらせた。まさか相手も遊びに興じて攻めて来ていたとは。


 そして、同時に察する。


 動きが素人同然の大振りが多かったのは、遊びの範囲を越えない程度の本気だったと言うことを。ただ一つ、超能力に偏った戦いは、そういったシャオシンなりの制限があったからなのだということを。


 そして。


「…………そして、本気でやるなら、勝ちにいけって、モアが言ってた」


 その制限も今、外されようとしているのことを知る。


 冷や汗を感じた。外は真夏の外気にさらされ暑さはとてつもなく絶頂だろう。それに比べればここは涼しかった。それなのにだ。


 たらりと流れる汗が、自身の背中の形を教える。制限を外した次元転移の女剣士。どう戦えばいいのか、考えただけでも頭が痛くなりそうだ。


 言い訳をしたくはないが、結界を解き、魔力の消費をいっさい気にせず魔術を乱発すれば勝機はグッと上がるだろう。だが逆に、逃げの一手に回られれば、先に力尽きる可能性だってある。互いに制限を掛け合いながらだったからこそこの現状維持の戦いが出来たのだ。


 その均衡が崩れそうな今、どうしたらいいものかと包女は難しい顔をしていた。


 それを知ってから知らずか、いや、絶対に察することなく筒音が平然と言ってのけた。


『じゃぁかぁらぁ、モアも知らん』


 人の姿であったなら、腕を組み、憤然とした態度だっただろう。獣の姿の今は、その雰囲気しか伝わらない。それでも充分だが。


 シャオシンは気にした様子もなく、むしろ表情こそわかりずらいが、楽しそうに言う。


「……私の、もう一人の、家族」

『フン。誰じゃとわかったところで関係はない…が、勝ちにいけとは、気が合いそうじゃな』


 そんなシャオシンとは正反対に、筒音は切り捨てるように言う。が、途中、にやりと牙を見せて笑った。


 尻尾をブンブンと振る姿は、充分楽しんでいるように見える。


『包女、まだ魔力はいけよう?』

「う、うん。大丈夫…けど、なんで?」


 不安そうに返す包女。筒音の尻尾はいまだにブンブンと激しく揺れている。


 と、辺りの温度がさらに下がってきた感覚にとらわれた。これはなんだ、と包女は焦ったが思い出した。これは妖力のもつ特徴おんどだ。


 憑依や魔力変換により繋がっている部分とは違い、辺りに筒音の有り余りつつある妖力の漏れた気、妖気が拡がっているのだ。


『楽しむことこそ妖怪の本領。あやつだけ楽しんでは負けてるようで嫌じゃ。妾たちも楽しまねばな』


 包女と繋がっている状態なら筒音も確かにほぼ無限に循環するように妖力が作れる。しかしこの状態は。


 包女は考えようとしたが、やめた。軽く息を調え、頷く。


「私は、人間だけどね」

『じゃが、家族でよいのだろ?』


 何をするつもりかわからないが、筒音を信じることに変わりはないのだ。ならば自身も魔力を滞りなく生み出すだけだ。こう、答えるだけだ。


「当然」


 にやり、と牙を主張する。シシシと空気を揺らす笑いは、楽しくて仕方なさそうだ。


『ならば、見せようぞ。楽しみはこれからじゃということを。妾と包女の、新っ、合体技を』

「うん」


 威勢よく宣言する筒音に、自信を含ませ頷き返す包女。


 二人の共鳴率が今、最高潮を迎えようとしている。


 そして──。


「………え?えええ…!私たちの、新合体技?な、なにそれ」


 包女の絶叫と共に、脆くもその共鳴率が砕け散った。


 たいして気にしていないのは筒音と、なぜかシャオシンだ。


「…………楽しみ」


 ぼそりと呟いた言葉を聞き逃すものはここにはおらず、シシシと揺れる空気の音を遮るものもなかった。また、包女の絶叫にすぐに答えてくれるものもなかった。


 

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