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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
夏のある日の序破急 編
21/83

第十六話 『夏の一日 序の終わり』

 日が傾き始め、陰りとともに闇が迫ろうとしている。夏の全盛を告げるかのような陽射しも多少和らぎ、夜が来る。


 とくに今、この場所はあまり明かりのない居場所だ。静けさも相まって、強く「夜」を感じる。


 そんなさなか鷲都 包女(わしみやつつめ)の父、鷲都 日戸(わしみやひのと)は自身の恩師、ガータック・シュヴァルツアを守るように三人の男たちと対峙していた。


「まったく…わしはただ、日本にすむ家族と呼べる者に会いに来ただけじゃというのに、煩わしいことこのうえないわい。どこで嗅ぎ付けおった?」


 灰色の髪を後ろに流した老紳士、ガータックが言う。初老も過ぎただろう体から発せられるその声には、生気というよりは毒気が多分に含まれていた。


 煩わしいと言いきる通り、苛立ちを込めているのだ。


「日本に来る…この情報さえ得られらばあなたの交友関係上、行き先は絞れます。途中、魔気をたどれなくったのは予想外でしたが」


 それを代表するかのように一歩ほど前にたつ男は、胸に手を当て穏やかに答える。


 苦笑混じりの表情、言葉遣い、仕草からも常識人に思えるふうだ。しかし魔術関係者みるものが見れば、常識人それとは一線をひく確たる差があった。三人が三人とも例外なく、一粒の宝石を思わすほどの輝きを持つ石をはめ込んだ装飾品を所持していることだ。


 あれは俗に言う「精霊石」だ。魔力生命体である精霊が、この世界での理に包み込まれた母体のようなもの。


 それをスーツ姿の男はネクタイピンに。大柄な男は指に。一番若そうな男は耳にピアスとして身につけていたのだ。


 精霊石の輝きを観察ながらガータック・シュヴァルツアは更に眉間を寄せて言う。


「ふん。ちらほらと精霊なんぞを張り付かせおって。鬱陶しくてかなわんかったからじゃよ。それにここまでの出来事…交渉なんぞ、言葉通り口実としかとれんわ」

「先生、やっぱりあれは……」


 ガータックの言葉に日戸が確かめるように続ける。日戸の脳裏をよぎるのはここに来るまでに至った経緯だ。


 不自然なタクシーのパンク。


 何か意図的な原因があったとしか思えないではいたのだ。なにせ、車内で「見張られていた」とガータックから聞かされた直後だったから。


 そして考慮したあげく、ひとめをはばかるように行動した、これが裏目に出てしまったのだ。


 日戸の思考をよんでガータックも頷く。


「おそらくあいつらじゃろう」


 日戸は溜め息をつくより自分自身の思慮の浅さを恨みたくなる。町中を歩くならいざ知らず、ひとめの少ない道になればこうなる可能性の方が高かったろうに、と。


「…狙いはやはり先生の研究資料ですかね」

「おそらくな。というか、わしがつけられるということはそれ以外考えつかんな」


 相手に動きが見られない。一歩後退しつつ二人は声をひそめる。


「何を企み、研究資料これを狙うかしらんが魔術に携わる者同士、表だってのいざこざをおこしたい奴などおらんじゃろう。じゃから、こうして形式かたちは取り繕っているというわけか」


 ガータックが現状を論じた。そこでスーツ姿の男がまた話しかけてきた。


「ご相談は終わりましたか、お二人とも。ではシュヴァルツアどの、こちらからの要望を伝えさせていただきます」


 日戸たちはうかがうように黙って返さない。それを話を聞く姿勢と受けたのか、男は続けた。


「我らの…束都の本家に足を運んではいただけないでしょうか。この日本へとわざわざ運んでこられた荷物を込みで」

「無理な話じゃな」


 ガータックは即座に返した。


 男も軽く息をもらした。まるで「そうでしょう」と言いたげなしぐさだ。そのまま肩越しに両隣の男たちに振り向かず、手だけを動かし合図らしきをする。


「無下もなく、とりつくしまもないといった具合ですね」

「当然じゃろう。わしの家族と呼べる者に迷惑をかけた上、この不粋な言い渡し。愚の骨董とはこの事じゃよ」


 憤懣たる内心を隠すことなく外に出す。これこそガータックだ、と日戸は思った。同時に、


「骨頂ですよ、先生」


 こんな場面でも訂正をいれる自分に、少しだけ心の余裕が出来た気がした。あくまで気持ちだけだが。


「……」


 相手の男は瞑想するように黙している。すると「そうですか」と一言おき、


「仕方ありません。交渉の余地なしと言うことですね」


 一歩踏み出した。


「多少強引ですが、こちらも仕事として来ているわけです。心中いたむところはありますが、無理にでも来ていただきましょう……」


 長身に合う平凡な顔だちからのぞく眼光が怪しく色づいた。たかが一歩。けれど威圧、気配ががらりと変わった。


 威圧されるように二人は後ずさる。今度は自分たちの意思ではないことに冷や汗を感じる。


 ガータックは「何が交渉の余地なしだ。これだから戦うだけが取り柄の魔術師どもは…」とこぼし、握った拳をわなわなと震わせている。


 魔術の世界に足を踏み入れておきながら、魔術関係者を遠ざけていた理由がそうさせるのだ。


 魔術を、物事を強制的に実行するためだけの「力」としか考えられない存在もの。それが魔術を現実から切りはなし、理想をうめるための「可能性」として携わってきたガータックが嫌うものだった。


 それにくらべ、戦い続けてきたはずの通弦つづるの思考の自由さと発想の柔軟さ、本当に大切なものを選択する決断力をガータックはとても気に入っていた。


 当然、人となりもだ。


 だからこそ、「〃魔術〃とは簡単で単純で純粋なものでなくてはならないんですよ」との通弦の弾むような声の歌うように言う言葉が忘れられず、気がつけば自身の口癖にもなっていたのだ。


 魔術とは「求める者に解りやすく説かれ、なお与え授けられなくてはならない」を持論とするガータックにはこれ以上無い真理のようにさえ思えていた。


 だからこそ、魔力行使ちからづくのような交渉形式まねごとを平気でしてくる輩に怒りを覚えるのだ。


「すいません、先生。僕がもっとしっかり対処していれば」

「いや、わしも迂闊だったよ。精霊を張り付かせておったときに察するべきじゃった…普段、ひとめに出んわしのことを興味本意でみるやつもおったんでのぉ」


 自身の浅はかさに後悔する日戸に対し、ガータックも自身の甘さを伝える。そしてお互いがせめて相手だけでも守ろうとする意思と姿勢をみせた。その時──。


 ──ふと、空から何かが二人を男たちから遮るように舞い降りてきたのだ 。


 まさか新手か、と日戸は焦った。ところが、目を凝らすようにその姿を見て驚いた。さらに合点がいった。思い出したのだ。ここに来る可能性がある人物が一人いたではないか、ということを。


 先ほど、まだ交渉はなしあいのために場所を移動する途中で電話がかかってきていた、その通話先あいて


 と同じく、やはり自分は駄目な父親だとも思ってしまった。安堵の笑みと、素直に言えない笑い方をしてしまうほどに。


 本来なら今頃、友人たちと楽しく食事をしていたはずの人物。


 舞い降りてきた人物。それは。


 鷲都家の当主、鷲都日戸の一人娘にして代行者。過ぎた六月に「五都」の集う「力比べ(あくしゅう)」にてその実力を開花させた付加魔術師、鷲都包女だった。


 包女は、親友にして「間堕はざまおち」と呼ばれる半妖筒音(つつね)の化けた巨大獣おおぎつねにまたがりやって来たのだ。


 いや、よく見るともう一人誰かいるとようだ。もう一人は日戸の見たことのない人物だった。






 ─────





 鷲都家を飛び出して、薄い月が姿を表し始めた空をまるでジェットコースターの如く駆け抜ける。包女と光森を背にのせる大狐の姿となった筒音が声をかけてきた。


『おい光森よ。お主、包女に掴まれ。そうでなくては振り落とされるぞ』


 冗談だろ。光森は口の端を持ち上げるだけで言葉を飲み込んだ。


「いやキツネ。俺なら大丈…」「そうですよ、鯨井さん。掴まってください。さぁ…」


 冗談だろ。包女の台詞に、またも光森は言葉を飲み込んだ。なんの返答もない光森に不審に思ったのか包女が振り返る。


「どうしたんですか鯨井さん。危ないですから」

「…あ、ああ」


 しぶしぶといったふうに光森は包女の腰に手を回した。女性らしい細さを感じさせる包女の腰回りに気まずさと恥ずかしさを覚える。


 九津に宣言した通り、とにかく距離は縮まったようだ。ただし、物理的な意味で。


 おそらく包女の方はまったく何も感じてないのだろう。光森がちらりと見ると、前だけを見ていた。舌を打ちたくなるのを我慢する。


「……九津の奴が相手だったら絶対にあたふたしたのはお前の方だろうにな」

「え?鯨井さん。何か言いました?」

「いいや。何も」


 光森は自身が感じた気恥ずかしさと気まずさはそのまま風に流すことにした。シシシと聞こえたのは気のせいだろうと信じ、光森は早くつくことを祈った。


 そして数分後。


 魔術師特有の「魔気」を包女がたどり、人通りの少ない「あからさまに怪しい」場所から日戸の臭いを筒音の鼻が捉えた。


 空から見ると五人いた。一人は日戸。包女の父親だ。隣にいるということは側の老人が客人だろう。ということは対峙する三人が「魔術師つかみや」だ。


 筒音は楽しそうに言う。


『さぁ、突撃じゃぞ』


 おそらくなんらかの魔術的結界が張ってあったのかもしれない。


 筒音の体が突っ込んだ瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。しかし筒音は獣の口から牙をのぞかして笑う。


 自分をこんなものでとらえようなどと片腹痛い。気にせずに結界を潜り抜け、地上に舞い降りた。


 どうやらこの場にいた五人は、突然の乱入者に虚をつかれたように立ち尽くしているようだった。





「くっそ…キツネ。酔っちまって動けなかったらどうすんだよ」

『フム。しかし光森よ。お主とて自分の超能力ちからでこのくらいの速度で動いておったろう』

「自分で動くのと動かされんのとは違うんだよ」


 たどり着き、ようやく包女にしがみつくことから解放された光森は、照れを隠すように毒づきながら真っ先に飛び降りた。


 筒音は気にした様子もない。


『凄かろう。ここまでの大きさとなり、ここまで動けるようになったのはつい最近じゃがのぉ』


 筒音は自慢気に己の体を見せつける。とても満足そうだ。光森は頭を振った。


「お父さん、大丈夫?」


 今度は包女が飛び降りた。長い黒髪が従うようになびいた。呼ばれた日戸の方は戸惑うように答えた。


「えっ…あ、ああ、僕らなら大丈夫。一応彼らも交渉という形式上、いきなりはおそって来たりはしないから」

「良かった」

「で、でもどうしてここに?友達と家で待ってるはずじゃ」

「その友達が言ってくれたんだよ。心配なら行こう、って」


 安堵の表情を浮かべる包女。日戸は少し胸の奥で申し訳ないと思う気持ちを振り切って言う。


「ありがとう。正直に言うと…助かったよ」


 包女や、包女に行けと言ってくれた友人たちのこと考えると謝ることなんて出来なかった。


 日戸の言葉に「うん」と答えた包女は後ろの人物に視線を向けた。


「あなたが母の知人の方ですか?」


 確かめるように訪ねると、ガータックは嬉しそうにシワを寄せて笑った。


「おお、おお。意思の強そうな瞳、黒髪がよく似合う顔だち。聞いていた通り、本当に通弦くんに良く似ておる。君が包女くんだね」


 さきほどまで張り付いていた緊張感はどこへ押し込んだのか、ガータックがはしゃぐ子供のように近寄り手を握った。


 ぶんぶん振られる手に、目を白黒させ包女がうろたえていると、咳払いをひとつ。ガータックは背筋を正し、軽く会釈をする。


「わしはガータック・シュヴァルツァ。君のご両親、日戸くんと通弦くんに随分と世話をかけさせたジジイじゃよ」


 茶目っ気を込めるように片目を閉じて名乗った。


 優しく穏やかな口調のガータックに、一時包女も目的を忘れたかのように立ち尽くす。そこへ、


「あ、あー…じいさん、鷲都。なんか和んでんとこ悪いけどよ、今はあとにしてくれないか?むこうさんが警戒体制からどうも臨戦体制っぽくなってやがる」


 光森が告げる。『不粋なやつらじゃのぉ』と、そう言う筒音の声は楽しそうだ。男たちを睨み付けながらシシシと喉を鳴らした。


「鷲都家の当主代行むすめのほう……それにあれは魔物…なの、か?もう一人は……見たことがないな」

「ああ、ったくよ。面倒なことになっちまったぞ。だからさっさとやりゃあ良かったんだ 」

「いやいやいや。いくらなんでも規定を最初っから破るのなんて無理っスよ。ばれたら俺らまでとばっちりっス」


 スーツの男が冷静に新手の三人を分析している。仲間内ではリーダー格なのだろう。一番大きい男は苛立ったように頭をかきむしった。若い男がそれをなだめながら、拳を構えた。




「やる気満々って感じだな。対戦相手は手っ取り早く目の前のを選んでもいいだろう?」


 光森は一番最初に構えをとった若い男の前に立ちふさがった。



『フム、ならば妾はお主でよいかのぉ』


 筒音は光森をすり抜け、ガータックに狙いを定めた大柄の男の前へと回り込んだ。



「決裂した場合、または互いが納得のいかない場合、荒事で片付けることがある。ならこっちだって容赦はしません。父と鷲都の来客者に代わり鷲都当主代行者として、私がこの交渉戦を引き受けさせてもらいますっ」


 包女は愛用する黒い木刀を出し握りしめて、スーツ姿の男と対峙した。



 光森は目の前の男から視線を外さぬように包女に向かって叫んだ。


「なぁ、鷲都。本当にここで暴れても大丈夫なのか?」


 包女も顔を動かさず答える。


「ええ、安心してください鯨井さん。精霊魔術師の結界は魔力結界の中でも特殊なんです。別の空間と混ぜるように施してあると言うか…」

「つまるところここは現実世界であって、現実世界でない。ひとつの擬装された隔離空間みたいなもんか」


 ひとり納得して呟いた。光森の声に包女の笑う気配が伝わった。


「ふふ、鯨井さんは流石ですね。そう理解してもらうと話が早いです」

「妙なお世辞はよせよ。っしゃ、それを聞いて安心したぜ。特訓の成果を見せるときっつうわけだな」


 光森が獰猛そうに口角をあげる。男は不審そうに一瞬だけ眉をしかめたが、あとはおどけたように肩を揺らしただけだった。


「鷲都家の人っスか?見たことのない顔っスね。俺は結構人の顔を覚えるのが得意のつもりだったっスけどねぇ。まぁ、いいっス。立ちはだかるなら大人しくしてもらうだけっス」


 耳につけているピアス。そこへ嵌め込まれている石、「精霊石」をはじいた。


顕現くるっスよ。フィリンリグ」


 言葉の終わりと共に精霊石からまばゆく輝く光りが放たれる。このとき光森にはみえていなかったが、赤い力の流れが石と男の間にあった。


「少なくとも、あの当主代行おじょうさんを相手にするよりましっスからねぇ」


 光はやがて一般的に「魔法陣」と呼ばれる幾何学模様を残したが、ほどなくそれさえ消えた。残ったのは猫ほどの大きさのトカゲのような存在だ。そのトカゲに向かい男はいい放つ。


「やるっスよ、フィリンリグっ」


 トカゲこと「フィリンリグ」は精霊魔術師、木須 良介(きすりょうへい)の使役する草木を性質にもつ精霊だ。フィリンリグは自らの主の命により光森目掛けて襲いかかった。


 しかし光森はフィリンリグの特攻を難なくかわす。すでに反応を突破する浸透干渉(テレパシー)能力を使っていたからだ。


 とはいえ最初の一撃としてあまりにもあっけなさ過ぎる。いくらなんでもこんなものではないだろう、 と光森が良介に警戒していると、


「芽生えるっス」


 叫んだ。すると距離をおいた先で命が下るのを待っていたフィリンリグが威嚇しながら弾ける。クラッカーが音を鳴らした瞬間のように。


「んだこりゃ」


 フィリンリグの体が弾けて飛び出したのは舞うように光森を襲う緑の葉と蔦だった。蔦は身体能力が上がっているはずの光森の不意をつき、絡み付いてきた。広葉はナイフの如く肌を掠め、傷をおわせた。


 絡めとられた光森は、そのまま成す術ないように足元を浮かされる。


「見たっスか少年。これが精霊の力っスよ。普段魔術では植物たちは操れないっス。けど精霊を介しての魔術ならここまで自由に操れるんスよ」


 鼻を鳴らして喋る。良介はすでに勝利を予見し、構えをといている。


「驚いた様子もなかったから魔術に対する知識はあるようっスけど、それが裏目に出て油断したっスね」


 続けて言う。少しにやつきを我慢してるようにみえるのはまだ一応戦いの最中であることを自分に言い聞かせているのだろう。


 その考えはすぐに正解だったと気がつくことになる。なぜなら、


「なぁ、あんた。これが今の全力か?」


 変わらぬ声色で光森が尋ねたからだ。驚愕や恐怖が全く見えないことに良介の方が戸惑った。


「いやいや、少年。何を強がりを」

「そういや九津と鷲都が言ってたな。精霊魔術の真髄は使役することじゃなくその存在そのものだって」


 絡みつかれている点を確かめるように視線を送り、「つうことは」と呟く。位置的に相手を文字通り見下してしまっている。舌を打ちたくなる。


 世に言う精霊使い。精霊魔術師とはこの程度か(・・・・・)、と。


「ちっ。あんた…下っ端ってとこか」

「なんスか、少年っ!馬鹿にしてんスかっ」


 光森の言葉に良介は腹をたてたように返した。その怒りは締め付ける力を強める命と共に、フィリンリグへ魔力となって送られた。フィリンリグは主の意思通り、蔦を増やして力を込めた。


「どうっスか。これでも下っ端っスか」

「まぁ、な。確かに普通の奴なら充分だろう…けどな」


 スッと手のひらを自身に絡まる蔦に添える。当たる程度でもいいのだ。そして、認識する。これは『自分が手に納めているモノだ』と。


 光森がこれまでの特訓の中でえた超能力に対する実戦・・向けの知識は「認識をどこまで操作できるかの力」だということだ。それ(・・)は力の流れを、時空の流れを、そして自分を含む命の流れを認め、識ることだった。


 手で触れ、納めていると認識出来た。ならば光森は反応を突破する力とは別の超能力が使えた。


「あんたに返すぜ、このトカゲ」


 手のひらの物体を別地点に配置する超能力。次元転移(テレポート)系の能力であり自分の手に納めている存在を瞬間的に移動させる力だ。今までは。


 修業や特訓するまでは本当に手のひらに収まるものしか出来なかった。出来ないと思っていた。しかしそれは単なる思い込みだったのだ。この可能性に気づけたことこそが光森なりの成果だった。


  「なっ?マジっスかっ!これは召喚魔術じゃ……ぐっ」


 光森に絡みついていたフィリンリグが消えた。


 最後までいい終えることなく、良介は自分の真上に転移され重力のままに落下するフィリンリグに潰された。それでもあまり大きくなかった為、すぐに体勢を整えることは出来たようだ。しかし、その隙があれば充分だった。


 光森はすでに間合いに入っていた。そのまま良介を渾身の力で殴りつけた。


 吹き飛ばされた良介は動かなくなり、意識が途切れるのを示すようにフィリンリグも魔法()を残し消えていった。


「ああ、っくそ。これで終わりか。マジかよ」


 完全なる自分の勝利を確信して光森は頭をかいた。少し釈然としないところがあるからだ。


 これなら留守番組の中学生の女の子の方が無邪気に何気にそうとう強いのではないか、と。



 対面にいる大柄の男は前進を阻まれたわりには面倒そうに立ち尽くしているだけだった。筒音は、現状の打破と威嚇ついでに食らいついた。軽い一撃。当たり前と踏んではいたが失敗した。


 男の身のこなしは、実戦に慣れたものであった。


  「ああ、くそ。だから早めにやりたかったんだ。こんな風に邪魔者が現れる前にな」


 自分よりもはるかに大きい獣を相手に顔をしかめている。畏怖する素振りもなく、理由は言葉からも滲み出ているが、面倒につきるのだろう。頭をかいた。


 しかし男もようやくといったふうに動きをみせた。指輪に嵌め込まれた「精霊石」に触れる。


顕現(出てこい)、シー・ンガ」


 筒音は男の手元、指輪に嵌め込まれた石周辺にうっすらと赤い色をみた。何よりも鼻につく焦げ臭さが確信を抱かせた。


 あの男は魔力を使った、と。


「シー・ンガ、魔物かなんかよくわからん奴が相手だが…負けるつもりはねぇ。かたづけるぞ」


 見慣れた魔法塵を薄く残し、男は手元に現れた黒い塊を投げた。


 豪速球。かなり早い速度で筒音を狙う塊はまるで、自分の意思をもつような螺旋の動きをみせた。


 いや、意思を持っていて当たり前じゃのぉ。筒音は嬉しそうに獣の口を歪めた。むき出しになる牙。


 どれ、と互いの力試しの意味をもって筒音は塊にその牙を向けた。


 受け止めることは容易に出来た。しかしすぐに筒音は塊を解放した。驚いたからだ。衝撃こそ大したことは無いその塊の、その強度に。


『随分と不味いモノじゃのぉ』


 つとめて強がるふうもなく筒音は言った。驚いたことこそ事実であれ、わざわざそれを伝える義理はない。化かし合いに、半妖とはいえ妖怪が人間にそう簡単に負けるわけにはいかないという意地もあった。


 男から距離をとる。


 吐き出した塊を見ると動き始めたようだ。


 ふよふよと人の目の高さにまで浮き、大柄の男の前まで戻った。と、二枚貝のように黒い塊だった部分が開いた。開いた空間からは黄色く輝く二つの眼のようなものが覗いている。


『フム。それがぬしの精霊かのぉ?』

「ああ、そうだ。不味いモノとは言ってくれるなじゃねぇか。こいつの固さは魔獣の牙とて通さねぇだろう」


 にやにやとシー・ンガのことを話す男。筒音は『フム』と納得したように頷くとシシシと空気を鳴らした。男はあからさまに不機嫌そうになった。


「ああ?何かおかしいか」

『いや、気にする必要はないのじゃ。精霊の守りに自信があるようならのぉ』

「当たり前だ。シー・ンガは黒鉄の精霊。元来なら魔術では関わることのない鉱物を肉体に持つ。さらに俺の魔力によりその強度が磨かれているんだからな」


 男こと精霊魔術師、岩代 堅吾(いわしろけんご)は言った。筒音は嬉しそうに獣特有の目を細める。


『ほぉ、鉱物を…か』


 なるほどのぉ。軽く舌なめずりさえしてしまう。本当に嬉しいのだ。


『妾は幸運じゃ。力比べのとき(このあいだ)はよく見れなんだ植物や鉱物をも操ると言う精霊魔術をこれほど間近でみられるのじゃからのぉ』


 知ることで、また(・・)、そしてまだ(・・)強くなれる、と。これは筒音が修業や特訓の中で知った、何よりの事実であり、この世界にたどり着いてからえることが出来た真実だった。


 筒音は嬉しさのあまりに早まる鼓動と衝動を抑えられそうになかった。早鐘のように体中に響く心音をあふれさせるように身震いをひとつ。自身の毛を周囲に放った。


 獣毛は、筒音から妖力を受けて黄色く灯る火の玉へと変化した。数は六個だ。


「なっ…火の玉だと。魔気を感じさせずに出したのか。あん?ってこたぁやっぱり魔物じゃ…ないのか」


 堅吾は予想だにしなかった筒音の行動に戸惑いながらもすぐさま警戒を強めた。当の筒音は『当たりじゃ』と火の玉を弄ぶように動かし、またシシシと笑うように響かせた。


 一瞬とはいえ戸惑いをみせた堅吾に気をよくしたからだ。やはり驚かす方が楽しい、と。


間堕はざまおち…いや、わからんじゃろう』


 はたと気づき首をふる。そもそも妖術を使ってなお、魔物呼びする相手に間堕といってもわからないだろうと判断したからだ。


『聞け、人間。妾は半妖、名は筒音。使うは妖術じゃ。妖気も探れぬとは底が見えるぞ』


 さらに、さきほど精霊シー・ンガに内心で驚かされた仕返しとばかりに言いはなった。


 堅吾は「なにを!」と怒鳴りかけるが、ぐっと拳を握り堪えた。まだ冷静さは残っているらしい。


 それでも堅吾の闘争心がみるみる高まり始めているのを筒音は満足そうにみつめた。


『ではそろそろいくぞ。その強固の守りとやら、みせてみるのじゃぞ』


 掛け声と共に黄色い火の玉を飛ばした。


 シー・ンガを盾に、堅吾は避けようともせず迎え撃つ。火の玉は直撃し、霧散される魔気と妖気をはらんだ気配と衝撃は土埃を巻き上げた。


 目を凝らすまでもなく一発、二発は難なく防いだようだ。シー・ンガは余裕があり、後ろに控える堅吾にも自信がみてとれる。


 三発、四発目も直撃する。まだまだ余裕そうだ。


 五発目。六発目を防ぎ終わり「どうだっ?」と堅吾は自慢気に筒音に向かって叫んだ。


 筒音も応えるようにシシシと空気を揺らした。と、また身震いをひとつ。同じ数の火の玉を生み出した。


「まだ来るか」


 堅吾は腕を突きだし、シー・ンガに魔力を注いだ。赤い色が線となって繋がっている。また防ぎきればいい、その考えがわかりやすいほど読みとれ、筒音には挑戦状のようにくすぐったく感じた。


『待たせたのぉ、では行くのじゃっ』


 一発、二発、三発、四発、五発、六発。


 今度は間をおかずに放った。


 堅吾たちは見事に防ぎきる。しかし顔に張り付いた笑みはどこかぎこちなさを含んでいた。


『次じゃぞ、しっかりこらえてみせるのじゃ』

「ちっ」


 あきらかに苦渋からくる舌打ちが聞こえた。


 あくまでも黒鉄の精霊シー・ンガは魔力を供給されることにより堅固な体を維持している。その魔力自体は「無限活性とくせい」の上では尽きることがない。が、実際はあり得ないのだ。


 堅吾自身つかいてに限界がある以上は。


 堅吾は現状で筒音の放つ緑火の威力が二度目はわずかとはいえ上がっていることに焦りを隠せないでいた。


 そしてきたる三巡目。筒音の攻撃がおさまった瞬間を狙い動こうとした。このまま防戦一方ではやられると気づいたからだ。


 されど遅かった。


 シシシ、という響きは不気味に胸のうちをえぐった。目の前の半妖がすでに新しい火の玉を生み出していたからだ。


 金色にも似た火の輝きがやたらと眩しく、無情にみえた。


『そろそろ本気のつもりでいこうかのぉ』


 そろそろだと。じゃぁ、今まではなんだったんだよ。堅吾は声なき声で叫んだ。


 だから嫌だったんだ、と。


 四巡目の三発目で魔力の配給が途切れ、シー・ンガが消失。堅吾はその身で筒音の火玉の直撃を受けたからだ。


 筒音が妖力を操り、火を消したが堅吾はすでに気絶しているようだった。わずかに焦げ臭いのは魔力の香りではなく、服が少々焼けているからだらろう。筒音は気に止めなかった。


 いや、むしろ溜め息が出る。


『なんじゃ、気絶してしまったのか。これからじゃろうにのぉ』


 その言葉を最後に堅吾の前から離れた。堂々たる勝者として。


 ただ、思うことが一つある。それは「なのです」と明るく朗らかな声で相性最悪の呪術を扱う少女の方が手応えはあったな、ということだった。





 どうやら筒音と光森の方は決着がついたようだ。包女はその早さに驚きつつも、頼もしく思った。


 筒音は特訓の成果が格段に出ていて、妖術を効率的に使いこなすようになっているのがわかる。おそらく文句を言いつつも呪術の使い手、鵜崎 瑪瑙(うざきめのう)に付き合っていたのが効をそうしたのだろう。魔術師を相手にするよりは、筒音にとって相性が良かったのだ。本人つつねは認めないかも知れないが。


 光森に至っては初めての精霊魔術師との戦いだったはずなのに堂々と立ち回っていた。来る途中に少しは特長になるような話をしたとはいえ、やはり物事を吸収する力に長けていたのだと感心してしまった。


 各々しっかりと成長しているんだ。嬉しくなる一方で、自身も負けまいと気持ちを奮い立たせた。


 さて、自分もそろそろ終わらせなくては。対峙する男はネクタイピンに仕込んだ「精霊石」から精霊を呼び出してはいるものの動きをみせない。しかしそれは包女も同じだった。


 背後にいる二人を守るため。また、加勢に向かわれないためだ。


 互いに魔気を放ち、牽制しあう状況。


 お互いがお互いを、この戦いでの主格として認めている証拠であった。そして、自分たち以外の勝敗はついた。


 ならば。


 包女は闇にとける輝きの愛刀を握る手に力を込めた。

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