第十九話 『夏の一日 破の繋ぎ』
「このまま何もしないまま引き下がるぅ…なんて選択肢、ある?」
椴丸がおそるおそるたずねた。あまり表情を崩さない卦我介がフッと笑う。
「…ないな。しかし、お前がさがるというのであれば、俺は何も言わん」
「言ってよ、そこはさぁ。その方がさ、僕の気が楽になるんだからさぁ。まぁ…」
同胞の返しに不満をもらす椴丸。しかし、それは互いに互いのことを理解してのやり取りだった。
得たいのしれない術を使う相手に立ち向かうつもりはあるのかどうか。もはや当初の目的ではない「目の前の少女と戦う事」に問題があるかどうか、だ。
椴丸とて魔術師の端くれだ。答えは決まっている。
「ひくつもりはさぁ、ないんだけどね」
ただたんに、奮起してもらいたかったのだ。それだけだ。背中を丸め、肩を落とす。椴丸のいつもの構えだ。二人は精霊たちを自分たちの側へ戻した。
相手は「敵対者」だ。言葉は要らない。相対する術師を倒す為に今一度体勢を整える。
一方、対峙する鵜崎 瑪瑙は。
「ふふふのふ」
自分の新しい呪術、「攻撃特化式神型」の活躍にたいそう満足そうだった。水鉄砲も以前と比べ光線状の曖昧な形ではなく、しっかりと弾丸の形をしており、充分に修行の成果が出たといえる。実戦の中で想像が行き届いているのだ。
「やはり筒音さんとの実戦経験は格段に効果的だったのです…よもやここまでとは」
思わず顔がにやつく。筒音に感謝しつつ、いまだに退く様子のない相手を見据える。
手応えはあったはずだが、どうなのだろう。
「どうなのでしょう。そろそろお引き取り願えませんか」
少なくとも自分を脅威だととらえさせるには充分な活躍だったはずだ。後ろには、まだ未知なる存在、悟月 九津もいる。
切り出す機会としては間違っていないだろう。と、
「…お嬢ちゃん」
精霊を出していない男、観垂がしなるように、しかし強く響く声を出した。
どことなく瑪瑙は回りの温度が上昇した気がした。後ろに控える九津に動きがないことから、まだ大丈夫だと判断する。
「こっちだってねぇ、別に遊びに来てるんじゃないわけよ。それにね…」
観垂はそう語り始める。
瑪瑙は聞き入りながら、汗ばむのを感じた。動いたとはいえ、夏の日差しを受けた地面から上がる熱がまだ冷めないのだろうか。
「お嬢ちゃんが鷲都でなかったとしても魔術師ならまだいいわ。けどね、得たいのしれない術を使う相手に、魔術師がおいそれと尻尾を巻いて逃げましたってわけにはいかないのよっ」
しなやかに伸ばされた腕にみいってしまった。
これが本物の魔術師のもつ威圧感かと、瑪瑙は口をへの字に曲げ、下がりそうになる足をこらえた。優しく接してくれる鷲都 包女とは似ていないように思えた。
例え、魔術師としての包女の本性も同じだとしても。
「そんなにこだわってまでやらなければならないことなのですか?不法浸入など、いけないことなのですよっ」
負けないよう瑪瑙がたずねる。二枚の札、「式神さん」も主人を守り、相手を威嚇するように宙を舞う。
胸に手をあて、役者のような立ち姿の観垂が答える。
「魔術師だって人間よ。確かに守るべき法も秩序もある。胸を痛めないかと問われたら嘘になるわ。けどね、それ以上に大切なことだってあるものでしょ」
答えに対し、問いで返す。あまりいいことではない。だが瑪瑙も決まり文句を返すしかない。
「なんなのですか?」
反射ともいえる言葉。観垂はククッと笑った。魔術師たちと瑪瑙たちを隔てる笑いだ。
安心しているようにもみえる。
「仕事は非合法、その上、困難極めるときたものよ。それでもこの場から引けない理由…わからない?やっぱりお嬢ちゃんは魔術師じゃないわね。決まってるじゃないの、そんなもの」
流れる舌、睨みをきかす瞳、威圧を放つ仕種。
「魔術師である誇りよ」
瑪瑙は息を飲まされた。いや、意識を飲み込まれた。
後ずさりしたくてたまらない気持ちでいっぱいになる。実力としては現段階では通じるものがある。しかし、なんと言えばいいのか。
心構え。ようするに「覚悟」が違うような気がしたのだ。
魔術師であること。魔術師でない敵と遭遇したこと。魔術師として簡単に引くわけにはいかないということ。相手のそういうこと全てを受け入れる雰囲気に、だ。
ここにきて、瑪瑙も相手が当初の目的よりも、自分との戦いに重点を置き始めたことを感じ取る。戦うことは避けられないのだろう。観垂の言う誇りのために。
戦う、ということ。それは覚悟がいる。自分だって知らないわけではない。五月に九津たちと出会うきっかけになったことだって、瑪瑙自身が、心に決めた力の使い方の約束事のもと、「戦った」ためだ。
しかし、だけど、どうしても瑪瑙には拭いきれない想いがあった。
慣れることがなかったのだ。「人間」と戦うことが。決定的に勝敗を着けるという戦闘が。
この違いは大きい。おそらく、相手はこちらを叩き潰すために全力を尽くすだろう。それが自分に出来るだろうか。
観垂に言われて瑪瑙も思い出した。
優しい包女だって「人間」と戦うことが出来るということを。いや、そもそも「人間」と戦うことを前提に、「人間」と勝敗を着けることを目的としていると。
何故。簡単だ。魔術師だから。
いつか九津も言っていた。「俺は戦うと決めたら老若男女を問わず全力を尽くす」と。
そう。そういうことだったのだ。
しかし、瑪瑙は知ってしまっている。魔術師だって「人間」だということを。そこには自分と通じあえる者だって存在するのだということを。
極端に言えば、魔術師や呪術師以外の異能力者たちだってそうだ。ましてや筒音という「人間」でない存在とでさえ会話し、解り合えたというのに。
瑪瑙は自分の覚悟の揺らぎを感じた。思考が止まりそうだった。止めたらダメだ。思考が止まるということは「想像」がやむということだ。それは原動力が、術式が、全てが壊れるということだった。
知識のおごりが血潮の誇りに流された時、自分はもう戦う意思さえもがれるだろう。
だから思考停止はしてはいけない。いけな──、
「鵜崎ちゃん、油断しないで」
九津の声に我にかえった。はた目から見て相当動揺がみえたらしい。完全に相手の威圧に圧されていた。流れる汗は暑さだけのものではない。
相手に悟られてもかまわない。呼吸を調えるために強く肺を膨らました。その時になってようやく瑪瑙も異変に気づいた。
観垂が瑪瑙と会話している間、二人の魔術師たちが自分の精霊たちを消していたのだ。
これからもう一戦交えるだろうに。疑問はよぎるが頭が回らない。落ち着きを取り戻したとはいえ、知識が、覚悟が、あらゆることが瑪瑙には足りていなかった。
「精霊を消したのですか?それにしては魔力の気配が増しているのです」
情けなさを噛み締めながら、力の気配を感じ取れる者たちなら誰でも気がつけることを口にする。なんの打開策も浮かばない。
後ろでは僅かだが九津も警戒を強めたようだ。
そうだ。自分の未熟さなど、家を出る前から思い知らされていたのだ。だからこそ、ここに立っている。
相手は未知なる力。それは互いにいえることだ。強くなろうとするのであれば、ここで踏ん張られねばならなかった。
「やれるな、椴丸」
「はぁ、やるしかないよね。やらなきゃさぁ、いけないよね」
卦我介の簡素な問いに椴丸がらしく答える。弱気な言葉と裏腹の大気を震わすような魔力の気配。椴丸が動いた。
赤い札を目掛け飛び出したのだ。
魔力生命体とさえ互角以上に戦った呪力生命体に対して、あまりに無謀に思える。しかし、
「解除、エカッツ」
一喝。そして一撃。
迎え撃ってきた赤い札を、外すことなく椴丸の拳がとらえた。刹那、瑪瑙は赤い札に自分がまとわせていた呪力が一掃されたのが解った。
呪力を失った赤い札は重力に沈み、そのまま黙した。
「ななんとっ」
瑪瑙の驚愕の声も虚しく響く。しかし呆けている暇はなかった。次の瞬間に瑪瑙は苦痛に顔を歪めることになったからだ。
呪術。その根本は変えることにある。それは同時に「返る」ことに意味が繋がる。
式神という呪術を破られた術師には、それなりの代償が返ってくる。そのひとつとして、右手で術を使ったのならば右手に返るように、激しい痛みが瑪瑙の右手を襲った。
「くっ」
堪えるように奥歯を噛む。これくらいはわかっていたことだ。
だが相手はそれを見逃さない。椴丸はもう一度、踏み出す。今度は青い札だ。瑪瑙とて、ただ攻撃を受けるつもりはない。残りの呪力を込めて青い札に指示を飛ばす。しかし、
「もう一度だよ…解除っ」
「うぬぬ」
またしても椴丸の拳で呪力が吹き飛ばされてしまった。左手にはしる痛みを堪えるように呻き、瑪瑙は両手を抱き締めるように抱え込んだ。
椴丸の渾身の魔力と精霊、エカッツのもつ特性の力が瑪瑙をこのときばかりは完全に上回ったのだ。
ところが二つの札を失った瑪瑙を椴丸は猛追することはなかった。椴丸自身、力を使い果たしたのか膝をついていたからだ。精霊たちを圧倒した術式を倒すのに相当な労力を注いだことは明らかだった。
だからこそ、ナハク・サニノを従えていた男、卦我介がついに前に出た。
「よくやった、椴丸」
短く言う。顔には仲間を思う表情はない。それでも椴丸には充分な賛辞だった。
荒くなる呼吸をおさえ、口の端をあげる。
「そりゃぁさ、僕だってエカッツに活躍させてやりたいし、君たちにちょっとはいいとこ見せ…な、きゃ…」
「椴丸のことは任せといてちょうだい」
言い終わらないうちに力尽きたように前のめりに倒れかけた椴丸を、すんでのところで観垂が支えた。
小柄とはいえ人ひとりを抱えるには細身と思える観垂。だが軽々と抱えあげた。
「ああ」
見届けてから卦我介が頷く。やはり顔に表情は少ないが、必要もなかった。今は同胞を心配するよりも、同胞の作った機会を活かすことこそが重要だったからだ。
椴丸が魔術師として通した意地とも呼べる「誇り」に応えるためにも。
気合いは満ちている。魔力の総量も後先を考えなければ問題ない。全身に力を込める。すると卦我介が霧がかったものに包まれた。
目を凝らすと僅かな光のなかでぎりぎり桃色だと判断できる。何かの粉のような。瑪瑙は焦る。
霧のような、粉のようなものに包まれた卦我介から香る魔力が、濃度を増しているからだ。
事実、卦我介の肉体には血管が浮かび上がり、筋肉が隆々としていた。顔には力み、多少無理をしているのが伝わる。まるで強制的に肉体に過度な負荷をかけてそうしているようだ。
動いた。
直線的で、魔術師よりも武道家のような前進だ。視覚にとらえているが、痛みで反応が遅れた。いや、痛みなどなかったとしても反応できなかったのではないだろうか。
やられる。瑪瑙が成すすべ無く立ち尽くしていると、
「鵜崎ちゃん、油断しないでって言ったよね」
厳しくも穏やかな声が聞こえた。瑪瑙が自分を守るように立つ背中が表れたのだ。
約束通り、ぎりぎりまで自分に任せてくれていた好敵手。たどり着くべき目標。何より、今は頼ることの出来る仲間。
「こ、九津さん」
金髪が卦我介の一撃を防いだ衝撃でなびいている。背中越しに伝わる衝撃はその一撃の強さを感じさせた。
「鵜崎ちゃん、手の方は大丈夫?やっぱり呪術は返しの制約上、両刃の剣だね」
瑪瑙は困ったように笑った。やはりまだまだなのです、と小さく囁いて。
自分を諭しながら、気遣いながら、相手の渾身の一撃をこうもなんなく防ぐとは。
瑪瑙の目指した頂きは、まだ遠そうだった。
「……いえ、このくらいは。私の油断と傲りの結果なのです」
後悔はしていない。結果は全てだが、経過だって不可欠だ。もしも今の自分が弱いのであれば、認めて成長してやる。だからこそ、はっきりと口にした。
「そっか…でもちゃんと後で手当しなきゃね」
相手を力づくで抑えながら、九津は変わらず穏やかに言った。
卦我介は信じられないものを見るように目を見開いていた。観垂もそう変わらない様子だった。
「いくらなんでもソレはやりすぎだと思うんですよね。女の子一人相手に」
「…これほどの術師と理解してしまった今、その言葉こそ相応しくないだろう。決着をつけるため、全力を尽くす。それこそが礼儀だ」
抑えつけていた九津をむりやり引き離した。九津を新たな敵と認識し、同時に瑪瑙の戦線離脱を確認した。
「あとは小僧、お前だけだ。相手をするのは俺だけだが、俺が倒れたとしても魔術は負けなかったという事実、もらい受ける」
たった一撃のことだったが、卦我介は九津の実力を感じとっていた。どんな術を使っているのかはわからない。が、今の自分と同格だと。
だから、ためらい無く挑む。一撃いちげきに渾身の力を込めて。
「精霊憑依ってやっぱり反則的だ」
瑪瑙から距離をとり、なおかつ観垂の様子を伺いながら九津は愚痴をこぼした。
卦我介の攻撃を受ける腕がだんだん痺れてきてのことだ。相手だって魔力を消費している魔術である以上、制限時間はくるのだろうが、それを待つほど自分の腕がもちそうになかった。
仙術で身体能力を向上させることが出来る九津だったが、それは体内の話だ。あいにくとある条件のため表面は普通の人間となんら変わらないのだ。痛いものは痛い。
早く決着をつけたいのは相手と同じだった。
「憑依…精霊が、なのですか?」
「ん?ん、そう。説明は悪いけど後にさせて、ねっ」
攻防のさなか、瑪瑙の言葉を聞きつけ答える。詳しく語るには少し落ち着かない状況だった。それを理解しているので、見ているかわからないが、瑪瑙はぶんぶんと頭をふって肯定した。
「かはっ」
九津の蹴りが卦我介に当たった。短時間とはいえ激しい攻防の末の最初の一撃だ。
一息つくには早いが、どうやら九津の方が優位らしい。瑪瑙は手の痛みを忘れてみいっていた。すると、霧がかっていた卦我介の体から粉のようなものがやはり吹き出ていた。
九津も反射的に距離をとった。そして瑪瑙に話しかける。
「見て…わかる?」
「あれは……さっきあの方の精霊が出していた粉末に似ているのです」
「だね。今、向こうは精霊の能力を魔術師本人が使える状態になってるんだ。あの粉…多分花粉かな?植物系の精霊だったんだと思うよ」
先伸ばしにしていた「精霊憑依」を説明する。
実際に植物の特性をもつナハク・サニノにはいくつかの効果をもつ花粉状の力がある。それは眠らせるなどの相手に及ばず効果を始め、自分に対するものもある。卦我介が使っているのはそのうちの一つで、自身を興奮状態にさせ、潜在的な力を引き出すものだった。
精霊自身のもつ特性と、魔術による肉体強化。これは卦我介にとっての奥の手であった。
ある程度察しのついた九津は、さらに粉をまとい立ち上がろうとする相手を見て言う。
「精霊を憑依させると身体能力上昇する付加魔術のような効果と、その精霊特有の能力も使えるようになるからね。二手に別れていたときと、比べ物にならないくらい厄介になんだよね」
だけど相手だって相当疲労し、魔力が枯渇しているはずだった。「無限活性」という魔力の特性を活かすには、人間の体が脆弱過ぎるのだ。もう一人が倒れたのもそれが理由だろう。
攻撃を受け、さらに精霊の特性を使ったのだから制限時間は近いだろう。油断は出来ないが。
そして卦我介は立ち上がった。
「立ち向かって来るならかまいませんが、浸入の妨害及び、鵜崎ちゃんの仇はとらせてもらいますよ」
肩で息をし始めた相手に九津は告げる。返事は意外なところからきた。
「私はまだ死んでないのですよ」
瑪瑙の溜め息を混じらした苦笑だった。
九津の言った通り「精霊を憑依させている状態」というのが自分たちにとれだけ負荷をかけているのかを知っている卦我介は、自らは攻めてこない九津を前に冷静さを取り戻そうとしていた。
椴丸が二枚の札を打ち破ったように、今以上に能力を酷使するならば二分が限界だろう、と考えて。
いや、その二分間の力を一分にまで凝縮すれば、もしくは。
それでも倒せるかわからなかった。どうする、やめるか。心中で自身が問いかける。敵の前でなければ自分で頭を殴っているところだった。
椴丸が誇りをもって自身の成すべきことをなしたというのに、自分がためらうなどと。
なので凝縮の一撃でいく。
「だぁぁぁぁぁぁつ!」
力を込めた踏み込み。粉が魔気の度合いと混じりあい、見るものが見れば赤く輝く渦を巻くのがわかるだろう。
せめて目の前の少年を倒せれば、魔術師としての自分たちを肯定できると信じて。
負けたとしても──。
──それこそ考える必要などない。今の一撃に全力を、全霊をかける。
構えた相手に特攻。自身の最速、最強、最高の一手。だからこそ、
「く、そ…」
だからこそ崩れ落ちそうになる意識の中でどこか妙にすっきりしてしまったのだ。
自分の腕を掻い潜りるように打ち付けられた少年の拳に、自分は負けたのだと。
「見事なカウンターなのです」
吹き飛ばされる感覚の中、少女の声が聞こえた。
地面を背に叩きつけられる。強化し、興奮状態にある体に激痛がはしった。背中と殴られた部分だ。
やたらと地面の冷たさがしみる。心中で負けを認めたが、まだ自分は意識がある。戦える。笑う膝を抑えつけ、苦しくも立ち上がろうとする。
「まだ、だ…」
「やめてちょうだい」
それを制したのは観垂だ。俯きながら首を振っていた。
「あんたにまで倒れられたら今回の仕事は完全に失敗よ。ここは、仕方ないから一度体制を整える為に撤退しましょう」
卦我介は歯を食い縛るように握った両手を震わせながら言葉を噛みしめた。
おそらく、自分が一瞬でも負けを認めたのを悟られたのだろう。そして観垂自身もこの戦いの「敗け」を認めたのだろう。
「…わかった」
それ以上の言葉は出なかった。
「あー、えーとですね。帰ってくれるのは助かるんだけど、来たなりの理由は教えてもらえません?鷲都さんたちに一応報告をしなきゃなんないんで」
引き際、九津はたずねた。視線は瑪瑙の手に落として。呪術による「返る」ことで受けた痛みは赤みを帯びていたが大丈夫そうだと判断できた。すると、
「目的があってここに来た。おおむねの内容はそう言えば当主殿や代行殿には伝わるはずだ」
と返ってきた。同胞を抱えるが「終わりよ」と呟き指を弾く。結界は解かれた。
「わわわ、目が回るのです」
世界が揺れるような感覚に襲われ、瑪瑙が再び驚きの声を漏らす。
「大丈夫?」
九津に声をかけられ、支えられる。
「なんとか」
景色が変わらないまま、世界は元に戻った。
────
鷲都家の中。外からの魔気に変化があった。漂う魔力が溢れたと思えば遮断されたように消えた。そうかと思えばまた感じるようになったのだ。
「お兄ちゃんたち戻ってきたんだ…なら、大丈夫だよね。…たぶん」
一人部屋で待つ界理は呟いた。
界理は気になっていたのだ。外から魔気を感じなくなっている間に近づいていた、四人目の人物を。
────
「…誰かもう一人…いる?」
九津は眉を潜めた。もう暗くなってきた元の世界。人の気配を敏感に感じる。
誰だ、と探ると。
「ケッ。テメェ等揃いも揃って失敗かよ」
少年の声が響いた。不思議と耳によく届く、魔気が含まれる精霊の好みそうな声だった。
そして。
不満、不平、不服。全てを怒気に込めたような、人を嫌い、人が嫌いそうな声だった。




