第二十五話 『コレヲAトスル』
八月の日射しと日本特有の湿度が相まって、鉄筋コンクリートの校舎内の気温は、充分すぎるほど上がっていた。
全開にした窓から吹く申し訳程度の風と、人間よりもこの時期一生懸命に働く扇風機のおかげで空気は停滞しないが、暑さを凌ぐような温度変化への期待は皆無だった。
むしろなんでこの準備室という類いの教室には、クーラーという文明の利器がないのだろう。ノートパソコンの液晶画面を睨み付けながら、悟月 九津は思った。
「…あっつぅ…」
誰に告げるともなしに、そんな言葉が溢れる。最後の入力キーを、感情的気味に押し、突っ伏すようにキーボードの上に頬をのせた。
その特徴的な金色に染まるつんつん髪も、心なしかしなだれているようだ。
「悪かったな、悟月。だがな、本当に助かったよ」
「…ん…どういたしまして」
そんな九津に、紙コップ入りの麦茶を差し出したのはこの「生徒指導準備室」の長、兜 耕造だった。
九津は返事をしつつ受け取とると、それをグイッと煽るように飲みほし、ようやく一息ついた。
生気を取り戻した九津に安心したように耕造は自分も椅子に座り直し、自分が取りかかっていた分の仕事を一先ず終了した。
「しかし、悟月がこんなにパソコンを操れるとは思わなかった…人は見かけによらんな」
「そんなにですか」
椅子に全力でもたれている九津は、耕造の言葉に心外そうに返した。
元々このパソコンへの入力は、資料を纏める耕造の仕事だった。それをちょっとした理由から手伝うことになったのだが、人は見かけによらないとは、なんたることか。
九津は肘をついて溜め息をついた。
耕造は、九津のそんな態度を面白そうに眺めた。
「お前は携帯を持っとらんだろ。今時の高校生とは思えんところを、ときどき垣間見せるからな」
「ん…ん、そうですか?まぁ、携帯は必要なかったですしねぇ。パソコンは教えてもらってたんですけど、あんまり得意では…でも、ブラインドタッチくらいで喜んでもらえるなら、習っといて正解でした」
先ほどの溜め息はどこへやら。九津は何事も無かったように、にへらと口元を弛めた。
数秒単位で変わる九津の表情を、ことさら愉快そうに一笑いし、耕造は尋ねた。
「その、〃ぶらいんどたっち〃がわからん。しかし、そうか。習ってたのか。パソコン教室か何かか?」
「…しいて言うなれば、青空教室でしたね」
「ほれみろ。お前はときどき変な言い回しをする。それだよ、それ。ん、ところでそろそろ昼時だな」
楽しそうだった顔をしかめて耕造は言った。それがお前の評価を変動させる原因だよ、と言いたげに指を添えて。そして伸ばした手につけていた腕時計が見え、時間を確認して呟いた。
九津も「本当ですね」と室内の時計で確認し、
「来てから結構経ってたんですね。じゃぁ、俺、二人を呼んできて帰ります。今日はありがとうございま…」
「何が食いたい?」
「え?」
立ち上がりかけて、かけられた言葉に驚いた。
「今日の時給代わりだよ。二人も良ければ誘うといい」
九津が不思議そうな顔でこちらを眺めているので、耕造はニヤリと返した。
時給代わり。これを説明するには少しだけ時間を遡る。
午前中。九津がいたのはこの高校近くにある、とある場所だった。
そこは「付加魔術」を得意とする魔術師の一族、鷲都家の所有地であり、修行の場だった。
当然、そんな場所に集まると言うことは、そういうことであり、九津を始め、魔術を始めとした不可思議な力を知る面々が集まった。
九津以外は二人。
一人はこの地の所有者である一族で、現代の魔術師、鷲都 包女だ。
そしてもう一人は魔術師ではなく、呪術師の少女、鵜崎 瑪瑙だった。
二人は集まって早々に、互いが得意とする魔術と呪術の修行を始めた。それを暑さを凌ぎながら指導まがいの口出しをするのが、九津の役目だった。
そしてこの修行、この間までは包女が己を厳戒しつつ行っていたのだが、ここ数日、少し変わった。瑪瑙がやたらと張りきりだしたのだ。
とくに新たな呪術をものにしようと鼻息荒く、九津に尋ねてきた。
瑪瑙が呪術の中でも得意としていたものは独学で練り上げた「創造」系と呼ばれるものだ。これは呪力を受け付ける物質の類いを式神と呼ばれる呪力生命体などに変化、創造することを主軸にした分野のものだった。
しかしこの度、彼女は新たな領域を目指したいと、以前に九津が語った呪術の一つ、「語部」系を教えてほしいと訴えでたのだ。
俗に呪術を知識として知っている者たちの言う「語部」系とは、元々ある古今東西に存在する『神話』や『伝承』、『昔話』を起源に、その物語になぞられた呪術効果そのものを術師及び効果対象に発現、発起させるものだった。
瑪瑙の訴えを九津は無下にすることはなく、知っている限りの知識を教えた。
こうして奮闘すること一時間足らず。瑪瑙は呪術の根本とも呼べる「揃える」ことに成功したのだ。
その後、習得の早さに驚く九津を尻目に一区切りした面々が、これからの予定を話した。そのときに、天才的な呪術の才能を開花させている少女が言ったのだ。
この近くに二人が通う高校があるのは知っている。だから見学に行きたい、と。
瑪瑙が天才呪術師であると同時に、普通の受験生だったことを再認識した九津と包女は、それならとその足で高校へと向かった。
そして馴染みある顔、耕造ともう一人、天道 星継に出会い、耕造を手伝っていた星継の変わりに九津が手伝い、星継が二人を連れて案内に行った、ということだった。
それから約一時間。耕造が苦手とするパソコンの打ち込みを代わりにやり続け、時は今に戻る。
「本当ですか?やった、兜先生太っ腹」
「腹を見ながら言うやつがあるか。…まったく」
肥満体と言えないが、それなりに貫禄のあるワイシャツの中の腹を見抜かれたようで、耕造は渋い顔で返した。
と、それを合図にしたかのように、この部屋のドアが開かれた。
校舎を回っていた星継、包女、瑪瑙の三人が帰ってきたのだ。一番始めに入ってきた三十代前後の男、星継が二人を見て言った。
「戻りました」
「ありがとうございました、天道先生」
それに続いて包女が星継にお礼を告げながら入ってきた。その瞳は二色に染まり、長い髪が跡を追った。
最後に入ってきたのは、白と黒の二つのシュシュにそれぞれ髪を束ねた小柄な少女、瑪瑙だった。
「本当にありがとうございました」
「おお、天道先生、ちょうどよかった。鷲都も、それにそっちの女の子も」
耕造は星継に声をかけながら瑪瑙が入ってくるのを見届けると、二人にも声をかけた。
包女は九津と耕造を交互に見て尋ねた。
「どうしたんですか」
「今な、悟月に時給代わりに昼を奢ると言っていたところなんだ。良ければ三人もどうかと思ってな」
「ええ!僕もいいんですか?僕はそれなら…」
包女への耕造の返答に、星継の方が虚をつかれたように驚いたが、直ぐに了承の意を伝えようとした。濁ってしまったのは、後ろの二人が気になったからだ。
包女と瑪瑙も互いに視線を交わす。
「私たちもせっかくなので、ご厚意に甘えようかと。ね、瑪瑙ちゃん」
「はいなのですよ。もともとお昼は外で食べるつもりでしたし、ぜひとも皆さんとご一緒させてほしいのです」
「なら、決まりだな。どこへ行こうか」
二人の了承も得て、耕造は膝を景気よく鳴らした。そしてこの面子で食べに行くとしたら。そう考えている耕造たちに、
「そうですね…」
せっかくなので、九津は提案した。
回転寿司。九津が行ったことがないということで決まった。いくら安い店を選んだとはいえ、値段的に気になる星継は申し訳なさそうに落ち着かない様子だ。耕造は気にするな、あいつを見習えと九津を差した。
回るレーンの上の皿に乗った寿司を、珍しそうに、興味深そうに眺める九津がいた。包女と瑪瑙も苦笑を隠せない。
星継はそう言えばと口を開いた。
「そういえば今日は、あの二年の子は一緒に居ないんだ」
「二年…あぁ、鯨井先輩ですか?最近、先輩忙しいらしくって」
割り箸の場所、壁から出るお湯、食べ放題のガリ、袋入りの山葵。全てに興味をそそられ、忙しく視線をさ迷わせていた九津は短く答えた。
ほぉ、と顎に手を当て、考え込んだのは耕造の方だ。仕事の声色で呟く。
「二年の夏休みか…進路のことで迷っているなら力になってやれんことも無いが…本人の意思で来てもらわねば意味がないしな」
「そうですね。大人がどうこう言い過ぎるのはあまり良くないと、僕も思います」
真面目な二人の会話に、包女と瑪瑙は大人しく耳を澄ますだけだ。それを耳ざとく乱入するのは、九津だった。
「ん、多分、大丈夫ですよ。先輩は頭良いし、自分で何をすべきか、ちゃんと考えられる人ですし」
なにせ、と続けながら気がすんだのか、やっと耕造たちを見た。
「俺たちみたいな友人がついてますから」
「…そうだな」
「…そうだね」
「あれ?なんか無駄に大人の優しさを垣間見せられた感が半端ないんですけど」
決め台詞よろしく宣ったのだが、無性に大人二人の視線は優しかった。反応の違和感を思わず口にすると、二人とも穏やかに首を振った。
「そんなことないぞ、悟月」
「そんなことないよ、悟月くん」
「ん、んん…そう、ですか?なら、気にしないんですけど」
やはり腑に落ちないが、落としどころだろう。渋々、納得したように返すが、
「お前には鷲都もついてるしな」
「鷲都さんも一緒に居てくれてるしね」
「…鷲都さんありきの俺ってことじゃないですか」
最後の言葉に顔をひきつらせた。
確かに、普段はどうも引っ張られてる気がするな、と包女に視線を送りながら。
包女の方も、九津たちの会話を面白そうに聞いていたが、急に自分が話に出てきて、さらにはなぜか九津の相方のような扱いを受けているのが恥ずかしくなったのか、俯いている。
巻き込んでしまって悪い、と九津が考えていると、耕造が言う。
「一緒に居る、ということは、少なからず助けになるはずだ。もし、鯨井が助けを求めることがあれば、学年にとらわれず、精一杯力になってあげなさい」
九津は突然の真面目な言葉に、瞬間的に理解が遅くなった。しかし、直ぐに不敵そうに笑みを浮かべた。
「ん、当然ですよ。任せてください」
店を出て、そのまま九津は帰ることにした。耕造たちに礼を述べ、包女たちともそこで別れたので、一人家路につき今ついた。
「ただいま」
いつも通り玄関を開けると、奥から母輝の声がした。
「あれ、あんた、ちょうどいいとこに帰ってきた。ほら」
そのまま受話器をとるよう促す。意味のわからないまま受け取り、一言。
「何?誰?」
「包女ちゃん」
「鷲都さん?なんで…さっきまで一緒だったのに」
告げられた名前に、思わず不思議そうな顔をしてしまった。つい十数分前に別れたばかりだったからだ。
ますます意味がわからずに、受話器を眺めていると、
「いいから、ほら。早く代わんなさいよ。いつまで待たせんの」
輝に急かされた。当然のことで「ん…、あ、鷲都さん。俺だけど…」と九津もようやく電話に出た。
「ん、了解。すぐ行く」
そう言うと受話器を離した。奥から輝が頭だけ覗かせ、尋ねた。
「あんた、また出掛けんの?」
「ん、ちょっとね」
「夕飯は?」
「ん……わかんない。ごめん、ちょっと急ぐから」
「はいはい、いってらっしゃい」
こちらを振り返ることない息子にヒラヒラと手を振りながら、その背中に向かって輝はボソリと呟いた。
「うーん。九津にもやっぱ携帯持たすべきか…家電通してじゃ、包女ちゃんも連絡しづらいだろうし」
あとは玄関が閉まる音だけが聞こえた。
─────
電話口で包女に呼ばれ、とんぼ返りに家を出て二十分前後。目的の場所、高校の最寄りの商店街内部の駅に着くと、既に包女と瑪瑙はいた。
「ごめん、遅くなって」
「ううん、大丈夫…だと、思う」
「仕方ないのですよ。私は途中で連絡をいただきましたけど、九津さんは…」
「ん、一度別れたら、ね。通信手段、何か考えとかなきゃ……それで?」
二人に軽く謝罪をする九津。瑪瑙のもっともな意見に耳を傾けながら、言いづらそうにしている包女に問いかけた。
包女はうん、と頷くと握っていた自分の携帯を差し出してきた。
暗黙の「これを見てくれ」との指示に九津が画面を覗く。そこはメッセージ画面であり、文章と画像が張り付けてあった。
「これは?」
九津が尋ねる。画像はどこかの場所をさす地図のようだ。それは解る。しかし問題は文章だ。
「これ以上はわからないの。連絡もつかないし」
「電話に出てもらえないのですよ」
瑪瑙の補足を聞きながら、包女に携帯を返した。考えるように視線を漂わせたあと、どうする、と二人を見る。
気になる。二人の顔には、そう書いてあった。
「やっぱり、この地図の場所に行ってみないとわからないよね」
「うん」
「なのですね」
九津の出した答えに、二人は即、同意した。もとからそのつもりなのは九津も理解していた。
ならば。
「じゃぁ、どうやって行こうか。結構、遠いしね。筒音に頼んでみる?」
九津が包女に提案した。包女は少しだけ難しそうに首を傾げた。
「運んでくれるのは、出来ないことはないと思うんだけど…」
「やっぱりこれだけ明るいと目立つかな?」
「多分…ね」
筒音と言うのは、包女の実家、鷲都家で居候をしている包女の親友にして「間堕」した妖怪。俗に半妖と呼ばれる存在だった。
筒音は、半妖である特徴から「変化」が得意であり、よく移動の手段として活躍してくれる。それこそ最近では下手な飛行機よりも高く、早く飛んで運んでくれるのだ。
しかし今回それはなるべく自粛したい。包女はそう考えたのだ。なぜなら、
「この夏空の下…せめてもう少し暗くなってれば、目立たないんだけど」
恨めしそうに空を仰ぐ包女。
燦々と大地を照らす太陽は、今、雲の存在さえ許さない空のもとにある。こんな日に滑空、飛翔すれば目立つどころか注目の的だ。
それは避けたかった。
「しょうが…」
「モノノフならぬ、ふふふのふ」
ないな、別の方法をと言いかけた九津を、少し低音の不思議な笑い方で遮ったのは、影をまとわせた瑪瑙だった。
瑪瑙はときどきこのような笑い方をする。この顔をするときは、決まって呪術が関わるときだ。
「お二人とも、そのお悩み、私に是非ぜひ、お任せいただきたいのです」
そう言って、二人を午前中にも過ごした「鷲都家の修行の場」へと誘った。
「じゃぁ、鵜崎ちゃん、筒音を呼んでもらう前に試しでやってみようか」
「はいなのですよ。直ぐに取りかかるのです」
修行場までの道程までの間に、瑪瑙からこれからやろうとしていることの説明を受けた。
瑪瑙は、午前中に修得した「語部」系の呪術を使って、一時的に九津たちを不可視状態にできるはずだ、と言うのだ。
確かに「語部」系の呪術が上手くいけば、その効果は得られるだろう。九津もそう思ったが、同時に、ここまで短期間にそこまで使いこなせるだろうか、との一抹の不安もあったのも事実だ。
しかし、そんな九津の心境など知らぬ瑪瑙は、着実に準備を整えていく。
まずは自分の髪の毛を三本、躊躇うことなく引き抜いた。痛かったのか少し涙目になりつつも、あとは何事もなかったかのように九津と包女、自分自身の腕にその髪の毛をくくった。
次に両手で正三角を型どり、腕を伸ばし、唇と水平になるようにする。
あとは「語部」系と呼ばれる由縁、語りが始まる。
「語る、語られ、語り継がれる。語る、語られ、語り継がれる」
瑪瑙の一文字一句に反応するように木々がざわめいた。
瑪瑙は鼻をスンと鳴らし、己を包む木の葉のような香りとして、嗅覚で呪力を感じる。同じように九津は緑色の視覚で視認する。
包女も、まだ視覚、嗅覚ともに二人ほどではない。それでもそれなりに呪力の気配を感じる。自分の使う魔力と違い、一段階下の温度を肌が感じているのだ。
「かの時、かの場所にて、かの物あり。かの時、この日、かの場所、この地、かの物は一部なり」
静かに、単調に。瑪瑙は物語を紡いでいく。物語の内容に添うように、その呪力は「変化」し、顕現していく。今回は簡易式で、簡略化した抽象的な内容だ。
そして。
「かの時をもって、かの場所から、かの物の名は、命に従い力と共に〃隠れ蓑〃とする」
言い終わると同時に、その「変化」は明確に現れた。九津、包女、そして瑪瑙の姿がお互いの視界から、消えたのだ。
まるで煙が霧散していくように、突然訪れたそれは、この呪術の成功を意味していた。
このとき、未完成から来る失敗を予想していた九津が間違っていたことは、無理のないことだった。それは、瑪瑙本人も知らぬことだが、元々、瑪瑙は語部系の呪術が、才能としてもっとも秀でていたのだ。
当人たちは忘れているかも知れないが、初めて三人が出会ったとき、瑪瑙は呪術を用いて魔術結界を破った。あの時のことを思い出せれば、この場の誰しもが納得したことだったろう。
「おおっ、すごいね、鵜崎ちゃん。午前の今で、これほどとは!気配は感じるけど、姿の方はバッチリだ」
「…これが呪術の力…?すごい…けど、筒音の妖術といい…もしかして思った以上に魔術って役に立たないのかな」
称賛の声をあげ、拍手する九津のかたわらでは、落胆する包女の声が聞こえた。姿こそ見えないものの、魔術との使い勝手の差に肩を落としたようだ。
それほど見事に術自体は成功したのだ。
「ムムム…」
ところが瑪瑙から返る言葉は、こんなはずでは無かったのだが、と言いたげな唸りだけだった。顔が見えないため、判断しづらい。
九津たちが不思議そうに顔を合わせるが、こちらも互いに顔が見えない。
「どうしたの?」
「……使ってみてわかったのですが」
「ですが?」
九津たちの声が重なった。
「この術式…手を放したら十秒持たずに効果が無くなりそうなのです」
「えっ?ってことはさっきの格好のままなの?」
「はい、なのです」
最後にみた、腕を伸ばした状態を思いだし、包女は驚いた。瑪瑙は、僅かに悔しさを込めたように返してきた。
「しかし、それは良いのです。曲げ伸ばしくらいは出来そうなのですし、十秒もあれば…あと、いくつかの条件があるそうなのですが一番の問題は…」
「な、なに?一番の問題って」
「呪術はどうしても条件が多くなるからね…俺たちでサポート出来ることならいいんだけど」
「…とても大量に力を持っていかれるので、お腹がものすごく…空きそうなのです」
真剣な声色で呟いた。
思わず無言になってしまう。辺りを少しだけ乾いた風が吹いた。九津と包女は、互いに見えないながらも、同調するように頷き合ったのを確信した。
成功することがわかったので、一度呪術を解き、筒音を呼ぶことにした。
そして、その間。瑪瑙はいつも背中に背負っている黒いリュックから携帯菓子を取り出して食べることにした。ついでに九津は商店街まで走り、飲み物と食べ物の追加を仕入れてきた。
「レシートは…とりあえず先輩に見せよう」
先ほど食べたばかりだとは思えないほど、その小柄な体に栄養を納めた瑪瑙はやる気充分なようだ。非常食もある。
準備は整った。
あとは、「悪いがあのあいつを連れてきてくれ」と鯨井 光森が届けたメッセージの場所へ向かうため、包女が筒音に呼びかけるだけだった。




