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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
49/64

そんなお金どこにあったの!

 なんでも美紀を説得してくれたのは、息子の剛士だったそうだ。

 本名と言っても名前だけだし、美紀は珍しい名前じゃないし、大丈夫じゃないの?

 そう言ってくれたそうだ。

 美紀は昔から剛士の言葉に弱い。

 9つ歳が離れた弟が、可愛くて可愛くてしかたないのだろう。


「あとさ、剛士から聞いたんだけど、ラブグラスっていくつかのタイプかから選べるらしいじゃない?」


「そうね。電話のお姉さんにも聞かれたわ」


「どうして、TANI式イヤホンのを選んだのよ。ニュースになってたじゃん。周りの音が聞こえなさ過ぎて危険だって」


「だって~、これが一番最新技術ですよ~って言ってたのよ」


「余り物を押し付けられたんじゃないの?」


 トーンこそ、落ち着いてはいるものも、まだ攻撃的な美紀は、きっと怒っているのだろう。


「まぁ、気持ちが入り込めるから良いじゃないか」


 パパは私を助けてくれているようで、きっとラブワールドに興味を持っているだけだ。

 ラブグラスとテレビを接続し、子供みたいなキラキラした目で、無言の催促をする。

 

 私には良く分からないが、いや凄いとは思ったけれど、とにかく、機械オタクのパパが童心に戻るぐらい、ラブグラスは最新技術の塊なのだそうだ。

 ゲーム代金に月額5000円払うとしても、レンタルできるなんて凄いとかなんとか言っていた。

 剛士に美紀の説得をさせたのも、パパだったそうだ。

 男の人は、趣味が絡むと変に行動力がある。

 普段は美紀とも剛士とも、上手く話すことができずに、私を伝書鳩として使うくせに。

 

「ほら、早く始めないのか?」


 パパはついに言葉に出して催促してきた。

 その手には、我が家になかったはずのテレビのオプションパーツがあった。

 3Dでテレビを見るためのメガネだそうだ。

 我が家のテレビが3D対応だったのも驚いたけれど、もっと驚いたのはそのメガネの値段だ。

 なんと、3万円もしたそうだ。

 値段を聞いたとき、私は少し腹が立ったけれど、今回助けてくれたのはパパなのだからと自分を言い聞かせ、不問とした。


 こうして、土曜日の昼下がり、私は1週間ぶりにラブワールドへと足を踏み入れるのだった。


 


 私が到着したのは、以前と同じ部屋だった。

 だけれども、そこにいたのは、さおりちゃんじゃなかった。

 ラブワールドのCMにも出ていた、漫才師の女の子。

 相方が綺麗な子で、テレビでも『そこの綺麗じゃない方は黙っといて~』と弄られているが、週刊誌によると『綺麗な方』よりずっとモテルらしい。

 えっと、名前は、忘れてしまったわ。

 この歳になると、顔は覚えられても、名前が駄目なのよね。

 聞けば分かるのよ。そうそう。そんな名前だったって。でもね、自分からは思いだせないのよ。不思議よね~。

 

 もちろん、私が名前を思い出せないなんて失礼を働いてるなんて知りもしない彼女は、挨拶をしてくる。


「おかえり~。美紀ちゃん! 早速だけど、初期設定するよ」


 彼女は、テレビと同様元気いっぱいだった。

 それにしても、おかえり、だなんて。

 以前私をエスコートしてくれたのはさおりちゃんで、私と彼女は初対面なのに。

 あぁ。そうか。

 きっと、彼女もコンピューターで、さおりちゃんもコンピューターで、外見は違うけれど、中身は同じなのね。

 私は良く分からないけれど、なんとなく納得しつつ、彼女の指示に従う。

 いくつかの質問に答えたり、アンケートに答えたりしながら、自分の設定を決めていく。

 

 ワールドは地元を選び、独身でスタートすると決めた。

 

 相手に望む条件のアンケートには、親の高望みが出ないように控えめに設定した。

 だけれども、横腹を何度かつつかれた。

 恐らく、美紀が何か不満を覚えたのだろう。

 

「大丈夫よ。あくまで希望って彼女が言ってたでしょ?」

 

 私はそう言って美紀をなだめる。

 ラブグラスをしているから、美紀の反応は分からないけれど、横腹をつつかれる事はなくなった。

 

 ともあれ、これで私の初期設定は終わったみたいだ。


「それじゃ、行ってらっしゃ~い。ラブワールドを楽しんでね!」


 彼女のその言葉と同時に、私の視界が渦をまくように崩れていき、部屋は消滅してしまった。

 



 視界がまともな景色を捉えた時、私は閑静な住宅街に立っていた。

 住宅街、と表現してしまったけれど、そこに家は1軒しかなかった。

 空き地に挟まれた、1つの家だけがある。

 表札には『美紀の家』と書かれている。

 どうやら、ここが我が家のようだ。

 小さいなぁ……。

 なんというか、ワンルームマンションから、一部屋だけを切り取ったような建物。

 あ、プレハブ小屋みたいなイメージね。

 家と呼ぶには少々頼りない。

 ゲームの中の話だし、1人で住むわけだからねぇ、別にその大きさで暮らすことに不満があるというわけではないんだけれど……。

 小学校の体育館ぐらいある空き地に挟まれて、小さな長方形の建物がポツンとあるから、妙に見えて仕方がないの。

 

 とりあえず、私は家に入ってみる。

 

 やっぱりイメージとしてはワンルームマンション。

 剛士の部屋と似ているわ。

 違う点をあげるならば、お風呂がないことぐらいかしらね。

 中に入ってしまえば、それほど違和感はなかった。

 

 白無地の壁紙を眺めながら、ゲームなんだからもっと可愛らしくしたいわね、と思ったり。

 冷蔵庫とキッチンを眺めながら、白ばっかのお部屋ね~、と思ったり。

 やっぱり白色のソファーに腰掛け、座った感触がないから変な感じね~、と思ったり。

 宝箱を開けてみて、これは何を入れれば良いのかしら、と思ったり。

 部屋を見回して、あらあら洋服ダンスもクローゼットもないじゃないの、と思ったり。

 部屋を探索していると、あることに気が付いた。

 

 一体、私はどうすれば良いのかしら。

 

 出会い系ゲームなのに、私以外誰もいないじゃない。

 このゲームには、小さな我が家しかないじゃない。

  

 美紀に小突かれるのを覚悟して、私はセクシーアピールしてみた。

 右手でスカートをギリギリまで巻くし上げ、左手を腰に当てつつ、その腰を少しくねくね動かして、

 

「うっふん。私、29歳の食べごろ女子よ~」


 何にも反応はない。

 美紀も小突かない。

 ちょっと、恥ずかしくなってくる。

 私は諦めてラブグラスの電源を切った。

 



 リビングに美紀はいなかった。

 パパもいなかった。

 それもそのはずで、時計を見てみれば、もう2時間も過ぎていたのだ。

 初期設定に30分ぐらいかかったとして、1時間30分ぐらい部屋の探索していたのだろう。

 現実のように体感できる私とは違って、2人は直ぐに飽きてしまったのだと簡単に予測できた。

 

 私は、なんだかゲームって全然進まないものなのね、と思いながら夕食の準備に取りかかった。

 ひき肉の賞味期限が今日までだったわね。ハンバーグにしようかしら。

 などと考えていると、買物からパパが帰ってきた。

 なんと、美紀におねだりされたらしく、例の3万円の3Dメガネを買ってきたみたいだ。


「そんなお金どこにあったの!」


 3万円なら我慢できたけれど、6万円は無理だった。

 私はパパに詰め寄る。


「大丈夫大丈夫。美紀が自分で出した」

 

「そう。それなら良いんだけど……」 

 

 じゃあ、最初の3万円は?

 と思わなくもないのだけど、これについては不問にすると決めたから、まぁ、良いや。

 結婚する前から、数ヶ月かけてちょっとずつお金を貯めてから、ドカンと使う人だったから、多分、毎月のお小遣いの余りたちなのだろう。

 引き落とし用の銀行口座に手をつけてないなら、一安心。

 

 私の心配や怒りを他所に、パパは嬉しそうに聞いてきた。


「それより、あれが、最新の物理演算エンジンか! 驚いたな!? おい?」


「えぇ。そうね」


 私はよく分からないから、適当に返事をした。

 それよりも、玉ねぎはどこかしら。あったはずなのよね~。

 あ~、それに、一応月曜日に銀行で記帳してこなくっちゃ。

 あったあった。玉ねぎちゃん。発見~。

 

 と、私が料理をしていると、パパがやたらとワクワクした声で、


「なぁなぁ。あんまり、進めないから、ちょっとだけやらせてくれないか? 頼むよ~。なぁ~」

 

 ん? 何を?

 と思ってパパの方へ顔を向ければ、もうラブグラスを装着していた。

 ラブワールドをやりたいらしい。

 まったくもう。駄目と言っても、勝手にやる気満々じゃないの。


「えぇ。どうぞどうぞ」


 断る理由なんてない。

 どちらかというと、全然進まないことに少し疲れていたから、むしろ進めてほしかったのだけど、パパって何故か過程を大事にするのよね。

 数年前にスマートフォンのゲームを教えてもらった時も、レベル上げと、強いボスだけ倒してくれて、全然進めてくれなかった。

 過程だけじゃなくて、家庭も大事にしてくれるから、別に良いんだけど……。




 私はハンバーグを作りながら、時々、パパがラブワールドで何をしているかテレビを見てみた。

 結局、部屋の中をうろちょろしたり、物を無意味に動かしているだけだった。

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