部屋の中での一人言
この部屋は暗く、普段は誰もいない。けれど必ず毎日、この部屋は人の出入りがある。
少ない日。多い日。
いつでもこの部屋は誰かの言葉を受け止める。
数年前、ある日。
「ごめん。僕ではやっぱり五位にしかなれなかった。君のように強くはなれなさそうだ」
言う人の顔は辛そうだ。しかし。
大丈夫。あなたを支えてくれる人たちを信じなさい。あなた自身を信じなさい。だって。
あなたを選んだのは他でもない、この私なんだから。
そう、聞こえるはずの無い声を聞き、少しだけやわらいだ。
「ごめん…いや、違うね。うん。頑張ってみるよ。僕が鷲都を…そして包女の力になれるのは頑張ることだけだからね」
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数年前、少女が獣と出会ってからのある日。
「お母さん。この子は私の親友なの。一緒に強くなろうって決めたんだよ」
言う人の隣には眠たそうな獣が一匹。そして。
そっか。親友と約束したんだ。なら、頑張んなきゃね。大丈夫、強くなれるよ。だって。
あなたは私の自慢の娘なんだから。
そう、聞こえるはずの無い声を聞き、強く強く頷いた。
「うん。見ててね、お母さん」
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数ヶ月前、梅雨入りが聞こえ始めたある日。
『最近、ぬしの娘はまた笑うようになったぞ。強くもなったのじゃ。さぞ、誇らしかろう』
言う人の姿には写真に写る人の面影がみえた。あとは。
知ってる。あの子の笑った顔の可愛さや前を向く強さ。けどね。誇らしい、なんて私は言えない。だって。
私はもう側にいてあげられない薄情者だから。
そう、聞こえるはずの無い声を聞き、シシシと空気を揺らした。
『じゃからこそ、妾がこの姿でいる意味があるのじゃろうて』
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数週間前、遠くにいるこの家の当主から報せを受けたある日。
「今日、お嬢様がご活躍なさいました。本当に…本当にご立派になられましたよ」
言う人の瞳には大粒の涙が浮かんでいた。それから。
でしょ。あの子ならやれると思ってたのよ。うんうん。やっぱり才能は受け継がれるのね。だって。
こんなに大好きな人たちに支えられてるんだから。
そう、聞こえるはずの無い声を聞き、貯めた涙を堪えるのを少しだけやめた。
「ええ、ええ。これからだって、ずっと、ずっと、私は旦那様とお嬢様の味方ですよ、ご安心ください。通弦お嬢様」
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夏のある日。
「ここは…違うか。和室かな?ん、いや、仏間…かな?」
言う人の髪色は黄金に染まっていた。すると。
あら、あなた。あの子の友だちかしら。なら、あの子をよろしくね。
そう、聞こえるはずの無い声を聞き、一度だけ頭を下げた。
「初めまして。鷲都…包女さんにはいつもお世話になってます」
だって。
と、聞こえるはずの無い声が続く。
魔術師である前に一人の女の子なんだから。
「じゃぁ、またあらためて来るかも知れません。けど、今はまた。失礼しました」
言う人は、あけたすき間を閉めた。光は閉ざされ、部屋の中は静寂で支配された。
部屋から遠ざかり、言った人は考える。こういう場合は一人言になるのだろうか。
確かにあの写真の人と会話をした気になったんだけど、と。




